きっと真面目で章(アキ編)1 幻の先にある防具屋
ガイアスの世界
名鍛冶師ロンキの噂
世界一自他ともに認める鍛冶師ロンキではあるが、変わり者な性格の彼には様々な噂がある。
その一つが日々平穏の本当の本店は別の場所にあるというもの。
そこは彼専用の工房になっており彼が気にいった者しか入ることが許されていないというものである。
他にも様々な噂があり、普段は猫獣人の姿をしているが本当は人間であるというものや、鍛冶師でありながら強力な魔法を扱うことが出来るというものもある。これは全て彼があまり人前に出ないが為に彼という人物におひれえひれが付いていった噂だと思われる。
きっと真面目で章(アキ編)1 幻の先にある防具屋
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
《マスター! キングの反応が店内から消えました》
混雑する日々平穏の前でクイーンの声がアキの頭に響く。
「はぁ?」
数十秒前、突然助けを訴える声が頭に響いたと思えば突然キングの反応が消えたとクイーンから聞かされたアキは意味が分からないと声を張り上げた。多少苛立ちが籠ったアキの返答に周囲の人々は関わりたくないと大きく距離をとった。
「オオサマやクソメイドもいないのか?」
だがそんな周囲の反応などお構いなしにアキはブリザラ達の所在をクイーンに尋ねた。傍からみれば大声で独り言を口にする変人にしか見えないアキは更に周囲の人々から距離をとられ、嫌悪とも恐怖とも言える好奇の視線を向けられていた。
『はい、二人ともキングと同時期に反応が消えました』
気乗りしない様子であったもののピーランに連れられ混雑する日々平穏の店内へと入って行ったブリザラ。その二人もキングと同時期に反応が忽然と消失した事をアキに説明するクイーン。
「……店の外に出た様子は無い……」
そう言いながらアキは視線を周囲に向ける。アキに対し好奇の視線を向けていた人々は、視線が合わないように即座に顔を伏せたり別の方向へ顔を向けたりしてその視線から逃れようとする。
「……なんだ? 突然騒がしくなったな……」
だがアキ自身、自分が好奇な視線で見られていたなどどうでもよく、ただ急に騒がしくなった周囲に首を傾げた。
「……まさか、何かやらかしたんじゃないだろうなあのオオサマ……」
騒ぎの大本はどうやら日々平穏の店内で起っていると気付いたアキは、またブリザラが何か騒ぎを起こしたのではないかと苦笑いを浮かべた。一国の王でありながらブリザラは自由奔放で、時に突拍子もないことをやらかし周囲を驚かせる。そのことをイタイ程理解しているアキは、何か周囲の人々がブリザラについて話していないかその声に耳を傾けた。
「おいおいあのロンキが今店内にいたって!」
「まじかよ、俺も会いたい!」
「武具だ! 俺に武具を作ってくれ!」
そう言いながら店内へと突入していく人々の会話の中にはアキが知らない人物の名前が挙がっていた。
「……どこぞの有名人が店内にいて騒ぎになったか……どうやらオオサマは関係ないようだな」
日々平穏の店内に突入していく人々の会話からこの騒ぎがブリザラ達とは関係ないと分かったアキは僅かに安堵の表情を浮かべた。
《マスター! キング達の所在が分かりました……中央街から最北です》
日々平穏の騒ぎに注目している間に忽然と消えたキング達の反応を追っていたクイーンは、その居場所をつきとめたとアキに報告した。
「……最北? 確かそこは旅支度通り……何でそんな場所に?」
ガウルドに詳しい訳では無いが、過去ガイアス各地を飛び回っていた時の習性で、町の地図を大まかに頭の中に入れていたアキは中央街最北にある旅支度通りを思い浮かべた。
そこはこれから旅に出る冒険者や戦闘職が旅の必需品を揃える場所であり、ガウルドを出ることが出来ないブリザラ達には全く関係の無い場所であった。
「それにこの場所から旅支度通りまで十分はかかるぞ、一体どうやって……」
ブリザラ達がいる場所も疑問であるがそれ以上にアキが気になったのは、どうやって中央街の最北にある旅支度通りに向かったのかその方法が気になった。
『……まさか……』
何かに勘付くクイーン。
「チィ……そのまさかか?」
それはアキも気付いたことであった。
物体を瞬時に別の場所へ送るという術は今のガイアスの魔法では不可能ではないが難しいとされている。それが生きている生物となれば尚更難しいく扱う事が出来るという魔法使いの話をアキは聞いたことが無い。だがそれは一カ月前までの話である。一カ月前、アキはその身を持って遠く離れた場所へ転移するという経験をしていた。
「自称創造主……あいつか」
創造主と名乗る素性の知れない人物、彼の持つ力によってアキやブリザラ達はムハードからヒトクイへと転移させられていた。彼ならばブリザラ達を中央街の最北にある旅支度通りに瞬時に送ることは可能だと思ったアキの表情はみるみるうちに苛立った。
「何が目的だ!」
そう言いながら走り出すアキの足は中央街最北にある旅支度通りに向いた。
「クイーンまた転移されたら厄介だ、キングと連絡をとっておけ!」
また転移されても居場所が直ぐにわかるようにキングと連絡を取っておけとクイーンに指示を出すアキ。
『はいもうやっています』
アキの思考を理解していたクイーンは先回りするように既にキングに連絡をとっているようであった。
「クソッ! 本当にあいつは何がしたいんだ!」
怒りに同調するようにアキの走る速度が上がって行く。既に常人とはかけ離れた肉体となっているアキは、人の間を縫うようにして混雑する中央街を疾走する。もはやその速度は常人の目には追えない速度であり情アキが走り抜けた後に吹き抜ける突風に人々は目を丸くするしかなかった。
― ガウルド 中央街 最北 旅支度通り―
日々平穏がある中央街と比べるとそれほどでもないが今から旅へ出ようとする者達でごった返す旅支度通り。この名称はあくまで町の人々が便宜上使っているだけで公式には中央街最北である。
商店街のように長い一本道の両脇には旅に必要な品を売る店の前には少しでも安い品を買おうとする貧乏冒険者や戦闘職が店の店主と値切りの交渉している姿が多くみられる。ここでは値切りが常識にして様式美とされ店側も客側もそれを楽しんでいる節が見受けられた。
「邪魔だどけ!」
道端で店の店主と値切り交渉をしている冒険者をそう怒鳴りつけたアキは、寸での所で体を僅かに曲げて道を塞いでいた冒険者を躱す。
「な、何だ! 危ないだろう!」
「ん?」
自分を怒鳴りつける冒険者を横目にアキは違和感を覚えた。だがどういった類の違和感なのかうまく理解できないアキは、そのまま先へと進む。
「……」
言葉に出来ない違和感を抱きつつも旅支度通りを疾走しながらブリザラ達の姿を探すアキ。特大盾を背負っている少女なんて早々いるものでは無く、視界に入ればすぐに分かると思っていたアキ。しかしブリザラの姿は無かった。
「おい、キングと連絡は取れたのか?」
キングと連絡を取っていると言って以降、全くの音沙汰がないクイーンに連絡は取れたのか尋ねるアキ。
『それが……全く返答が……』
「はぁ? どういうことだ?」
キングと連絡が取れないというクイーンの言葉に説明を求めるアキ。
『それが結界に阻まれてキングとうまく連絡が取れないんです』
「結界だと?」
旅支度通りにはあまり似つかわしくない単語にアキは再び首をかしげた。本来結界とは外敵からの侵入を阻むものであり街や砦などの外に展開されるはずの代物である。そんな結界が町のしかも人通りのある場所に展開されているのはあまりにも不自然であるからだ。
『はい、結界とは本来外敵から身を守るもの……ですがもう一つあまり知られていませんが別の用途があります……』
「……ん? ……ああなるほど、これが認識阻害ってやつか……」
言葉にならない違和感の正体はこれだったのかと思いながらアキは周囲を見渡した。
『はい、しっかりと睡眠学習の効果は出ているようですね』
どこか嬉しそうにアキの言葉に頷いたような声をあげるクイーン。
アキはクイーンと出会う前、一度黒竜との戦闘によってその命を落としている。その命を拾い上げこの世界に繋ぎ止めたのがクイーン。そして命ばかりか強力な力、伝説の武具としての能力の全てをクイーンはアキに捧げた。その一つに睡眠学習というものがあった。
その能力はその言葉の如く寝ている間にクイーン自身の中に蓄積された知識をアキに学習させるというものだった。一度死んだアキの肉体を修復している間、クイーンは封印が施されていない知識の全てをアキの頭に叩き込んでいた。だからこそアキがしっかりと自分の知識を吸収している事がクイーンにとっては嬉しかったようだ。
「えーと、確かそこにある物を別の物や、違う物に見せる一種の幻術だっけか……」
まるで一夜漬けの学生のように頭の中に保存されていた知識を引きずり出すアキ。
『はい、今マスターが視界に捉えているその光景は幻影、別の物を見せられているという訳です』
そう言ってクイーンが示した場所、アキが視線を向けた場所には薄暗い裏路地へと繋がる道が存在していた。
「本当、何の変哲もないただの裏路地にしか見えないな」
理屈は分かっても、現実としてそこには裏路地しか存在しない。何とも気持ち悪い感覚を抱くアキ。
『実際このまま歩いて行っても認識阻害が解かれない限り本当に裏路地を歩いているという感覚しか残らないはずです』
「まじか……」
クイーンの言葉に割と驚くアキ。
『こういう結界の場合、術者が何らかの条件を設けているはず、その条件に見合った者しかこの先の本当の光景は拝めないようになっているはずです』
「ふーん」
クイーンの説明を聞きながら裏路地にしか見えないその場所に足を踏み入れるアキ。
「ッ!」
突然周囲の景色が変わる感覚を抱くアキ。
『……ッ! これは驚きました、思ったよりも結界の範囲は広かったみたいですね……』
「なるほど、あの時感じた違和感はこれだったのか……」
アキとクイーンの周囲にあった景色がガラリと変わる。今まで旅支度通りと言われていた場所の大半が幻影だったことに驚くアキとクイーン。それと同時にアキは自分の中に合った違和感の正体が分かり納得した表情を浮かべる。
「この規模……本当に何がしたいんだ、あのクソ創造主は?」
認識阻害を持つ結界を大規模展開したであろう創造主のその能力に驚きつつも、一体何がしたいのか理解できないアキ。
『……どうやら、マスターも条件に当てはまっていたということですね……』
結界による認識阻害が解かれたということは、アキ自身がこの場所を通る条件を満たしているということになる。
『でも、この結界を通る為の条件って一体何だったのでしょう?』
結界を展開した理由と共に、アキが当てはまる条件も皆目見当が付かないクイーン。
「きっとろくなことじゃない」
今までの経験からしていいことにはならないと確信するアキは人々の声から店、その場の空気や雰囲気すら消え去り、静寂だけが広がるその場所に姿を現した一軒のボロイ建物を見つめた。
「日々……平穏……どういう事だ?」
建物の玄関に視線を向けるアキ。そこにはその名を世界に轟かせる武具屋、いや防具屋と書かれた日々平穏の看板が立っていた。
「ふん、どうやら話はそう単純じゃ無さそうだな……」
看板を見るまでは創造主がこの騒動の元凶だと思っていたが、どうやらそうではないらしいと自分の考えを改めたアキは、忽然と自分の前に現れたボロい建物へと向かって歩き始めた。
ガイアスの世界
結界
ガイアスの結界には二種類の効果がある。一つは外敵から身を守る為。術者の力量によってその強度は変わり、熟練者ともなれば物理や魔法問わず様々な強力な攻撃から身を守ることが出来るという。
ちなみに自我を持つ伝説の盾キングはこの結界を息を吸うように扱うことができるようだ。
もう一つは結界に入った者に対し認識阻害という意識を麻痺させ本来ある物とは違う物を見せる幻を見せる効果である。こちらは一般的にはあまり知られていないもので扱える術者もそう多くはないようだ。