隙間で章7 密会
ガイアスの世界
人類の精神耐性
種族や環境によって人類種の精神耐性は大きく違ってくる。当然過酷な場所で育ってきた者の精神耐性は強く、何不自由なく生きてきた者の精神耐性は低いとされている。
しかし時代の流れや環境の変化によって現在ガイアスで生きる人類種の精神耐性は低くなっていると言われている。
それはガイアス自体が現在比較的平和であることが影響していると思われる。
だがそれとは別に精神を操る魔法を禁じたことが大きく影響しているのではと一部の者達の間では噂されていたりする。
実際ガイアス史上最も過酷であったとされている魔族との争いの時代では、魔族は精神を操る魔法を問答無用で使用してきた。問答無用で放たれる精神操作の能力に抗う為に人類はあえて精神操作系の魔法にかかり精神耐性をつけていたという古い文献が残っていたりもする。
隙間で章7 密会
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
― ヒトクイ ユモ村 村長の屋敷 ―
のどかな雰囲気が漂うユモ村には似合わない叫び声が村中に響き渡り始めて数時間。既に昼を過ぎ空はオレンジに染まり始めていたが、村中に響く叫び声は絶えず続いていた。叫び続けた影響で声の主の喉は枯れカスカスになっていたが、それでも悲痛と恐怖を訴えるその叫びが止むことは無い。
しかしそんな状態が半日以上続いているというのに村民たちはまるでその叫び声が聞こえていないというように笑顔を絶やすことなく日常を送っている。その光景は明らかな違和感しかない。不気味とも言える。そう今のユモ村は普通では無いのだ。
その原因となっているのが何処からともなく現れた一人の少年と分厚い本であった。
「人心掌握……村人たちの心を操るなんて酷いことをする……」
フードを目深に被った男は屋敷の窓の外から見える村民たちの日常を眺めてそう呟いた。
絶えることのない笑顔、変わらない平和な日常。一見誰もが望む生活を謳歌しているようにも見えるユモ村の人々。だが事実は違う。
一冊の本が扱う能力、人心掌握によって村民たちの心は都合よく操られていたのだ。自分達に不都合な事、いや一冊の本にとって不都合な事を全てもみ消す為に。
「わかっていますか? 今のガイアスでは人の心を操る能力や魔法、道具は禁止されているのですよ」
言葉自体は批判しているがその声色に怒りなどは無くどちらかと言えば呆れているようなフードを被った男は、現在のガイアスの常識の一つを口にするとその視線を窓の外から室内に移しベッドで眠り続ける少年とその横に置かれた分厚い本に向けた。
『……生憎、それは人類の決まり……私には適用されません……それに私がこの能力を使ったことを不満に思っているよですがですが、この能力を授けたのはあなたでしょう、創造主』
窓際に立つフードを被った男を創造主と呼んだその声は、自分が人間であることを否定し、人類の理には当てはまらないと言い切るとそんな能力を授けたのはあなただと責任を押し付けた。
「……確かに授けたのは私だ、が、強力な能力の使用の有無は君の選択だ、その為に私は君に自我を与えたつもりだビショップ……」
創造主と呼ばれた男は、寝息を立て寝ている少年では無く、その横に置かれた分厚い本、自我を持つ伝説の本ビショップにそう答えた。
『ならば尚更……これは私の判断の結果……創造主、あなたにとやかく言われる筋合いは無いでしょう』
会話のやり取りたげを聞けば、二人は静かに言い争っているようにも思える。しかし創造主やビショップの声色に怒りの感情は籠っていない。そればかりりかそのやり取りを言い争いを楽しんでいるようにも聞こえる。
『今私は……彼の為に……坊ちゃんの為に存在しています、坊ちゃんの為ならば例え生みの親であるあなたに歯向かうことも辞さないつもりですよ』
だがビショップが口にした最後の言葉だけは強い想が宿っているようであった。
「……ふふふ、まさか君がそんな事を言う日が来るとは思わなかったよ……」
ビショップのその言葉が意外だったのか、少し笑みを零した創造主はビショップに向けられていた視線をその横で寝ている少年に向ける。
「君は人類に関心が無かったからね……でも、彼は違う……この世界の住人では無い……だから君は彼に……ユウト君に興味を持った訳だ……」
少年ユウトが何者であるのかその存在を理解している創造主は、ゆっくりと寝ている少年の頬をまるで自分の子供であるように愛しく撫でた。
『……はい、この世界を壊すにしても、継続させるにしても別の世界から来た坊ちゃんがこれから成す事はどんな結果に成ろうと最適解だと私は判断……いや思っています』
「ふふふ……本当に変わったね……」
ユウトが目指す未来が最適解であると言い切るビショップの言葉に再び笑みを零す創造主。
『何がおかしいのですか?」
創造主との今までの会話を全て理解しているようであったビショップはこの時初めて疑問を口にした。
『いやいや、気にしないでくれ……これは私のただの独り言だ』
ビショップは気付いていない。深い眠りについている少年がもたらした影響を受けていることを。普段のように偽ること無く、自身の本音で語ったビショップの口調がどこか人間臭かったことを。
「……うん、君の気持ちは分かった……だがどちらになるにせよ、憂いは払っておかなければならない……その後の判断は君の所有者に任せる……それまでは目的だけは忘れずに彼らを導いてれ……」
ビショップの言葉に納得する創造主は頷くと、僅かに真面目な口調でそう注意事項を告げた。
『はぁ……全く損な役回りです、これでも私は仲間だけは大切に思っているのですよ、本当は彼らと仲良くしたいのです』
ビショップはため息を一つ付くと自分に与えられた役目は損だと言い、本当は仲間と仲良くしたいと損な役回りを押し付けた創造主に批難を向ける。しかし先程本心で語っていた姿はもう無くビショップが口にする言葉は普段通りの嘘なのか真なのか雲を掴むような雰囲気に戻っていた。
「……そう言う所、変わっていないね……」
そう答えた創造主は口の端を少し吊り上げて笑みを零した。
「……さてそれでは行くよ……後の事は任せる……だがくれぐれもやりすぎないようにね……」
『はい、仰せのままに創造主……あなたと話せて楽しかったです』
別れの挨拶を済ませた創造主はビショップの本心とも世辞とも取れない言葉に頷くと、忽然とその場から姿を消した。
ガイアスの世界
ユモ村の実情
ビショップが統治することで理想郷とも言える村に見えるユモ村。
だが本当のユモ村は貧しい村であった。
村民が誇らしげにスプリングに語った先祖が村の周囲を開拓したことで魔物が寄り付かなくなったという話は全てビショップが作りだした嘘であった。
本来のユモ村の周囲は作物は愚か、雑草すら枯れ果てる枯れた土地であり、魔物の襲撃も念に何度か起る非常に危険な村であったのだ。
しかしユウトとビショップがこの村に訪れたことによって事態は変化を迎える。一夜を待たずして
劣悪な環境であったはずのユモ村の周囲は平原へと姿を変えたのだ。
これも全てビショップが持つ能力の一つであった。村の環境を整え村民たちの自我を操り一夜にしてビショップはユモ村を自分が支配する村へと変貌させたのである。