時を遡るで章(スプリング編)8 美人達が住む村
ガイアスの世界
ヒトクイ統一戦争時のインセント
ヒトクイ統一戦争時、インセントは後にヒトクイの王となるヒラキの右腕として戦争に参加していた。ヒラキ率いる軍は突然表舞台に現れたかと思うと、ヒラキの人望の強さによって集まった強者たちによってその勢力をどんどん広げていく。
そんな中当時まだ上級剣士でありながらヒラキの右腕として軍の切り込み隊長をしていたインセントの活躍は目まぐるしく、ヒラキも一番頼りにしている人物であったようだ。
時を遡るで章(スプリング編)8 美人達が住む村
「死ねぇぇぇぇぇ!」
今まで振っていた細身の剣に加え、隠し持っていた短刀を構えたピグドルはそのまま目の前のインセントに向かい走りだした。
「……はぁ……武器は増やせばいいってもんじゃないぞゴロツキ」
突っ込んでくるピグドルに対し淡々とそう口にするインセント。
「その余裕の表情……苦痛に歪ませてやる!」
二人の間には明らかな温度差がありどこか噛み合っていない。だがそんなことお構いなしにピグドルは自分を前に平然としているインセントにそう告げると突然姿を消した。
「消えたッ!」
インセントの前で姿を消したピグドルに驚くスプリング。
「ん? おーおー足だけはたいしたもんだ」
しかしスプリングとは違いインセントは動揺一つ見せずそう言うと、半歩横にずれる。
「なっ!」
インセントが半歩横にずれた瞬間、突如背後に現れたピグドルの斬撃が空を切った。
「まあ、でもその程度だ」
斬撃が空振りに終わったピグドルを横目にインセントは気だるそうに首を揉む。
「このッ!」
自分を見つめるインセントに睨みを利かせ再び姿を消すピグドル。
「また消えた!」
インセントから少し離れた場所で二人の戦いを見つめるスプリングは、再びピグドルが姿を消した事に動揺を隠せない。
「小僧覚えておけ、人はそう簡単に消えたり現れたりできないんだよ」
そう言いながらインセントは右手を突き出す。
「ガッ!」
すると突き出した右手に吸い込まれるようにしてインセントはピグドルの首を鷲掴みにした。
「ゴッ……ガハッ……!」
インセントに首を鷲掴みにされ呼吸が出来ないピグドルはなんとか脱しようともがくが、インセントの手はびくともしない。
「いいか、普通人間は消えたりしない……こいつはただ早く走っているだけだ」
ピグドルとの戦いの最中であるにも関わらず珍しくスプリングに師匠らしい姿を見せるインセント。確かにインセントの言う通り、ピグドルは瞬時に消え突如として別の場所に姿を現す、所謂瞬間移動や転移を使った訳では無い。ピグドルは単純に常人では捉えることが出来ない速度で動いていただけであった。
「えええええ……」
とは言え、ピグドルの動きは本来であれば十分に脅威となる速度。常人やスプリングからすれば瞬間移動や転移をしているように見えてもおかしくはない。ピグドルが消えたのではなく目で捉えきれない速度で動いていたという事実に、なによりそんな速度の相手を何の予備動作も無く捉え、的確に動きを封じたインセントの動体視力にスプリングは顔を引きつらせることしか出来ない。
「まあ……出来る奴を知ってはいるが……あれは別格だ」
瞬間移動や転移の類の術を人間は扱うことが出来ない。これはガイアスでその道を進む者、いや冒険者や戦闘職ならば当たり前の知識だ。そもそも瞬間移動や転移と言われる類の術は、一部の魔物や亜人などが扱う特別な魔法であり魔法に対しての理解度や思考、体の作りが違う人間では扱うことが出来ない術とされている。しかしインセントは人間が扱うことが出来ないはずの魔法を扱える知り合いがいるらしくその者の事を思い浮かべると柄にもなく少し表情を暗くした。
「兎に角だ、こいつの動きぐらい軽く見えるようにならないとお前が目指しているものに辿り付くことは出来ない」
「ぐはっあ!」
そう言いながらインセントはピグドルを乱暴に地面に叩きつけた。
「ハッ! ……」
インセントの言葉に自分の目的をスプリングは再認識した。スプリングはインセントと共にただ旅をしている訳では無い。強くなる為。二年前、自分の両親を殺した黒ずくめの男に復讐する為にインセントと共に旅をしているのだ。
「こ、このおぉぉぉ……」
乱暴に地面に叩きつけられたものの、当然それが致命傷になる訳もなく、苦しそうな表情を浮かべながらも立ち上がるピグドルは、インセントを睨みつける。
「……まあ、お前がどういう強さを手に入れたいかは知らないが、こいつの足の動きは強さの一つとして参考になる、勉強させてもらえ」
ピグドルをあくまでスプリングの勉強材料としてしか見ていないインセント。両者には明らかな温度差があった。
それからは語る事が無い程に終始インセントの一方的な戦いが続いた。それこそ弟子の稽古に付き合う師匠のように、どれだけピグドルが素早く動こうともそれに瞬時に対応するインセントは攻撃を最小限の動きで避け切り合間に軽い攻撃を入れるという状況が続いた。
「はぁはぁはぁ……」
力を出し切り既に立っているのがやっとの様子のピグドルは肩で荒い息を吐く。しかし例え体力が限界を迎えていてもその目は死んでおらず常にインセントを睨みつけていた。
「おお……たいした体力だ、お前ただのゴロツキかと思ったら結構努力しているんだな」
「ぐぅ!」
不意に浴びせられるインセントからの称賛。しかしそれはインセントに恨みを持つピグドルにとっては屈辱以外のなにものでもない。
「小僧、お前もこいつの体力を見習え……」
「……ぐぅぅぅ……」
そして何より言葉では自分のことを称賛していてもインセントの意識が常に後ろで自分達の戦いを見つめている子供に向けられているが癪に障るピグドル。戦場でインセントと初めて戦った時に受けた時よりも更に大きな屈辱をピグドルは感じていた。
「今お前と戦っているのは俺だぁぁぁぁぁぁぁ!」
屈辱をバネにして既に限界を超えている体を奮い立たせたピグドルは、その勢いのまま飛び出す。今日一番の速度が乗ったその体は、インセントが常に意識を向けているスプリングに向かった。
「お前がぁぁぁぁぁぁぁ!」
そう言いながらピグドルの刃は自分達の戦いを眺めていたスプリングに向けられていた。
戦場で命を刈り取る優先順位は無い。これは今までピグドルが自覚しないまま、無自覚なままに行っていた行動原理であった。目の前に現れた者、それが強かろうと弱かろうと例え仲間であろうと戦場で自分の前に現れた者は容赦なく刈り取る。それが今までのピグドルであった。だがこの時ピグドルは初めて刈り取る優先順位を定めたのだ。自分よりも弱く、そして本当に刈り取りたい相手の心に少しでも隙を作りだす為に。それはピグドルが戦いの中で初めて構築した戦術と言っていいものであった。
「ッ! ……ふっ」
自分が目標から外れ一瞬呆気にとられるインセント。だが一瞬にも満たない僅かな間にインセントは口の端は吊り上げると視線をスプリングに向けた。
「……」
インセントと対峙していたピグドルがその場から姿を消した瞬間、スプリングは流れるような動きで何もない所に向けて長剣を構えていた。
(……来る……)
漠然とした予感。その予感に後押しされるようにスプリングは構えていた長剣を振り下ろす。
「なっ!」
その先にはピグドルの姿があった。ピグドルは自分に目がけ振り下ろされる長剣に驚きの表情を浮かべた。
「ガッハ!」
次の瞬間、スプリングが振り下ろした長剣はピグドルの右側の鎖骨を砕いていた。突然の衝撃にピグドルは表情を歪め地面に叩きつけられた。
「……見えていた……訳じゃなさそうだな……」
スプリングの一撃にインセントはそう呟くとニヤリと笑みを浮かべる。
「小僧、お前何でそいつが自分に向かって仕掛けてくると分かった?」
数秒前までピグドルはインセントと戦っていた。しかもピグドルはインセントに対して並々ならぬ怒りを向けていた。そんな人物が突然目標を変更して自分に向かって来るなど普通考えはしない。例えその行動が予測できたとしても、今のスプリングはピグドルの動きを捉えることは出来ないはずであった。それにも関わらずスプリングは、ピグドルが自分に向かってくることを感じ取り更には動きを捉えることが出来ない相手に対して攻撃のタイミングを合わせたのだ。そうできたのは何故かとインセントはスプリングに尋ねた。
「……分からない……ただ、何かそんな予感がしただけで……」
「……分からないか……なら俺が教えてやる、それはこいつが放っていた殺気、殺意をお前が敏感に感じ取ったんだ……」
そう言いながらスプリングは既に気絶しているピグドルの脇を靴の先に小突いた。
「……本当はもう少しお前が成長してからとも思ったが、小僧、一つお前に話しておくことがある」
インセントはそう言うと、どこから取り出したのかロープを手に取るとピグドルを器用に縛り上げた。
「お前の目……いや感覚は普通の奴とは違う、お前は危機的状況の中で普通の奴よりも自分の力を発揮することに長けている……俺はこれを最高の危機管理能力と呼んでいる」
「危機管理能力……」
以前からインセントがスプリングに感じていた素養。危機的状況に陥った時に発揮されるスプリングが持つ特殊な感覚のことをそう称するインセントはロープで縛り上げたピグドルを乱暴に持ち上げると周囲を見渡した。
「他の奴らも縛り上げないとな……小僧手伝え」
「お、おいジジイ……話を途中で終わらせるなよ、なんだよその……最高の危機管理能力って……」
言いたい事だけ言って話を中断したインセントに詰め寄るスプリング。
「まあ待て、慌てるな説明する」
インセントは周囲に倒れている盗賊達を目で数えながら話しを続ける。
「……小僧、お前が感じ取ったという予感、それが多分、危機管理能力だ……俺はお前じゃないから上手く説明は出来ないが、お前は危機的状況に陥ったことでこいつの殺気や殺意を感じ取り次の行動を予測したんだ……だから見えないはずの奴の動きにタイミングを合わせ一撃入れることができた……」
盗賊達を拘束する為のロープをスプリングに手渡しながら危機管理能力の説明を大雑把にするインセント。
「……」
今一理解できていないという表情を浮かべながら手渡されたロープを手に取るスプリング。
「実際、お前は魔物と戦っている時、無自覚にその能力を使っていたんだぞ」
「え……?」
インセントにそう言われスプリングは今まで魔物と戦ってきたことを思い出してみた。
「……確かに言われてみれば……」
自分の戦いを振り返り思い当たる節が幾つか頭を過るスプリング。
「で、でもジジイ……」
自分の能力を僅かに自覚し始めたスプリングはそこで一つの疑問が浮かんだ。
「……もし俺にそんな能力があるんだとしたら、なぜこの盗賊たちやそいつと戦った時、初めからその危機管理能力が発動しなかったんだ? この能力が最初から発動していればもっと簡単に事を済ませることが出来たんじゃ……」
一対複数、状況的には最初から危機的状況であることに間違いはない。そしてピグドルは明らかにスプリングよりも格上の相手であった。それにも関わらず自分が持つ危機管理能力は最初発動しなかったと感じるスプリング。
「……うーん、理由としては二つある」
盗賊たちをロープで縛り上げる手を止めたインセントは、少し考えてスプリングが危機管理能力を発動出来なかった理由が二つあると言った。
「まず一つ、お前が相手にした盗賊たち、こいつらはお前よりも弱かったてことだ……どうやらこの盗賊達は武闘派ってよりも金品を盗んだり人攫いで生計を建てていた性質だ、戦って感じなかったか? 村の外で戦った白狼よりも弱いって」
「……あっ」
確かに盗賊たちと戦っている最中、スプリングは盗賊たちが白狼よりも弱いと感じていた。
「それでもう一つの理由だが、小僧、白狼とこいつらの違いは何だ?」
「違い? ……ええ、と魔物か人間か……」
インセントの問いかけに真面目に答えるスプリング。
「確かに魔物か人間かという違いはある、だがこの二つには別の違いがある……」
「違い……」
既に魔物と人間というだけで大きく異なった存在であるにも関わらず、別に違いがあるというインセントの言葉に他にどんな違いがあるのかと思うスプリング。
「それは殺気や殺意だ……魔物は即座に人間を敵だと認識する、これは逆も然り、人間も殆どの魔物に敵意を持っている、だからこそ魔物の殺気や殺意は感じ取りやすい……だがな人間はそう単純じゃない、人間は殺気や敵意を放っていなくとも人を殺すことが出来る」
「……」
人間は殺気や殺意が無くとも人を殺せる。インセントのその言葉に何かが引っかかるスプリング。
「……お前は人並み以上に殺気や殺意を敏感に感じ取ることが出来る、だから魔物と対峙した場合、常に人間に対して魔物が発している殺気や殺意を感じ取り危機管理能力が発動した……だが人間は違う、自分の感情を偽ることが出来る……だからお前は最初この男と戦った時その危機管理能力を発動することが出来なかったんだ」
そう言いながらインセントは両手をパンパンと叩いた。気付けば周囲で気絶している盗賊達全てがロープで縛られている。
「結局俺に後片付けさせたなお前……」
「え? ……ああ……」
話に夢中になっていたスプリングはインセントにそう言われるまで周囲の状況に気付かなかった。
「……おおかたこいつは弱いお前を殺して俺の隙でも突こうと考えたんだろうな、俺に向けていた殺気や殺意をお前に向けたんだ……だからお前の危機管理能力が発動した……と俺は考えている」
あくまで自分の推測だと最後に付け加えたインセントは、スプリングに背を向けると未だに物影などに隠れているブルダンの村人たちに視線を向けた。
「おーいあんたら、盗賊たちは拘束した、もう出てきても大丈夫だぞ!」
怯えるブルダンの人々にそう声をかけるインセント。するとその言葉を聞いたブルダンの人々たちは恐る恐るインセントとスプリングの前に姿を現し始めた。
「そ、その剣士様、村を守っていただいてありがとうございます」
村の娘の一人がインセントとスプリングに対して頭を下げる。すると他にも集まってきブルダンの人々はそれぞれ村を救ったことに対しての感謝の言葉を口にし始めた。
「おりゃ? 二ヒヒ……」
そう言いながら突然鼻の下を伸ばすインセント。
「おいジジイ……締まりのない顔が更に酷くなってるぞ」
盗賊たちと戦うインセントの姿を不覚にもかっこいいと思ってしまったスプリング。しかし目の前に現れたブルダンの女性たちに下品極まりなくだらしない表情を浮かべるインセントに対して本当に盗賊たちと戦っていた人物と同じ人物なのかと呆れ疑いの目を向けるスプリング。
「そ、その助けてくれてありがとう!」
鼻の下を上すインセントに疑いの目を向けていたスプリングの前に突如として現れた少女はそう言うとスプリングの両手を握ると頬を赤らめ恥ずかしそうにしながらその場から去って行った。
「あっ……ええ……ああ……」
「くっくくくく……小僧、お前も鼻の下が伸びているぞ、俺の事言えないな……」
突然の事に頬が赤らむスプリングの様子をニタニタと嫌な笑みを浮かべながらそう言うインセント。
「う、五月蠅い!」
どうしていいのか分からずスプリングは気恥ずかしさから癇癪をおこすことしか出来なかった。
昨日ブルダンに辿りついた時既に時刻は夜、村に人影は無くブルダンの人々と出会うことが無かったスプリングは、自分たちの前に姿を現した人々に驚いていた。
「……女性しかいない……」
そうブルダンの村には殆ど男の姿は無く、スプリングたちの前に姿を現したのは女性ばかりであった。しかもブルダンの女性は皆、端正な顔立ち、所謂美人であった。
「……なるほど……」
「な、何がなるほど何だよ」
右を見ても左を見ても美人ばかり。今まで経験したことのない状況に動揺を隠しきれないスプリングは、鼻の下を伸ばしながら何かに納得し頷くインセントに何がなるほどなのかと尋ねた。
「小僧、俺達はとんでもない場所に来てしまったのかもしれない……」
「と、とんでも無い場所……」
インセントの言葉に生唾を飲み込むスプリング。
「ここは……絶滅したと言われる森人の村だ!」
そうスプリングに告げるインセントの目は血走ったように猛烈な輝きを放つのであった。
ガイアスの世界
様々な得意分野を持つ盗賊団
人から金品を巻き上げ、時には命すらも奪う外道職盗賊。その盗賊たちが集まり結成されるのが盗賊団。だがそんな盗賊団にもそれぞれの特色があったりする。
ガイアスで一番有名とされる盗賊団、闇王国は団員たちの規模が大きく、その活動はガイアス全土にまで及び、窃盗は勿論、人の暗殺、裏の世界の取引など活動は多岐にわたっている。
しかし闇王国のような規模の盗賊団は稀であり、殆どの盗賊団の場合はどれか一つに特化したものが多くそれを生業として生計を建てているというのが普通である。




