時を遡るで章(スプリング編)17 閃光と大喰らい邂逅
ガイアスの世界
ガドロの長 虎男
トラの獣人である虎男は種族の名であって彼にはファングという名前がある。しかしガドロにはファング以外、トラの獣人が居ない為、皆ファングの事を虎男と呼ぶ。
ガドロでは強い者が長になる決まりがあり、五年に一度長を決める力比べが行われる。その力比べを三連覇している虎男は、ガドロの歴史の中でも最強の戦士と言われているようだ。
時を遡るで章(スプリング編)1 閃光と大喰らい邂逅
青年が自我を持つ伝説の武器と出会う前……
例外はあれ亜人や獣人の殆どは人間を遥かに凌ぐ身体能力を持っているのが特徴の一つだが、彼らが人間達よりも優れているのは身体能力だけでは無い。人間ならば鍛えることで得ることしか出来ない敵探知、危険察知、優れた視覚、聴覚、嗅覚といった感覚を生まれながらにして持っているのだ。そして亜人や獣人はその知覚を通して獲物や敵の力量を計ることも出来るという。だからこそ、戦略や技術で自分たちに対抗する人間たちは脅威ではあるが恐怖は無かった。
しかし一週間前、村の前に突如として姿を現した人間を前にして彼らは愕然とした。突如として目の前に現れたその人間から発せられる気配は、ガドロの者達が今までに経験したことが無いものだったからだ。
それまでガドロの者達は人間に対して脅威は感じても怯えや恐怖を感じてこなかった。しかし村の前に姿を現した一人の人間、閃光ことスプリングを前にガドロの者達は愚か、常に村の最前線で守りを固めてきた戦士たちは怯え恐怖したのだ。それは彼らの長でありガドロ一の戦士でもある虎男も同様であった。虎男は自分よりも遥かに圧倒的な力を持つ人間を前に何も出来ずその大きな体に生える全身の毛を逆立て震えてしまったのだ。
だが結果的に虎男は何も出来なく正解であった。もしここでガドロの長としてガドロ一の戦士としての誇りを守る為に虎男がスプリングに向かって戦いを挑んでいたとしたら、今村は存在していなかったかもしれない。そうならなかったのは、虎男が自分の誇りよりも村の存続を優先する理性を持ち合わせていたからであった。
スプリングに出会ったことで自分たちよりも遥かに強い者たちは存在する。そしてその中には自分たちが侮っていた人間もいるのだとこの時、ガドロの戦士と虎男は学んだのだ。
「……くぅ……」
その経験があったからこそ、虎男やガドロの戦士たちは村に迫っている脅威に対して冷静を保つことが出来た。
その気配はガドロの村から数キロ離れた場所山道から漂って来ていた。亜人や獣人が持つ研ぎ澄まされた知覚など関係無い。少しでも感覚を鍛えた者ならば人間であっても感じ取れる程に、その気配は強大だった。そうまるで隠す気が無いというように、己の存在を誇示するかのようにその気配はガドロの村へと近づいてくる。
「……何と純粋で強大な気配……」
村から数キロ先、そこから漂う気配に思わずそう言葉を漏らしてしまう虎男。その気配は確かに強大であり怯え恐怖するものだったが、それと同時に本来ならば混じっているはずの穢れが一切無く純粋と言え、それはまるで本能のままに生きる獣や魔物が放つ気配であった。
しかしそんな強大でいながら純粋な気配を放っているのが人間だということに虎男は驚きを隠せない。魔物や獣の血を半分その身に宿している自分達ですら放つ気配には僅かに穢れが混じるというのに、欲深いと言われ私利私欲を満たす為に常に争いを続けると言われている人間の気配がここまで純粋な訳がないからだ。
「……」
しかし事実、強大でありながら純粋であるその気配を纏った人間は、後方に他の仲間を残し単独でガドロの村へと向かっている。本来ならばその人間の前に率先して立たなければならないのは虎男であったが自分にその人間を止める術は無い。それを知ってかその単独で迫ってくる人間を止めるべく誰よりも先に村を飛び出していったスプリングに対して感謝の気持ちしかない虎男はガドロワ山を前に膝をつき両手を組んだ。
「ガドロワ山の神よ、我々の代わりにこの地を飛び出し戦いに出た勇敢なる人間に勝利の加護を……」
亜人や獣人の神であるガドロワ山が人間に加護を与えてくれるのかは分からない。だがそれでも虎男はスプリングの安全と勝利を願いガドロワ山の神に祈るのであった。
― ガドロワ山前 山道 ―
ガドロワ山の麓にあるガドロの村から伸びる林道は林道と言うにはあまりにも厳しく村から4キロ付近までは獣道ではと思う程に道が道として機能していない。だが四キロ以降の区間は人間の整備技術程では無いにしろしっかりと整備がされておりその差は激しい。
なぜ村から四キロ付近までが整備されていないのか、それはガドロの者達が道を整備する技術を持っていないからでは無くあえて彼らは村から四キロ付近の地点まで整備をしていないのである。
その理由は亜人や獣人にとって神聖な場所であるガドロワ山にある。その場所を守護することを目的としているガドロの者達は、神聖な場所であるガドロワ山を守るため、あえて村から四キロ付近までの道を整備せず行きにくくすることで他者や外敵の侵入を拒んでいたのだ。
獣道と変わらないその道は複雑に入り組んでいる。当然ガドロの者達は正しい道を知っており楽に通ることが出来るが、初見の者は足を踏み入れれば最後、確実に道に迷うことになる。加えて生い茂る木々や草に足をとられ体力の消耗は必須で、亜人や獣人よりも身体能力が劣る人間には中々に厳しい道程となっている。
だがそんな獣道をまるで光が駆け抜けるように走り抜けていくスプリング。ガドロの者しか知らない正しい道を彼が知るはずも無く、感じる強大な気配を頼りにただひたすら真っ直ぐに進むスプリングは、進行を阻んでくる木々の僅かな隙間を通り抜け、それすら出来ない時は長剣で切り倒しながら難なく進んでいった。
(……来る)
暗がりであった獣道が徐々に明るくなっていく。その光を感じ獣道の終わりを悟ったスプリングはその先に待つ強大な気配に先制攻撃による奇襲を仕掛ける為に長剣を構えた。
「おう!」
獣道を抜けたスプリングを待ち構えていたようにその場に男の声が響く。待ち構えられていたことで奇襲は失敗に終わったが一切迷うことなく待ち構えていた者に向かい突き進むスプリング。
暗い場所から突然明るい場所に出たために僅かに視界が眩んでいるスプリングは自分が対峙する者の容姿がぼやけていた。だがそれでも分かる圧倒的な大きさ。自分の身長から頭三個分程大きなその人影に対してスプリングは体勢を低く保ちながら走り距離を詰めていく。
大きな人影はスプリングの速度を目で捉えられていないのか棒立ちのまま。その隙をスプリングが逃すはずも無く速度を活かし詰め寄ると長剣でその大きな人影の首を切り裂いた、はずだった。
「ッ!」
確実に大きな人影の首を捉えたはずスプリングはその瞬間、言葉にすることが出来ない違和感を抱いた。そう大きな人影の首は落ちておらず、その場に平然と立っていたのだ。
(……)
違和感を抱きながらも仕留め損ねた事実を瞬時に受け入れ両足を地面に滑らせながら走る勢いを一度殺すと体を反転させスプリングは確実に仕留める為に今度は巨大な人影に向かって一撃に留めず連続で斬撃を叩きこんだ。
(……手応えが無い)
しかしそれでも仕留めたという手応えが感じられないスプリング。
「今の僅かな瞬間で俺に四発も斬撃を叩きこみやがった」
ぼやけていたスプリングの視界が開け大きな人影の容姿が露わになる。そこには自分の剣の師であるインセントに匹敵する程の体格を持つ人間が立っていた。
「こりゃ久々に楽しめそうだな」
スプリングの前に山のようにそびえる大きな人間の男はそう楽しげに呟くと、背中に背負っていた特大剣を一息で抜くと間髪入れずにその勢いのままスプリングの頭上へ振り下ろした。
まるで鉄の塊が物凄い勢いで振ってくるような感覚。瞬時に自分の頭上に振り下ろされたその鉄の塊のような特大剣を躱したスプリングは一度状況を整理する為に男から距離をとった。
「はっは! 流石、閃光って所か……あながち戦場で広まっている噂も嘘じゃないようだな」
楽しそうにそう言うと男は見るからに重そうな特大剣を粉砕した地面から引き抜き肩に担いだ。
地面を簡単に粉砕する程の破壊力を持つ特大剣。何より常人では持つことも出来ないと思われる特大剣を片手で軽々と振り回す目の前の男のその姿にスプリングは傭兵たちが口にしていた噂を思い出した。
「……大喰らい……」
大喰らいと聞けば敵味方関係無く逃げだすといわれるその名は今アカリフ大陸の戦場において閃光と肩を並べる程に有名になっている傭兵の二つ名であった。
「お! 俺の事を知ってくれているのか、うれしいぜ閃光!」
スプリングが自分の二つ名を知っていることが嬉しいのか、大喰らいは子供のような無邪気な笑顔でそう答えた。
「いつか戦場で会えると楽しみに待っていたんだ、さぁ殺りあおうぜ!」
肩に担いでいた自分の二つ名の由来となった特大剣を大喰らいは先程とは違い両手で構えた。
(ッ!)
その瞬間、周囲の緊張感が一気にますのをスプリングは感じる。
「……あ、そうだ、一応こういう時は名乗っとくのがマナーだっけか?」
一瞬にして高まった緊張感を台無しにくるが如く、大喰らいは唐突にそんな事を言いだした。しかしスプリングの表情に変わらず常に目の前のガイルズに向けられている。
「俺の名はガイルズ=ハイデイヒ、見ての通り傭兵だ……」
ガイルズはスプリングに緊張感を与えながらも、同時に何処か和やかな空気を漂わせる。同じ場所に相反する二つの状況が同時に存在するという歪。普通ならばこの状況に対峙した者は混乱するであろう。しかしスプリングは全く動じない。なぜならガイルズのように相反する二つの雰囲気を同時に作りだすことが出来る者を他にも知っておりそれを嫌になる程経験してきたからだ。その経験のお蔭か、はたまた別の要因があるのかそれは定かではないが、スプリングは今、恐ろしいほどに深い集中の中にいた。
「さあ俺は名乗ったあんたは?」
自分の名を名乗ったガイルズはスプリングにも名乗りを強要した。
「……」
しかしスプリングは名乗らない。いやそもそもガイルズの言葉が聞こえているのかも怪しい。
「おっ!」
するとガイルズは自分が作りだした場の空気が深く集中するスプリングによって上書きされ一変したたことに気付いた。
「やるぅぅぅ」
一瞬にしてその場を空気に変えたスプリングに対してガイルズはニヤリと笑みを浮かべる。
「だけど名乗りはしてほしかったな……まあいいや、だったら嫌でもあんたの名を聞きだしてやる!」
はしゃぐようにそう叫んだガイルズはニヤニヤと口の端を吊り上げながら構えた特大剣を振り上げスプリングの頭上に振り下ろした。
(ッ!)
先程の振り下ろしとは比較にならない程の速度で自分の頭上に迫ってくるガイルズの特大剣。しかしそれでもスプリングはその速度を凌駕し避ける。
激しい炸裂音と共に先程とは比べものにならない程の威力の特大剣が地面に打ち付けられる。その瞬間文字通り地面が揺れて割れる。周囲にあった小石や砂はその衝撃で簡単に舞い上がった。
舞い上がった砂埃で両者は互いの姿を見失った。しかしスプリングは舞う砂埃を切り裂き特大剣を地面に叩きつけたままのガイルズに飛び込んでいく。先程ですら常人には追えない速度であったにも関わらず、皿にその速度を超えてスプリングはガイルズの懐に距離を詰めた。
「おおッ!」
特大剣を持ちあげている暇はないと判断したガイルズは自分の首だけを狙い斬撃を繰り出すスプリングの攻撃を両腕で防ぐ。
「おおおお!」
跳ね上がる両腕。スプリングの斬撃から首を守る為に防御した両腕が跳ね上がるガイルズ。しかし防御が崩された訳では無い。文字通り両腕が切り落とされ跳ね上がり宙を舞ったのだ。
「ッ」
二の腕の先から両腕を失ったガイルズの胸元はがら空きとなったことをスプリングは見逃さない。
「ごほぅゥごごご……」
軽防具に身を包んだガイルズの胸を踏み台にしてスプリングは鋭い突きをガイルズの喉に突き刺した。
「あがっ……ごふぅぅぅ……」
喉から逆流するようにガイルズの口から溢れだす血。即死である。スプリングは倒れるガイルズと共に地面に着地すると大きく息を吐いた。
「……」
ゆっくりと振り返るとそこにはこと切れたガイルズの姿があった。戦いは終わったとスプリングはガイルズに背を向け鞘に長剣を納めようとする。
「は、ははははははは! まて、まだ剣を鞘に納めるには早いぜ」
「ッ!」
久しく変化の無かったスプリングの表情がその声に強張った。鞘に納める途中であった長剣を抜き直したスプリングは倒れているはずのガイルズから距離をとり祖の姿を視界に捉える。
「いや、ここまで傷を負わされたのは本当に久々だ」
そこに居たのは、両腕を二の腕の先から失い喉を長剣で貫かれたはずのガイルズであった。
「なっ……」
目の前で何か起っているのか信じられないと思わず声を漏らすスプリング。貫かれた喉、切り落とされた両腕の先から白い煙が上がる。するとその煙はみるみるうちに貫かれた喉を塞ぎ、失ったはずの両腕を再生していく。
「悪いな、気にしないでくれ、これは俺の単なる特徴だ」
いつの間にか上がっていた白い煙は霧散しその代わりに両腕を取り戻し貫かれた喉が塞がった傷を負う前のガイルズはそう言うと今日何度目とも分からない笑みを浮かべる。
「さあ、続きをしよう」
そう言いながら地面に転がる特大剣を拾うガイルズ。
「……」
今自分が対峙しているのは本当に人間なのかと疑いたくなるスプリングは、自分が上書きしたはずの場の空気が再びガイルズに上書きされていることに気付くのであった。
ガイアスの世界
特大剣 大喰らい
ガイルズが持つ大喰らいは製作者不明の特大剣である。剣としての用途を完全に逸脱した大喰らいは切り殺すというよりも押し潰すと言った打撃武器といったほうがいい。
本来は亜人や獣人といった身体能力の高い者が使用するのを想定として作られており、鍛えた人間でも振り回すのがやっとで実戦では使えない代物とされている。
大喰らいには本当の姿があるとされているが、それはガイルズの実力を持ってしても解放出来ていないようだ。