時を遡るで章(スプリング編)19 決着?
ガイアスの世界
謎の武具商人
どうやらガドロワ山に傭兵たちを進軍させた理由は、豊富な鉱物資源があるからだけでは無く他にも理由があったようだ。その理由がガイルズの抹消であった。ガドロワ山に傭兵を進軍させるように仕向けこの次いでにガイルズを抹消しようと計画を企てたのは、傭兵たちの雇い主では無く、とある武具商人だったという。
その人物は武具商人と名乗っていたが、それ以上のことは不明。しかし以前にも度々この武具商人に助けられているようで、傭兵たちの雇い主はガドロワ山への進軍とガイルズの抹消を二つ返事で承諾、聞きいれたという。
時を遡るで章(スプリング編)19 決着?
青年が自我を持つ伝説の武器と出会う前……
ガドロワ山へ続く林道に重く鈍い風切音が響き渡る。その音の正体は成人男性の身長程ある特大剣を振うガイルズであった。常人では持つことも出来ない特大剣をまるでただの剣のように軽々と振うその姿は明らかに人間離れしていると言ってもいいガイルズ。その質量とガイルズの筋力だからこそなせるその速度は、僅かにかすっただけでも一撃必殺になると予測できる程に凄まじい。そんな威力と先程よりも速い速度で無軌道に乱雑に獲物だけを狙うその剣筋は嵐のようであった。当然、普通の神経の持ち主ならばそんな危険すぎる嵐の中に突っ込んではいかない。突っ込んだが最後、無軌道に乱雑に迫ってくる鉄の塊の物理威力の餌食になるからだ。
だがスプリングはただ無暗に無軌道に乱雑に特大剣を振うガイルズの乱舞の中に突っ込んでいく。驚異的な反射神経とそれに答えるだけの身体能力でもってスプリングは物理威力の嵐の中を掻い潜り再びガイルズの懐に潜り込んでいく。
「当たらねぇ!」
当然のように攻撃を全て避けるスプリングを前に、ニタリと口の端を吊り上げるガイルズ。
今まで自分の前に立ちふさがってきた殆どの魔物や人間、亜人や獣人は全てガイルズが特大剣を振り下ろすだけで、潰れ吹き飛んで行った。だがそれが通用しない相手が目の前にいる。
(……ッ!)
僅かに驚いたような表情でガイルズの攻撃を避けるスプリング。
攻撃は目の前のスプリングには当たらない。だがそれでも少しずつ何か手応えのようなものを感じるガイルズ。それは今までの戦場や戦いの中でガイルズが味わったことの無い感覚であった。その感覚がガイルズの感情を更に昂らせ、そしてさらなる鋭い一撃へと昇華させていく。一撃繰り出すごとに何か自分の中で高まって行く感覚があるガイルズ。
(こいつ……戦いの中で成長しているのか?)
そうガイルズは成長していた。一見、無軌道に乱雑に振われる特大剣を躱すスプリングは、ガイルズの成長に驚愕していた。ただ無暗に振っていると思っていた特大剣に正確さが見え始めたからだ。
最初その剣筋だけで言えばガイルズは素人に毛が生えた程度の実力と言っても差支えが無いものだと思っていたスプリング。しかしそんな素人の剣筋は戦いを続けるごとに驚異的な速度でスプリングに対して正確に振われるようになっていたのだ。まだ粗がありスプリングは余裕を持って躱すことが出来る程度ではあるが、それでも最初の一撃に比べればガイルズの一撃は別人と言ってもおかしくは無い程にスプリングを捉え始めていたのだ。
再生能力という人間離れした能力を持つガイルズは当然今までその再生能力のお蔭で、幾つもの戦場を生き抜いてきたのは確かだろうと思うスプリング。だが戦場で生き残ってきた理由はそれだけでは無く、元々に持つ突出した戦闘能力が影響していると思うスプリング。
ガイルズは戦場を渡り歩く中で、自己再生と突出した戦闘能力の影響で自分と同等、もしくは高い実力を持った存在に出会うことが無かった、そのため苦戦することも無く剣技を学ぶ必要も自分で試行錯誤することも無かった。だから剣技は素人同然だったのだとそう考えればガイルズの剣技が素人同然であったことの辻褄が合うとスプリングは考えていた。
(……)
そしてなによりも驚異的な速度で剣技を身に着けているガイルズの成長速度を前にスプリングは久々に己の中で何かが沸き立つのを感じていた。戦場に絶望し消えかけていた自分の心に火が灯るのを感じるスプリング。
(絶対に負けたくない!)
心に火が灯ったスプリングはガイルズに対して負けたくないという感情を爆発させる。今よりも更に早く、そして鋭く踏み込んだスプリングは、跳躍するとガイルズの首を狙い長剣を振り抜く。
「うりゃああああ!」
飛んだスプリングに向けて特大剣を横に一閃するガイルズ。
「ッ!」
しかしスプリングはまるで目の前から消えたというのにそこから姿を消す。次に現れたのはガイルズ足元。姿勢を低くしゃがみ込んでいたスプリングは、特大剣を振り抜き無防備となったガイルズに目がけて鋭い突きを放つ。
「うおおおお!」
下から上へと長剣の剣先はガイルズの首に目がけて真っ直ぐに穿たれる。
「なッ!」
しかし長剣の剣先は首筋に届かない。ガイルズは左腕を盾にスプリングの渾身の突きを防ぎ切っていたからだ。
「捕まえた!」
ガイルズは長剣が突き刺さった自分の左腕を引き、スプリングを自分の下へ引き寄せる。
「おらあああああああ!」
引きよせられたスプリングに目がけて体勢を立て直した右腕に持った特大剣を振り下ろすガイルズ。今までで最速の一撃。目にも止まらぬ速さで鉄塊のような特大剣がスプリングの頭上に迫る。
「くぅ!」
スプリングは咄嗟に長剣から手を離し後方移動でガイルズの最速の一撃を躱す。
その瞬間だった。何かが砕ける音がその場に響く。
「……」
まるで時間が間延びしたようにゆっくりとその光景を見つめるスプリング。ガイルズの左腕に突き刺さっていた長剣がガイルズの特大剣の一撃によって叩き砕かれたのだ。
「……」
砂利を巻き上げながら僅かに足元を滑らせ後方移動を終えたスプリングはその光景を見つめながら立ち尽くした。
「……さあ、続きを……て……閃光あんた武器は……」
自分の左腕から抜け落ちる砕けた長剣を見つめるガイルズ。
「それ一本だ……もう俺に戦える武器は無い」
突然の戦いの終焉。それは想像以上にあっけないものであった。
「……」
戦えなくなったという事実よりも今まで愛用していた長剣が砕けたことに衝撃を受けるスプリングは、ガイルズの左腕から抜け落ちた砕けた長剣を見つめる。
戦場で武器が破壊されることは別段珍しいことでは無い。それを目的とした武器や技がある程に戦いにおいては有効な手段として確立されている。しかしスプリングが愛用していた長剣は特殊であった。
『剣聖』であるインセントから譲り受けた長剣は今まで傷一つ刃こぼれ一つせず、手入れをする必要も無い信じられない強度を持ったものであった。その長剣が砕けたという事実は、スプリングにとって衝撃以外の何物でも無かったのだ。
「……いやいや、剣一本砕かれても戦う術ならあるだろう」
ガイルズはそう言うと、今まで振り回していた特大剣を地面に突き刺し、両腕の拳を握る。
「馬鹿かお前……お前みたいな化物に武器を失った俺が拳で勝てる訳ないだろう……」
先程までの胸の高鳴りは消え失せ、いつも通りの無感情に戻ったスプリングは地面に転がる砕けた長剣を拾い上げる。
「……もう俺はお前と戦えない……後は好きにしろ……」
そう諦めたような声でガイルズに背を向け降伏宣言するスプリング。事実、圧倒的な体格差、そして何より自己回復を持つガイルズに拳だけでスプリングがまともに戦えるはずがない。長剣が砕けた時点でスプリングの負けは確定していた。
「……おい、それ本気か?」
今まで楽しそうな声をあげていたガイルズの声色から陽気さが失われる。
「ああ……本気だ……」
まさかインセントから譲り受けた長剣が砕けることなど夢にも思っていなかったスプリング。手に持つ砕けた長剣を見て初めて自分と長剣が運命を共にしていたことにスプリングは気付かされた。
「分かった……」
背後でガイルズが動く気配を感じるスプリングは死ぬ覚悟を決めてゆっくりと目を閉じた。
「なら好きにさせてもらう!」
その瞬間、体を掴まれスプリングの体が浮く。
「なっ!」
なぜ掴まれたのか理由が分からず目を開けるスプリング。
「俺はな閃光、あんたみたいな強い奴と出会って俺の力が存在していいことを証明する為に戦場を渡り歩いてきたんだ、だからこんな形であんたとの戦いが終わっちまうのは満足できないし勿体ない訳よ」
そう言いながら掴んだスプリングを軽々と持ち上げ自分の肩に担ぐガイルズ。
「はぁ?」
ガイルズの言う事が理解できないスプリング。
「もし剣が無くなって戦えないって言うなら剣を取りに行って俺とまた戦おうじゃないのよ!」
「はぁ?」
そう続けるガイルズの言葉がやはり理解できないスプリング。
「なに? 好きにしていいって言ったのはあんただ、俺の考えに文句でもある訳?」
「……そ、それは……そう言うことが言いたかった訳じゃなく……」
「うるせぇーな、あんたは俺に負けたんだ、戦場で負けて捕まった奴は捕虜だろ? ならつべこべ言わず俺に従えよ!」
「なっ……ぐぅぅぅ」
戦場での掟を持ちだすガイルズにぐうの音も出ないスプリングは悔しさを呑み込み黙りこむしか無かった。
「ふふふ、まずはあんたにあった武器を探さなきゃな……どこに行こうか……」
「ど、何処にって……別にどこでも武器は調達できるだろう?」
何か不穏な事を言い始めたガイルズに表情が引きつるスプリング。
「何言ってるんだよ、そこいらの武器じゃまたすぐに俺が砕いちまうよ、だからこれから俺と旅に出てあんたは良質な武器探しするんだ……伝説の武器を探すでもいいな」
これから起こる事を想像していのか楽しそうに弾んだ声でそう言うガイルズ。
「はぁ? ちょ、ちょっと待て! 俺はお前と旅なんてする気はない! お、降ろせ、降ろせぇぇぇぇぇ!」
スプリングはガイルズの肩から降りようと暴れるがガイルズの太い腕に押さえつけられ降りることが出来ない。
「まあまあ、これから二人で旅を楽しもうぜ~」
肩の上で暴れまわるスプリングにそう告げたガイルズは、ガドロワ山へ続く林道から外れ道なき道を進んでいくのであった。
― 現在 ヒトクイ ユモ村 平屋 ―
「……ッ」
眠っていたスプリングはゆっくりと目を開けた。
「……」
僅かに響く頭痛に頭を押えながらスプリングは上体をあげる。
「……なんだこれ……」
周囲を見渡したスプリングの視線の先には散乱する瓦礫。自分は平屋に居たはずではと頭上を見上げるとそこにはあったはずの屋根が無い。
『主殿、ようやく目覚めたか……』
「ん? ポーンか?」
見知った声に反応したスプリングは周囲を見渡す。しかしポーンの姿は無い。
『ここだ主殿』
「ん?」
前にも似たようなやり取りをしたことがあるなと思いながらスプリングはポーンの声が発する所に視線を向ける。
「そこか」
どうやら散乱する瓦礫の下にポーンはいるようで、スプリングはまだ怠さの残る体で立ち上がるとポーンがいるだろう方向へと歩み寄る。
「えーと」
散乱する瓦礫を退かすスプリング。
「久しぶりだな、ポーン」
顔を出した打撃用手甲に対してそう挨拶を告げるスプリング。
『寝ぼけているのか主殿? それよりも体の調子はどうだ?』
スプリングのその言葉に安堵しつつポーンは体調を尋ねた。
「ああ、まだ怠さはあるし体のあちこちが痛むけど、気を失う前程じゃない……それよりこの状況……一体何があった。
辛うじて平屋だと分かる程度の原形を残したその場所を見渡しながら、スプリングは自分が気を失ってから何があったのかをポーンに尋ねた。
『……この状況は……主殿がやったことだ』
「はぁ? 俺が?」
全く身に覚えの無いスプリングは自分がやったとは信じられず首を傾げるのだった。
ガイアスの世界
ガドロワ山に進軍した傭兵たちとその雇い主の末路。
ガドロワ山にある鉱物資源を狙い、その山を守る部族へ襲撃を仕掛けた傭兵部隊。圧倒的な兵の数と完璧な準備の差で攻め入ったものの、ガドロワ山を守る部族の戦士たちの実力を前に、僅か数十分という時間で敗北した。辛うじて全滅はしなかったもののその被害は甚大で、生きて戻った傭兵たちや傭兵たちの遺族からこの戦は不当なものであるという抗議の声が雇い主に向けられた。
普段ならばそんな声には全く動じない雇い主であり今回も我関せずを貫こうとしたが、予想以上に遺族などの声が強く、その声に国までが動く事態に発展。
国が動いたことで、責任を負わされた雇い主は、信頼を失い今まで積み上げた地位を失うことになったという。