時を遡るで章(スプリング編)7 初めての恐怖と屈辱
皆さまあけましておめでとうございます、山田です。
2021年を迎えましたね。現状世界の情勢は中々好転の兆しを見せませんが、それに負けないように今年も細々と小説を投稿していこうと思います。
皆さま今年も良しくお願いします。
2021年 1月8日(金) 某サーヴァントゲームの福袋及びピックアップガチャで爆死しながら……
時を遡るで章(スプリング編)7 初めての恐怖と屈辱
青年が子供だった頃、自我を持つ伝説の武器と出会う前……
― 十数年前 ヒトクイ とある戦場 ―
忙しなく拠点を行ったり来たりする兵士に紛れその男は進撃を開始した敵軍を見つめていた。
戦場には国の兵士の他に金で雇われた傭兵がいる。男はその傭兵であった。当然傭兵に愛国心などは無く、その行動目的は金、もしくは戦場で名を挙げたいという野心から来る。しかし男が戦場にいる目的は違った。
程度はあるが誰もが戦場という場所に対して恐怖がある。いつ死ぬかも分からない戦場、それは当然である。戦争に参加する者達は恐怖を紛らわせる為に、忙しなく動いたり逆に座り込み心を落ち着かせたりとそれぞれの方法で心の安定をはかるのが普通である。しかしこの男は違う。戦場に対して一切の恐怖が無い。まるでそこが遊び場であるように、目を輝かせ開戦の時を持っている。そう男にとって戦場とは遊び場、男の目的は戦場で遊ぶことだったのだ。
「状況はこちらが有利だ、守りを硬め、飛び込んできた者を討ち取れ!」
敵側の軍の進軍状況を確認した上官はそう自軍の兵士達へと指示を飛ばした。
「あっはぁ!」
上官の指示を聞くや否や男は拠点から飛び出していった。守りを固めろという上官の指示を無視した明らかな命令違反であった。
「……」
しかし上官は飛び出していった男を咎めようとしない。周囲で配置についていた兵士達も男の行動に驚く様子は無い。まるでそれが普通であるかのように拠点を守る上官を含めた全ての兵士達は敵軍へと突っ込んでいく男の背中に冷たい視線を向けるだけだった。
傍から見れば一人敵へと突っ込んでいく男に対して上官や兵士達の反応は冷たいようにも思えるが彼らからすればこうする他に選択肢が無かった。
確かに男は強い。だがそれはあくまでその刃が敵に対してだけ向けられればであった。ひとたび戦場に出れば、男にとって敵味方の区別はない。周囲にいる者は全て切り捨てる対象になる。男は所謂、狂戦士と呼ばれる人種、戦闘をこよなく愛する性質を持った人物だった。
当然、そんな男の行動を軍は問題視した。だがそんな行動に目を瞑らざる負えなくなる程に軍は追い詰められはじめていたのだ。
男が属する軍は元々島の中でも弱小国だった。だが傭兵であった男の登場によって事態は変わる。何十人、何百人、多ければ何千の人間が集結する戦場において、男は一騎当千の活躍をみせたのだ。 男の活躍により弱小であった国は近隣の国々を次々と撃破、攻め落とし快進撃を続け国の領土を広げていった。
しかし男に頼り切りの戦略はすぐに破綻することになる。どれだけ男が一騎当千の活躍をしても、その勢いで広がった領土を防衛するための人間、人材が不足していたのだ。元々弱小であった国の国力では補えない程の領土の防衛は薄く、それに気付いた周辺の国々はすぐに防衛が薄い拠点や砦を攻め落としにかかったのであった。
しかも運が悪い事にこの時期は、後にこの島国を統一する男が率いる新勢力が頭角を現し始めた時期でもあった。当然新勢力は男が属している国の現状を見逃すはずも無く、気付けば大半の領土、拠点や砦はその新勢力によって落とされ奪われてしまった。一度は島の三分の一の領土を手にした弱小国は、自らの無能と新勢力の勢いの前に滅亡の危機を迎えていた。
滅亡の危機に対して傭兵は冷酷だ。物資が底を尽き払える物が無くなれば傭兵はその国を見限り去って行く。傭兵によっては僅かに残された物資を奪ってトンズラする者までいる。傭兵という人種を雇うという事はそう言うリスクもはらんでいるのである。
だが男は違った。国の状況悪化に傭兵たちが次々と去って行く中、男だけは国に居すわり続けたのだ。これは領土を失い滅亡の一歩手前という状況にある国にとって例え戦場での行動に問題がる男だったとしても使わざるを得ない状況を産んだ。事実、この男の活躍は凄まじく殆ど一人で何十何百の敵国の侵攻を幾度も防ぎきったのであった。
しかし当の本人は国が危機であろうがどうでもいい事だった。男が望むのは血沸き肉躍る戦場。相手を切り裂き踏みつぶし蹂躙することができれば侵攻戦だろうが防衛戦だろうがどうでもよかったのだ。
「ギャッハハハハ!」
それを現すように男は戦場で一人、今日も何十何百という敵兵士を前に狂気をはらんだ笑い声を上げる。侵攻してくる今回の敵国は男が属する国をここまで追いつめた張本人である新勢力。だが当然男にとってそんな事はどうでもいい事。進軍侵攻してくる新勢力の敵国を前に腰に差していた細い剣を抜き突っ込んでいく。
「「「……!」」」
勢いのある新勢力の兵士たちは狂気を孕んだ笑い声を上げ突っ込んでくる男を前に一瞬足が鈍る。新勢力兵士たちは男が持つ異常な雰囲気を前に完全に気圧されてしまったのだ。
一瞬動きが鈍る。男にとってはそれだけで十分だった。
「消えたッ!」
完全に気圧された新勢力の兵士達の前で男は消えた。いや消えたように見えたというのが正しい。男は兵士達が目で追えない程の速度まで加速し距離を詰めたのだ。
「「「!」」」
兵士たちには一瞬にして目の前に男が現れたように見えただろう。驚く声をあげることもできず、僅か一秒程で男は兵士数人の体を切断した。舞う血しぶきに討たれながら男は手に持つ得物についた血を払うと次の獲物を見定める。
「「「う、うわああああああ!」」」
何が起こったのか分からない兵士たちは動揺し中には情けない叫び声を発する者もいた。その叫びは伝染し他の兵士たちを次々と混乱の渦に巻き込んでいく。
男のような人種は別として常人が戦場で冷静を失えばそれは即、死に繋がってくる。混乱し状況が把握できなくなった兵士たちは次々と男が放つ刃の餌食になって行った。
血走った目に予測がつかない動き、男の戦い方は一見理性を失った狂戦士と呼ばれる人種のように思える。しかし些細な違いではあるが狂戦士と呼ばれる人種と男には決定的な違いがある。
それは理性があるかないか。内に秘める破壊衝動を制御できず、我を忘れ敵味方関係無く襲いかかり暴れまわるというのが狂戦士であり、確かに男も一見理性を失い敵味方関係無く襲いかかっているような行動をとっている。だが実はそう見えて男の行動はしっかりとした理性のもとで行動をしていた。
男を動かしているのは内に秘めた破壊衝動という原始的なものでは無く命を狩るという、より限定的であり人間的な欲求からきている。その為一見理性を失い敵味方関係無く襲いかかっているように思えるが、男の全ての行動にはしっかりとした意味、命を狩り取るという意味があったのだ。
どれだけ多くの命を狩り取れるか、どれだけ命を効率的に狩れるか、男の動きは常に思考されたものから発せられる行動なのである。そんな男を言い表す言葉がある。
「狂人……ピグドル……」
男によって切り捨てられた兵士は男を狂人と呼んだ。その兵士の表情は先程の動揺とは違う、はっきりとした恐怖に歪んでいた。
「二ィ……」
自分の名を呼ばれた男、ピグドルは自分の名を呼んだ兵士を切り捨てると口が裂けるほどの笑みを浮かべた。
男の名はピグドル=カイマル。小さな島国に生まれたピグドルは、幼い頃から命を絶つことが好きだった。その性格は周囲を恐怖させ両親すら離れていった。気付けばピグドルは精神的にも物理的にも一人だった。
ピグドルの名が戦場で聞かれるようになったのは、島国の戦乱が始まって数年が立った頃。ピグドルがまだ何の関係も無い人々を己の欲望だけで殺す、通り魔をしている時だった。命を狩りたいという欲求がピグドルを天然の殺人鬼へと変えていたのだ。
当時通り魔として顔が割れ始めていたピグドルは、指名手配され冒険者や戦闘職に追われるようになっていた。追って来る冒険者や戦闘職を返り討ちにする中で、ピグドルは戦うということの楽しさを覚えた。するとただ無抵抗な命を狩ることがつまらなくなり始めていた。しかしそんな新たな欲求を叶える者がピグドルの前に現れた。
見るからに不審者という風体をしたその男は以前からピグドルの才能に目をつけていたのだ。その男は出会って早々にビクトルの狂人性を才能だと言った。そして手っ取り早く命を絶ちたいのならば傭兵になればいいとビクトルを誘ったのだ。無抵抗な命を狩ることに飽きていたピグドルは二つ返事で男の誘いに乗ることにした。
傭兵になる為の手続きは全て裏の世界に顔が利いた男が世話をしたらしく、これまでのピグドルの悪行はそこで一旦もみ消された。というよりも情報としてのピグドルという存在が島国から抹消されたのだ。
そこまでピグドルの世話をした男は、後は君の好きなようにしなさいと言い残してある日突然、ビクトルの前から姿を消した。正直男が何をしたかったのか理解できなかったピグドルだったが、次の瞬間には男の顔を忘れ傭兵という自分の新たな人生、新たな欲望を叶える為に心躍らせるのであった。
次々と切り殺されていく新勢力の兵士たち。ピグドルを前に兵士たちの士気は確実に低下していた。誰もがピグドルという存在に恐怖する。だがそんな中、兵士たちの前に立つ男の姿があった。その場に居る兵士たちの誰よりも背が高く存在感のある男。
「お前ら、ここは俺に任せて拠点へ迎え」
男はそう呟くと背中に背負った特大剣の柄に手をかけた。
「「「「う、ウオオオオオオオオオ!」」」」
男の言葉に今まで低下していた兵士たちの士気が一瞬にして高まっていく。兵士たちは男に言われた通りビクトルを無視してその後ろに佇む拠点へと走り出した。
「おい! 俺を無視するな!」
自分を無視し走り出していく兵士たちに怒りを露わにするピグドルはその後を追おうとした。
「おっと……お前の相手は俺だ」
だがそれを阻む男。
「お前一人相手にしていたら、沢山殺せない、邪魔だ!」
そう言いながらピグドルはこの時、言葉に出来ない何かを感じていた。通り魔をしていた時も、傭兵になり暴れまわった時にも感じたことのない初めての感覚に内心戸惑を感じるピグドル。
「ふふーん、残念だが俺の仲間が怖がるからお前の意見は受け入れられない、それにお前が殺した俺の仲間の借りを返さなきゃならないからな……」
そう言った男は背負っていた自分の身長と同じ程の長さのある特大剣を一息で抜くとその刃をピグドルに向けた。
「……」
刃を向けられたピグドルの顔が歪む。自分の思い通りにならないことへの不満、命を沢山狩れないことへとの苛立ち、いや違う。ピグドルは自分の中で大きく膨らむ初めての感覚にその顔を歪ませていたのだ。
突如として島国の歴史の表舞台にその姿を現した新勢力を率いる一人の男。後に島国を統一し王となる男には優秀な仲間たちがいた。その仲間の一人がピグドルの前に立つ男だった。新勢力の切り込み隊長を務めるその男は、ニヤリと笑みを浮かべる。
「……邪魔だ……邪魔だァァァァァアアア!」
自分の中で肥大化していく名も知らぬ感覚に戸惑い苛つきながらそれらを爆発させるように叫んだピグドルは、自分の前に立ちはだかるその男に向かって走り出した。その速度は先程兵士たちにみせた時よりも一段早く、常人では確実に捉えることが出来ない速度。
「死ねぇえええええ!」
男の死を確信したピグドルの叫びと共に放たれる鋭い斬撃。次の瞬間には男が真っ二つになる姿を想像したピグドルの口の端は吊り上がる。だが次の瞬間吊り上げたはずの口の端は歪んでいた。
「ッ?」
先程殺した兵士たちが向けた表情と全く同じ表情を男に向けるピグドル。何が起こったのか分からないと言った表情のピグドルはそのまま地面に叩きつけられた。
「三下、お前の居場所は戦場じゃねぇよ……」
そう男が地面に倒れたピグドルを見下しながらそう呟いた瞬間、ピグドルの意識は一度そこで途切れた。意識を取り戻したピグドルは宙を舞っていた。全身に走る激痛を感じながら再び地面に叩きつけられるピグドル。
「さぁ、お前ら拠点へ攻め込むめぇぇぇぇぇぇ!」
拠点へ向かう兵士達の背に向けそう叫ぶ男。既に男の目にピグドルのことは映っていない。
「……」
意識朦朧とする中、男の声を聞いていたピグドル。自分の身に何が起こったのか理解できていないピグドルは、痛みの感覚が無くなり始めた己の体に死期が迫っていることを感じていた。
「……!」
その瞬間、ピグドルは自分の中で肥大化した感覚の正体を理解した。それは今まで殺してきた相手に自分が植え付けてきた感覚、恐怖だった。今まで植え付ける側、命を狩る側であったピグドルは恐怖という感覚をここで初めて知ったのだ。ピグドルは男と対峙した時既に恐怖を植え付けられていたのだ。
「……ぐぅぅううううう!」
初めて植え付けられた恐怖にピグドルは悔しさを滲ませる。恐怖は自分の物。自分が恐怖を植え付けられるなどあっていいことでは無い、そう言いたいようにピグドルは、奥歯を噛みしめ既に自分から興味を失っている男の顔を睨みつけた。
「……ふん、お前が生きていたらいつでも再戦してやるよ、三下……」
ピグドルの殺意を感じたのか男は横たわるピグドルにそう言うと、拠点へと向かう兵士たちの後を追いその場から離れていった。
「く、くそ……あいつ……俺を俺の事を……ウ嗚呼あああああああああああ!」
初めて感じた恐怖と共に屈辱も受けたピグドルは、一人取り残された戦場で怨嗟の雄叫びを上げるのだった。その後、ピグドルが傭兵として属していた弱小国は島国からその存在を消した。そしてピグドルもまた生死不明となった。
― フルード大陸 ブルダンの村入口 ―
「おっと、とぉぉぉ……」
スプリングを狙ったピグドルの鋭い斬撃を軽く弾いたインセントはニヤリと笑みを浮かべた。
「……お、お前は……」
斬撃をインセントに弾かれたピグドルは目を見開いた。
「ジジイ!」
今まで手を貸すことの無かったインセントがピグドルの斬撃を弾きに割って入ってきたことに驚きの声をあげるスプリング。
「俺も軽く体を動かしたくなった、小僧は下がっていろ」
そう言うとインセントは問答無用でスプリングを後ろへと下がらせた。
「お前……お前……俺を覚えているか?」
面識があるのかスプリングを後ろに下がらせたインセントに震えたような声でピグドルは話しかけた。
「ああ? ……うーん……知らねぇな……」
ピグドルの言葉に少し考えたインセントだったが、全く思い当たる節が無いのか首を傾げた。
「そうか、ないか……だがそんなことはどうでもいい、お前は俺に恐怖と屈辱を与えた! その恨み今ここで返させてもらうぞぉぉぉおおおおおおおおお!」
隠し持っていた短刀をとりだすと裂ける程に口の端を吊り上げるとピグドルは怨嗟と歓喜の入り混じったような叫び声を上げるのであった。
ガイアスの世界
幼少の頃のピグドル
何不自由ない家に生まれたピグドル。だがその奇行は家族や一族を巻き込みそして破滅させた。
ピグドルの奇行に恐怖した両親はピグドルをとある山の山中に捨てた。その行為自体は褒められたものでは無いが、ピグドルの奇行を知る一族や周囲の人々からすればそれが一番の策であった。
しかし棄てられたピグドルは次の日、家族たちが住む家に帰ってきた。そして惨劇は起った。
山の山中から返ってきたピグドルの体は血塗れだった。
恐る恐る血塗れの我子に血の事を尋ねる両親。ピグドルは満面の笑みを浮かべてこう答えた。
魔物や帰り道にいた人たちの命を狩ったのだと。
驚愕する両親はこのままではいけないとピグドルに刃を向けた。このままでは更に被害がでると考えた両親は、そうならない為に自分達でピグドルの命を奪おうとしたのだ。
結果、ピグドルが住んでいた町の人々は、ピグドルの手によって一人残らず命を狩られる結果となったのである。




