時を遡るで章(スプリング編)9 森人
ガイアスの世界
森人
数百年前までガイアスに存在していたと言われる人類種の一つ。
ガイアスに存在する人類種の中で一番容姿が美しいと言われ、その感覚は他の種族にとっても共通認識として知られている。
魔法の扱いに長け、人類種の一つである人間の戦闘職、魔法使いの基盤を作った存在とも言われている。
しかし或る日を境に森人たちは忽然と姿を消した。現在、ガイアスにおいて森人の存在は確認れていない。
時を遡るで章(スプリング編)9 森人
青年が子供だった頃、自我を持つ伝説の武器に出会う前……
森人とは読んで字の如く、森に棲む人類種の事を示している。緑が生い茂る広大な森に棲む森人は、特徴的な長い耳を持ち、他の人類種では敵わない程の美しい容姿を男女共に誰もが持っている。そして何よりも森人は魔法の扱いに長けており他の人類種が扱う魔法の基礎を生み出した種族でもある。
だが森人は非常に警戒心が強く己達が持つ力、特に魔法の力が悪用されることを嫌い他種族、他の人類種との関わりを極端に避ける傾向があった。
しかしどんなことにも例外はあるように他の種族、人類種との関わりを持ちたいと思う変わり者は存在する。
今から千年程前、一人の森人は自分が住む森を離れ旅に出た。外からの刺激を拒み、好奇心無く日々森でゆっくり過ごす閉鎖的な自分の種族を嫌ってのことであった。
森人は世界を旅し様々な人類種と交流を深め、そして自分が扱う原初魔法と呼ばれる力を他の種族たちが扱いやすいように魔術という形に作り替えて教えていった。その見返りとして森人は他の人類種から剣術や弓術、当時の学問など様々な事を自分の好奇心のままに学び研鑽を積んでいった。この一人の森人の旅は、後の他の人類種に多大な影響を与えることとなった。
百年という他の人類種にとっては長すぎる旅を終えた森人は、自分の故郷に帰ると百年の旅で得た様々な知識を他の森人達に教えていった。最初は外の知識に警戒を示した他の森人たちもしだいに外の知識に興味を持ち気付けば森人の住む森は今まで以上に快適で実り豊な森となっていった。
旅によって得た技術や知識を話す森人の話は、他の森人たちの好奇心を刺激し外の世界への希望を募らせていくことになった。
森人たちが外の世界に興味を抱き始めた頃、『闇』の力を持つ種族がガイアス中に勢力を伸ばしはじめた。当時、どの人類種よりも身体能力に優れていた『闇』の力を持つ種族は、その身体能力と、珍しい能力で次々と他の人類種を蹂躙し始めたのだ。それを知った森人たちは彼らの手がいずれ自分達の森へ向けられることを悟り、種族の危機、果ては世界の危機に立ち向かうべく歴史の表舞台に立つことを決意したのだった。
だが森人にとってこの判断は、自分たちの身を滅ぼすことになった。森人たちは自分達が抱いた好奇心と世界を救いたいという正義感に呑まれ、滅びの道を突き進む結果となったのだ。
「森人……」
既におとぎ話や伝説譚に出てくる登場人物としてしかその存在を知らないスプリングは、自分の目の前に姿を現した女性たちを見ながらそう呟いていた。
先のとがった長い耳に、スプリングすらも見惚れてしまう程の容姿。確かに自分の周囲にいる女性たちの容姿は、おとぎ話や伝説譚に出てくる守り人に酷似していた。
「ッ!」
「ッ……!」
周囲に立つ森人たちから一歩前に出た一人の女性がスプリングに優しく微笑みかけた。目の前の女性に微笑まれ顔を赤くし視線を逸らすスプリング。それとは逆に女性の顔を見たインセントはどこか驚いたような表情を浮かべる。そこには、周囲にいる女性たちよりも更に森人と呼ばれる存在に容姿が近い女性がいた。
「……剣聖……いや、お二人の言う通り、私は森人だ……」
スプリングに視線を逸られてもフフフと綺麗な笑みを浮かべた森人と名乗った女性は、その視線をインセントに向ける。
「……剣聖?」
「……」
森人の顔に驚きの表情を浮かべていたインセントの表情が一瞬にして真面目な物へと変わる。
「へっ?」
普段ヘラヘラして真面目な表情など殆どみたことが無いスプリングは、インセントのその突然の豹変に何事かと目を丸める。
「ふむ、これは余計なことだったかな……他意はないのだ、許してくれ……私はこの村を救ってくれたことに感謝しているだけなんだ」
インセントに対して癇に障る事を口にしたと思った森人は、素直にその事を謝り他意が無い事と村を救ってくれたことに感謝していると伝えた。
「……それと可愛い童子もよく頑張ったな」
森人はスプリングに視線を向けるとまるで自分の子供をみるように優しい表情を向けながら頭を撫でた。
「……」
頭を撫でられた瞬間、森人から漂う香りがスプリングの鼻をくすぐる。それはスプリングの深層心理の中に刷り込まれた何かを呼び起こす。だがそれが何かは分からずただ何か懐かしいと感じるスプリングは一瞬安堵に包まれる。
「う、うわぁぁぁあ!」
しかし子供と言っても既に思春期を迎えたスプリングは頭を撫でられたことが恥ずかしくなり情けない声を上げながら顔を真っ赤にする。
「ふむ?……そうか……なるほど……」
恥ずかしくしているスプリングの姿に何かを感じたのか深く頷く森人。
「……二人共、少し私に付き合ってほしい……」
そう言いながら二人の返答も聞かず村の奥に歩き始める森人。
「おい、ちょっと待って……」
「なんだ?」
インセントの呼びかけに振り返る森人。
「……一方的にあんたの意見だけ言われてもこっちは何が何だか分からねぇよ……あんた自信が何者なのかしっかりと俺に説明しろ」
自分の方へ振り返った森人に対して圧のある言葉を口にするインセント。普段ヘラヘラしている印象とは全く違うインセントの姿を隣で聞き見ていたスプリングは困惑する。
「そんな怖い顔をするな、童子が……いや弟子が怖がっておるぞ」
困惑するスプリングの様子に即座に気付いた森人は、真剣な表情を浮かべるインセントを見つめながらそう口にする。
「あ、ああ?」
森人の言葉に視線を隣に落とすインセント。そこには怯え困惑するスプリングがいた。
「何者だと言われてもな、私はこの通り森人と答えるほかに無い」
自分が何者かと問われ、少し困った表情をする森人。
「そうじゃない……あんたは……あんたの……」
そこで言葉を止めるインセント。普段のようにヘラヘラとした様子は影に隠れ、真剣な表情を浮かべるインセントの顔は、何処か動揺しているようにも見える。
「ふむ……安心ろ、おぬしが知りたいことも話してやる、だからついてこい」
真剣な表情、見方によれば動揺しているようにも見えるインセントにそう答えた森人は、踵を返し再び村の奥へと進んでいく。
「ジジイ……」
「あ、ああ……悪かった……行くぞ」
取り乱してしまった自分を不安そうに見つめるスプリングに対して、謝ったインセントは村の奥へと向かう森人の後を追い歩き出した。
「……」
今までに見たことのない様子のインセントに困惑するスプリングだったが、置いていかれないようにと二人の後についていくのであった。
ガイアスの世界
原初魔法
森人が扱ったとされる魔法であり、全ての魔法の起源となった物を原初魔法と呼ぶ。現在、他の人類種が扱っている魔法とは比べものにならない程に威力が高く強力と言われている。しかし強力な魔法には当然、大量の精神力を使う。他の人類種よりも高い精神力を持っていた森人だからこそ扱える魔法と言っても過言では無い。
しかし森人以外にも原初魔法を扱えた人類種が数人はいたようだ。




