真面目で章 8 (スプリング編) 聖なる狼と闇を歩く者
ガイアスの世界
夜歩者との争い
数百年前に起こった人間と一部の夜歩者による争いは百年ほど続いたと言われている。しかし殆どの者達がその結末を詳しく知らない。
現在人間が滅ぶ事無く生き続けている事から、夜歩者との争いに勝利したという事実だけが残っている。
だがどうやって自分達よりも強力な力を持った夜歩者達に勝利したのかとい事を人間達は知らない。
人間達と争っていた一部の夜歩者達の生き残りもいない為に、この争いは謎の多いものとして未だに研究が続けられているという。
真面目で章 8 (スプリング編) 聖なる狼と闇を歩く者
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス。
「……お前……?」
ガイアスにある何処かの山奥。聖職者が己の『聖』の力を高めようと修練を行うその場所で、一人の聖職者が山の頂上へと足を進めていた。その足取りは重くゆっくりではあったが、何かを追うように目的の場所へと歩き進んでいた。
聖職者が目指す山の頂上には小さな小屋がある。その小屋を目にすると聖職者の男の表情は、緊張する。ゆっくりと扉に近づき、小屋の扉をあける聖職者の男。
「ガイルズ……いのるか?」
どこか緊張した声で聖職者の男は小屋の中へと入って行く。小屋の中は真っ暗で人の目では何も見えない。それでも聖職者の男は目を凝らし小屋の中を見渡す。
するとまるで聖職者の男を導くように暗かった小屋の中に月の光が差し込み小屋の中が照らされる。
「……!」
今まで暗かった小屋の中に月の光が差し込み浮かび上がる影に声を詰まらせる聖職者の男。
「……そ、その姿は……」
そこに居たのは獣人の少年であった。
「ガイルズ……なのか?」
何故か獣人の少年の名を呼びながら戸惑いを見せる聖職者の男。しかし獣人の少年は小屋の窓から見える月を見つめるだけで聖職者の男の問に答えようとしない。
「そうか……お前は……」
何も答えようとしない獣人の少年の姿を見つめながら、理解したように白銀の毛で覆われた獣人の少年の手首にある銀色に輝く腕輪に視線を向ける聖職者の男。
「……ガイルズ」
先程は違い確信に満ちた声で獣人の少年に声をかけ近づいていく聖職者の男。
「グゥルルル!」
しかし聖職者の男が一歩足を踏み出した瞬間、獣が警戒して威嚇するような音を発する獣人の少年。
「……ガイルズ……お前は……お前は!」
「ウォオオオオオン!」
聖職者の男の言葉を遮るように獣人の少年は聖職者の男から距離をとるようにして飛び跳ねると、本物の獣のように両腕を地面につけ眼光鋭く獣の雄叫びをあげた。すると獣人の少年の雄叫びは一瞬にして山全体に響き渡り寝ていたはずの小動物や比較的弱い魔物達を目覚めさせる。目覚めた小動物や弱い魔物達は落ち着きを無くし何かから逃げるようにしてその場から走り出していく。
「ガ、ガイルズ……」
獣人の少年が放った雄叫びの影響なのか、まるで金縛りにあったように身動きが取れなくなる聖職者の男。
「……」
身動きが取れない聖職者の男を一瞥した獣人の少年は、月の光が差し込む窓から飛び出していった。すると獣人の少年の後を追うように月の光も部屋から消えていく。
「ガイルズゥゥゥゥゥ!」
獣人の少年の名を叫ぶ聖職者の男の叫びが真っ暗に戻った部屋に響き渡るのであった。
― 『ヒトクイ』 『ガウルド』 旧戦死者墓地 ―
「……私が夜歩者だとよくわかりましたね」
顔を覆っていたフードをとり、目の前のガイルズ達に顔を晒すギル。フードから解放されたギルの顔は誰もが美女と思う程に美しい。しかしその顔には人間が待つ体温は感じられない。何もかもを凍らせるような冷たい目線をガイルズに向けたギルはニヤリと口元を緩める。裏社会ではあるものの、今まで人間として生活を送っていたギルにとって自分の正体がばれるという経験は初めてであったからだ。それほどまでに自分の存在を強く感じる事が出来る者が目の前にいるのだとギルは、自分の内部から湧き上がる何かに心を踊らせる。
「ああ、俺の鼻は特殊でな、お前みたいな化物をかぎ分けるのが得意なんだよ」
自分の鼻を指差しながら自慢げに語るガイルズは、特大剣を構えギルを挑発するように二ヤついてみせた。
「その言いよう……ふふ、まるで犬のようですね……」
ガイルズに負けず劣らず挑発仕返すギルは、冷たい視線のまま鼻で笑う。
「ただの犬かどうかは戦ってみればわかるんじゃないのか」
自分が発した言葉を置いて行くようにギルに向かい飛び出すガイルズ。特大剣を置いてきたガイルズは、強く握った拳をギルに振り下ろす。
「私と素手でやる気ですか」
たかが人間の拳、躱す必要も無いというように鞘に納めていた長剣を抜剣するギル。振り下ろされたガイルズの拳に長剣の刃をぶつける。
「ッ!」
ガイルズの拳とギルの長剣の刃が触れた瞬間、そこに発生した力に驚きの表情を浮かべたギルはすぐさま長剣を引き後方へと飛ぶ。
「ははは、気付いたか?」
ギルが持つ長剣の刃に触れたというのに指一つ切断される事無く傷一つすらついていないガイルズの拳。
「あなた……まさか……『聖』の力を……」
『聖』とは個人によって大小はあるが人間であれば誰もが持つ生命の力。『闇』の力を持つ夜歩者にとっては少しばかり厄介な力であった。
しかし普通の人間が持つ程度の『聖』の力ならば、夜歩者であれば蚊に刺された程度、聖職者と呼ばれる戦闘職に就く者達の力も面倒ではあるが対処できないものでは無い。
だがガイルズのそれは明らかに違っていた。拳と長剣の刃が触れた瞬間、体を襲う何とも言い難い気持ち悪さがギルに目の前の人間が危険である事を告げていた。明らかに人間一人が持つには強大すぎる『聖』の力がその拳に込められていたからだ。
ギルは今まで対峙した事の無い強大な『聖』の力を前に今までの意識を捨て、目の前のガイルズに本気で対峙する。
「おお? ……やっとやる気になったか? だが残念、お前がやる気になった所で狩る側と狩られる側の立ち位置は変わらない」
「戯言を!」
今度はギルが自分の言葉を置いて行くようにガイルズの間合いに一瞬にして飛び込んで行く。ガイルズの間合いに飛び込んだギルは手に持つ長剣で鋭い突きをガイルズの喉元に放った。その瞬間、ギルが放った突きからは目に見える程の衝撃波を放ち周囲を吹き飛ばしていく。
その状況を少し離れた所で見ていたソフィアはその衝撃波に耐えるのが精一杯で目を閉じてしまう。次にソフィアが目を開いた時、そこには無傷のガイルズと折れた長剣を見つめ驚きの表情を浮かべるギルの姿があった。
「だから言ったろ、立ち位置は変わらない」
驚きの表情を浮かべるギルを見下ろし笑みを浮かべるガイルズ。その笑みには全く『聖』という力を感じさせない邪悪な気配が漂う。
「な……」
ギルの言葉を待つことなくガイルズは再び拳を振り下ろす。触れてはいけないと目の前に迫るガイルズの拳をかわそうとするギル。しかし驚きによって一瞬判断が鈍ったギルにガイルズの拳を避ける事は出来ず、大きな衝撃と共に体中に流れる『聖』の力を感じながらギルは凍りついた地面へと叩きつけられた。
「ガハッ!」
跳ね上がったギルの体はその勢いを止める事無く地面に張った氷を割りながら吹き飛んで行く。
「!」
ソフィアの横を目にも止まらぬ速さで通り過ぎ壁にぶち当たるギル。何が起こったのかも今一分からないまま、ソフィアは自分の後方にある壁にぶち当たったギルに視線を向ける。
「ひぃ……」
ソフィアがギルの方へ視線を向けた瞬間、ギルがぶち当たった壁に突撃していくガイルズ。その流れのままガイルズはすでにボロボロになっているギルをその大きな拳で殴り続ける。あらぬ方向を向く手足、腹から飛び出す内臓、軸を無くしたようにフラフラと動き回る首、人間であれば死んでいるだろうギルを容赦なく殴り続けるガイルズの姿に思わず小さな悲鳴をあげ目を伏せるソフィア。
「死ねぇ……化物!」
血走った眼で獲物であるギルを見つめるガイルズは、上げた右足をギルの顔に向かって踏み抜いた。
「はぁはぁはぁ……」
水が弾けるような音と共に肩を跳ね上げたソフィアは、小刻みに呼吸しながら一度目を背けたギルの方向へ視線を向ける。
「ひぃ!」
そこにはギルの返り血を浴び真っ赤に染まったガイルズの姿があった。
これまで今まで人間離れした戦いをソフィアに見せつけてきたガイルズ。しかし今目の前で起こっている事は、もう人間離れという次元では無い。ソフィアはそう思いながら到底人間とは思えないガイルズを震えながら見つめる。
「はぁ……はぁ……」
体が発熱したように蒸気を放つガイルズは、口からも蒸気を発しながらゆらりとソフィアを見つめる。
「ぅ……」
ガイルズに見られた瞬間、ソフィアは息が出来ないほどに体を強張らせる。
「……ソフィア……化物は徹底的に潰せ……これは俺からのアドバイスだ」
抑揚無くソフィアにそう告げたガイルズは、再び視線をただの肉塊と化したギルの方へ戻す。その表情に今までのガイルズの面影は無い。ただ沸々とソフィアの心に恐怖を植え付けるそんな表情であった。
「……中々やりますね……」
すると突然顔を踏みつぶされ喋れるはずのないギルの声が旧戦死者墓地に響く。
「そうだよな……そう来なくっちゃな……」
響くギルの声の方向へと振り向くガイルズ。そこには全く傷を負っていないギルの姿があった。
「最初の一発以外、全く手応えが無かったんだ……」
血で濡れた両腕をゴキゴキと鳴らしながら五体満足のギルを睨みつけるガイルズ。
「グフゥ!」
突然吐血するガイルズ。
「ガイルズ!」
吐血したガイルズに声を荒げるソフィア。しかしガイルズは来るなという意思表示を示すように開いた手をソフィアに向けた。ガイルズの背にはギルの長剣が刺さっていた。
「なるほど、俺は腐れた死体を殴っていたって訳か……」
今までガイルズが殴っていたもの、それはいつの間にかギルと入れ分かっていた活動死体であった。
「ふふふ、一応、人間の中て私は暗殺者の戦闘職についているもので、このような芸当も出来ます」
黒を基調としたメイド服のロングスカートの両端を摘まみ、頭を下げるギル。
「へー化物なのに、中々達者な事ができるんだな」
活動死体が持っていた長剣に背中を刺さっているというのに吐血して以来涼しい顔のガイルズは活動死体の頭を鷲掴みにすると軽く握り潰す。すると握り潰された活動死体は燃えてもいないのに灰になって消えていく。
「……人間の急所を狙ったはずですが?」
灰になった活動死体を見ながら急所を突いたはずのガイルズがピンピンしていることに首を傾げるギル。それはソフィアも同じであった。
「煙……?」
ガイルズの背中から上がる煙を見つめるソフィア。
「……『聖』による超回復? ……あなた……何者ですか?」
ガイルズという存在がますます分からなくなるギル。
「何者……? ふん、さっきも言っただろ、俺はお前ら化物を狩る存在だ」
ガイルズはそう言いながら上半身の鎧を脱ぎ捨てる。
「……」
殆ど跡すら消えかけているガイルズの傷を見つめるソフィア。もう自分の理解を超えるガイルズとギルの状況にソフィアは言葉を失う。
「さあ……そろそろ終わりにしよう……」
ガイルズは己の中に宿る獣を呼び起こすのであった。
― 回想 ―
「はぁはあ……ガイルズ」
朝日が昇り初め、暗かった山を照らす。山の麓に流れる川の前に佇む少年の背を見つけた聖職者の男は、その少年の名を呼ぶ。
「とう……さん」
ガイルズと呼ばれた少年はゆっくりと聖職者の男をそう呼びながら振り向く。目に溜まる涙を拭う事もせずポロポロと零しながら獣人の姿では無い、人としての姿のガイルズは自分の父である聖職者の男を見つめる。
「……ガイルズ……あのお前の姿は、『闇』を払う姿……『聖』その内に宿す獣となった、しかしその姿になったが最後、人としてのお前の命は死んだ……お前は……化物になったんだ……」
「化……物?」
ボロボロと涙を流すガイルズの視線を避けるように目を伏せるガイルズの父。
「今のガイアスに……お前という存在は……必要無い……」
― 現在 小さな島国『ヒトクイ』 『ガウルド』 旧戦死者墓地 ―
「ウオオオオオォォォォォォォ!」
旧戦死者墓地に響き渡る獣の咆哮。発しているガイルズの姿はその咆哮とともに見る見るうちに姿を変えていく。全身が白銀の毛に覆われ、鼻は突き出し、口は裂け頭部付近に耳が生える。まるで狼のような顔つきに変化していく。全身の骨が砕ける音と共に、瞬時にそれを修復する音が入り混じり、それが何度も繰り返されることによって人の姿をしていたガイルズの身体は全く別の生物へと姿を変えていくのであった。
旧戦死者墓地に響き渡るガイルズの咆哮は、その場にいる者達、いやその場にいる全ての生物の動きを止める。
「人……狼?」
自分の体が金縛りにあったように動かないソフィアはガイルズのその姿を見てある種族の名を口にする。
人狼、獣人の中の一種族の名で、その姿は狼であるが、二足歩行で歩き人語を喋る知性を持った種族である。俊敏な動きとよく利く鼻が特徴で戦闘でも中々の力を発揮する戦闘種族であった。
しかし人から人狼になるという話をソフィアは聞いた事が無かった。
「……聖狼ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅう!」
驚くソフィアとは対照的に人狼へと変化したガイルズを聖狼と呼ぶギル。
夜歩者にとっての天敵、夜歩者という種族を今の地位にまで貶めた存在、聖狼の出現にギルの表情からは憎しみと怒りの感情が溢れだす。
数百年前に起こった人間と夜歩者の争い。それは争いというには余りにも圧倒的であった。
殆どの攻撃が効かない夜歩者に対して人間はあまりにも無力であったからだ。ただの蹂躙と言ってもいい程に人間と夜歩者の間には超えられない力の壁があり唯一戦う事が出来る聖職者達でさえも殆ど何も出来ずに死んでいった。
しかしある日その状況に転機が訪れる。百年以上続いた夜歩者達との争いに対して人間達は、ある存在達を投入した。それは対『闇』兵器と呼ばれ瞬く間に、今まで人間達を蹂躙していた夜歩者達を駆逐していった。その対『闇』兵器の名が聖の力を持つ獣、聖狼であった。
夜歩者達が聖職者の放つ『聖』の力に若干の反応をみせる事は、百年の争いの中で判明していた。しかし反応は見せるものの、倒せる程の力では無かった。
それならば『聖』の力を極限まで高めればいいのではないかと考えた一人の聖職者を中心にして聖狼の開発は始まった。
幾多の犠牲を払いつつも聖狼の開発は進みそして完成、対『闇』兵器として夜歩者達の前に投入されることになった。
その結果、想像以上の戦果をもたらした聖狼達は夜歩者達との争いに終止符を討った存在として英雄になった。
しかしその事実は渇き戦いを求める聖狼達の闘争本能によって闇に葬り去られることになった。
聖狼に変異する事で強力な『聖』の力と強靭な肉体を得る代わりに、理性を失い闘争を求めてしまうその性質に問題があった。標的を失った聖狼達のその闘争の矛先が自分達に向くのを恐れた人間達は聖狼達を処分したのだ。
結局人間にとっては、夜歩者だろうと自分達が作り出した聖狼だろうと同じ化物であることに変わりは無いということであった。
「……だから言ったろう……お前達じゃ俺は倒せないって」
聖狼に変異を遂げた狼顔のガイルズはその顔で流暢に人語を口にする。
「ソフィア……もうそこから一歩も動くな……動いたら死ぬぞ」
変異したガイルズの姿に驚いたまま尻もちをついたソフィアは、ガイルズの言葉にただ頷くだけであった。
「何と……まさかあの忌々しい存在にであ……」
「ウダウダうるさい」
自分達を衰退させる原因となった宿敵である聖狼に出会えた事で恨みと嬉しさが入り混じる複雑な感情を爆発させようとするギル。しかしそんな暇も無いほどにギルが気付いた時には、ガイルズの鋭い牙が自分の首に喰らいついていた。
「ギァアアアアアアア!」
先程の生身のガイルズの拳を凌駕する苦痛に声が枯れるほどの悲鳴を放つギル。対『闇』に特化した聖狼の攻撃はその全てが夜歩者にとっては毒。喰らいつかれた首から体中に『聖』の力が流れ込み激痛を引き起こす。それでもギルは歯を食いしばり折れた長剣でガイルズに攻撃する。しかし突き刺そうとした瞬間にギルの持つ折れた長剣は溶けて行き、折れた長剣を持っていたギルの手や腕までも溶かしていく。
「ガァアアアアアアアア!」
終わる事無く続く『聖』という毒がギルを苦しめる。
「お前達のどんな攻撃も今の俺には一切効かないし届かない……それが単なる長剣であってもだ」
下顎に力を入れギルの首を食いちぎるガイルズ。
「ギィヤアアアアア亜アア嗚呼!」
旧戦死者墓地に響くギルの悲鳴。血しぶきを上げながらギルの頭は旧戦死者墓地へと転がる。
「終わりだ……化物」
転がるギルの首にそう言い放つガイルズは、鋭く尖った爪を振りかざす。
「助けて……スビア……」
『聖』という毒が回り意識が朦朧する中、ギルは自分にとって大切な存在である者の名を口にする。だがその声は迫りくる轟音にかき消され、その者に届くことは無い。
ガイルズの爪がギルの頭を潰す。その衝撃はギルだけに留まらず周囲にある地面や岩なども巻き込みながら吹き飛ばしていった。
「……悪い……僕の考えが甘かったようだ」
ガイルズを中心にして吹き飛んだ地面や土などによって土煙が発生する中、その場に少年の声が響く。
「な、なに……止めた……だと」
土煙の中、ガイルズの振り下ろした腕を片手で止める少年。もう片方の手にはギルの頭が抱えられていた。
「ス……ビ……ア……」
轟音にかき消され、届かなかったはずの自分の祈りに近い声がその者に届いたと安堵の表情を浮かべ、ギルは力なく少年の名前を呼ぶと目を閉じる。
「ギル……よくがんばったね……」
優しい視線でスビアは目を閉じたギルに話しかける。その優しい視線とは裏腹にガイルズの腕に掛かる力は凄まじくガイルズは振りほどこうとするが全く離れない。
「……僕が言えた義理じゃないけれど、よくもギルをやってくれたね……」
その声は変声期を迎える前の子供特有の声。しかしガイルズはその声に背筋を凍らせる。ただの子供の声にも関わらず、その声が一言自分に向けられただけで言い知れぬ圧がガイルズを襲ったからだ。
「まさか聖狼『セイントウルフ)……が現れるとは僕も予想できなかったよ……ギルじゃやっぱり荷が重いよね……」
ガイルズの腕を片手で軽く握るスビアの背中に闇が突然集まったかと思うとそれは翼の形になった。
「聖狼……僕達は似た者同士だ……人間が夜歩者に対して君達を生み出したように、夜歩者も聖狼に対してある存在を生み出したんだ……」
語り掛けるようにガイルズに話しかけながらスビアは握っていたガイルズの腕をグシャリと潰す。
「ぐぉぉぉぉぉ」
黒い翼を生やしたスビアは翼から漏れる闇を纏いながら冷たく笑う。
「原理は君達を生み出した人間と同じように『闇』を極限まで引き上げた存在……」
宙に浮くスビアは、腕を潰され唸るガイルズの腹に鋭い蹴りを放つ。その蹴りはまるで槍のようにガイルズの腹を貫き潰れた腕を引きちぎってガイルズの身体は吹き飛ばす。
「それが僕、闇歩者だ」
まるで『闇』を形にしたような存在、闇歩者スビアは吹き飛んで行ったガイルズに己の存在を知ら締める。
「……今回は似た者同士という事で、蹴りだけで勘弁してあげるよ」
そう言うスビアの目は、ギルと同じように冷たい。『闇』で出来た翼を消し去ると地面に着地したスビアは、腰をぬかしたままどうしていいか分からないという表情で怯えるソフィアに視線を向ける。
「……君、伝説の武器が何処にあるか知っている?」
スビアに問いかけられるソフィア。しかし恐怖のあまり何を聞かれているのか理解できないソフィアは答えられずただ震えていた。
「うーん、君に聞いても無駄なようだね……君の後ろにある大きな球体が怪しいのだけれど……まあいいか」
ソフィアの背後にあった人一人が入れそうな球体に視線を向けるスビア。だがすぐに興味を失ったようにその球体から視線を逸らすスビア。
「この分だと、別に伝説の武器が無くても問題なさそうだし」
そう言うとスビアはギルの頭部を大事そうに抱え、旧戦死者墓地の奥へと歩き始める。
「ああ、何かの縁でまた会うことがあるかもしれないけれど、今度僕達の邪魔をしたら……」
「はぐぅ!」
その瞬間ソフィアの体に圧し掛かる圧力。
「容赦はしないよ……」
急に圧し掛かった圧力によって薄れていくソフィアの意識。ソフィアの耳にこびりつくようにスビアの声が響きながらソフィアは意識を失うのであった。
人物紹介
ガイルズ=ハイデイヒ(聖狼)
年齢25歳
レベル不明
職業 聖狼
装備
武器 銀の牙 銀の爪
頭 なし
胴 なし
腕 なし
足 脚力ある者の足甲
アクセサリー 誓約の腕輪
ガイルズの隠された能力である人狼化、聖狼。
何百年も前に起こった人間と夜歩者との争いで対『闇』兵器として作られた人間を人狼という化物に変異させた兵器の姿であった。
その能力は、身体能力が脅威的に向上する事と、聖狼の全身が夜歩者にとっての毒でありそして究極の防御になるという事である。夜歩者の弱点とされている人間が持つ生命の力、『聖』の力と、その『聖』の力と相性がいい銀が聖狼の毛や牙爪には編みこまれているという。
ガイルズが腕に付けている誓約の腕輪が聖狼に変異する引き金となっているようだ。
どんな理由でガイルズが誓約の腕輪を手に入れたのかは定かでは無い。
因みに獣人である人狼と間違われやすいが、人狼に白銀の毛を纏った者は居ない。