もう少し真面目で章(スプリング編)8 残した言葉
ガイアスの世界
『絶対悪』
ビショップが口にした『絶対悪』。今の段階では何を示しているのかは分からない。ビショップの口ぶりからするとスプリングと『絶対悪』は何か関係があるようだ。
もう少し真面目で章(スプリング編)8 残した言葉
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
全てを飲み込むように何もかもが真っ赤に燃え上がる。
― 例えどんな事が起ろうとも……決して諦めては駄目……諦めた時点で可能性は逃げていくわ……だから諦めず、そしていつでも可能性を引き寄せられるように、油断しては駄目よ……スプリング ―
自分の背にまで火の手が回って来てるというのに優しく微笑んだ母は、そう言うと俺を二階の窓から突き落とした。
― ヒトクイ ユモ村 平屋 ―
「……」
目を見開いたスプリングは、馴染みの無い天井を見つめた。
「……はぁ……」
全身に広がる気だるさを感じ深いため息を吐くスプリング。
「くぅ……」
それでも無理に上体を起こすとスプリングは周囲を見渡した。
「……平屋の前まで歩いてきたのは覚えている……それ以降は……くぅ」
ビショップが居た屋敷を後にし、村民に案内された平屋の前まで戻ってきた所までは記憶にあるスプリングだったが、それ以降のことは思い出せず鈍い痛みが頭に響く。まるで深酒をした次の日のように体の怠さと頭に鈍痛が響くスプリングは、部屋に一つしかない窓に視線を向けた。
「……夜……か……はぁぁ……」
記憶があるのは昼過ぎまで、それ以降、窓の外が暗くなるまでずっと自分は眠っていたのか痛む頭を押えながら、深いため息を吐いた。
『……目覚めたか主殿』
所有者の目覚めに反応するように、自我を持つ伝説の武器ポーンは頭の痛みに苦い顔を浮かべるスプリングに声をかけた。
「あ、ああ……」
普段寝る時は枕下かすぐに手にする場所にポーンを置くようにしているスプリングは枕下に視線を向け返事をした。
「あ、あれ?」
しかし枕元にポーンの姿は無い。それならとその周辺にと視線を広げるがやはりポーンの姿は無い。
『主殿私はここだ』
その声を頼りにスプリングはポーンの姿を探す。
「……なるほど……」
ポーンの姿を探している最中、スプリングはベッドの上だと言うのに自分の姿が外に出た時のままだというこに気付いた。
「そのままぶっ倒れたのか……」
その状況から部屋に辿りついた瞬間自分は力尽きベッドに倒れ込んだと結論付けたスプリングは、当然自分の姿が外にいた時のままならばと、視線を自分の腰に向ける。
『大丈夫か主殿?』
腰の留め金から伸びる紐の先にある武具、打撃用手甲を見つけるスプリング。
「大丈夫だ……」
スプリングはそれが日常と言うように自然に打撃用手甲、自我を持つ伝説の武器ポーンに対してそう答えたスプリング。
『部屋に着くなりベッドに倒れ込んだ時は一瞬ヒヤッとしたぞ』
「……そうか……」
自分が知らない一部始終を語るポーンの言葉に結論が当たっていたと思ったスプリングは何とも複雑な表情を浮かべた。
「それにしても……何で二日酔いみたいになっているんだ……」
全身に広がる倦怠感に頭に響く鈍痛。明らかにこれらは、深酒をしてしまった次の日の症状。傭兵時代、戦後に戦いの興奮が収まらず酒を飲んでその興奮を押えようとして結局深酒になってしまい記憶が飛び次に目覚めた時にはということは何度かあったが、今日に限って言えばスプリングは一切酒を飲んでおらず思い当たる節がない。
「あるとすれば……」
それでも可能性を挙げるとすれば、思い当たるのは二つ。昼食で食べた料理の中に酒が入っていたか、もしくはビショップとのお茶会で出されたお茶に酒が混じっていたかだ。しかしどちらにしろ、入っていたとしても酒の量は少量のはず、別段酒に弱い訳では無いスプリングが酔う程の量では無い。
「うーん」
二日酔いのような症状の原因が全く掴めないスプリングは鈍痛が響く頭を抱える。
『主殿……もしかするとそれは、奴の圧に酔ったのかもしれないな……』
「はぁ? どういうことだポーン」
圧に酔う。摩訶不思議な事を言いだすポーンに首を傾げるスプリング。
『時に強者が放つ圧は、相手を酔わすことがある……これは酒に酔うと言うよりは乗り物に酔う感覚に近い……主殿は奴の圧倒的な圧の前に体が強張りその緊張から解放された直後に酔ったのだろう』
「……なるほど……戦う前から完全敗北していたって訳か……不甲斐無いな……」
自分の体に起っている症状の正体の説明をポーンから受けたスプリングは、何処か自傷気味な笑いを浮かべ窓の外を再び眺めた。
「ポーン、俺はどのくらい寝ていたんだ?」
昼の雰囲気とはがらりと変わっている風景を窓から眺めながら、スプリングは自分がどれくらいの時間、ここで寝ていたのかをポーンに尋ねた。
『十二時間……と言った所か……それでも体からその症状が抜けていないということは、しばらくは何も出来ないだろう、今は体を休めることを私は提案する』
見るからに落ち込んでいる様子のスプリングに今は休めと体調の回復を優先することを勧めるポーン。
「……」
スプリングが対峙した相手は、人間でも無ければ魔物でも無い武具。ただの武具では無く伝説と名が付き、ポーンの同胞であるものの、結局は使う者がいなければ何も出来ないと心の何処かで油断していたスプリングは自分の油断が招いたこの結果を不甲斐無く思うことしか出来なかった。
「……ああ、寝るよ……」
少し考え後、ポーンの提案に頷いたスプリングは腰に吊るしたままの状態だったポーンをベッド横にある机に置いた。
『主殿……』
「……大丈夫、大丈夫だ……」
自分の様子を心配するポーンに対し、スプリングは自分に言い聞かせるような声でそう答えると力無くベッドに体を預け再び馴染みの無い天井を見つめた。
『……お休み、主殿……』
スプリングを気遣うように最小限の大きさで就寝の挨拶を口にするポーン。
「ああ……お休み……ポーン……」
それに答えるようにスプリングは呟くと静かに目を閉じた。
(……油断するな……母さんが俺に残した最後の言葉……だったのに……俺は……)
― 十数年前 ヒトクイ極北 雪原 ―
あれからどれぐらいの時間が経ったのか、吹雪はその力を弱め何処までも白く続く雪原が見えるようにまで視界はクリアになっていた。
燃えていたはずの屋敷は黒く焼け落ち殆ど原形をとどめていない。そんな屋敷であった場所を虚ろな目で見つめる少年。
「坊主……少しは落ち着いたか?」
燃える屋敷に飛び込もうとした少年を雪に埋め押さえつけていた体格のいい大柄の男は、静かに朽ちた屋敷を見つめる少年に声をかけた。
「……」
先程まで声が枯れる程に叫び喚き散らしていた少年。しかし今はその面影も無く男の言葉に返事すらしないほど少年は静かになってた。
「おーい、坊主、返事くらいしろ」
全く反応しない少年の頬を軽くつねる男。しかしそれでも少年は一切反応をみせない。
「おい。このままだとお前も死んじまうぞ」
少年の頬をつねる男は自分の指先に少年の体温が殆ど感じられないことに気付くと、別段驚くことも慌てることも無く淡々とそう少年に告げた。
少年の肉体に目立った外傷は無い。せいぜいあるとすれば高い所から落ちたときにできた打撲だけであった。だが致命的な外傷は一切無いはずの少年の顔からは生気が感じられない。死の匂いが漂っている。既に生きることを放棄した、少年はそんな表情をしていた。少年から沸き立つ死の臭い、その原因は少年の心にあった。
燃える屋敷。その中には少年の両親がいた。燃える屋敷の中で死んでいく両親を少年は見ていることしか出来なかったのだ。今までずっとそばにいてくれた両親を一瞬にして失った少年の心は、両親を失ったことで絶望し生きる意思を失っていたのだ。
「そんなにとーちゃんとかーちゃんと一緒に死にたかったとは知らなかった、押さえつけて悪かったな坊主」
目の前で両親を失ったばかりの少年に対して、気遣いの欠片も無い言葉を吐く男。
「くッ!」
それはあからさまな安い挑発であったが、今の少年にはその挑発が簡単に刺さる。今まで虚ろであった瞳に暗い光が灯った少年は、その目で男を睨みつけた。
「お、生き返ったか小僧」
暗くとも虚ろでは無くなった少年の瞳を見た男は、ふざけたようにそう言うと鼻で笑った。
「くぅ!」
「……お前が押さえつけなければ、おとーちゃんとおかーちゃんを助けられたのに、という顔しているな……ふん、だが坊主、ガキのお前じゃ無理だろう」
両親を助ける為に燃え盛る屋敷の中に飛び込もうとしていた少年。しかし飛び込んだ所で年端もいかない子供が燃える屋敷の中大人二人を抱えて脱出することはどうやったって不可能と冷たい事実を突きつけた男はその言葉とは裏腹に優しく少年の頭に手を置いた。
「……小僧、確かにお前は両親を救うことが出来なかった……だがな、それに責任を感じてお前自身が生きる意思を失うのは別問題だ……お前のとーちゃんもかーちゃんもお前にそんなことは望んでない……一緒にあの世に行きたいだなんて望んでいやしないんだよ」
沢山の古傷が残る大きな男の手は、少年の頭を優しくだが乱暴に撫でる。
「……うぅぅ……」
何かを堪えるように少年は口元をつぐむ。
「……小僧、お前強くなる気は無いか?」
「……強く……」
突然の男の言葉に何かを堪えるように顔をしかめていた少年の表情が僅かな驚きに変わる。男の問いかけに初めて言葉で反応を示した少年のその表情は、戸惑いつつも何かを感じているようにも見える。
「ああ、誰にも負けない程の強さ……男なら一度は憧れる高みだ」
「……誰にも負けない程の強さ……おじさんが……強くしてくれるの?」
先程まで暗さを放っていた少年の目に僅かに光が宿る。
「ああ? おじさん? ……あ、ああ、お前が望むならおじさんが強くしてやる」
おじさんと呼ばれたことに抵抗があるのか、少し戸惑う様子は見せたものの少年の目に力が宿るのを感じた男は不敵に笑う。
「……もしそれが……復讐の為でも?」
「ああ」
少年の復讐という言葉に一切の動揺や躊躇を見せない男。
「……わかった……僕、強くなるよ……強くなって……」
そこで言葉を飲み込む少年。
「……ああ、強くなれ」
少年がどんな言葉を飲み込んだのか、容易に想像がつく男は少年が強くなる理由を理解して尚、それを否定することはせず背中を叩くように答えた。
「ちなみにだ、俺はおじさんじゃない、インセントだ覚えておけ小僧」
自分の名を少年に告げたインセントは、もう片方の手を少年の胸の前に突き出した。
「僕は小僧じゃない、スプリングだ覚えておけ……おじ……インセント」
インセントの言葉を真似るようにそう口にした少年スプリングは、頭に乗ったインセントの手を払いのけ胸の前に突き出されたもう片方の手を乱暴に叩いた。
「ふふ、生意気だなお前」
叩かれた手の感触を感じながらスプリングを見下ろすインセントは再び不敵に笑う。先程まで生きることを諦めていたスプリングの虚ろな目が、今は暗くではあるが僅かに光を宿していることをしっかりと感じとるインセント。
「小僧、例えどんな理由であろうと、生きるのを諦めたらそこで終わりだ、逆にどんな理由であろうと生きることを諦めなければ、そのうち状況は好転する……ただし好転の兆しを逃さないように油断はしちゃいけない……わかったか?」
「ッ!」
インセントの言葉に何か思うことがあるのかスプリングは再び何かを堪えるように口をつぐんだ。
「……どうした返事は?」
「……ぼ、僕は……小僧じゃ……ないって……うぅ……くぅ!」
自分の事を名前で呼ばないインセントを注意しようとするスプリング。しかし途中で言葉が途切れたスプリングは突然イノセントに背を向けた。その背は何かを堪えるように小さく震えている。
「……まあ、今日は大目に見てやる……だがこれが最後だ……」
察したインセントはそう言うと自分に背を向けるスプリングと同様に自分も背を向け耳を塞いだ。
「クゥ……うぅぅぅうう……うああああああああ!」
肩を震わせながら口から漏れる息を必至で抑えようとしていたスプリングは、インセントの言葉に後押しされるように今まで抑え込んでいた感情を爆破させる。両親を失った悲しみを爆発させるスプリングの悲しい泣き声が白い雪以外なにも無い雪原に虚しく響き渡った。
― しばらくして ―
「チィ……だからガキは困る……」
そう愚痴りながらインセントは、泣き疲れ眠るスプリングを背負うと途方も無い程に広大な雪原を歩き出すのであった。
ガイアスの世界
スプリングの酒事情
強くは無いが弱くも無い程度に酒を嗜むことができるスプリング。傭兵時代は一杯ですぐに酔っていたが、傭兵時代に出会ったガイルズが酒に対してザルであった為に、一緒に旅を始めた当初は毎晩のようにつき合わされそこで鍛えられある程度飲めるようになったようだ。




