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もう少し真面目で章(スプリング編)6 手がかりと取引

 ガイアスの世界



 傭兵時代のスプリング


 『剣聖』インセントの下で数年間、剣の修行をしていたスプリング。ある日を境にスプリングはインセントの下を離れ様々な戦場を渡り歩く傭兵を始めた。

 故郷であるヒトクイを離れ他の大陸に渡ったスプリングは様々な戦場で傭兵として己の剣を極めようとしたのだが、当然最初からトントン拍子で上手く訳も無く、最初の一年は日々失敗の連続で何度も命を落としかけた。

 しかし運よく生き残り続けたスプリングは、様々な失敗と本人が持つ尋常では無い努力で数年後には戦場でその名を知らない者はいないと言われる程の傭兵になり上がった。

 

もう少し真面目で章(スプリング編)6 手がかりと取引




剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス




 これぞ古き良きヒトクイの建物であるユモ村の村長が住む木造の屋敷に足を踏み入れたスプリングを出迎えたのは無表情ながら凛々しく美しい顔立ちの給仕の女性だった。

 長い黒髪、小柄ではあるが地味な給仕の制服が逆にその女性の美しさを引き立たせている。この屋敷で給仕をしているということは、この女性もユモ村出身の可能性は高いはずだが、ユモ村の人特有のどかな雰囲気は一切無くどう見てもその顔立ちや仕草はヒトクイの首都であるガウルドに居るような都会の女性という印象が強く感じられこの屋敷からすれば多少浮いたような感覚があった。


「いらっしゃいませお客様、主がお待ちです」


か細く発せられた女性の声には表情と同様に感情が無い。いっそ何かに操られていると言われても合点がいく程だ。


『……既にこの屋敷は奴の場、誰にも心を許すな主殿』


案の定、屋敷に招き入れた給仕の女性に対し何かを感じている様子のポーンは警戒するようにとスプリングに注意を促す。


「……あ、ああ……」


まるで人形のように固まったままの給仕の女性を見つめながらポーンの言葉に頷くスプリング。


「こちらに……」


 頷いたスプリングの反応を合図にして人形のように固まっていた給仕の女性は再び動き出すと、廊下を歩きだしスプリングを先導する。


「本来であれば適した場所でお茶会を行うのがマナーではありますが、主の意向により別の場所でお茶会を催すことをお許しください」


スプリングに背を向け廊下を進む給仕の女性は、安定した無感情な声でこの屋敷の主の意向を伝える。


「あ、ああ……」


今までお茶会というものに出席したことが無くそもそもお茶会自体に興味がないスプリングにとっては適した場所がどういった所なのかも理解できず、給仕の女性の言葉に戸惑ったように頷くことしか出来ない。


「……」


 ただ導かれるまま給仕の女性の後をついていくスプリングは何とも居心地の悪い表情を浮かべていた。

 スプリングにとってお茶会に呼ばれるという状況だけで既に困惑する理由としては十分なものではあった。しかし今スプリングを困惑させているのはお茶会に呼ばれたからだけでは無い。

 屋敷の中に待つのは、ポーンの同胞であり自我を持つ伝説の武具の中で最強と言われているビショップ。屋敷の前で少し会話しただけでその圧倒的な強さを痛感させられたスプリングは、当然お茶会とは比喩的な意味合いであり屋敷の中に入れば戦闘になるものだと思い込んでいた。

 しかし実際に足を踏み入れてみれば、そこに居たのは貴族や金持ちが自分の身の周りの世話をさせる為に雇っている給仕の女性による丁寧。そこに比喩なとば一切無く本気でお茶会をする雰囲気が広がっており、圧倒的な力を持った存在ビショップとの戦いになることを想定していたスプリングにとっては何とも肩透かしな状況で困惑するしかなかった。


「……少々お待ちください」


給仕の女性はある部屋の扉の前で立ち止まると内心困惑しているスプリングにそう告げる。屋敷の構造からしてその部屋は客人を通すような部屋では無く家主のプライベートな部屋に思える。


「……主様、お客様をお連れしました」


扉の前で部屋の中の人物に話しかける給仕の女性。


『はいどうぞ、入ってきてください』


扉越しに聞こえたその声は、間違いなく屋敷から聞こえたビショップの声。困惑していたスプリングの感情が一瞬にして緊張に変わる。


「……」


困惑によって一度は解けてしまった緊張を結び直し、いつ戦うことになってもいいように体勢を整えるスプリングは、ビショップがいるだろう部屋の扉のノブに手をかけた給仕の女性の動きに警戒する。

 給仕の女性何事もなく扉を開く。開いた扉の先に見えた部屋を警戒しながら凝視するスプリング。部屋の中心にはテーブルが置かれており、その上には、中身の入っていない高価そうなティーカップと飲み物が入っているだろうポット。テーブルの中心には、ユモ村独自の物だろうか、スプリングが見たことのない菓子が数種類綺麗に皿の上に盛り付けられていた。まさしくこれぞお茶会といった雰囲気に一度は結び直したはずの緊張が再び綻びそうになるスプリング。


「……」


しかしすぐにその部屋に違和感を抱くスプリング。先程、給仕の女性が口にした「本来ならばお茶会をする場所では無い」という言葉はこういう意味かと綻ぶ緊張を再び結び直しながら何となく理解するスプリング。

 目に映るお茶会仕様のテーブルの先には大きなベッドが一つ。そこには一人の少年が眠っていた。お茶会という場にベッドが置かれているという状況が不自然であることは流石に一度もお茶会に行ったことが無いスプリングにでも理解できることだった。


『外で長話をしているから私は待ちくたびれてしまったよ、さあ早く席に座って』


あからさまにその場にそぐわないベッドとそのベッドで寝ている少年には触れず、スプリングを席へと促すビショップ。しかし当然のことながらスプリングに声をかけたビショップの姿はそこには無い。いや正確に言えば姿は無いが彼の声を発している本は少年の眠るベッドの脇にある小さな机の上に置いてあった。


「……」


少年の横にある机の上に置かれた本に警戒しながら、お茶会仕様のテーブルの席に腰かけるスプリング。席に着いたと同時に給仕の女性はテーブルに置かれたポッドを手に取るとスプリングの目の前に置かれたティーカップに茶色い液体を注ぎ始めた。

 それがお茶だということは分かるが何というお茶なのかは分からないスプリング。普段、宿屋で飲んでいる薄味のお茶とは比べものにならない程の上品な香りがカップに注がれた瞬間に部屋中に充満していく。


「お砂糖は何個入れますか?」


ティーカップに良い香りがする名も分からないお茶を注ぎ終えた給仕の女性は、スプリングにそう尋ねた。


「……えっ……」


『遠慮はいりませんよ』


何個でも好きなだけ砂糖を入れるといいと言うビショップ。


「あ、いや、いらない」


人生の中で殆ど白湯としか思えない程の安い薄味のお茶しか飲んだことが無いスプリングは、給仕の女性の言葉が理解できず、その問にいらないと答えるとカップに注がれた茶色いお茶を見つめた。


『ストレートですか、中々に御味の分かる方だ……』


スプリングの行動を気にいったのか、上機嫌な様子のビショップ。しかしスプリングからしてみればビショップが何を言っているのか分からず顔を引きつらせることしか出来ない。


『さあ、お召し上がりください』


スプリングの目の前に出された茶色いお茶を勧めるビショップ。


『待て主殿……中に何が入っているか分からない、飲むな』


勧められるままお茶が注がれたカップを手に持ち口元に近づけていたスプリングを止めるポーン。


「そ、そうか」


ビショップに言われるがまま、お茶の入ったカップを口元に近づけていたスプリングはポーンの言葉に我に返ると口元に近づけていたカップを慌てて離した。


『相変わらず警戒心が強いですねポーンは……安心してくださいお茶の中には何も入っていませんよ……あなたの所有者を殺すだけなら毒など盛る必要も無いですから』


まるで昔からそうであったと言うようにポーンの警戒心の強さを相変わらず指摘したビショップは毒は盛っていないとをスプリングとポーンに伝えた。

 本来こういった状況では例え毒を盛っていないと言ったとしても飲むまではその言葉が本当かどうかは分からない、というのが基本的な思考ではあるが、スプリングはビショップのその言葉に嘘が無いことを知っていた。何故ならビショップはそんな事をする必要も無く、やろうと思えば簡単にスプリングの事を殺すことが出来るからだ。


「……」


一度は口元まで運んだティーカップをテーブルに置くスプリング。それはスプリングが今出来る些細な抵抗であった。


『あら、お気に召しませんでしたか?』


ティーカップをテーブルに置いたスプリングの行動に少し残念そうな声をあげるビショップ。


『……ビショップ、茶番はいい……何が目的だ?』


ティーカップに入ったお茶を飲まずにテーブルに置くと言う些細な抵抗しか出来ないスプリングの悔しさを察しながら、ビショップが自分達をこの場に呼んだ真意を尋ねるポーン。


『目的? ポーン、君もつれないな……同胞の中では一番仲良くした間柄じゃないか、ただ私が君や君の所有者と世間話や昔話をしたいってだけの理由じゃダメなのかい?』


真意を尋ねたポーンに対し、ただ世間話や昔話をしたいとあからさまにはぐらかすポーン。


『スプリング君、私とポーンはね、一番仲のいい間柄なんだ、それこそ互いの夢を語り合うぐらい……親友と呼べる程にね』


「し……親友?」


一切想像もしていなかった言葉がビショップから飛び出し困惑するスプリング。


(どういうことだ……ポーンにとってビショップは仇なんじゃないのか?)


ビショップのことに関してポーンが口にしたのは最強の武具であることと、憎むべき仇であるということだけ。二人の中が親友であったことなど聞いていないスプリングはどうも話が噛み合っていないと自分の腰に吊るしているポーンを見つめた。


『……昔の話だ……今の私にとってこいつは仇でしかない』



困惑しながら自分を見つめるスプリングに対し一辺の曇りもない声でそう伝えるポーン。


『あらら、寂しいことを言う……私は君の事を今でも親友だと思っているのに、他の武具はどうでもいいが君だけは一目置いているというのに……』


自分を巨絶するポーンの言葉に悲しそうな声をあげるポーン。だがその悲しみの声は芝居がかっており誰が聞いても嘘臭くしか聞こえない。


『大根芝居やよせビショップ……要件だ……我々をここに招き入れた要件を簡潔に述べろ』


当然ビショップの言葉に全く心動かされることのないポーンは再度、自分達をこの場に招いた訳を話せと催促する。


『……はぁ……確かに悲しんだ事はお芝居だけど、君を親友だと思う気持ちは本当なんだけどね……だからこそ、私は君の所有者であるスプリング君にとって有意義な情報を提供しようとこのお茶会に誘ったんだ……』


「なに?」『何だと?』


自分の演技が大根であることは認めたがポーンを親友だと思う気持ちは嘘偽りで無いと告げたビショップ。その友情の証、自分の想いの証明としてビショップは、ポーンの所有者であるスプリングが必要としている情報を提供する為にこのお茶会に招待したと言いだした。


『……君は私にとって大切な親友ポーンの所有者だ』


ねっとりとしたビショップの言葉がスプリングに纏わりつく。


『当然……君の事は調べさせてもらった……スプリング君……君は、両親を殺した存在が何なのか知りたがっているね』


「……ッ!」


ビショップのその言葉に今まで場の状況とそのノリについていけず緊張と困惑を交互に繰り返していたはずのスプリングの感情が一瞬にして無になる。


『主殿?』


スプリングの様子の変化に反応するポーン。


「……何故、それをお前が知っている……」


両親が何者かに殺されたという話は、当時その現場に駆け付けたスプリングの剣の師匠であるインセントと、そして一緒に旅をしていたガイルズ、後はポーンしか知らないことだった。それを何故か知っているビショップに対し今までにない冷たい声でスプリングはその理由を尋ねた。


「ははは……やっぱり流石はポーンの所有者だ、覚悟が決まると一気に雰囲気が変わったね……」


なぜそこでポーンの名前が出てくるのかは不明だが先程とはまるで別人の雰囲気を纏ったスプリングの様子を本気になったと言い現したビショップは何故か楽しそうに笑った。


「……余計な話はいい、さっさと理由を話せ」


無駄口を叩くなと言わんばかりにスプリングは鋭い殺気をビショップに向ける。既に先程までの緊張感や困惑は消し飛びポーンでさえ見たことのない暗く鋭い表情のスプリングがそこにはいた。


『ああ、勘違いしないで欲しい、君の両親を殺したのは私じゃない……』


向けられた殺気の意味を理解しているビショップは、両親を殺したのは自分では無いことをスプリングに伝えると、自分の肉体である本を開いた。


『……私は知識と情報を司る本、ガイアスで起る大半の出来事、それこそ人一人の一生すら把握することが出来る……』


ガイアスという世界の大半の出来事を把握できる能力、これこそが手にすれば世界を手にすることが出来ると言われる伝説の本と言われる由縁、そしてポーン達、自我を持つ武具の中でビショップが最強の武具と言われる理由であった。


『……ヒトクイの北側にある雪が多く降る場所、人里離れた小さな屋敷で雪が降り始めたあの日、君の両親は殺された……私はスプリング君の両親を殺した存在を知っている』


「ッ!」


まるで呼び水のようにビショップの言葉によって両親が殺された日の記憶が蘇るスプリング。


『……さてでは君達がお待ちかねの……本題に入ろう……スプリング君、ポーンと一緒に私の下に来ないかい?』


まるで悪魔の囁きのようにビショップは、スプリングに自分の下にこないかと取引を持ちかけるのだった。


ガイアスの世界


 ヒトクイ 北側


 ヒトクイの北側はフルード大陸程ではないが冬になると寒さが厳しくなる場所である。他の季節からがらりと環境が変わる事から生息している魔物の種類も異なってくる。

 当然北側で生活している人々はいて町や村もあるが、環境の違いからヒトクイの他の場所とは少し生活様式が異なっているようだ。





 

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