時を遡るで章(スプリング編)10 人間と森人の混血
ガイアスの世界
森人の滅び
原初魔法を扱うことが出来た森人は『闇』の力を持つ種族に目をつけられるようになった。
世界支配を目論んでいた『闇』の種族にとって、脅威の力を持つ森人は邪魔な存在であったからだ。
当時圧倒的な数と身体能力、そして魔物を使役する力を持っていた『闇』の種族は、森人が扱う原初魔法を自分たちの物にしようとも考え森人たちが住処としていた森を襲撃。圧倒的な物量によって森人を蹂躙し絶滅に追い込んだと現在ガイアス中で語られている史実では伝えられている。
時を遡るで章(スプリング編)10 人間と森人の混血
青年がまだ子供だった頃、自我を持つ伝説の武器に出会う前……
森人の後を追いスプリングとインセントが辿りついたのは村の中で一番大きな建物、貴族が住むようなブルダンの村には似つかわしくない屋敷であった。
「……こんな大きな屋敷……あったっけ?」
インセントの指示で村の出入り口に向かった際も、今居る場所の方角に視線を向けていた事を記憶していたスプリングは、まるで突然現れたように姿を現した大きな屋敷の存在に首を傾げた。
「……幻術魔法ってやつだ……俺達は今まで幻術を見せられていったんだよ」
驚きを隠しきれないスプリングに自分たちが幻を見せられていたのだと説明するインセント。
「……いや……原初魔法って言ったほうがいいか? なあ?……魔法の始祖、最初の魔法使い……イングニス……」
インセントはそう言いながら視線を自分達に背を向け屋敷に入ろうとしている森人に向ける。
「イングニス?」
何処かで聞いたことがある名ではあるが、思い出せないスプリングは、インセントの言葉に顔を傾げた。
「フフフ……剣士殿……懐かしい名前を知っているな……」
笑いそう答えた森人。だが結局インセントの問には答えることは無く、そのまま屋敷の扉を開いた。
「「「お帰りなさいませ」」」
すると扉の奥から森人を出迎える複数の女性の声で響く。
「客人だ、もてなしてあげなさい」
自分を出迎えた女性たちにそう告げると森人は女性の一人に脱いだ上着を渡し、スタスタと奥の部屋へと歩いていく。
「お、おい!」
何も言わず一人で奥の部屋へと向かって行こうとする森人を追おうとするインセント。
「お荷物を……」
しかし三人を出迎えた女性の一人が森人を追おうとするインセントの進路に立ちはだかりそう告げる。村の人々とは違う雰囲気を持つ女性たちは皆メイド服を着ている。どうやら森人の従者らしかった。
「愛想のない顔しやがって……俺の荷物は無い邪魔だ……」
そう言いながら目の前に立ちはだかる無表情、無感情なメイドを押しのけ森人を追おうとするインセント。
「お客様、お荷物を」
しかし押しのけようとしたメイドの体はまるで岩のように動かない。人の大きさ程の岩ぐらいならば馬鹿力を持つインセントであれば、軽々と動かすことができるはずであった。しかしインセントの馬鹿力を持ってしても目の前に立ちはだかったメイドを動かすことが出来ない。
「なに……」
びくともしないメイドに唖然とするインセント。
「さあ、坊やも手荷物や背中に背負ったその武器を渡してください」
手を差し出しながら別のメイドはスプリングに対して長剣と手荷物を渡すよう促していた。
「は、はい」
高圧的では無いが、それでも従わなければならないような言いしえない圧を感じたスプリングはメイドの言葉に素直に従い背負っていた長剣と手荷物を渡した。
「チィ……」
渡さなければ奥に行けないと悟ったインセントは納得できないという意思表示を現しながら持っていた数本の剣を目の前に立ちはだかっていたメイドに渡した。
「「「それではどうぞこちらへ」」」
スフリング達の武器や手荷物を持った女性たちは僅かなズレも無く声を合わせ森人が向かった奥の部屋へと二人を先導した。
スプリング達を先導するメイドたちの顔は森人に匹敵する程に皆美しい。しかしその表情は無であり血が通っているようには思えない。そしてよくよく見ればメイドたちの耳は森人のようにとがってはいない。そして更にはメイドたちの顔は全て同じであった。
「傀儡か……」
メイドたちのその姿にボソリとそう呟くインセント。どう考えても目の前にいるメイドたちは森人でも無ければ人間でも無い。そこでインセントの頭に浮かんだのは傀儡だった。
森人は魔法には長けているが、力は人類種の中で最も低いと言われている。力仕事は苦手な為に、それを補う為に魔法を駆使して傀儡を作り任せているとインセントは何かの文献で読んだことがあった。
メイドの一人は扉の前に立ち止まると、その扉を開いた。
「広い……」
扉を開いた先に広がったのは、大勢の者達が一同に会し食事が出来る長方形テーブルが置かれた大きな広間。その広さに驚きの声を上げるスプリング。
「さあ、座るといい」
スプリング達から見て長方形のテーブルの奥、一人用の席に座っていた森人は広間に入ってきた二人を歓迎するようにそう告げた。
「……」
広間を見渡しながら森人の言う通りに長方形テーブルに設置された一番近い椅子へと腰掛けようとするスプリング。
「……童子よ出来ればもっと近くによって私に顔をみせて欲しい」
広間は大きく長方形テーブルもその広間に合わせ長い。軽く十人以上が席に着くことが出来る長方形テーブルの端に座られては既に端に座っている森人からすれば会話をするのが一苦労というのが普通だろう。会話するのに不便と感じた森人はもっと近くにと催促した。しかし森人が傍にと指名したのはスプリングだけであった。
インセントには見向きもしない森人はスプリングだけに視線を向け話していた。
「おい、あんたに用があるのは小僧じゃ無くて俺なんだがな」
森人のその態度に少々苛立ちを覚えたインセント。だがそれでも森人はニコニコとご機嫌な表情でスプリングを手招きするのだった。
「はい」
断るのも変だと思いその誘いを素直に受け腰掛けようとしていた席から離れ森人が座る席の側へと向かうスプリング。
「小僧」
言われた通りに森人の側に向かおうするスプリングを呼び止めるインセント。その表情には明らかな警戒心が伺える。
手荷物や武器を奪われ丸腰の状態で相手の懐に飛び込むのは戦闘職として二流、いや三流の素人と言ってもいい。更に言えば、その相手が魔法の基礎を生み出したと言われている森人ともなれば、インセントであっても警戒しない訳にはいかないのだ。
インセントの呼びかけに、足を止めるスプリング。
「フム、お前の師匠はいつもあんなに警戒心が強いのか?」
その美麗な容姿を際限なく崩した笑顔のまま、自分の側へとやってきたスプリングにインセントの事を尋ねる森人。
「い、いや……いつもは全く無警戒というか……なんというか……」
森人の問に頭の中を過る言葉は幾つかあったが、スプリングは少し考えた末、過った言葉の中である程度当たり障りの無い回答を選び歯切れ悪く口にした。
「ふむ、なるほどの……だとすると剣士殿は私の実力を買ってくれているようだな……」
そう言いながらスプリングに向けていた視線をインセントに向ける森人。
「……」
その視線に対し何も答えようとはしないインセント。
「ふむふむ、まあいい……」
インセントの無言を答えとして納得する森人は再びスプリングに視線を向ける。
「童子よ、名前はなんというんだ?」
ニコリと優しい表情で微笑みスプリングに名を聞く森人。
「俺は……スプリング……スプリング=イライヤです」
素直に真っ直ぐに自分の名を告げるスプリング。
「……そうかスプリングか……春……良い名前だ……私の名前は、イングニス……よろしくスプリング」
何処か思い出に浸るような表情をした森人イングニスはスプリングに再び柔らかい笑みを向ける。
「……」
先程からイングニスに感じるこの懐かしさは何だろうと戸惑いつつもその戸惑いが嫌では無いスプリングは釣られるように笑みを浮かべた。
「……スプリングよ、これから少しこの剣士殿と込み入った話をしたい、折角近くこの場に来てもらってすまないが少し席を外してもらえないか?」
「……」
自分が来いと指示を出したのにも関わらず、スプリングに席を外せというイングニスの言葉は、自分勝手な物言いであった。それをよく理解しているイングニスは本当に申し訳なさそうな表情でスプリングに頭を下げていた。
「は、はい……」
「……」
二人がこれからどんな話をするのか気になるが、空気的にこの場に居すわることは出来ないと悟り素直にイングニスの申し出に頷くスプリング。
「スプリング様、こちらへ」
広間に居たメイドが広間を出て行くスプリングに付き添う為に近づき出口へと先導する。
「スプリングよ、本当に申し訳ない、また後で話そう」
広間の出口へ向かうスプリングの背にそう声をかけるイングニス。
「……はい……」
振り返ったスプリングは頷くとメイドに先導されながらその広間を後にした。
「……あんた、何で小僧をこの場から外したんだ?」
スプリングが広間から出て行ったことを確認したインセントは、イングニスになぜスプリングをこの場から外させたのかその訳を尋ねた。
「……剣士殿だって、これから話す内容を聞かせたくないという予感があったから、あの子が席を外すことに関して、一切口を挟まなかったのではないか?」
そうインセントに答えるイングニスの表情は、先程までのデレデレ笑顔とは違い、まごうこと無き、森人が持つ美しさを持つものだった。
「ふん……」
図星だったのか、イングニスの答えに鼻を鳴らしそっぽを向くインセント。
「……そんなことよりだ、質問に答えてもらうぞ……俺はあんたによく似た知り合いを知っている……心当たりは……ないか?」
何か確証を持っているような口ぶりでイングニスに問いかけるインセント。
「……回りくどい聞き方をする……」
「ならはっきり言う、あんたはバラライカとどんな関係だ?」
インセントはかつての仲間の一人バラライカという人物の名を口にした。
「あんたの顔はバラライカとよく似ている……どういうことだ?」
森人であるイングニスの顔と戦場で共に戦った仲間である人間のバラライカの顔が瓜二つという状況がどうにも呑み込めないインセントはその疑問をイングニスにぶつけた
「だいたいは察しているのだろう……そう、バラライカは私の娘だ」
「……ッ!」
インセントの言葉に動揺するインセント。
「ま、待て……あいつは人間だ森人じゃない!」
確かに戦場で一緒に戦っていたバラライカの姿に人間だったと記憶しているインセントは、イングニスの言葉を否定する。
「……あの子は私と人間の男の間に生まれた混血だ」
「……混血だと」
戦地を共にした背中を預けた仲間が人間と森人の混血であるという事実に動揺が止まらないインセント。
「だ、だがあんたみたいにバラライカの耳は尖ってはいなかった」
混血は両親の特徴をバランスよく受け継いで生まれてくることが多いとされている。しかしバラライカの姿に森人の特徴は無かった。あるとすれば美しい容姿だけだった。
「……混血が全て両親の特徴を持って生まれてくる訳では無い……あの子は人間の特徴を強く持って生まれただけで、確かに私と人間の間に生まれた混血だ……でも……姿が人間だったからこそ、あの子は人間として生きたかったのかもしれない」
違う種族同士の間に生まれた混血の見た目はバラバラだ。両親の特徴をバランスよく持って生まれてくる者もいれば片方の親の特徴を色濃く受け継いで生まれてくる者もいる。それは外見だけに留まらず、両親の種族が持つ内面的な特性にも現れることがある。
バラライカの場合、人間の特徴を多く持って生まれた為に一目見て彼女が混血であることを見抜くことは難しい。その為、混血はその容姿から差別されることがあり生きづらいことが多く、特に片親の見た目の特徴だけを色濃く受け継いだ混血は色濃く受け継いだ方の種族として生きていくことが多いとされている。
「……かもしれない?」
自分の娘の事に関してなぜ不明利用な言い方をするのかインセントは首を傾げた。
「……あの子が突然この村を飛び出していってからもう三十年以上……一度もあの子はこの村に帰ってくることは無かった」
容姿が人間に近い混血のバラライカは森人が住むこの村では生きづらかったのかもしれない。だから飛び出しそして帰ってこなかったのか知れない、そんなことをイングニスの言葉から察するインセント。
「日々、幻術魔法でこの村を守ることに追われていた私は幼いあの子に何もしてやれなかった……いや、これはただの言い訳か……」
先程スプリングに見せていたものとは違い自傷気味な笑みを浮かべるイングニス。
「私自身、あの子を何処か色眼鏡で見ていたのかもしれない、私は本気であの子を愛そうとはしていなかったのかもしれない……もっとしっかりあの子と向き合っていれば、そう気付いた矢先の事だった……あの子の死を知ったのは……」
イングニスの表情が苦悶に染まる。
「……おい、何でバラライカが死んだってことをあんたが知っている?」
イングニスがバラライカの死を知っていることに驚いたインセントは何故知っているのかと尋ねた。
「……森人は念波を使うことが出来る」
「念波?」
「……森人は同族同士であれば、離れた場所でも念波を通して会話することが出来るんだ……だが……あの子は混血……見た目は人間に近かったが魔法の才能は私よりも遥かに高かった、だが念波は全く使えなかった……そんなあの子が……最期の瞬間、私に念波を送ってきた……下手過ぎて何を言っているのか殆ど聞き取れなかったが……」
そう話しながらイングニスの目からは大量の涙が零れ落ちる。
「しっかりと聞き取れたのは最後だけ……子供を頼む……それだけだった……」
そう言い終えたイングニスは自分の顔を両手で多い嗚咽を漏らした。
「……子供を頼む……小僧のことか……」
そう呟きながらインセントはスプリングが出て行った広間の扉を見つめていた。
ガイアスの世界
森人が持つ共有感覚 念波
魔法に長けている森人は、その魔法を発展させた念波というものが扱える。どんなに離れた場所であっても森人同士ならば会話ができるというもので、これによって森人は離れた所にいても互いのことを感じあえていたという。
近年、他の人類種でも念波のような魔法は開発されたが、精神力の消費が激しく、森人のように簡単には扱えない魔法となっている。




