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時を遡るで章(スプリング編)14 等しく軽い命の場所

ガイアスの世界


 傭兵時代のスプリング



 イングニスやインセントの下を離れ、旅立ったスプリングはガイアス各地で起っている部族同士の争いや小国同士による戦争に傭兵として参加する。その目的は自分の力を高める為。

 だが己の考えが甘かった事にスプリングは参加して初めて気付くことになる。

戦場は己の力を鍛えるような場所では無く、人の命が最も軽んじられ消費されていく場所である事を知るのである。

 




時を遡るで章(スプリング編)14 等しく軽い命の場所



青年が自我を持つ伝説の武器に出会う少し前……




 どんなに世界が平和になったとしても人類が人類という性質を持つ以上、その心から争いの火は消えることが無い。それは言葉であったり、殴り合いであったり、命が簡単に散る戦場であったりと大小に限らず人類は今もどこかで争いを生みだしている。だがそれは仕方のない事と言える。なぜなら人類は争いを好まないと叫びながらその手に剣を持つことが出来るからだ。

 自我を持つ人類は個として存在している以上、その考えが一から十まで全く同じになることは無い。必ず何処かに違いが生じ、そしてそのズレは争いを生みだすことになる。争いとは自我を持ち、個として存在している人類の性質、宿命とも言えるのだ。


 そしてまた一つ、平和だと言われている世の中で争いが生まれている。その場所の名はアカリフ。温暖な気候のアカリフ大陸は元々、原住民である獣人や亜人が生きる大陸であった。豊かで厳しい自然の中、獣人や亜人たちは部族を作り生活していた。

 だが彼らも人類である以上、物事に対しての考え方が少し違う。最初は僅かな違いであったそのズレは日を追うごとに大きくなりそして衝突を招くことになる。やがてそれは部族同士の衝突に変わり、気付けばそれは大きな争いへと発展していく。

 連綿と受け継がれてきた部族同士の争いは、既にその火種の理由も分からないまま現在も続いているのである。だが彼らにとってもはや火種となった理由などどうでもいい。先祖から受け継いだ憎悪と軽蔑、それだけで彼らは争い相手を殺すのだ。

 だが長い年月繰り返される争いにある日変化が生じた。人間の介入である。今まで獣人や亜人の部族同士の争いであったそれは、ある人間の暗躍によって争いから戦争へと姿を変えたのだ。

他大陸から送られてくる人間の傭兵たちの介入によって、部族間同士の争いは地獄のような戦場へと変わったのである。



― アカリフ大陸 とある戦場 ―



 怒号が飛び交い、死の気配が漂う戦場に一筋の閃光が煌めくように光る。その光が戦場に一本の線を引くようにして駆け抜けていくと、その線上にいた亜人や獣人、傭兵たちは次々と血しぶきを上げその場に倒れ込んでいく。その光の正体は刃の残光。その刃は恐ろしい程の光を放つと一瞬にして数十もの亜人や獣人、傭兵の命を刈り取っていったのである。


「……」


数十人もの命を刈り取ったその光をしまうように男は剣を鞘へと納めた。


「「「「……」」」」


 すると未だ怒号が飛び交う戦場の中で、男の周囲だけが静寂に包まれる。男の刃に幸運にも巻き込まれなかった者たちは、ただただその光景を見ている事しか出来できず敵が前にいるというのにその手を止めてしまう。それほどまでに男の放った一撃は強力でそして恐怖をその場の者達に抱かせたからだ。

 亜人や獣人、傭兵たちを絶句させ動きまで止めさせた男の名はスプリング=イライヤ。一年前までフルード大陸にある森人エルフが住まう森にいた青年であった。

 森人エルフが住まう村を飛び出して一年、スプリングは数多くの戦場を経験してきた。数多くの戦場で経験を得たことでスプリングの戦闘職は剣士から上位剣士へと階級クラスアップしていた。しかしそれだけにはず留まらずその実力は若手で一番『剣聖』に近い男と言われるようにまでになりその名は『閃光』という二つ名と共に各地の戦場に轟く程であった。

 スプリングが呼ばれている『閃光』の二つ名の由来は、素早さを生かした動きから放たれる正確無比な斬撃と振った刃が線を引くような光を放つその戦い方、その姿からのものであり、威力を追及した戦い方を得意とした彼の師匠であるインセントの戦い方とは真逆を行くものであった。

この一年で目まぐるしい成長を遂げたスプリング。着実に復讐という目的を果たす為の力をつけているように思えた。しかしことはそううまくいっていないようであった。

 確かにこの一年でスプリングは成長を遂げた。それは彼の外見にも表れている。森人エルフが住まう村にいた頃に比べその表情からは幼さが消え大人びたような印象がある。しかしそれ以上に今のスプリングの表情には生気が感じられずその瞳に輝きは無い。既に死に片足を突っ込んでいるような、死神の鎌を首に突きつけられているようなそんな表情をしている。

 この一年で驚くほどに成長を遂げたのは確かだがその代償として、スプリングは戦場で人の生き死にという現実を突きつけられたのだ。

 戦場には多くの死が広がっている。戦場で親しくしていた傭兵が次の瞬間にはただの肉塊になっていることなど日常茶飯事。それはまるでゴミのように戦場には命が次々と捨てられていく。そんな光景を目の当たりにしたスプリングの精神は戦場を経験するたびに疲弊し擦り切れていった。例え実力があろうともスプリングの精神はその現実に立ち向かうにはまだ幼すぎたのだ。

 だがそれでもスプリングはそれこそ死にもの狂いで戦場に喰らいついた。死にかけたのも一度や二度では無い。それでも泥水を啜り仲間の血で出来た血だまりから這い上がり心を擦り切らし感情を失っていくことでスプリングは戦場を生き抜き強くなっていったのである。

 そこまでしてスプリングが戦場に固執し逃げなかった理由、それは復讐を遂げる為。両親を殺した苦ずくめを殺すことが出来る程の力を手に入れる為であった。



 たった一人、たった一撃。スプリングが放ったその一撃によって敵軍の数は減り、戦況が一変する。

 スプリングの射程外にいて巻き込まれることが無かった敵軍の者達は愚か、その光景を目の当たりにした友軍の傭兵たちすらスプリングの強大な力を前に声を失い、動きを止める。その場にいた者達は敵味方関係無くスプリングに共通の感情を抱いていた。恐怖という感情を。本来ならば両軍の怒号や痛みや死の恐怖の叫びが響く戦場、しかしスプリングの周囲はそんな怒号や叫びすら、時が止まったかのように静寂が広がって行くのであった。



― 数時間後 アカリフ大陸 とある戦場 野営地 ―



 太陽が沈み夜の闇と静けさ広がる戦場。その戦場の端に作られた野営地の一角には戦場で生き残った傭兵たちが今日の稼ぎを受けろうとこの戦争の依頼主である男が居るテントの前で列になって並んでいた。


「よう閃光! 今日で一週間連続敵撃破数一位だ、ボーナス分も含めてこの中に入っている受け取れ」


報酬を受け取りにやってきた傭兵たちに報酬が入った袋を渡していく依頼主の男は、列の先頭に立っていたスプリングに馴れ馴れしくそう話しかけると明らかに他の傭兵が渡された報酬袋よりも重量のある袋を手渡した。


「……」


「ん? なんだ少ないか?」


報酬袋を手渡されたスプリングの様子を見てそう尋ねる依頼主の男。スプリングが報酬の額に不満を持っているように依頼主の男には見えているようであった。


「なら、これから俺の部屋にこい、可愛がってやるぞ、そしたら今の倍の報酬をくれてやる」


そう言いながら下衆な表情を浮かべた依頼主の男は一夜を共にしろとスプリングの体に触れようと手を伸ばした。


「……」


スプリングは何も言わず自分の体に触れようとする依頼主の男を冷たい視線で見つめる。


「……じょ、冗談だ、そんな目つきで俺を見るな、報酬もやる」


スプリングに冷たく見つめられた依頼主の男は顔を引きつらせ焦るようにそう言うと、もう一つ報酬袋を取りだした。


「……」


もう一つの報酬袋を手に取ったスプリングは何事も無かったように依頼主の男から視線を外すと列から離れその場から立ち去って行く。


「チィ……ほら次ッ!」


スプリングの後ろ姿を恨めしそうに見つめた男は舌打ちを打つと乱暴に列に並んでいた次の傭兵を呼んだ。


「うわぁあの依頼主そっち形かよ……」


「大丈夫だ、お前の顔なら女は愚か、男も寄りつかない」


スプリングと依頼主の男の一連の様子を見ていた傭兵たちはそんな軽口を叩きながら自分の列に並び自分の番が来るのを待っていた。


「……あれが噂の閃光か……」


 そんな傭兵たちの中、見るからに戦いは不得意、戦場では戦うよりも逃げ回っていた時間の方が長いというような傭兵の一人が去って行くスプリングの姿を見てポツリと呟いた。


「ああ、今日は一人で百人以上は殺ったらしいぞ」


傭兵のその呟きに対し今日のスプリングの戦果を口にするもう一人の傭兵。


「ひぃええええ」


答えた傭兵のその言葉にわざとらしい悲鳴を上げる傭兵。


「流石今一番若手で『剣聖』に近いて言われている奴は違うな」


野営地に設置された傭兵たちが休む為の共同テントへ姿を消したスプリングを見ながら傭兵の一人はふざけたようにそう言った。


「あいつが居れば俺達いらないんじゃねぇ」


そう言いながら笑う別の傭兵。


「でもそんな実力を持っているならどこかの国で騎士にでもなればいいんしゃないか? 何でまた明日の命も分からない傭兵なんか続けているんだ?……」


敵の大隊を一人で相手に出来る程の実力を持つスプリング。それほどの実力を持つならばならば、様々な国から自分の国の騎士にならないかと声がかかってもおかしくは無いという傭兵の一人はスプリングが傭兵を続ける理由が分からないと首を傾げた。


「戦闘狂なんだろうよ……ほら確か、ここから東の戦場にもいるだろ? 敵味方構わずぶっ殺しちまう戦闘狂が……あいつもそのお仲間だよ」


戦場で活躍すればするほど、他の戦場にもその名は広まって行く。別の傭兵が他の戦場で悪名を轟かせているとある傭兵を引き合いに出し、スプリングも同じ人種だと呆れたような口調でそう言った。


「……まあ、俺達みたいな平凡な奴とは違う世界の話だ、考えたって無駄だ無駄、それより今から今日貰った金で一勝負しようぜ」


所詮自分たちとは違う世界の話だとスプリングの話を締めた傭兵の一人は既に手に入れた報酬袋を振りながら周りでスプリングの話をしていた者達を集め賭け事をしようと提案した。


「悪い、俺は疲れたから寝る」


「良いぜやろうじゃないの! ただイカサマしたら許さねぇからな!」


賭け事を提案した傭兵の誘いに乗る者、疲れたからと拒否して共同テントに戻って行く者、傭兵たちの行動は様々であった。




「はぁ……」


外で騒ぐ傭兵たちの声を背に、共同テントの一つへと入ったスプリングは報酬袋を懐に仕舞うと深いため息を吐いた。

 誰のとも分からない使い古された寝具には手を付けず、テントの柱を背に座り込むスプリングは腰に差していた鞘に収まった剣を抱き抱えると目を瞑る。

 戦場に出るようになってからスプリングは横になって寝る事を止めた。いや横になり眠ることが出来なくなっていた。


「……体は疲れているのに……眠れる気がしない……」


戦場で生き残る為に常に極度の緊張状態にあるスプリングは、眠ることすら上手くできなくなっていた。


「……まあ、眠ることが出来たとしてもあの時の事を夢に見てすぐに目が覚めてしまうけど……」


戦場に出るようになってから一段と両親が殺された時の事を悪夢として頻繁に見るようになっていたスプリング。


「……でも、そのお蔭で俺は自分の目的を……忘れず……に戦える……」


自分から睡眠時間を奪い取るが、それと同時に自分の目的を忘れずにいられると途切れ途切れに呟くスプリングは今夜もあの日の事を夢として見るのであった。




ガイアスの世界


 アカリフ大陸


 ムハード大陸の近くにあるアカリフは、常に温暖な気候が続く亜人と獣人が生きる大陸であった。魔族と人類の戦争が終結する前までは人間とはあまり交流が無かった。(近くにあるムハード大陸の者達とは僅かに交流があった模様)

 人類と魔族との戦争が終結後、大量の人間達が新たな資源や鉱山、迷宮ダンジョンを求めアカリフ大陸に上陸。そこからアカリフ大陸の状況は大きく変化することになる。

 元々獣人や亜人の部族同士の争いが頻発していたアカリフ大陸は、人間が上陸、持ち込んだ武器や防具、道具アイテムによって部族同士の争いは加速、更に大きく広がり現在では人間をも巻き込み、その規模はもう部族同士の争いとは言えないものになっている。


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