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時を遡るで章(スプリング編)3 実感と自覚

ガイアスの世界


 雪狼スノーウルフ


 ヒトクイの極北にだけ生息している魔物。常に群れで行動し獲物を発見するとボスが司令塔となり獲物を狩る習性を持つ。非常に賢く群れであればその統制された動きは新米ルーキー冒険者や戦闘職パーティならば簡単に全滅させることができる実力を持っており、下手をすれば中堅でも手こずる魔物である。







 時を遡るで章(スプリング編)3  実感と自覚




青年が子供だった頃、自我を持つ伝説の武器と出会う前……




《《《《ウォォォォォォン!》》》》


 白狼ホワイトウルフの遠吠えが、広大に広がる銀世界に響く。


「……」


 群れを成し銀世界を駆ける白狼ホワイトウルフ達は、目の前に立つ一人の少年に牙をむき出し威嚇する。しかし威嚇されても少年は全く物怖じすることなくそれどころか背中に背負った長剣ロングソードを一息で鞘から抜剣すると白狼ホワイトウルフに戦う姿勢をとった。その姿は長剣ロングソードに振り回されていた約二年前に比べ背丈も伸び少したくましくなったようにも見えるスプリングであった。形なりにも長剣ロングソードを構えるスプリングの姿は、冒険者や戦闘職に見えなくも無い。


「おーい、早く片付けろよ」


緊迫する状況の中、全くその状況に見合っていない気の抜けた声が響く。


「……五月蠅いジジイ! そう思ってるならそんな場所にいないで手を貸してよ!」


気の抜けた声を発した男に対し、怒りを露わにするスプリング。


「えー嫌だよ、面倒くさい、俺は高みの見物だ」


スプリングの言葉に露骨に嫌な表情を浮かべる男、インセントは言葉通りスプリングから離れた少し高い岩場から言葉通り高みの見物を決め込んでいた。


「……だったら口を出すなよ」


 二年前の初戦闘に比べると余裕な様子のスプリング。この二年間、スプリングは一人で戦い続けてきた。自分よりも遥かに強いインセントがいるというのにスプリングは一人で戦い続けてきたのだ。どんな窮地にスプリングが陥ったとしてもインセントはただ見ているだけ。多少の助言はするものの一切手助けする様子はなかった。そんな状況で一人戦い続けてきたスプリングは生き残る為に必至で己を鍛え戦いの中で戦いを学んできたのだった。

 そんな中、毎度のように交されるやり取りを繰りにいい加減うんざりした表情をスプリングは浮かべながらフルード大陸で遭遇した初めての魔物、白狼ホワイトウルフを前にしながらインセントには聞こえない小さな声で愚痴を零した。


「……口は出すさ、なんせ俺はお前のお師匠様なんだからな」


スプリングの呟きを聞き逃さないインセントは鼻息荒くそう言いながら口の端を吊り上げる。


「チィ……ジジイのくせに地獄耳……」


話を聞けば既に初老を超えているというインセント。普通年寄りなら耳が遠くなるんじゃないのかと年齢こそ初老を超えているというのに未だその肉体は現役であるインセントに呆れるスプリング。


「さて、約二年、あの時相手にした雪狼スノーウルフよりも白狼ホワイトウルフは手強い……お前の成長を見せてみろ小僧」


 ワクワクしたような表情でスプリングにそう告げるインセント。その表情は、玩具を手にした子供のようにキラキラしておりどう見ても師匠が弟子に向ける表情とは思えない。


「……あのクソジジイ……急にフルードに渡るとか言い出したのはその為か……」


 二年前のあの日からインセントと共にヒトクイを旅してきたスプリング。そんな旅の道中で突然インセントはヒトクイを出てフルード大陸に渡ると言いだした。二年の間行動をともにしていたスプリングにとってインセントが突拍子も無い事を言いだすのはいつもの事と、その発言にその時はなんら疑問を抱かなかった。だがフルード大陸へ渡り白狼ホワイトウルフに対峙したことによってスプリングはインセントが何を考えていたのか理解した。インセントはスプリングの今の実力を確認したかったのだ。

 二年前ヒトクイの極北で初めてスプリングが長剣ロングソードを手にして雪狼スノーウルフと対峙した時と今の状況が酷似していた。あの時は一頭の雪狼スノーウルフ反撃カウンターで倒すのがやっとだったスプリング。しかし二年の歳月によってスプリングは実戦を経験して確実にあの頃よりもたくましくなり強くなった。しかしインセントの実力があればそんな回りくどいやり方をしなくとも、スプリングの実力を測るのは簡単である。だがあえてそうしないのには訳があった。


「あのジジイ……珍しく師匠らしいことを……」


その訳とはスプリング自身に自分の成長を実感させる為であった。この二年間、碌に技の一つも教えず全く師匠らしい行動をしてこなかったインセントの珍しい行動、その意図に気付いたスプリングは呆れた表情を浮かべつつも口元はインセントのように吊り上がっていた。


「ふぅ……」


吊り上げた口元を元に戻し一度乱れた精神を正すように深く息を吐いたスプリングは威嚇を続ける白狼ホワイトウルフ達を再度見つめ直した。

 周囲を囲む白狼ホワイトウルフ。確かに今自分が置かれた状況はあの頃と酷似していると思うスプリング。当時は長剣ロングソードを思うように振ることが出来ず、振り回される結果となったが今は違う、そう思いながらスプリングは長剣ロングソードを構え直した。

 しかし例え長剣ロングソードを満足に振り回せたとしてもスプリングはまだ十二歳を迎えたばかりの子供。今スプリングが対峙している白狼ホワイトウルフは、見た目こそヒトクイ極北に生息している雪狼スノーウルフに似ているが、固体としての力は格上であり、噂によれば中堅の冒険者や戦闘職であっても手こずることがある魔物であるという。

 毛並や見た目こそ酷似してはいるが雪狼ホワイトウルフよりも二倍近く体は大きく、正直言って単純な力は子供であるスプリングよりも遥かに白狼ホワイトウルフの方が勝っている。更に言えばその体格には似合わない素早さ、そして想像以上に賢く集団行動を得意としている点。賢さは別としても他の全てにの点に関して白狼ホワイトウルフの方がスプリングよりも勝っていた。


《《《《ウォォォオオオオン!》》》》


遠吠えと共に白狼ホワイトウルフ達が次々と襲いかかる。


「結局体は大きくてもやることは一緒だね」


だが圧倒的に自分よりも勝っている相手に対し、スプリングはそう呟いた。体格が大きいとはいえ白狼ホワイトウルフ雪狼スノーウルフも先祖は同じ魔物。その行動も酷似していることに気付いていたスプリングは二年前に戦った雪狼スノーウルフと同様に襲いかかる白狼ホワイトウルフ達の攻撃を次々と躱していく。


「……やはり俺の直観は当たっていた、小僧の身体能力は確かに高い、あの二人の入れ知恵もあるだろう……だが特出すのは戦いの中での感覚だ」


次々と襲いかかる白狼ホワイトウルフの攻撃を避けるスプリングの動きを見て確信するインセント。

 当初スプリングの動きが良いのは動体視力が良いだけだと感じたインセント。しかしその動きを見ている内にインセントはスプリングが持つ身体能力が高いことに気付いた。

 スプリングが持つ身体能力は元々同じ年代の子供に比べれば高いものだった。だが明らかにスプリングの動きは素の身体能力だけでは無い事に気付いたインセントは、それとなく旅の中でスプリング探りを入れた。そこで発覚したのが、遊びと称してスプリングの両親が自分の息子を鍛え上げていたたという事実だった。本人は自覚していないが、スプリングの両親は遊びの中でスプリングの身体能力を高める訓練を行っていたのだ。

 それから二年、本人は未だ自覚していないが現時点でスプリングの身体能力は新米ルーキー冒険者や戦闘職に匹敵している。しかしインセントはそれだけがスプリングが戦いの中であれだけ動ける要因でない事も理解していた。


「……窮地に陥ったお前の目には相手が次にどんな動きをするのか分かっているのだろう」


それは未来予知というような便利な代物でもなければ、動体視力と言った肉体的な代物でも無い。扱うには不便な能力、窮地に陥った時にしか発動しない、自身の身を守ろうとする防衛本能の極致。


「最高の危機管理能力……」


スプリングが持つ隠された力をそう言葉にするインセントは、スプリングが人並み外れた感覚、危機管理能力を持っていることに気付いていた。


「ふぅ……」


 目の前にいる白狼ホワイトウルフは自分よりも格上の相手。もう一度深く息を吐き集中力を高めるスプリング。

 今自分の状況が窮地であることを自覚するスプリング。無意識の内に己が持つ最高の危機管理能力を発動させたスプリングはインセントの言葉通り白狼ホワイトウルフの次の行動を自覚しないまま避け続けていた。


「うおオオオオオオ!」


 白狼ホワイトウルフ達の攻撃を掻い潜り真っ直ぐ走り抜けるスプリング。その先には後方で様子を伺っている他の個体よりも一段と体が大きい白狼ホワイトウルフの姿があった。

 雪狼スノーウルフ同様、白狼ホワイトウルフも群れで行動をする魔物。当然群れにはボスが存在する。仲間に指示を出す司令塔の役目をしているボスは群れにとっての最大の弱点。ボスを叩けば司令塔を失った他の白狼ホワイトウルフの動きは止まる。そう考えたスプリングは他の個体よりも一段と大きな体をした白狼ホワイトウルフに向かって長剣ロングソードを振った。

 二年間毎日欠かさず振り続けたその一振りは子供が振うにしては鋭くそして速い。意標を突かれた白狼ホワイトウルフはスプリングの一撃を避けることが出来ずそのまま切り裂かれ積もった雪を赤く染めながら倒れ込んだ。


《《《……》》》


群れのボスがやられ、明らかに動揺する他の白狼ホワイトウルフ達。群れのボスの返り血を浴びたスプリングは白い息を吐きながら他の白狼ホワイトウルフ達を睨みつける。


《《《くぅうううん》》》


自分達のボスを倒したのがスプリングだとしっかり理解した白狼ホワイトウルフ達はまるで子犬のような声を上げながらその場から立ち去って行く。


「はぁはぁはぁ……」


目の前から白狼ホワイトウルフ達が居なくなり緊張の糸が切れたスプリングは地面に膝をつけ荒い息をあげる。


「まだ甘い部分はあるが上出来だ小僧」


そう言いながらインセントは高みの見物を決め込んでいた岩場から飛び降りるとスプリングの下へと向かう。


「どうだ、あの時よりも自分が成長した事は自覚できたか?」


疲労困憊の様子のスプリングに対しニヤニヤした表情でそう声をかけるインセント。


「はぁはぁ……全く、いつもいつもふざけるなよジジイ……下手すれば死んでいたぞ」


毎回、似たような目に遭っているスプリングは息を切らしながら文句を零す。


「何を言っている、誰もがやっている訓練をしたって強くはなれないんだよ、強くなる為には実戦が一番……特にお前はそれが如実なんだ」


そう言いながらスプリングの頭を小突くインセント。


「……」


正直インセントが言っていることは正しいと思ったからこそスプリングは黙りこんだ。

 二年前のあの出来事によってスプリングは強くなることを強く願った。寄り道をしている暇など無い。皆と同じ事をしていては駄目なのだと自覚するスプリングは息を整えると立ち上がった。


「いい加減、技の一つでも教えろよジジイ」


この二年間、強くしてやると言われスプリングはインセントと一緒に旅を続けてきた。確かに最初は振ることも出来なかった長剣ロングソードを振れるようになったし魔物とも戦える立ち回りは覚えたスプリング。だがそれは全てスプリング自身の努力によるものであり一切インセントは関与していなかった。その事が前々から不満であったスプリングは、その不満をインセントにぶつける。


「技? 技か……あるだろうお前には反撃カウンターって技が」


人を小ばかにするような態度でそう言うインセント。


「くぅ! 違う、もっとこう、自分から放つような……一撃必殺みたいなやつだよ!」


インセントの態度に苛立ちながらも、自分の主張を続けるスプリング。


「馬鹿だなお前、本当に強い奴は必殺技なんて使わないんだよ」


「はぁ?」


インセントの言葉に首を傾げるスプリング。


「だって強い奴は……」


そう言いながら背中に背負っていた大剣に手をかけるインセント。


「全ての攻撃が一撃必殺だからだ」


そう言いながら一息で背負っていた大剣を鞘から抜いたインセントは、先程まで高みの見物と称して立っていた岩場に向かって大剣の刃を振り押す。すると凄い剣圧と共に一瞬にして岩場は粉砕して砕け散った。


「なぁ?」


あたかもそれが当然と言うようにスプリングに同意を求めるインセント。


「……」


スプリングは目の前の光景に言葉を失う。スプリングの目にはインセントが大剣を軽く振っただけに見えた。しかし軽く振られた大剣は岩場を粉々に砕いたのだ。


「ごめん、聞く相手を間違えたよ……どう考えたって俺があんたみたいな筋肉馬鹿ジジイにはなれない」


どこか遠い目をするスプリングは口元を吊り上げ呆れたような笑みを浮かべる。


「お、お前俺がただ筋肉だけであの岩を砕いたと思っているだろう!」


弟子に驚き称賛されることを想像していたインセントは想像とは違うスプリングの様子に慌てふためいた。


「少しは師匠として見直そうと思ったのに……はぁ……」


そう言いながら深いため息をつき頭を抱えるスプリング。


「な、何! よしわかった! 師匠として技を教えてやろうじゃないか!」


スプリングが口にした師匠という言葉になぜか張り切り出すインセント。


「はぁ?」


既に期待値は底をついたという目でスプリングはインセントを見つめる。


「ただしただでは教えない! 村まで競争だ! 俺に勝ったら教えてやるガハハハハ!」


そう言いながら村がある方角へ爆走し始めるインセント。


「……はぁ……」


一瞬にして目の前から走り去ったインセントの背中を見つめるスプリングはつき合いきれないという表情を浮かべながらもう一度深いため息をつくと、インセントが巻き上げる雪煙を避けながらゆっくりと村がある方角へと歩いていくのであった。












ガイアスの世界



 インセントがスプリングに与えた長剣ロングソード



 一見どこの武器屋でも手に入れることが出来る長剣ロングソードに見えるが、実はかなり鍛え上げられた代物で、普通の長剣ロングソードよりも遥かに切れ味が高い。だがその反面普通のものよりも重量がある。

 今はスプリングの手にあり、その力を発揮することは無いが、インセントがもてばかなりの恐ろしい程に切れるという代物でもある。

 二年間愛用したことによりスプリングも自分が持つ長剣ロングソードが普通の物とは違うことに薄々勘付いてはいるようだ。

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