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真面目で章(ユウト編)6

 ガイアスの世界



 ユウトの特異体質


 ユウトは二週間起き続け、その後二週間眠り続けるという珍しい体質の持ち主である。なぜそんな体質になったのか当の本人は知らないし別に知りたいとも思っていない。

 一見気にしていないように見えるが、二週間眠りつづけることには抵抗があるようだ。





 真面目で章(ユウト編)6




 剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス




―  ……そうか……僕は死んだんだ ― 


 暗く寂しい夜の林道に仰向けで倒れている一人の少年。林道の脇に生える木々によって遮られた夜空を光無く見つめる瞳に光は無く虚無を見つめている。体中に刺さった刃はそれだけで死を連想させるのは容易であり一人の少年が何者かによってこの林道で殺害されたことが分かる。


(……何だこの夢?)


生命を一切感じない青白い少年の死に顔をまるで幽霊のようにその場に漂いながら見つめる人物。だがそれは少年の霊体では無くユウトであった。

  

(……また……悪夢か……)


目の前の光景を見つめながら「また悪夢か」と呟くユウト。

 そう、今目の前に広がる光景や自身に起った状況は全てユウトが見ている夢であった。

二週間睡眠をする必要が無く、だがその代わりに次の二週間を眠り続けるという特殊な体質を持つユウトは、その間夢をみる。しかもその大半が悪夢という何とも面倒なものであった。

 二週間眠り続けることと、その間に見る夢の大半が悪夢であることに何か因果関係があるのかは不明だが、ユウトはその面倒な体質を五年も続けていた。

 この体質になった当初、ユウトは悪夢に対して抵抗した。夢が夢であると自覚すれば、自由に夢の中で動き回れるようになり悪夢から逃れられると考えたからだ。だから自分を追って来る得体の知れない何かに攻撃をしかけたり、高い場所から落下する状況をどうにかして止めようとしたり自分に対してふりかかる突拍子もない事や理不尽な事に対して色々と試そうとした。しかし結果は全て同じ。得体の知れない何かに攻撃をすることも落下する自分を止めることも出来なかった。ユウトは指一本自分の意思で動かすことが出来なかったのだ。

 抵抗することが無駄だと気付いたユウトはただ流れ続ける悪夢を受け入れることしか出来なかった。それを五年もの間続ければ、嫌でも悪夢はただの夢に変わる。今ではどんな悪夢でも普通の夢のように感じられるようになったユウトは、代り映えしない悪夢に対して「またか悪夢か」と愚痴を零したのである。


(……ん?)


しかし今回の悪夢は、今までの悪夢と少し趣向が違うことに気付いたユウト。普段みる悪夢は、自分自身に何か悪い出来事が起るはずなのだか、今回見ている悪夢は、あくまで第三者としての立場から他人に起った悪い出来事を見ているようなそんな悪夢であった。


(……これは……僕?)


 何者かによって殺された少年の顔を覗きこんだユウトは、普段感情が表に出ることが無いその表情を僅かに歪ませた。

 死んでいたのは自分の顔をした他人だったからだ。なぜ他人であるとユウトが感じたのか、それは夢の中であっても自分が殺害されたという事実が無いからだろう。殺害された事実が無いのだから自分と同じ顔をした人間が殺されたとしてもそれが自分であるとはユウトには思えなかった。


(……)


しかし今まで見てきた悪夢は突拍子もなく理不尽なことが次々と起ってはいたが、死に対しては何処か雑で死ぬ寸前の所で目を覚ましたり、別の悪夢に切り替わったりと直接的に自分が死んだという状況を見ることは無かった。

 だが今回は違った。それが同じ顔をした他人であっても悪夢は間接的にユウトに対して死を見せたのだ。どうにもそれが引っかかるユウト。しかしその答えをユウトは知ることになった。


(……なるほど、そう言うことか……)


― 僕が何をした……僕はただ仕事を終えて村に帰ろうとしていただけなのに……ただそれだけなのに ―


自分の声でありながら他人である声がユウトの口から漏れる。


― なぜ、僕は死ななきゃならない! ―


自分が抱いていない感情が言葉となってユウトの口から発せられる。


(……この子の魂と僕は同化しているんだ)


目の前で死んでいる少年の魂の視点からこの悪夢は形成されていることを理解したユウトは、少年の魂が持つ記憶がまるで自分の記憶のように流れ込んでくることに気付いた。


(ああ、そうか……そういうことだったのか……)


何かに気付いたユウトはまるで走馬燈のように流れてくる少年の魂の記憶を見つめるのだった。




― 場所不明 ―




「はぁはぁ……」


 少年は急いでいた。村の大人達に頼まれた林道の整備が予想以上に長引いたせいで、帰る時間が遅くなったからだ。本当ならば夕方には両親が待つ家に帰れたはずなのに今日の作業は思ったよりも手強く、気付けば日が暮れていた。

 夜の林道は暗く視界が悪い。慣れていない者はこの林道で走る何てことは絶対に出来ない。だがこの林道を毎日のように行き来する少年にとっては慣れた道、目を瞑っていても走れるというのは大袈裟だが、多少視界が悪くとも全く問題は無かった。

 林道の整備に使った道具を背負い、少し心もとない弱い光を放つカンテラを片手に少年は家族が待つ家を目指して走った。


「はぁはぁはぁ……たく今日に限って何で……」


 少年が急ぐのには理由があった。今日は少年の母親の誕生日だからだ。この日の為に父親と打ち合わせをし、母親を喜ばせるプレゼントなどを用意もしたのだ。それなのにこの日に限って林道の整備を頼まれしかも予定よりも時間が押してしまったのは何とも不運としか言えない。既に母親の誕生日を祝うパーティー開始の時間は過ぎているが、少しでも早く帰れるようにと少年は息が切れるのも忘れ林道を走り続けていた。

 少年の全力疾走に大きく揺られ既に灯りとしては役に立っていないカンテラが林道の深い暗闇に光が向けられるとそこには暗闇に紛れ何かが動いた。

 走ることに夢中になっていた少年が暗闇に紛れていた何かに気付いた気配は無い。しかし暗闇に紛れた何かはそうは思わない。少年に自分の存在が気付かれたと思った暗闇に紛れていた何かは鈍い光を放つ何かを腰から抜くと一瞬気配を消すと走る少年の背後に周りその後を追い始めた。


「あっ!」


それは突然だった。慣れた道であるはずの林道で少年は何かに躓くように倒れ込んだ。


「痛ててて……こんな所に躓くような……」


歩きなれた、走り慣れた林道、躓くような場所はあったかと少年は近くに転がっていたカンテラを持ち自分の足元を照らした。


「ハッ! ……い、いああああああああ!」


突如少年は激痛を思わせる悲鳴をあげた。少年の右足にはカンテラの光で鈍く光る刃物が突き刺さっていた。


「うぅぅううう……な、何だよこれ……」


理解出来ない状況に混乱しつつも少年は自分の足に突き刺さった刃物を引き抜く。


「ああああ!」


引き抜いた瞬間、更に強い痛みが全身に走り抜け少年は再び悲鳴をあげる。しかし今度は覚悟しての行動だった為に直ぐに口から漏れた悲鳴は止んだ。


「うぅぅぅ……」


辛うじて刃物は小さく見た目ほど傷は深くない。傷口を布で縛れば歩くことは出来ると考えた少年は、汗を吹いていた布を足に巻き付け立ち上がる。


「くぅ……」


痛みはあるが、村までなら何か歩けると思った少年はゆっくりと歩き始めた。


「でも、どうして刃物何かが……」


 他の町へと行き来する為の林道は、昼間はそれなりに人の行き来がある。少年は自分の足に刺さっていた小さな刃物を見つめながら、林道を行き来していた誰かの落とし物だろうかと考える。しかしその可能性は一瞬にして消える。そもそも地面に落ちていた刃物が足に刺さるなんて可能性は殆ど有り得ないからだ。だとすればと他にどんな状況であれば自分の足に刃物が刺さるか考え始めた。


「……」


 結論を導き出した少年の背筋は凍りついた。それと同時に少年は自分の背後に何かの気配を感じ取る。

ゆっくりと、だが確実にその気配は少年に近づいている。近づいてくるその気配に少年の顔から血の気が引いていく。


(盗賊だ……)


 少年が住んでいる地域は比較的治安がいいとされる場所であった。しかしだからと言って完全に安心できる場所とは言えない。林道を少し外れれば魔物の生息地域はあるし、少し前に盗賊が近くに住みついたという噂も何処かで聞いたことがあった少年。自分の背後にある気配が盗賊であると確信した少年は恐怖のあまり右足を怪我していることも忘れ走り出していた。


「アッ!」


しかしいくら傷は浅いとはいえ、先程まで刃物が刺さっていた足では満足に走れる訳がない。足はもつれ再び少年は地面に倒れ込んだ。


「……あ、ああ……んん……? ……血? ……」


倒れ込んだ少年は、今度はしっかりと握っていたカンテラで自分の視界を照らした。すると地面には真っ赤な液体が広がっていた。


「う、うああああああああああ!」


血の先にあるものを見た少年は恐怖で悲鳴をあげる。

 少年が見たもの、それは死体だった。


「あ、あああああああああ!」


光を失い虚ろな瞳で自分を見つめる死体の姿に少年は混乱したように再び悲鳴をあげた。腰が抜けたように力が入らず、もがくようにその場から離れた少年は何とか必至で立ち上がると村に向けて走り出した。


「な、何でドドールさんが……何で……」


少年が見た死体、それは同じ村に暮らすドドールという人物であった。

 ドドールは村一番の正義感と腕っ節を持ち、村の安全を心から願う心優しい人物だった。そんな彼の死に混乱が極まる少年は一瞬なぜドドールが死んだのかを考える。


「ああ……ううん、はぁはぁはぁ!」


 だがそんな事を考えている暇はないと少年は再び立ち上がりその場を後にする。


「はぁはぁはぁ!」


傷ついた足を引きずりながら必至で走る少年は自分に迫る得体の知れない気配から何か危険なものを感じ咄嗟に体を逸らした。


「ああ!」


すると何かが頬をかすめるのが少年には分かった。間一髪、もし少年が今のタイミングで体を逸らしていなければ、頬をかすめた何かは確実に少年の側頭部を貫いていただろう。これは偶然、いやこれは戦闘職でも無い少年が唯一持つ能力、危険察知能力であった。

 少年には生まれながらにして、人の数十倍危険を察知する能力が備わっていた。しかし今まで本人すらそんな能力が自分に備わっていることを知らなかったし今この時も理解していない。


恐怖を抱きながらも今起ったことは奇跡だと思い込んでいる少年は、自分を追う何かから逃れる為に必至で走った。


「うぅぅぅぅ!」


漏れだす悲鳴を必至に抑え視線を前方に戻した少年は必至で走る。しかしどれほど走っても自分を追って来る気配が消える様子は無い。それ所か先程よりも距離が縮まっているように感じる少年は、恐怖を抱きながらも自分を追っている気配の正体をつきとめようと僅かに背後を見た。


「あ、ああああああ!」


自分を追う気配の正体に少年は再び悲鳴をあげる。少年の後を追っていた気配の正体、それは人型の黒い影だった。まるで悪霊にも見える漆黒の姿。だがそこにはしっかりと命を感じさせる何かがあった。


(やっぱり盗賊だ)


その見た目こそ得体の知れない化物や悪霊にも見えるが、その正体はやはり盗賊だと確信した少年。だが化物であろうと悪霊であろうとそれが人間で盗賊であろうと、少年が対抗する手段は無い。少年はただ走り続け逃げ続けるしか無かった。

 自分を追う相手が盗賊であると確信した少年は追われる恐怖を原動力に走り続けた。通り慣れた林道がこれほど長い道のりだったかと、村の門まではここまで長かったかと感じながら村を目指して走り続けた。しかしその時はやってきた。息も止まらぬ速さで少年との距離を縮めた黒い影は懐から抜いた小さな刃物で少年に襲いかかったのだ。


「ぐぅ!」


偶然か、それとも彼が持つ唯一の能力、危機管理能力のおかげか黒い影の攻撃を再び間一髪の所で躱した少年。だがそれはあくまで致命の一撃を躱しただけで、黒い影が放った刃物による一撃は少年の二の腕を裂いていた。


「うぅぅぅ……」


痛みに耐え逃げ続ける少年。だが諦める事無く追ってくる黒い影は何度も少年に襲いかかる。何度も致命の一撃をギリギリの所で躱すがその都度少年の体には傷が増えていく。


「あっ……」


黒い影による致命の一撃を悉くギリギリの所で躱し続けたが、その都度傷が増えていく傷によってとうとう少年の体は限界を迎えた。突然言うことを聞かなくなった少年の体はピタリと動きを止め、まるで糸を切られた操り人形のように少年はその場に崩れるように倒れた。


「……やだ、死にたくない……死にたくない!」


体は言うことを聞かなくなったがまだ意識がはっきりしている少年は生を渇望する叫びをあげる。だが次の瞬間、忽然と現れた大量の刃物が少年の体に突き刺さった。


「あ、ああ……死にたく……ないよ……母さん……」


今際の際の瞬間、母親の顔を思い浮かべ誰も聞き取れない声でそう呟くと少年は息をしなくなった。

 少年の死を確認しようとどこからともなく集まる黒い影達。少年が死んでいる事を確認すると散って行くように黒い影達は消えていく。一人残った黒い影は、少年の死に顔を一瞥すると他の黒い影と同様にその場から忽然と姿を消した。


(これは、僕がこの世界にやってくる前、この肉体の持ち主だった者の記憶だったんだ)


ユウトは少年の記憶を見たことで今自分の前で起っていることが夢でも無ければ悪夢でもない事を、そして今の自分の肉体が自分のものでは無かった事を理解した。


(……そうか……この後だったか……)


そう言いながらユウトは少年の記憶の中で空を見上げた。黒い影達が姿を消し、暗く寂しい夜の林道に一人残された少年の死体が突然光に包まれた。空から飛来した光が一直線に少年の体を貫いたのだ。その光が自分の魂の光であると直感で理解したユウト。


― お願いだ見知らぬ僕よ……母さんを……父さんを……守って…… ―


自分のものとは違う感情がユウトの口を媒介にして言葉となって発せられる。


(……君が持つ危機管理能力は凄い能力だ……だってどう見たって死ぬはずだった君は僕を呼び寄せることによってその死の運命を捻じ曲げたんだから……)


少年が持つ危機管理能力は、死から逃れるためならば世界の理すら捻じ曲げる。死という事実に直面した時、少年が持つ危機管理能力は、他の世界に存在する強い力を持った魂を呼び寄せたのだ。それは傷つき、死を迎えたはずの少年の肉体を瞬時に癒す程の力を持った魂だった。

 それほどまでに少年が持つ危機管理能力は凄まじい力によって呼び寄せられたことをある意味で光栄に思うユウトは、普段見せることのない笑みを浮かべながら自分に願いを託した少年にそう語ると、僅かに頷いた。


― ありがとう ―


その僅かな頷きに安堵したのか、少年はありがとうという言葉を残しユウトの前から消えていった。




ガイアスの世界



少年が持っていた危機管理能力


 普通、危機管理能力と言えば、自分の周囲で起る危険を察知しそれを回避したり未然に防いだりするといものだが、少年のそれは度を越えていると言ってもいい。

 少年が持つ危機管理能力は死なない為ならば世界の理を捻じ曲げる。他の世界から力を持った魂を呼び寄せ己の肉体に宿らせることで自らの命を生き延びさせるからだ。少年の魂は未だ、ユウトと共にその肉体に宿っているようだ。

 

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