時を遡るで章(スプリング編)11 原初の種
ガイアスの世界
バラライカ
魔法の祖、最初の魔法使いイングニスの娘であるバラライカは、イングニスと人間との間に生まれた混血森人である。
姿は父親である人間の特徴を強く受け継いだ為、森人の最大の特徴である尖った耳では無く見た目はほぼ人間。バラライカを見て誰も混血森人だとは気付かない。
見た目は人間の特徴を強く受け継いだバラライカだったが、こと魔法に関しては森人の特徴を強く受け継いでおり、その才能は後のヒトクイ統一戦争で発揮されることになった。
後年、バラライカは男性と結婚し戦闘職を引退、スプリングを生みヒトクイの北側の地で静かに暮らしていた。
あの悲劇が起るまでは……
時を遡るで章(スプリング編)11 原初の種
青年がまだ子供だった頃、自我を持つ伝説の武器と出会う前……
「長い時を生き、既に涙など枯れ果てたと思っていたが……申し訳ない……みっともない所を見せた……」
イングニスは目元に残った涙を指で払いながら、泣いている間ずっと黙り続け泣く時間をくれたインセントに詫びた。
「……」
娘を失ったという事実に今も尚悲しみを内包するその目は、すぐにでも再び涙を零しそうに不安定な揺らぎを見せている。しかしそれでも尚、気丈に振る舞う目の前の森人の姿にインセントは、戦場を一緒に駆け抜けた今は亡き仲間の姿と重ね合わせた。
「……剣士殿……いやインセント殿はどうやら私の娘に気があったようだな?」
「なッ! そ、そんな訳あるか!」
突然の言葉に真剣な表情が一瞬にして崩れ動揺が露わになるインセント。
「隠さなくてもいい……千年以上も生きていれば、嫌でも察しやすくなるものだ」
人類種の中で最も長命である森人。その平均寿命は八百年と言われているが、イングニスは当にその平均寿命を超えていることを告げると慌て動揺するインセントを見つめる。
「インセント殿……あの子は私に似ていたか?」
インセントが自分の顔を見て娘の面影を重ねていることに気付いていたイングニスは、茶化すことはせず娘の事を思う母親の顔でそう尋ねた。
「……あ、ああ……勝気であんたみたいに落ち着いた雰囲気は無かったが……ふと見せる表情はあんたにそっくりだったよ……」
共に戦った戦場で見せた少し悲しそうな表情のバラライカを思い出すインセントは、途中まで羞恥心と動揺に感情が荒ぶっていたが、イングニスのその表情に羞恥心と動揺は消え真面目にそう答えていた。
「そうか……あの子はいい仲間をもった……」
そう言いながらイングニスはニコリと少女のような笑みを浮かべる。
「……チィ……」
イングニスの笑顔を直視できないのかインセントは視線を逸らし舌打ちを打った。ニコリと少女のように笑うイングニスの笑みは、バラライカがふとした瞬間に見せた笑みと瓜二つだったからだ。
「ああ、もういい……それより小僧のことはどうするんだ?」
今度は先程とは違い明らかにからかっている様子のイングニス。今の自分が不利な状況にあると思ったインセントは流れを変えようと話題を変えた。
「……スプリング……」
「……」
先程の様子からしてスプリングの話題を出せば、即座にイングニスはこの話題に乗るだろうと思っていたインセント。しかしインセントが予想した反応とは違い自分の孫の話題を振られたイングニスの表情は何故か険しものとなった。
「……インセント殿は、スプリングの事をどう思っている?」
静かにスプリングの事を尋ねるイングニス。
「……小僧のこと? ははッ……ただの生意気なガキだな」
スプリングの事を尋ねられインセントは茶化すように鼻を鳴らしながらそう答えた。
「……真面目な話だインセント殿……」
「……はあ……」
冗談は一切無しだと言わんばかりのイングニスの眼差しについて行けず表情を引きつらせるインセント。
「はぁ……小僧には剣の才能がある、あいつが望めば俺と同じ……いや、俺をも超える『剣聖』の資質を持っていると俺は思っている」
正直本音は言いたくないと渋々インセントは自分が思っているスプリングについての印象をイングニスに口にした。
普段の行動は兎も角、戦闘に関してだけは常にスプリングに厳しい評価を下していたインセント。だがその実、インセントはスプリングに『剣聖』としての才を見出しているようであった。
「まぁ……当たり前といえば当たり前か、小僧の父親は戦い方こそ違うが俺と同じ『剣聖』だったからな……」
スプリングの『剣聖』としての才能が父親からのものであるとイングニスに語るインセント。しかしそう語るインセントの表情は何とも複雑なものであった。
「ふむ……そうか……スプリングには『剣聖』としての才が……」
インセントの言葉に何処かほっとした表情を浮かべるイングニス。
「……」
イングニスのその反応を見つめるインセント。
「あ、ああ……いや、孫に凄い才能があることが知れて安堵したんだ」
今のやり取りの中に慌てる要素は一つも無いというのになぜか慌てた様子イングニスはそう言って取り繕った。
「ふーん」
明らかにイングニスが何かを取り繕っている事はインセントの目にも明らかだった。しかしインセントはそれに気付いていないという様子でイングニスに向けていた視線を逸らした。
「……今まであいつには剣技を教えてきたが、魔法の祖と言われるあんたの血を引いているんだ、小僧も魔法を学べば……」
「……あの子に魔法は駄目だ!」
インセントの言葉を遮るイングニス。しかし次の瞬間、イングニスは慌てるように自分の口を塞いだ。
「ふーん……小僧の話をし始めた時から様子がおかしいと思っていたが……どういうことだ? なぜ小僧に魔法が駄目なんだ?」
スプリングの事について話始めた当たりから様子がおかしいことに気付いていたインセントは、口を手で塞いだイングニスにその言葉の真意を尋ねた。
「……それは……」
思わず口にしてしまった言葉を恨むように俯き沈黙するイングニス。だがインセントは沈黙を押しとおしてどうにかなる相手では無い事はイングニスも何となく理解していた。
「……あの子は私や娘と同様に原初魔法を扱うことが出来る素質があるからだ……」
「なッ!」
そう告げたイングニスの言葉に驚きのあまり一瞬言葉を失うインセント。
「……そうだよな……一応小僧もあんたの血を引いてる訳で……」
混血森人であるバラライカの子供であるスプリングは言わば、小半森人ということになる。母親であるバラライカと同様に外見上全く森人の特徴を持たないが、その血には確実に森人の血が混じっており、スプリングが原初魔法を扱える素質を持っていてもおかしくは無いと自分の認識を改めるインセント。
「だが、それと小僧が魔法に触れちゃならないことにどんな理由があるんだ?」
しかしスプリングが魔法に触れてはいけいなと言うこと原初魔法に全く接点を見いだせないインセントはその理由を尋ねた。
「スプリングが魔法に触れれば原初魔法は活性化する」
「活性化すると何か不都合でもあるのか?」
全く答えに辿りつけないインセントは首を傾げる。
「……森人が滅びた理由を知ってる?」
突然自分の種族が滅びた理由を人間であるインセントに尋ねるイングニス。
「それは……確か……『闇』の力を持つ種族……魔族に……て、おいまさか!」
驚くインセントの言葉に頷くイングニス。
数百年前に起った、人間と『闇』の力を持つ種族、魔族との戦い。その戦いより数十年前、ガイアス全土の支配を目論んでいた魔族は、原初魔法という強力な力を持つ存在、森人が脅威になると考えていた。だがその反面、原初魔法という強力に憧れを抱いていた魔族は、その力を奪おうと森人が住む森を襲撃した。
長命である為に子孫を残すことにあまり積極的では無かった森人の数は少なく、そこに目をつけた魔族は圧倒的な数で森人を圧倒していった。森人を数で圧倒した魔族だったが、森人の反撃によって戦力を大きく損失したことによってガイアス全土の支配計画は数十年間遅れることになった。
だが戦力と時間を失ったものの、魔族は念願の原初魔法を手に入れることに成功した。しかし原初魔法は当時の魔族には高度過ぎる代物で魔族の中で完全に扱えた者は殆どおらず、扱えた者でも完全な力を発揮できる者はいなかった。
だがそれでも原初魔法の力は凄まじく、ガイアス全土の支配を再開した魔族はここから百年、人間達を苦しめたのだった。
これが森人が滅びた理由と、その顛末の一部だと語るイングニス。
「……最終的に人間の勝利に終わり魔族は衰退……今では人類種と仲良くしようとする魔族もいるが、大半の魔族は今も再起の時を狙っている……そして再起を狙っている魔族の中には既に滅びた森人の原初魔法を今でも探している魔族がいる……」
「おい……まさかその魔族が……」
何かに勘付いたインセントは目を見開いた。
「ああ、その魔族はバラライカを殺し、そしてスプリングの命をも狙っている」
スプリングの両親を殺した存在が魔族であるとインセントに告げるイングニス。
「ま、待て……それは不味い……昨日俺は宿屋の前でそいつに会ったぞ」
昨夜宿屋の前で黒ずくめの男に出会っていたインセント。当然その時は、黒ずくめの男の正体もその目的も分かってはいなかったインセントは、焦った様子でその事をイングニスに伝えた。
「ああ、知っている……丁寧に私に連絡をよこして来た」
「はぁ? 連絡をよこして来ただと?」
まるで知人のような口ぶりで黒すぐ目の男、魔族について話すイングニスに首を傾げるインセント。
「……魔族の再起を目論み、原初魔法を狙うその魔族の正体は、古き同胞、魔に堕ちた森人……魔森人だ……」
「なっ! ……」
魔族の正体に驚愕するインセント。
「……奴は魔族に魅入られ魂を売り魔族になった……そして奴は森人が持つ原初魔法の全てを自分の物にしようとしている……」
かつての同胞が魔へと落ちた経緯を簡単にインセントに説明するイングニス。
「ま、待て……元々そいつも森人だったのなら、原初魔法を使えたんじゃないのか?」
その魔族が元々、森人だったならば原初魔法を使えるのではないかと当然の疑問が湧いてくるインセント。
「……そう普通ならば原初魔法を扱えるはずだった……だが奴は……森人でありながら原初魔法を扱えなかった……周りとは違う自分、それが奴の心を歪めた……そしてその劣等感から奴は魔族に魂を売ったんだ」
本来あるはずの力を持たずして生まれてきた落ちこぼれ。それが魔族になった森人、魔森人の正体であった。
「今回、幸いだったのは……スプリングの中にまだ原初魔法の存在が芽吹いていないこと……だが魔法に触れればいずれその種は芽吹く……そうなれば奴はスプリングの命を狩りに来るだろう……」
スプリングの内に秘められた原初魔法はまだ芽吹いていない。だがこれから魔法に触れることによって種は芽吹くと言うイングニス。
「なるほど、だから魔法に触れさせたくなかったって訳か……」
スプリングが魔法に触れることを拒絶したのか、その理由に納得したインセントの言葉に頷くイングニス。
「……うん? おい、だったらあんたの身も危ないんじゃないのか?」
大事なことに気付いたインセントは焦るようにそうイングニスに言った。そう目の前にいるのは人類種に魔法を広めた魔法の祖と言われる最初の魔法使い。イングニスも当然、原初魔法を持つ者であるからだ。
「それについては問題無い」
だが当の本人に焦りの色は見えない。
「……既に私の内に原初魔法は存在しない……」
魔法の祖、最初の魔法使いイングニスはそう言うと座っていた席から立ち上がり広間の扉へと向かうのであった。
ガイアスの世界
バラライカと原初魔法
森人と人間の間に生まれた混血森人であるバラライカ。当然、森人の血を引く彼女も原初魔法を扱えた。
五属性同時詠唱や無詠唱による高度な魔法など普通の魔法使いには扱えない離れ技を彼女は原初魔法を通して扱っていたようだが、原初魔法の存在を知られてはならない為、使うことは滅多に無かったという。




