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真面目で章(ユウト編)5

ガイアスの世界


忍の掟


 諜報活動、情報操作、暗殺を主な任務とする忍は、その性質上、自分達の存在が知られることを嫌う。その為、忍という戦闘職はピーランの一族のみにしかなることが出来ない。そして忍の一族として生まれた者に忍以外の選択肢は無く、生涯忍として生きていくことになる。だが当然、その考えに反発する者もいる。一族の考えに歯向かう者、一族の里から自由を求め逃げ出そうとする者、他の戦闘職になりたいという者、反発する理由は様々だが、そういった者達は否応なく粛清の対象となる。よくて幽閉、悪ければ処刑というように忍は、一族から離れようとする者を許さない。それは全て忍の情報が外に漏れない為であり、一族の存在を守る為である。


 





 真面目で章(ユウト編)5 




 剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス




 「ふぁぁぁぁぁ」


 緑生い茂る草原が広がるその場所は、昼寝をするには最適な場所でその雰囲気に釣られるように少年は大きな欠伸をする。だがその欠伸は昼寝というにはあまりにも大きく、少年は今にも眠りに落ちそうな表情を浮かべていた。


『坊ちゃん、そろそろ眠りの時間ですか?』


深刻な程までに眠そうな少年を坊ちゃんと呼ぶ優男風な軽い声が突然その場に聞こえる。しかしその場に少年、ユウト以外、人の姿は無い。


「……うん、どうやら時間みたいだ……」


普通ならば明らかに異常な状況なのだが、ユウトは一切驚く様子をみせない。そればかりかユウトはそれが日常であるというように優男風の軽い声の問に返答するとコクリコクリと頭を落とし始めた。


『坊ちゃん、こんな所で眠っては風邪を引きます、しっかりとした場所……せめて雨風が凌げる所まで移動しましょう』


今まで雲一つない晴天であった空にはいつのまにか暗く曇天が広がる。すぐにでも雨が降りだしそうな空に優男風の男の声は、この場から移動しようとユウトに提案した。


「あ……うん……」


強烈な眠気の所為で雨が降りそうなことも分かっていないユウトは、言われるがまま優男風の声の提案に頷くと分厚い本を抱えながら怠そうに体を起こし立ち上がった。


「……寝る行為自体が不自由なのにこれから二週間眠り続けるなんて面倒だ」


眠気に対してまだ抵抗する力が僅かに残っているユウトは、睡眠に対しての愚痴を零しながらがまるで絨毯のように広がる草原をとぼとぼと歩き出した。


『それは仕方がありません、坊ちゃんの体質が二週間、一切眠る必要が無い代わりにその反動で二週間眠り続けるというものなのですから……』


どうやら二週間起き続けその後二週間眠り続けるという稀な体質の持ち主であるユウト。


『……人間にとって睡眠は疲労した肉体を癒す時間、そして記憶を整理する為の時間だと言われています、例えその周期が長い坊ちゃんであっても睡眠が大切なのはかわりませんよ……さあ、あの村で休みましょう』


ユウトの体質を知る優男風の声は睡眠の重要性をユウトに伝えると草原の切れ目にある小さな村に向かうことを提案する。


『ビショップは良いよな……体が疲れることも、記憶の整理をする必要もないんだろう……』


草原の切れ目にある小さな村へその足を向けながら少年は優男風の声をビショップと呼ぶと自分が抱えている分厚い本に視線を向けた。


『確かに私に人間のような肉体はありませんし、常に記憶は記録され整理されていきますから寝る必要はありません……』


優男風の軽い声の正体、それはユウトが持つ分厚い本、自我を持つ伝説の本ビショップであった。


『……ですが、時々思うのですよ、私も人間のように夢を見たいと……』


「……夢?」


既に眠りに片足を突っ込んだような様子のユウトは、ビショップが口にした夢という言葉に反応した。


『ええ』


普段、感情の起伏が乏しく殆どの事に無関心なユウトが自分の言葉に眠いながらも反応してくれたことが嬉しかったのか、ビショップはうれしそうにユウトの問に頷く様な声をあげる。


「はは、起った事を常に記録し続けているビショップの言葉とは思えないね……」


ビショップは本であるが故に、起った全ての事を記録として己の肉体と言える本の中に留めておくことが出来る。その記憶はビショップが誕生してから今この時の出来事まで全て記録され、情報としてみれば人の一生を費やしたとしても読み終わることが出来ない程の膨大な情報量になっている。常に現実を見ていると言っていいビショップが夢を見たいと語ることがおかしかったようでユウトは僅かな笑みを浮かべた。


『確かに、私らしくないと言えば私らしくないですね……』


眠いはずなのにも関わらず普段よりも饒舌なユウトに楽しそうな様子のビショップは、自分の立場と願望が矛盾している事を認めた。


『ですが……想ってしまうのですよ……夢で逢えたらと……』


膨大に記録された自分の記憶を思い出すようにそう呟くビショップ。


「夢なんていいもんじゃないよ……見たい夢なんて自由にみることが出来ないし見る夢は悪夢ばっかりだ……」


ビショップとは対照的に夢自体にいい印象を持っていないのかユウトは眠たい目を僅かに開け、目の前に広がる草原を見つめる。その視線は目の前の草原では無く何か別のものを見ているようだ。


「……ああ、それで寝る前に聞いておきたいのだけれど、悪巧み……嫌がらせの方は順調なの?」


まるでこの話は終わりと言うように、全く関係の無い話を始めるユウト。

 この数カ月の間でユウトはビショップの性格が程よくねじ曲がっていることを知った。そしてそんなビショップの性格は自分と相性がいいことを理解しているユウトは、何やら裏でコソコソとやっているビショップにその悪巧み、嫌がらせが順調なのかどうか尋ねた。


『……ええ、もれなく予定通り……と言いたいところですが、僅かに遊びの部分を残しておきました、どうやら彼らはその遊びの部分に乗っかったようです』


もう夢についてこれ以上立ち入れないと判断したビショップは即座にユウトの会話に話を合わせた。


「へーそうなんだ……まあ、思惑通りに行き過ぎてもつまらないしね」


興味があるのか無いのか、のらりくらりとビショップの言葉に答えたユウトは今にも眠りにつきそうな勢いで草原の切れ目を越えるとフラフラと村の入口に足を踏み入れた。


「……」「……」「……」


村の入口には数人の村人が立っていた。今にも倒れそうなユウトの動きに皆心配そうな視線を向けている。


「大丈夫かい坊や?」


傍から見れば数日碌に食事がとれず今にも倒れそうにも見えるユウトの姿にたまらず恰幅のいい女性が声をかけてきた。


「はは……もう限界、後の事は頼むよビショップ……」


そう言うとまるで力を使い果たしたように地面に倒れ込むユウト。


「おっと……あれ? 気を失って……あっははは! この坊や寝ちまっているよ」


倒れ込んだユウトを軽々と支える恰幅のいい女性は、ユウトの寝顔を見ると大笑いしながら周りに居た他の村人たちにユウトの寝顔を見せて回った。


『……しばらくの間、坊ちゃんを休ませる場所を提供して欲しい……』


このまま笑い者にする訳にはいかないと思ったビショップはすかさずユウトを抱き抱える恰幅のいい女性に休める場所を提供してくれるよう話しかけた。


「ん? ……今……誰か……」


最初突然聞こえたビショップの声に怪訝な表情を浮かべた恰幅のいい女性。しかしその表情は徐々に変化し無表情へと変わる。


「……ああ、だったら……私の家に来るといい……」


完全に無表情となった恰幅のいい女性はそう呟くとそのままユウトを抱き抱え村の奥へと歩き始めるのだった。



― 名も無き村 民家 ―



 ユウトを抱き抱えた恰幅のいい女性は村の奥に建つ大きな民家へと入って行った。


『どうやらこの村の権力者のようですね……』


民家というよりは屋敷と言ったほうがいいその建物を見てユウトを抱き抱える恰幅のいい女性が、村長の妻ないし娘であると推測したビショップは、これから二週間の間、よっぽどのことが無い限りユウトの眠りが妨げられることは無いだろうと安堵する。


「この部屋に寝かせるといい」


そう言いながら寝室へと入って行く恰幅のいい女性。何者かと会話するかのように恰幅のいい女性は誰もいない方向でそう告げるとユウトを寝室のベッドに寝かせた。


『うむ、ベッドもそれなりに高級だ、これならば坊ちゃんもゆっくり休むことが出来る』


ユウトが寝かされたベッドは宿屋にあるような安物の堅いベッドでは無く、程よく体が沈む分厚いマットが敷かれた高級ベッドだった。


「ん? ベルマー帰ったのか?」


するとユウトが休む寝室に見知らぬ初老の男が入ってきた。


「おい、誰だその子は?」


恰幅のいい女性をベルマーと呼ぶ初老の男はベッドに寝かされたユウトの顔を覗きこむ。


『貴様の名と素性を私に話せ』


ベッドの横にあるテーブルに置かれたビショップはユウトの顔を覗きこむ初老の男に声をかける。


「な、なんだ?」


突然の見知らぬ声に驚きながら初老の男は周囲を見渡す。


「……私の名は……ユモト=ミリューゲル……このユモ村の村長です」


驚き周囲を見渡していたはずの初老の男、ユモト=ミリューゲルは何の脈略も無く突然無表情になると自分の名と素性をビショップに明かした。


『なるほど、それでその女はお前の何だ?』


自分の推測が正しいと確信したビショップは続けて恰幅のいい女性、ベルマーが何者なのかミリューゲルに尋ねた。


「これは私の妻、ユモト=ベルマーです」


何の躊躇いもなく、素直にそう告げるミリューゲル。


『そうか、妻だったか……ふむ、しばらくの間、坊ちゃんを休ませるこの空間を差し出せ』


自分の質問にミリューゲルがしっかり受け答えすることを確認したビショップは、ユウトが寝る寝室を差し出せと命令した。


「はい、かしこまりました、ご自由にお使いください」


そう言うとユモト夫妻はビシッョプに一礼をし寝室を後にした。



『ふぅ……坊ちゃんが休む場所は確保できた、しかしこのままだと辻褄が合わなくなって騒ぎになる、この村の者達に精神操作を施す必要があるな』


自我を持つ伝説の武具の中でも最強の能力を持つビショップにとって、人の精神を操ることなど造作もないことであった。


『……坊ちゃんが目覚めるまでこの場所に滞在することになります、お休みの間、私がこの村の者達と共に坊ちゃんの体は守りますのでご心配なく』


ベッドに寝かされ既に夢の中にあるユウトにそう言い残すとビショップは沈黙した。

 その日、ヒトクイの北側に位置する場所にある小さな村、ユモ村は誰にも気付かれぬ内にビショップに支配されたのであった。




― 場所 不明 ―




「はぁはぁはぁ」


 月の光が木々に阻まれ視界が悪い林道を走る一人の少年。何かに追われているのか少年は神経質な程に後ろを振り返りながら視野が暗い林道を走り続ける。

 荒い息を上げる少年は今にも倒れ込みそうな程に顔が青い。その理由は全身に負った傷。どうやら追いかけてきている何かが少年に傷を負わせたようであった。


「アッ!」


 必至にその何かから逃げる少年。だが終わりは突然やってきた。既に限界を超えていた少年の体は忽然と動かなくなる。足がもつれ林道に倒れ込んだ少年はその場から逃げようと必死にもがことうするが既に道端に堕ちている石ころ一つ動かせない程に衰弱していた。


「やだ、死にたくない……死にたくない!」


体は既に動かない程に衰弱していた少年だったが意識の方は明瞭で眼前に迫る死の気配から逃れようと悲鳴をあげる。だが次の瞬間、少年の体に大量の刃が突き刺さった。


「あ、ああ……死にたく……ない……よ……」


苦痛に歪む少年の表情から生気が消える。光を無くした瞳は月明かりを阻む林道のように暗くなった。


「目撃者の処分完了……」


そう言いながら息をしなくなった少年の下に姿を現す黒い影。するとその声に反応するように数人の黒い影が忽然と姿を現し生気を失った少年の顔を覗きこむ。


「……悪いな坊主……」


少年の顔を覗きこむ黒い影の一人はそう言うと光を失い虚空を見つめる少年の瞳に手を当てる。黒い影が少年の顔から手を離すと虚空を虚ろに見つめていた少年の目は閉じられていた。


「……任務に関係ない者は即座に里に戻り今回のことを長に報告しろ、散開」


少年の目を閉じた黒い影は他の黒い影にそう告げると、周囲の他の黒い影はその場から散らばるように姿を消していく。


何か思うことがあるのか、目を閉じ息を止めた少年を見下ろす黒い影。


「……」


黒い影は少年から逃げるように視線を外すと、他の黒い影と同じように消えるようにその場から姿を消すのであった。








ガイアスの世界


 ユモト村


 脅威の速度で成長を遂げるヒトクイ。村は町に変わり、他国からやってきた者達を受け入れる為に外の文化を取り入れた町も増え続けている。

 その流れに逆行するように村という形式を保ち続ける場所が幾つかヒトクイには存在する。その村の、ヒトクイの風土を守る為、そもそも外との交流をよしとしないと様々な理由によって今でも村という形式を保ち守り続けている。その中の一つがユモ村である。

 ユモト村は村民約250人という小さな村であったが、村人が苦無く生活する程には豊かな資源に囲まれており、現在のヒトクイに支援を受けなくても自立することが可能な村である。

 当然その豊かな資源に目をつけたヒトクイ側はちゃんとした手続きの下、村を町にする交渉を持ちかけたが、ユモ村はそれを拒否した。

 理由は町になることで代々受け継がれた村の風景が変わってしまうことを嫌ったからだ。


ヒトクイ側は諦めず何度も交渉を持ちかけたが結果は変わらずユモ村は全てそれをつっつばねているというのが現在の状況である。

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