時を遡るで章(スプリング編)4 吹雪く夜
ガイアスの世界
スプリングが持つ危機管理能力
インセントが言うには、スプリングは最高の危機管理能力を持っているらしい。相手の動きを先読みする能力でもあるが、未来予知のような類では無く、本人が危機を感じないと発動しないという特性も持っている。
スプリング自身は自分にそんな能力があることを知らず、インセントもそう言った能力ががあることを今は本人に教える気はないようだ。
時を遡るで章(スプリング編)4 吹雪く夜
青年が子供だった頃、自我を持つ伝説の武器と出会う前……
空が暗くなりより一層寒さが強くなるフルードの雪原。そんな雪原を寒さなど感じないというように笑いながら爆走するインセントの姿を視界に捉えながらスプリングはマイペースを保ち後を追っていた。
「一番んんんんんんんんん!」
しばらくした後、インセントの馬鹿デカい声が雪原に響く。その声だけで木に積もっていた雪は落下し、周囲にいた弱い魔物達は怯えるようにその場から離れていく。
「はぁはぁはぁ……もういい歳をしたジジイなのに何であの人は未だに子供なんだ……」
少し遅れて目的地に到着したスプリングは馬鹿デカい声で自分が一番であることを主張するインセントに呆れた表情を浮かべた。とは言え年齢的に言えば既に初老を超えているインセント。ガイアスの成人男性の絶頂はとうに過ぎているはずのインセントのその若さは何処からくるのか常々疑問であったが、その答えは自分が口にした言葉にあった。
「そうか……精神がまだ子供だからか……」
その答えが絶対に正しくはないと思いつつも何故か納得してしまうスプリング。
「ガッハハハ小僧の負けだ! まだまだお前に技は教えられないな」
「あーはいはい、いいですよ別に」
目的地に一番に辿りつければ技を教えてやると言うインセントの勝手なルールから始まったこの競争。しかしはなから競争する気が無かったスプリングはかまっていられないと言うようにインセントの言葉に雑に答えると目的地であるその場所を見つめた。そこには夜となり静けさが広がる村があった。
「それで、今日はこの村……ブルダンに止まるんですか?」
フルード大陸の大まかな地理は両親との勉強で大まかには知っているが、流石に村の名前までは知らないスプリングはそう尋ねながら首を傾げた。ブルダンという村からは人気が感じられなかったからだ。夜になったばかりのこの時間、ヒトクイにある町なら門番がたっており、辿りついた旅人や冒険者、戦闘職を迎え入れてくれる。しかしスプリング達が辿りついた村の入口には誰もいない。基本的に村に門番はいない為、当然出迎えてくれる門番もいないのが普通ではあるが、それにしてもまだ夜になったばかり、村の入口をうろつく村人がいてもおかしくはないはず。それにも関わらずブルダンの入口には人っ子一人いないのだ。更に言えば村の中からも人気が感じられないことに違和感を抱くスプリング。
「はぁ……可愛くないなお前は、少し前まで俺の後ろでモジモジしていたくせに」
スプリングの問に答える気が無いのか、自分を雑に扱うスプリングに対してインセントは嫌がらせのように過去の話を持ちだした。
「はぁ……そりゃあんたみたいなのと一緒にいたら嫌でも雑な扱い方になりますよ」
インセントが見た目以上に幼い為に、子供ながら大人になるしか無かったスプリング。まだ幼さの残るその見た目に反してスプリングの思考はこの二年で残念ながら大人びるしかなかった。
「……はいはい、わかりましたよ、全部俺が悪いんですね……」
少し前までは少しからかうだけで面白かったスプリングが今では打っても響かなくなったことを残念がるインセントは降参というかのように両腕を上げた。
「それで、今日はこの村の宿に泊まるってことでいいんですね?」
「ああ、とりあえず今日はこの村の宿屋に泊まるぞ」
まるで遊んでもらえない子供のような切ないため息を吐いたインセントは、目の前の村にある宿屋に泊まることをスプリングに伝え、村の中へと入って行く。
「……そうですか……」
投げやりなインセントの言葉に頷くスプリング。その表情は僅かに安堵したようにも見える。それもそのはずで、ヒトクイからフルード大陸に上陸して以来、体力馬鹿であるインセントに付き合って殆ど休まずここまでやってきたスプリングは流石に体力の限界を感じていた。
「何、もうへばっちゃったの?」
「はい、へばりました早く休みたいです」
インセントの挑発に乗ると碌なことが無いことをこの二年で学んだスプリングは、ここぞという時は正直になることを心掛けている。
「……本当、可愛くない、つまらない」
その効果は抜群で、最近では思い通りにならないスプリングに対してインセントは可愛くないや面白くないと言った発言を連発していた。
「それより早く村にはいりましょう」
一刻も早く体を休めたいと考えているスプリングは村の前での無駄話を早々に切り上げると村の中へと入って行った。
― フルード大陸辺境 ドロンド国 ブルダン ―
「……まさかこの村、廃村なんてことは……」
村の外で感じた印象同様にやはり村の中に入っても人気は無いブルダンに顔を引きつらせるスプリング。
「……よく見てみろ」
顔を引きつらせるスプリングにそう言いながらインセントは近くにあった家屋を指差した。
「……灯り……」
インセントが指差した方向に視線を向けたスプリングは家屋の窓から漏れる柔らかく温かい光を見つけた。
「……お前が住んでいた極北ではどうだったか知らんが、この時期のフルード大陸の夜はな、殺人的な寒さになるんだ、簡単に人が死ねる寒さだぞ、だから地元の人間は滅多なことが無い限り冬の夜は外に出ないんだよ」
「へー」
珍しく知識的な発言をするインセントに感心する声を上げるスプリング。
「……ん? ちょ、ちょっと待て! じゃ簡単に人が死ねる寒さの中、俺は白狼と戦わせられていたって事?」
しかしインセントの言葉に感心したのも束の間、スプリングは自分が非常に危険に危険な状況で白狼と戦っていたことに気付いた。
「まあ、何事も経験だな!」
そう言いながら親指を突き出すインセント。
「あんた、本当に馬鹿か!」
ふざけた態度をとるインセントに激昂するスプリング。
「ガッハハハハ!」
何がおかしいのか、スプリングの激昂する姿に大笑いするインセント。
冬夜のフルードでは簡単に人が死ぬという言葉がある程に寒さで簡単に人が死ぬ。夜活動するのは自殺行為で死亡率で言えば魔物との戦闘によって命を落とすよりも寒さで身動きが出来なくなりそのまま死んでいく者のほうが遥かに多いと言われている。従ってフルードに住む人々は冬の時期、夜は絶対に外を出歩くことは無い。その為フルードさの寒さの餌食になるのは決まってフルードの寒さを軽んじた他の大陸からやってきた冒険者や戦闘職である。次の日、雪に埋もれて死んでいる姿を発見されるなんてことはよくある話のようだ。
「笑い事じゃないだろう! は、は、ハックション!」
ヒトクイの極北で育ったスプリングは寒さにはそれなりに自信があった。実際、村に辿り付く前、白狼と戦っていた時は、気を張っていたこともあり寒さを殆ど感じていなかった。しかしフルードに上陸してから殆ど休みなく歩いていたことによる体力の消耗に加え、白狼との戦いによって疲労が大きく蓄積れたこと、更にはブルダンに入ったという安堵、そしてトドメの言葉のようにインセントからのフルード大陸の寒さについての説明によってスプリングの体は一気に限界を迎えていた。
「は、早く、宿に……」
身動きが取れなくなるのではないかと思う程の体の震えに襲われ始めたスプリングはカチカチと歯を鳴らしながら周囲に宿はないかと探し始めた。
「ガハハ! 寒いか小僧」
「あ、あんた……さ、寒くなのいか?」
殺人的な寒さだというのに平然としているインセントに思わず寒くないのかと尋ねてしまうスプリング。
「あ? 俺は鍛えているからなこのくらい全く問題ないな、ガハハハハ!」
鍛えているからで寒さを片付けるインセント。
「ああああああんたははははは……たたたたたたたたただの馬鹿か……あああああるるるるるるいはははばはばば化物なのかかかかかかかかか?」
もう喋ることもままならないスプリングは今できる精一杯の嫌味をインセントに吐くと凍え震える体を摩りながら宿探しを再開した。
スプリングが凍え死ぬ一歩手前というギリギリの所でようやく一軒の宿屋をインセントが見つけた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ生き返る」
最後の力を振り絞るようにして宿屋へ飛び込んだスプリングは、その温かさに命を繋ぎ止めたというように振り絞った声を上げる。宿屋を見渡したスプリングは室内に設置された暖炉を見つけると即座にそこまで移動し冷えた体に熱を蓄え始めた。
「お行儀よくしろよ小僧」
熱を欲するスプリングの姿に珍しく呆れた表情を浮かべるインセント。
「はぁぁぁぁあぁ……」
内心、お前にだけは言われたくないながらも今は口喧嘩している場合じゃないとスプリングは暖炉の温かみを優先した。
「ふふふ、いらっしゃいませ」
スプリングとインセントのやり取りを見ていた宿屋の亭主は小さく笑った後、自分の下に歩いてくるインセントに頭を下げ丁寧なあいさつをした。
「二人でとりあえず一晩部屋を借りたい」
受付にいる亭主にこの宿屋に泊まりたいことを告げるインセント。
「はい、それではご案内いたします」
宿屋の主人はそういうと受付から出て来てインセント達を部屋へと案内した。
「それではごゆっくり」
一通りの説明を終えた宿屋の主人は扉の前で綺麗に頭を下げると部屋を後にした。
「はぁ……」
ベッドが二つ、それ以外の物は殆ど無く安宿という印象がある部屋。だが極寒の地だけあって暖房設備は一級品で外が極寒だということが嘘のように暖かい。スプリングは気の抜けた顔で部屋に置かれた二つの内一つのベッドに飛び込んだ。
「お前、装備を外せ」
纏っている装備や衣服を脱がずにベッドに飛び込んだスプリングを注意するインセント。
「あんたに言われたくない……ジジイ……だって……ぐ……ぐううううう……」
それは一瞬だった。ベッドに飛び込みインセントと一言二言会話を交す内にスプリングは寝息を立て夢の中に入ってしまった。
「……はぁ……これだからガキは……」
そう言いながらも眠るスプリングの上に毛布をかけるインセント。気持ち良さそうに眠るスプリングの寝顔は憎たらしい言葉を吐く起きている時とは違い無垢で幼い。
「……」
本来ならまだ友達と遊びたい年頃、こんな過酷な場所に連れ回していい年齢では無い。それは普段、常識とは縁遠いインセントも理解していた。
「はぁ、たく……お前ら二人はこうなる事を予期していたのか……」
今はもういない友人二人に向け語り掛けるように眠るスプリングにポツリと呟くインセント。
二年という歳月は子供が成長するには十分な時間。その二年を共にしてきたインセントは、成長するスプリングに対しあの屋敷で命を落とした友人二人の面影をみるようになっていた。
「あの日……」
あの日、後一時間でも早くあの屋敷に辿りついていれば、普段大抵のことでは後悔しないインセントはそんな事を考えていた。だそれが結果論でしか無い事、年甲斐も無く青臭い感情であることは理解しているインセント。
若き日に思い描いた青臭い理想は、年齢と経験を重ねる度に幻想でしかないことに気付かされていったインセントは結局どれだけ力を得ようとも人間が出来る事、自分が出来ることは両の腕を広げた範囲内のことだけと自覚はしている。
「……こうなることが分かっていたなら……なぜあの時お前達は俺を止め……いや、違うな……あの時の俺は何を言われても聞く耳を持たなかったはずだ……」
遠い過去、ヒトクイを去る時の記憶を思い出しながらインセントは自分が選択した決断を後悔し自傷気味な笑みを浮かべる。
「だがな……バラライカ……リュー……」
幼い寝顔を見せるスプリングに向けて、今は亡き仲間であり友人であった者達の名を口にするインセント。
「……お前達が残したスプリングは俺が責任をもって育てあげる……」
今は亡き仲間、友人に対して決意を新たにするインセントはゆっくりと握り拳をつくりまるでその意思を伝えるように眠るスプリングに向けるのだった。
― ブルダン 宿屋前 ―
スプリングとインセントが宿屋に到着してしばらく経った頃、夜空から雪が降り始めた。降り始めた雪によって一層寒さが強くなるブルダン。気付けば雪は吹雪に変わり周囲が見れなくなる程になっていた。そんな中インセントは宿の外に姿を現した。
「……ヒトクイからしばらく、ずっと俺達をつけていやがったようだが、何か用か?」
吹雪によって視界を遮られて尚、インセントは自分の前に立つ何者かを感じ取りそう声をかける。その表情に先程までの隙は無い。
「……」
返答はない。その代わりとでも言うように吹雪の中からまるで夜の暗闇に溶け込むような姿をした者が姿を現した。
「……黒ずくめ……そうか、お前か……」
自分の目の前に姿を現した存在になった特した表情を浮かべるインセント。旅の最中、スプリングから少しずつ聞きだしたあの日の状況。スプリングがポツリポツリと語った記憶の断片を繋ぎ合わせインセントが頭の中で形にした存在、そこには黒ずくめの男が立っていた。
「……お前が何者かは知らないし俺を狙っているなら悪いな、俺はお前の相手をしてやることは出来ない……」
相手をすることは出来ないと言いながらもはっきりとした殺意を黒ずくめの男に向けるインセント。その殺意はまるで刃のように吹雪く雪の一粒一粒を切り裂いた。
「……」
目の前に至る相手がガイアスにその名を轟かせる『剣聖』の一人だと分かっているのかいないのか、黒ずくめの男はそれでもインセントの前から引く様子は無い。
「……だがもしお前がこの先へ行き小僧の命を狙うというなら話しは別だ、俺は全力を持ってお前を止める」
更に黒ずくめの男へ向けた殺意の段階を上げるインセント。もはやはじけた雪の一粒一粒が蒸発してしまう程にインセントの周囲を取り巻く圧は高まっていた。
「……」
「まあ、少し待てよ、いずれあいつはお前以上に強くなる、そのほうがお前も楽しめるんじゃないのか?」
はっきりと黒ずくめの男の目的は分からない。だが黒ずくめの男がただの殺し屋でないことは、僅かな立ち振る舞いから察することがてきたインセントは諭すようにそう告げた。
「……」
やはり一切返答がない黒ずくめの男。
「ふふふ、やっぱりお前も戦いを好む性質のようだな……」
しかしその立ち姿から目の前の黒ずくめの男が戦いを好む存在であることを確信したインセントは口元を吊り上げそう呟く。
「……」
どうやらインセントの言葉を聞きいれた様子の黒ずくめの男は踵を返しインセントに背を向けると暗闇に溶け込むようにその場から消えていく。
「ふん……いつでもやれるぞってことか……」
気付けば僅かに頬が切れていることに気付いたインセントは自分の圧に圧し負けなかった黒ずくめの男をそう評価した。
「……俺の圧に圧し負けない奴ってこのガイアスに何人いるよ……」
あくまで黒ずくめの男が人間だと仮定した話ではあるが、インセントの圧をまともに受けてその上で頬に傷を負わせることが出来る存在はガイアスには多くは存在しない。自分と対等に渡り合える者達を頭の中で思い出してるインセント。
「うーん、どいつもこいつもこんな回りくどいことしないよな」
しかしインセントには思い当たる人物はいなかった。
「はぁ……腹減ったな……」
緊迫感から解放されいつも通りの緩い表情に戻ったインセントは鼻頭をかきながらそう言うと温かい光を放つ宿屋へと戻って行くのであった。
ガイアスの世界
フルード大陸辺境 ブルダン
フルード大陸の辺境に位置する村ブルダンはその過酷な地故にフルード大陸に住んでいる者でも知る者は少ない。
サイデリー圏外に位置する為にサイデリー王国の守護を受けていない村である。その為盾士の常駐が無い。




