時を遡るで章(スプリング編)16 強者を前にして
ガイアスの世界
アカリフ大陸の亜人獣人と他の大陸の亜人獣人の違い。
アカリフ大陸に住む亜人や獣人は他の大陸に住む亜人や獣人よりも身体能力が高いと言われている。
しかしその反面、知識に疎く魔法などを使える者は少ない。文明レベルも他の大陸の亜人や獣人には劣り、部族によっては原始的な生活を送ってる部族もいるという。
時を遡るで章(スプリング編)16 強者を前にして
青年が自我を持つ伝説の武器と出会う前……
― アカリフ大陸 ガドロワ山の麓 ガドロ部族の村―
温暖な気候を保つ大陸アカリフ大陸には草原に湿地帯、緑深い森に大陸各地に伸びる河川。そしてその自然を見下ろすかのようにそびえる山々が存在している。豊かでいて厳しい自然が広がるアカリフ大陸には当然、様々な動物、魔物、が生息しており更には亜人や獣人が古くから存在している。
そんな自然豊かなアカリフ大陸の環境の中で一際目立つのが、亜人や獣人が神聖視する山、ガドロワ山。周囲にある山よりも頭一個分程高くそびえるガドロワ山は、昇る太陽を背にすることで後光が差しその姿が神々しく見えることから、アカリフ大陸に住む原住民、亜人や獣人の間では古くから神聖な場所として語り継がれ心の支えになっていた。
そんなアカリフ大陸に住む亜人や獣人達の心の支えとなっているガドロワ山を神聖な場所として語り継ぎ現在に至るまで守り続けている部族が存在する。その部族の名はガドロ。ガドロワ山を神と崇め語り継ぎその存在を守り続けてきた誇り高き戦士が集う部族である。
長い歴史の中、ガドロワ山を守護してきたガドロは戦士と呼ばれるだけあってその実力はアカリフ大陸一と言われている。ガドロワ山に対しての絶対の信仰心と共に、親から子へそして孫へと長い年月をかけ培われ伝えられてきた知識、そして日々の厳しい鍛錬が彼らをアカリフ大陸一の戦士へと育て上げるのである。
だがその戦士としての実力が発揮されるのはあくまで、ガドロワ山を守る為。彼らはその力をガドロワ山の守護以外に使う事は無い。それは本質的に彼らが争いを嫌い、そして自分たちの使命、ガドロワ山に対しての深い信仰心を持っているからだ。
彼らが力を振う時はガドロワ山に危機が迫った時。ガドロワ山を荒そうとする魔物や、何か良からぬ事を考えガドロワ山に侵入しようとする者がいる時だけである。それ故に長年続いた利益や欲望が渦巻くアカリフ大陸の争いに対してガドロの者達は静観する姿勢を保ってきた。しかし人間がアカリフ大陸に姿を現すようになって事態は急変する。
今までは部族間での争いが多かったが、人間がアカリフ大陸に姿を現すようになり争いに介入するようになって戦火は次第に大きくなっていったのだ。最初こそ介入に留まっていた人間であったが、何時しか部族間同士の争いは、アカリフ大陸の亜人と獣人対人間の構図に変わり、争いは戦争へと変化していったのである。
人間がアカリフ大陸へ上陸した目的、それはアカリフ大陸に眠る豊富な資源の採取、採掘にあった。自由に採掘、採取する為には原住民である亜人や獣人の存在が邪魔だったのである。
最初、人間との争いはアカリフ大陸の亜人や獣人の方が優位であった。人間の身体能力では亜人や獣人には遠く及ばなかったからだ。しかし人間はその差を知恵と技術で埋めたのだ。
身体能力で勝るアカリフ大陸の亜人や獣人に対抗する為の戦術を考え、彼らを仕留めることが出来る武器や彼らの攻撃を防ぐ防具、他にも様々な道具を作りだし対抗したのだ。気付けば戦況は人間側に傾いていた。今ではアカリフ大陸にある何十もの亜人や獣人の部族の半数が消えていった。身体能力で勝っていたアカリフ大陸の亜人や獣人が人間の事を侮っていたことも消える要因ではあるが、それ以上に人間達の知識や技術力は凄まじい程に彼らを苦しめた。
人間の勢いは収まらずその欲望は、アカリフ大陸で神聖の場所とされるガドロワ山に向けられた。
どこから聞きつけたのか、ガドロワ山には豊富で質のいい鉱物資源が眠っているという真実とも嘘とも分からない噂が人間達の間で広まった。
事実、神聖な場所であるガドロワ山にガドロの者達が出入りするのは年に数度、神事を執り行う時や山を荒そうとする魔物を討伐する時ぐらいであり、それ以外に出入りすることは絶対に無い。殆ど人の手が入っていないと言っていいガドロワ山に豊富な鉱物資源が眠っているという噂は真実性がある。その噂を信じた人間達はすぐにガドロワ山に向けて傭兵たちを進軍させたのだ。それが約一週間前のことであった。
― とある野営地襲撃から一週間後 アカリフ大陸 ガドロワ山の麓 ガドロの村 ―
山肌の下、麓に作られた村。普段は穏やかな雰囲気が広がるガドロ村はこの1週間慌ただしくなっていた。ガドロワ山に向け人間が進軍を開始したという情報を得たからであった。人間との戦いに備え準備を整えるガドロの者達は皆、神聖な場所へ土足で上がろうとしている人間に対して肌が痺れる程に殺気立っていた。そして遂にガドロの者達の殺気が絶頂を迎える。
偵察に出ていた仲間からガドロワ山に向け進軍を介した人間たちが跡数時間でガドロワ山の入口、即ちガドロの村に到着するという連絡が入ったからだ。
人間達が後数時間でこの場所にやってくることを知ったガドロの者達は、その時に備えて慌ただしく最後の戦闘準備に取り掛かっていた。そんな慌ただしい状況の中、一人の獣人、虎の獣人、虎男が一人の人間の下へ近づいていく。
ガドロの村において人間という存在は異質でしかないが、殺気立ちながら慌ただしく来るべき戦いに備え動き回っているガドロの者達の中にその人間を気にしている様子の者はいない。いや異質であるその人間を意識しないはずが無い。彼らはあえてその人間を意識しないようにしていたのだ。そう彼らは、アカリフ大陸一の戦士と呼ばれるガドロの者達は、その人間に恐怖を抱いていたのだ。
それは人間の下に近づいていく虎男の表情からもわかる。緊張するように表情を硬くした虎男は、椅子に座りながらガドロの者達と同じく戦闘準備を始めた人間の前で立ち止まった。
「……あ、あなたの本当の目的はなんですか?」
顔の印象とは違いとても柔らかく紳士的な口調の虎男。ガドロの長として、戦闘においてガドロ一の実力を持つ虎男は自分よりも遥かに小さな体格の人間に対して緊張した声色でそう尋ねた。
「……本当の目的?」
虎男の質問に対して首を傾げる人間。
「なぜあなた程の実力者が我々の側に付くのか、その真意を伺いたいのです」
言葉の端々から伝わる虎男の真面目さ。
「……戦いたいから……じゃダメか?」
虎男から滲み出る真面目さに人間は素直に自分の目的を伝える。
「た、戦いたいのなら尚のこと、あなたは我々の側では無く人間側に付くべきではないのですか?」
人間の返答に納得がいかない虎男は僅かに語気を荒げながらそう尋ねた。
「ああ……」
道具を整理する手を止め、少し上を見上げながら何やら考え込む人間。
「……うん、俺にとって戦えるなら相手が人間だろうが亜人だろうが獣人だろうが関係ない、たまたま俺の前にあんたたちがいた……それだけだ」
虎男の問に抑揚なく無感情にそう答える人間。
「たまたま……それじゃもしあなたの前に現れたのが人間であったならば……」
「うん、あんた達と戦っていたかもしれないね」
「……」
人間のその言葉にゾッとする虎男。
「何か問題でもある?」
会話で意思疎通することができるものの種族が違う為、人間には虎男が今どんな表情をしているのか上手く読み取れない。それ故に人間は虎ゾッとした虎男の表情を見て何かが不満を持っているのかと勘違いしてそう尋ねた。
「い、いえ……全くもって問題ありません……」
虎男も目の前の人間と同様に、人間の表情を上手く読み取ることが出来て
おらず、自分はこの者の気を害するような発言をしてしまったのかと慌てて返答した。
「そう……うん、もういい? 俺準備で忙しいんだ……」
話を切り上げたいのか、人間はそう言うと、手が止まっていた道具の整理に戻って行く。
「……わかりました」
黙々と道具の整理をする人間に頷き背を向ける虎男はその場を後にして村の中心にある大きな建物へと向かって歩き出した。
「はぁぁぁぁぁ……」
緊張から解放されたように深く長いため息を吐く虎男。
「……戦いたいから? 人間も亜人も獣人も関係無い? ……何を考えているのか全く分からない……本当にあの人間の目的はその程度なのか?」
人間と接触すること事体今まで殆ど経験したことが無い虎男は、村で黙々
と自分達と同じ目的の為に戦おうとする人間の考えていることが分からず頭を抱える。
「そもそも我々の前に姿を現した時からあの人間の行動は訳が分からなかった……」
人間と出会った1週間前の事を思いだし、再び虎男は深く長いため息を吐いた。
― 1週間前 ガドロ村 ―
ガドロの村の前にあの人間が姿を現したのは丁度今から1週間前、人間がガドロワ山へ進軍を開始したという情報を得てガドロの者達が殺気立ち始めた頃であった。人間が村の前にいるという連絡を村の門兵から受けた虎男は、門兵の怯えた様子が気になり直ちに村の入口へと向かった。
そこには確かに人間がいた。だがその人間を視界に捉えた瞬間、虎男の体は硬直した。
優れた身体能力の他に亜人や獣人には優れた感覚機能が備わっている。それは自然の中で生きていく上で欠かせない機能であり、近くに居る獲物を瞬時に把握したり、命に関わる危険を察知したりと様々だ。
当然、村の長でありガドロの戦士としても一流である虎男にもその優れた感覚機能が備わっている。感覚機能の全てが目の前の人間を危険と判断していたのだ。
「……」
対峙する両者。虎男は自分の中で今渦巻いている物が何であるのか、それをしっかり把握したうえで、自分の得物である戦斧に手をかけた。
「なぁ……俺を雇ってくれないか?」
しかし次の瞬間、人間から発せられたその言葉で虎男は愚か、周囲にいた他のガドロの戦士たちの思考を停止した。
「なぁ……どうなんだ雇ってくれるのか?」
正直、人間が何を言っているのか分からないというのが、虎男を含めその場にいたガドロの戦士たちの感想だった。
「い、いや待て……あなたは人間、我々は亜人や獣人……その発言は今このアカリフで起っている状況を知ったうえでの発言か?」
未だに虎男の感覚機能は目の前の人間を危険であると判断している。それを理解したうえで虎男は人間に対してそう尋ねた。
「……俺には関係ない……それとも俺と殺し合いたいのか?」
抑揚も感情も無く人間がそう発した瞬間、周囲が凍りつくのを感じた虎男。周囲の他の戦士たちも同様にその感覚を抱いたのか、皆顔から血の気が引いている。
目の前に居る人間は確かにその姿形は人間ではある。だが虎男達からすればその人間は、人間の皮を被った得体の知れない何かとしか思えなかった。
「わ、分かりました……我々はあなたを雇います……」
人間の皮を被った得体の知れない何かに虎男は恐怖しその人間の願いを聞きいれてしまった。今までこれほどまでの恐怖を感じたことが無い虎男は村の長としてガドロの戦士として自分の判断はあまりにも情けなさ過ぎると後悔した。しかし周囲にいた他の戦士たちは今にも泣きそうな顔で虎男の判断を肯定すし頷く。
この日、ガドロの戦士たちは戦うこと無く一人の人間に敗北したのだった。
― 現在 ガドロ村 ―
「あれから一週間、偵察に出た仲間にあの人間の事を探らせてみれば……まさかあの閃光だったとは……」
閃光という二つ名は人間の間だけでは無く亜人や獣人の間でも知れ渡っていた。争いに介入していなかったガドロの者達すらその二つ名を知っている程に閃光という名はアカリフ大陸に轟き広まっていた。
だが人間と亜人や獣人ではその二つ名に持つ印象は違う。人間からすればその二つ名は憧れや信頼、約束された勝利などを連想させる。だが亜人や獣人にとって閃光という二つ名が持つ印象は真逆、敗北や死、恐怖といったものであった。
様々な場所から伝わってくる閃光の噂や偉業。まさかその閃光が自分達の下にやって来て雇ってくれなどと言いだすとは思ってもみなかった虎男はこの一週間困惑し続けていた。
「いやいや、今はそんな事を考えている暇はない……後数時間もすれば人間達がここにやってくる、今は人間達との戦いを考えるのが先だ」
村の長として、ガドロの戦士として様々な事を考え無ければならない立場にある虎男は、真意も目的も分からない得体の知れない存在である閃光に振り回され自分の心が乱れている事に気付き今は数時間後の戦いに集中しようと両頬を手で叩き気合を入れ直した。
「……よし!」
作戦会議を行う為、虎男は村の中心にある建物へと向かい再び歩きだそうとした。
「なっ!」
その時だった。
「この感覚は……」
閃光と対峙した時と同じような感覚が体中を駆け巡る虎男はすくざま踵を返し、村の門へと走り出した。
「これは閃光のものでは無い……しかしならば……」
体中の毛が嫌な感覚と共に逆立つ虎男。
もし自分の感覚が正しければ、閃光と同等、もしくはそれ以上の何かがこの村に接近していることになると虎男は表情を引きつらせた。
「我々で対処できるのか……」
閃光ですら今の自分達では束になっても敵わない事が分かっている虎男は、下手をすれば閃光以上の力を持つその気配に勝てるのかと不安を漏らした。
「おい、このヤバそうな気配は俺が相手をする……お前達は引っ込んでいろ」
人間に身体能力で勝っているはずの虎男をそう言いながら追い抜いていったのは閃光であった。
「……本当に……何者なんだ……」
自分が今日まで抱いていた常識が一瞬にして崩れ去って行く音を聞いたような虎男はみるみるうちに遠くなって行く閃光の後ろ姿を茫然と見送ることしか出来なかった。
ガイアスの世界
アカリフ最強の部族ガドロ
広大な面積を誇るアカリフ大陸。その中には亜人、獣人の部族が幾つも存在する。その中で最強と言われている部族がガドロである。
ガドロワ山を神と崇め信仰するガドロは、信仰する神の場所を守る為に日夜厳しい鍛錬で己を鍛えその腕を磨いている。その鍛錬方法は秘匿とされておりガドロ以外で知る者はいない。
最強と言われているが基本的には戦う事を嫌う心優しい部族でもある。しかしガドロワ山を荒そうとするものは、魔物であろうが別の部族であろうが容赦しない。
ガドロの長を務めているのは虎の獣人である虎男である。