時を遡るで章(スプリング編)6 狂気の斬撃
ガイアスの世界
スプリングの日課
インセントと旅を初めてから、スプリングは素振りを日課にしている。始めた当初は十回がやっとだが、今では千回を毎日こなす。
ちなみに現在でもこの日課は続けているようで魔法使いの時はかなり辛い思いをしたようだ。
時を遡るで章(スプリング編)6 狂気の斬撃
青年が子供だった頃、自我を持つ伝説の武器と出会う前……
「「「「ガキィィィ!」」」」
ブルダンの村人たちが見つめる中、仲間の一人を行動不能にしたスプリングに怒りを露わにした盗賊たちの声がブルダンの村の入口に響き渡った。
「……こいよ」
状況的に考えれば、子供と大人、人数の差もあり盗賊の方が有利なのは明らか。だがそんな状況全く意に介さないと言った感じでスプリングは盗賊達を挑発するように不敵な笑みを見せた。
「……始まったな……」
普段常にどこか人を小ばかにしたようなニヤニヤした表情を浮かべているインセントは珍しく真剣な表情でスプリングと盗賊達の戦いをブルダンの村の入口から少し離れた場所から眺めていた。
「……まずは人を相手にした戦いに慣れろ、それからだ……」
スプリングの戦いを見守るようにそう呟くインセントの表情には僅かに不安の色が見えた。
「この、やっちまえ!」
スプリングの不敵な笑みに更に頭に血を昇らせた盗賊を纏め上げているとおぼしきリーダー格の男は、仲間達にそう叫び指示を飛ばす。盗賊のリーダー格の男の叫びを合図に盗賊達は長剣を構えたスプリングに襲いかかった。まず一人目の盗賊がスプリングの正面から獲物の棍棒を振り下ろす。それを横に回転しながら躱したスプリングはその回転の力を使い長剣で棍棒を叩き落とした。
「がぁぁああ!」
棍棒を叩き落とされその振動で手が痺れ思わず声を上げた盗賊の顔面にすかさずスプリングは蹴りを入れる。
「ゴフゥ!」
見た目以上に重いスプリングの蹴りで意識が飛ぶ盗賊。
「よそ見しているんじゃねぇぞガキィ!」
休む暇も無く二人目の盗賊がスプリングの背後から襲いかかる。二人目の盗賊はナイフを持っており、そのナイフでスプリングを突き刺そうとした。
「な、何!」
だがまるで後ろに目でもついているかのようにスプリングは刺そうとした盗賊の攻撃を屈んで躱すと、その勢いのまま盗賊の足を蹴りで払った。
「うお!」
一体何が起こったのか、自分の状況が理解できないまま綺麗に転ぶ二人目の盗賊。
「げふぅ!」
転び無防備状態になった二人目の盗賊の顔面を踏みつけるスプリングは、三人目の盗賊が攻撃しようとする前に長剣を腹部に叩き込む。
「ガハッ!」
腹部に長剣を喰った三人の盗賊は白目をむいてその場に倒れ込んだ。
「あのじじぃの言う通り、人相手には本当に切れないや」
目の前に倒れ込んだ三人目の盗賊の様子を見ながらそう呟くスプリング。三人目の盗賊は確かに長剣の一撃を腹部に受けていた。本来ならば例え子供の力であっても刃物。腹部に受ければ出血するはずであった。しかし三人目の盗賊の腹部からは一滴の血も流れてはいなかった。
「どうやら上手く扱えているようだな」
自分が手渡した長剣を上手く扱い盗賊を行動不能にしていくスプリングの姿に笑みを零すインセント。どことなくその表情は安堵しているようにも見えた。
黒ずくめの男に両親を殺され復讐を誓い強くなる事を決意した日、インセントは自分が使っていた長剣をスプリングに手渡した。だが何の意味も無くインセントは自分が持っていた長剣をスプリングに手渡した訳では無い。その長剣にはある秘密があった。それは魔物に対しては鋭い切れ味を発揮するが人に対してはナマクラになるというものであった。
元々は旅の道中で盗賊などに襲撃された際、無駄な殺しをしないようにとインセントが細工した代物であった。そんな面倒な効果を持つ長剣をインセントはスプリングに渡したのか。それは悪人であろうとスプリングに人を殺させない為であった。
戦いの中で初めて人を殺めた者の殆どは罪悪感に苛まれる。戦いに身を投じた者ならば、いずれは誰もが経験することではあるが精神的に成熟しているとみなされているはずの冒険者や戦闘職であっても人を殺めたという事実は罪悪感を残しその後の人生に大きな影響を与えることがある。戦えなくなる者、下手をすれば自ら命を絶つ者もいる。そんな罪悪感をまだ幼いスプリングに与えてもいいのかと疑問を抱いたインセントは、その答えの一つとして人を切ることが出来ないという効果がある事を教えたうえでその長剣をスプリングに手渡した。
そして今日この日までスプリングは人を相手にその長剣で戦うことは愚か戦闘に参加することも無かった。だがそろそろ頃合いだとインセントは考えていた。
白狼との戦闘で、スプリングの精神が自分の予想よりも遥かに成熟している事を悟ったインセントは、ブルダンの村を襲撃した盗賊の相手をスプリングに任せたのだった。
「おらぁあああ!」
自分が持つ長剣が人を切ることが出来ないナマクラであることを再確認したスプリングは、しかしそのハンデを物ともせず次々と襲ってくる盗賊を行動不能にしていく。それはスプリングにとっても想像以上のものであった。
(……動きが……遅い……)
スプリングは対峙する盗賊たちの動きの悪さに戸惑っていた。
これまでヒトクイの旅の道中でスプリングが出会ってきた盗賊達は皆恐ろしい程に素早い動きをしていた。勿論それはスプリングの視点、感覚であり戦闘経験を積んでいる冒険者や戦闘職からすれば中の下、インセントからすれば下の下、何処にでもいるような有象無象の盗賊でしかないのだが、経験の浅いスプリングにとってはどの盗賊も恐ろしく強く見えていた。
しかしこれまで見てきた盗賊たちに比べ今スプリングが前にする盗賊たちには自慢である素早さは無く、攻撃の動きも単調なものであった。
「こ、こいつ全く当たらねぇ!」
既に六人の仲間が行動不能になっている中、残った盗賊達は、自分達が全くスプリングの動きについていけないことに気付き表情を引きつらせた。
「馬鹿野郎! 相手は子供だ囲め囲め!」
動きが捉えられず攻撃が当たらないとしても、まだ数では有利であり囲んでしまえば動きを制限できると踏んだ頭格の盗賊は、子供相手に怖気づく仲間達に乱暴に指示を出す。
(……本当にあいつはこの盗賊の頭か?)
しかし盗賊達と戦いながら盗賊達の動きを観察していたスプリングは先程から指示を出すだけで一切戦闘に加わらない頭格の盗賊の存在に疑問を抱いた。
(……これなら白狼や雪狼の頭の方がよっぽど賢いぞ)
雪狼しかり白狼しかり、群れのボスである存在には確かに強い存在感がある。しかしスプリングの目の前で他の盗賊達に指示を出す頭各の盗賊にはその雰囲気、存在感が感じられない。ただ安全な場所からグチグチといちゃもんをつけるだけの負抜けとすら感じるスプリングは、頭各のその盗賊の存在に違和感を募らせた。
「な、何だ!」
頭各の盗賊の指示が上手く伝わっていないのか動きに迷いが生まれる盗賊の一人。その隙を突くように迷いが生まれた盗賊に接近するスプリング。
「う、ああああああ!」
まだ年端もいかない少年に距離を詰められ情けない声を漏らす盗賊。
「はぁああああ!」
明らかに動揺し隙を見せていた盗賊に対してスプリングは手にした長剣を振り下ろした。
「ガハッ!」
スプリングが長剣を振り下ろした瞬間、盗賊は悲痛な叫びを上げながら倒れ込んだ。
「……おじさん、それは甘えだよ!」
背後をとり自分に目がけ拳を振り上げた盗賊にそう呟いたスプリングは、拳を振り上げた盗賊の間合いから離れるとその盗賊の背後を逆にとり長剣で打ち付ける。鈍い音と共にまた一人行動不能になる盗賊。
「後はあんただけだな……」
残すは指示を出していた頭各の盗賊一人となり、スプリングはその斗ヴくに向け長剣を向けた。
「調子こいているんじゃねぇぞ!」
威勢よくそう叫ぶものの、その声に反して頭格の盗賊の体は小刻みに震えていた。
(やっぱりだ……こいつは頭じゃない)
行動不能にした他の盗賊達の誰よりも明らかに弱そうに見える頭各の盗賊が頭では無いことを確信するスプリング。
「……子供の癖にいい剣筋をしている……」
「ッ!」
突然気配も無く聞こえてきた声に思わず体を跳ね上げるスプリングは、その声がしたほうに視線を向けた。そこには見るからに独特な雰囲気を纏った男が立っていた。
「ピグドルさーん」
先程までの威勢は何処へと言わんばかりの情けない声で、頭各の盗賊は、独特な雰囲気を纏う男の名を呼び近づいていく。
「邪魔だ」
それは一瞬だった。スプリングの目では捉えきれない鋭い斬撃が頭各の盗賊を襲う。即座に抜刀、そして瞬時に納刀したビクトルと呼ばれた男。鞘に剣を納めた音と共に頭各の盗賊の頭が胴体から切り離され噴水のように血しぶきが上がった。
(ッ……! 間違いない……こいつがこの盗賊達の頭だ)
背筋に走る強烈な寒気と共に目の前に立つピグドルという男が盗賊を束ねる頭だと確信するスプリング。
「……剣筋もそうだが、お前、いい感覚も持っているな……」
素直にスプリングの才能を褒めたピグドルはそう言いながら一歩、また一歩とスプリングとの距離を詰め始めた。他の盗賊とは違い金属の防具に身を包んだその盗賊は、見た目だけみれば盗賊では無く剣士に見えなくもない。いや、なにより先程見せた斬撃が剣士であることを証明している。
先程とは違い、今度はスプリングにみせるようにしてゆっくりと鞘から剣を抜くピグドル。スプリングが持つ長剣よりもやや短い短剣、片手剣を構えたその者から発せられる雰囲気は、やはり盗賊とは別の物であると再確認するスプリング。
「無様な戦いをさせてしまった非礼は詫びよう……ここからが本番だ」
そう告げた瞬間、狂気をはらんだ笑みを浮かべたピグドルは、スプリングに向けて斬撃を放つのであった。
後書き
どうもお久しぶりです、山田です。 2020年、今年の投稿はこれで終わりとなるので一応の挨拶を。
今年は大変な年となりましたが皆さまはいかがおすごしですか? 私は多分元気です。色々と状況が変わり私の方でも環境がかわりました。正直、少し辛い所もありますが、楽しい事もあったのでプラスマイナスゼロと言った所でしょうか。
昨今の状況の所為という訳では殆どないのですが、ここ数カ月、中々話をうまく展開できずに悪戦苦闘する日々を続けています(あ、いや、それはいつものことですね)
正直、色々とやることが多い(甘え、言い訳です)
常日頃から部屋に籠ることが多い生活ではあったのですが、このご時世で色々と今までやってこなかった部屋に籠ってやれることをやり始めた結果、こちらの方がおろそかになりかける状態が幾度もあったので、来年はどちらもしっかりと出来る年にしたいですね……あ、いや、元からおろそかですね……精進します。ええ、精進します……。
と精進すると言った矢先なのですが来年一発目の投稿、流石に一月一日に投稿するのもなんだかなという事で(ガキ使とか某サーヴァントゲームの特番とかみたいですしおすし……)大変申し訳ありませんが一週お休みをいただき、次の投稿は2021年の1月8日か9日と考えております。よろしければ覗きに来てください!
それでは皆様良いお年を
2020年12月25日 某サーヴァントゲームで行われているクリスマスイベントのボックスを必至に回しながら……




