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時を遡るで章(スプリング編)2 剣の重み

ガイアスの世界



スプリングの両親


 スプリングの記憶の中での両親は、良き母、良き父と良識的な両親であり、到底人から命を狙われるような人物では無かった。だがスプリングの両親は、黒ずくめの男という謎の人物によって殺害された。

 黒ずくめの男の目的は不明であるが、その行動からただの強盗では無い事は明らかであり、スプリングの両親の過去に何かあったことが伺える。しかしスプリングの両親が過去何をしていたのか、息子であるスプリングは知らない。

 スプリングの両親と旧友の仲であるインセントがそのあたりを知っているようだ。


 






 時を遡るで章(スプリング編)2 剣の重み




青年が子供だった頃、自我を持つ伝説の武器と出会う前……




 夜道で疲れたスプリングを背負い家路を歩く父親の背中からは温かく心地よい振動が伝わる。安心感を与え眠気を誘う父親の背中がスプリングは好きだった。


「……」


父親との温かい思い出の夢から覚めたスプリングは誰かに背負われていることに気付いた。安心感のあるその背中は何処か父親の面影と重なる。だがあの時の父親の背中に比べ遥かに大きなその背中に違和感を抱くスプリング。


「ッ……」


目を開いたスプリングは瞼が重いことに気付く。それと同時に目頭に染みるような痛みを感じたスプリングは小さく声を上げた。


「……はぁ……やっと起きたか……」


聞くからに怠そうな声でスプリングに声をかけるインセント。


「あ、あの……これは?」


腫れている目を手で軽く押さえながらスプリングは、自分がなぜインセントに担がれているのか尋ねた。


「この雪の中、泣き疲れて眠っちまったガキをしょうがなく背負っていたんだ」


「うわっ!」


スプリングにそう嫌味を伝えたインセントは、スプリングの体を乱暴に地面に落とした。乱暴に地面に落され驚いたスプリングだったが、積もった雪のおかげで体に痛みは無い。


「ら、乱暴じゃないですか!」


地面に乱暴に落されたスプリングは、立ち上がり体中についた雪を払うと訳が分からないと言うようにインセントに抗議する。


「はぁ……これから強くなろうって奴が何を甘えた事をぬかしてやがる」


「はあ?」


インセントの言葉が理解できず首を傾げるスプリング。


「チィ……これだからガキは……お前、俺に言った言葉を忘れたのか?」


何も覚えていないという間抜けな顔をしたスプリングの表情に苛立つインセントは舌打ちを打つとスプリングの首根っ子を掴み持ち上げた。


「な、や、やめてください!」


無理矢理首根っ子を掴まれたスプリングは逃れようともがく。しかし掴んだインセントの手はびくともしない。


「おい小僧思い出せ、お前は何を見た?」


そう言いながらスプリングを睨みつけるインセント。


「……ッ」


火に包まれた屋敷の光景が頭に浮かぶスプリング。頭の中から都合よく消されていた記憶が蘇るスプリングの表情は青ざめていく。


「目の前で両親を殺されたんだろう?」


インセントの言葉にスプリングの頭の中には両親を殺した黒ずくめの男の姿が浮かび上がる。


「……お前は言った、強くなりたいと……お前は両親を殺した奴がまだ生きていると確信したからこそ俺にそう言ったんだろう?」


「……」


スプリングは母親と共に火に呑み込まれる黒ずくめの男の姿を見ていた。普通ならば助かるはずはない状況。それにも関わらずスプリングは黒ずくめの男は死んではいない確信していた。だからこそインセントに対して強くなりたい復讐したいと口にしたことを思い出した。


「……」


これからの自分の目的を思い出したスプリングの表情は恐怖しつつも決心したような表情へと変わる。


「ふふ、まあ及第点って所か」


決心したスプリングの表情に口元を吊り上げるインセント。


「……いいか小僧、甘ったれるのはもう終わりだ、お前は俺に強くなると言った、その瞬間、この世界はお前にとって戦場に変わる……もうお前を守ってくれる者は存在しない、自分を守る為に常に気を張れ、油断するな……それが強くなると言ったお前が背負う責任だ」


「うわっ!」


インセントはそう言うとスプリングを乱暴に投げた。再び雪の積もった道に落下し情けない声をあげる。


「……ん? ふふふ……丁度いい」


何かに気付いたインセントはスプリングに視線を向けながら悪い笑顔を浮かべる。


「……そうだな、やる気だけじゃ強くはなれない、小僧テストだ、お前のやる気が本物か俺に見せてみろ」


そう言うとインセントは自分の腰に差さしていた長剣ロングソードを鞘ごとスプリングに投げ渡す。


「それは貸してやる……それで戦ってみろ」


「え、え……?」


突然、長剣ロングソードを投げ渡され戦ってみろとインセントに言われたスプリングは何が何だか理解できずに投げ渡れた長剣ロングソードを抱き抱えた。


「ほら、やってきたぞ、お前の命を狩ろうとする存在が」


顎先をクイッと上げスプリングの背後を示すインセント。


「え……?」


ゆっくりと後方へ視線を向けるスプリング。


「ッ!」


《《《グルゥゥゥゥゥ》》》


そこには周囲の雪と溶け込むような白い毛並みをした雪狼スノーウルフの群れがいた。数は五頭、明らかにスプリングに対して敵意を向けている。


「うああああああああ!」


雪狼スノーウルフの群れを前に、叫び声を上げるスプリング。


《ウォオオオオオオン!》


スプリングの叫びに呼応するように群れの真ん中にいたリーダーらしき一頭の雪狼スノーウルフが遠吠えをあげる。すると他の雪狼スノーウルフは、標的を定めたようにスプリングへと走り出す。

 手足をばたつかせながら立ち上がったスプリングは、インセントから投げ渡された長剣ロングソードを抱えインセントの方へ向かって走りだした。


「ほう……長剣ロングソードを抱えて逃げるか」


子供が持って走るには重い長剣ロングソード。それ捨てずに自分の方へと逃げてくるスプリングの姿に口元を吊り上げるインセント。


「はぁはぁはぁ!」


長剣ロングソードの重さに加え、足場の悪い雪道。僅か数メートルで息を切らすプリングは、追いすがるようにインセントを壁にして背後に隠れた。


「俺を壁にしても無駄だぞ小僧、雪狼スノーウルフは賢い、自分よりも強いと感じた相手には絶対に手を出さない、そして自分達より弱いと感じた相手には容赦なく襲いかかるんだ」


「えッ?」


そう言うとインセントは体を入れ替えるようにスプリングの背後に回る。インセントの言葉通り雪狼スノーウルフはインセントに見向きもせず、スプリングめがけて襲いかかった。


「うわあああ!」


間一髪の所で雪狼スノーウルフの飛び込み攻撃を躱したスプリングは、再び逃げ出す。


「足を止めるな、一回でも捕まったら終わりだぞ」


インセントの助言アドバイスが聞こえているか聞こえていないのかスプリングは襲ってくる雪狼スノーウルフから必至で逃げ回る。すると一頭を残し他の雪狼(スノーウルフ無の姿が消えていた。

 雪狼スノーウルフは群れで狩りをする。一頭が先行して標的を追いかけている間、仲間は先回りをして向かって来る標的を挟み込む、これが雪狼スノーウルフの狩り方である。


「う、うわッ!」


まんまと雪狼スノーウルフの作戦に引っかかったスプリング。突然目の前に現れた四頭の雪狼スノーウルフに再び情けない声をあげるスプリング。


「お前が持っている物はなんだ? ただ持っているだけなら意味ないぞ」


雪狼スノーウルフに囲まれたスプリングに抱き抱えたものはなんだと指差すインセント。


「う、うわぁぁぁ」


 村の学校には通っていなかったスプリング。だがその分、母親からキッチリ勉強は受けており、学習範囲で言えば既に村の学校で習う知識は学び終えているスプリング。そんな勉強の一環の一つで武器や防具の知識も得ていたスプリングは今自分が抱えている物が何であるかは知っているしどう使えばいいのかも知っている。だが子供であるスプリングはそれを触ったこともなれば振ったことも無い。ただ知識があるだけだった。


「くぅ!」


 しかし例え扱ったことが無くとも、今はそんな言い訳が通じる状況では無いことを理解しているスプリングは自分を囲む雪狼スノーウルフを前に意を決したようにそれの持ち手に手をかけた。


(これは戦いで使うもの……命を絶つ道具)


それが命を絶つ道具であると心の中で唱えながらスプリングは、鞘からそれを抜いた。


「ハッ」


長剣ロングソードを鞘から抜いたスプリングはその重みで足元がふらつく。


「……うっ」


ふらつく足に力を入れ体勢を保つスプリングは視線の先にある長剣ロングソードの刃が放つ光に息を呑んだ。母親が作る料理の手伝いですら危ないからと包丁すらまだまともに握ったことが無かったスプリングは、それが危険な道具、武器であることを再認識し鈍く光る長剣ロングソードの刃に恐怖を抱いた。そして両手に圧し掛かる長剣ロングソードの重みが更にスプリングの恐怖を更に煽った。


(無理だ……こんな重い物を振るなんて)


大人であれば片手でも振ることが出来る長剣ロングソード。しかし子供の力では両手で振ることもやっと。長剣ロングソードの重みにスプリングは早々と諦めをみせる。


「おーい諦めないで考えろ!」


見るからに諦め戦意喪失しているスプリングを前にして離れた所から呑気な声で激を飛ばすインセント。


(考えろだって! どう考えてもこの剣は僕の体格に合っていない、振れる訳無いじゃないか!)

 

自分の置かれた状況に焦りつつもインセントの激に心の中で愚痴るスプリング。


《ウォオオオオオオン!》


「ハッ!」


一頭の雪狼スノーウルフがスプリングに襲いかかる。


「うわっ!」


襲いかかる雪狼スノーウルフの攻撃を再びギリギリの所で躱すスプリング。


「ほう……流石あの二人の息子って所か、動体視力は悪くない」


今のスプリングにとって重りにしかならない長剣ロングソード。しかしそれを持ちながら雪狼スノーウルフの攻撃を躱すスプリングの動きを見てうんうんと頷くインセント。


(ど、どうしたらいい……どうしたら……)


目の前の状況に頭がいっぱいになったことで、今までまとわりついていた恐怖が薄れ辛くもインセントに言われた通りにこの状況をどうするか考えるだけの余裕が生まれるスプリング。


《《《ウオオオオオン!》》》


雪狼スノーウルフは追い詰めたとばかりに次々とスプリングに襲いかかる。しかしスプリングはそれをことごとく避けていく。


(うん?……おいおい、ただの小僧だと思っていたが……彼奴ら、自分の息子に何か仕込みやがったな)


スプリングはただ動体視力がいいだけと思っていたインセント。しかし次々と襲いかかってくる雪狼スノーウルフの攻撃を危なっかしくもことごとく躱すその動きを見てインセントはそれが単なる動体視力だけのものでは無いことに気付いた。スプリングの動き方はただ必至で避けているという動きでは無く、明らかに雪狼スノーウルフの次の動作に合わせて動いているものだったからだ。本人がそれを意識してやっているのかは別として、その下地となる何らかの訓練をスプリングの両親はスプリングに施していたのではないかと考えた。 


(……何だ、最初は怖いと思ったけど……よくよく考えれば、これ父さんと遊んでいた時に似ている)


インセントの考えは当たっていた。

 次々と襲いかかってくる雪狼スノーウルフ。最初は恐怖で何も考えられなかったスプリング。だが何度か雪狼スノーウルフの攻撃を躱すうちに、それが父親と一緒にやっていた遊びに似ていることにスプリングは気付いた。

 スプリングの脳裏に悪戯な笑みを浮かべる父親の顔が浮かぶ。スプリングの父親はその遊びを手品のような物だと幼いスプリングに言い聞かせていた。

 スプリングと遊ぶ時、スプリングの父親は突然何も無い所から成人男性の握りこぶし程度の丸い球体ボールを出現させることがあった。出現させた球体ボールをスプリングの周りに漂わせ「この球体ボールから逃げてごらん」と言いながら自由自在に球体ボールを動かしスプリングの後を追わせていた。

 最初は自分を追って来る球体ボールを避け切れず当たってしまうスプリングだったが、回数を重ねるごとにボールを避けられるようになっていった。縦横無尽に動く球体ボールを避けられるようになっていくスプリングに合わせ、スプリングの父親は球体ボールの速度を上げていった。その遊びが今自分が直面している状況に酷似していると思うスプリング。


(そうかッ!)


父親と遊んだ記憶を思い出していたスプリングは、何かひらめいたのか長剣ロングソードを自分の前に構えた。


「むっ」


スプリングのとった行動に注目するインセント。


(避けられないと思った時は両手を前に出して防ぐんだって父さんは言っていた)


球体ボールの速度が自分の動体視力を越え避けられなかった時、両手で防げと父親が助言アドバイスしてくれた事を思い出したスプリングは、長剣ロングソードに自分の前に構えた。

 次の瞬間、勢いの乗った飛び込みで襲いかかってきた雪狼スノーウルフはスプリングが構えた長剣ロングソードの前に綺麗に真っ二つとなった。


「へッ……」


雪狼スノーウルフが真っ二つになった瞬間、スプリングの体に真っ赤な液体が降りかかる。その光景はスプリングの脳裏に母親が黒ずくめの男に突き刺され切り裂かれた時の記憶を蘇らせる。


「う、うわああああああああ!」


半狂乱状態となったスプリングは振うことが出来ない長剣ロングソードを無理振う。それは長剣ロングソードに振り回されていると言ってもいい。

 これを好機チャンスと見た雪狼スノーウルフ達は長剣ロングソードに振り回されるスプリングの動きを掻い潜り一斉に襲いかかった。


「悪いなッ」


それは一瞬だった。雪狼スノーウルフ達にそうインセントが言うとスプリングに飛びかかったはずの雪狼スノーウルフ達は、突然脱力したようにその場に雪の地面に落下していく。


「おら、もう終わった落ち着け小僧」


半狂乱するスプリングの手を雑に掴んだインセントは、落ち着くように言う。


「う、うわ、うわぁあああああ!」


だがスプリングの混乱は止まらない。体に付着した雪狼スノーウルフの血が、母親の最後を思い出させスプリングの心を恐怖と悲しみに染め上げる。


「ああ、もう、だからガキは嫌いだ」


「カッハッ!」


暴れるスプリングの体を地面に叩きつけるインセント。背中に衝撃を受けたスプリングは息が出来ないのか口をパクパクとさせる。


「はぁ……取り乱したのは減点だ、だがそれ以外は合格としよう、お前を弟子にしてやる、これから俺の事はお師匠様と呼べ」


息が出来ず口をパクパクさせるスプリングを前にニヤニヤしながらそう告げるインセント。


「はぁぁあああ……ふぅぅぅぅぅはぁぁぁぁぁふぅぅぅぅ」


次第に背中に受けた衝撃が落ち着き出来なかった息が出来るようになるスプリングは大きく空気を吸い込む。それと同時に我に返ってくるスプリングは自分を押さえつけるインセントを見つめた。


「お前が今やったのはな相手の攻撃に合わせた反撃カウンターの一種だ、非力で剣を振うことが出来ないお前が唯一今できる攻撃だ、覚えておけよ小僧」


そう伝えたインセントは我に返ったスプリングを拘束していた手を離すと村がある方向へと歩きだした。


「はぁはぁ……あ、あの!」


「何だ?」


スプリングの呼びかけに面倒そうに振り返るインセント。


「はぁはぁ……これ……」


未だ息が切れているスプリングは、上体を起こすと雪狼スノーウルフの血が付いた長剣ロングソードをインセントに向けた。


「……それはお前にやる、強くなりたいならまずはそれを振れるようになれ」


そう言うとインセントは再び自分達がこれから向かう場所へと歩き出した。


「あッ! ま、待って!」


慌てるように立ち上がるスプリングは、雪の中に埋まっていた鞘を拾うと長剣ロングソードと鞘を引きずりながらインセントの後を追うのであった。






ガイアスの世界



 インセントの過去



 ヒトクイ統一戦争中、後のヒトクイの王ヒラキと共にヒトクイ統一を成し遂げた者の一人が『剣聖』インセントである。

 ヒラキと共に一騎当千の活躍を見せたインセントは、当然統一後ヒラキの右腕としてその活躍を期待された。しかしインセントは生涯安泰な地位を捨て自らの強さを高める為の旅に出たのだった。





 

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