きっと真面目で章(ブリザラ編)1 猫獣人現る
ガイアスの世界
自我を持つ伝説の武具達の情報収集
自我を持つ伝説の武具達は情報収集能力にも長けている。個体によってその精度は上下する。ビショップという例外を除けば武具達の中で一番情報収集能力に長けているのはキングである。
とは言え他二人の武具達も人間からすれば恐ろしく高い情報収集能力を持っている。
きっと真面目で章(ブリザラ編)1 猫獣人現る
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
― 数分前 日々平穏店内 ―
ピーランに背中を押され日々平穏の店内へ入って行ったブリザラの視界に入ったのは、外の暑さとは違う熱さ、熱気を漂わせた人々が大勢いる場所だった。そこは武具屋であるにも関わらずまるでこれから戦いが起るかのような異様な熱気に包まれていたのである。異様な熱気に包まれた人々の視線の先にある物、それは『限定』と書かれた張り紙であった。
「……なるほど、そういうことか……」
人々が殺気にも似た視線で見つめる防具や武器、そこに書かれた『限定』という文字にピーランは何かを理解したような口ぶりで頷き納得した。
「……えっ? どういうこと?」
その場にいる人々の異様な雰囲気も、「限定」と書かれた張り紙を見ても状況が把握で機内ブリザラは一人納得するピーランに今のこの状況を尋ねた。
「……いくら世界一の人気を誇る武具屋だとしてもこの人の多さは異常だと思っていたんですよ」
そう語りだすピーラン。
世界にその名が知れ渡り世界各国に支店までを持つ日々平穏。ここ最近では日常雑貨である包丁などの販売も始めその使いやすさから主婦層や料理人にも強い支持を得たとは言え、日々平穏は武具屋である。今巷で流行っている甘味や芸事で人気を博す芸人など万人が対象のものとは違いその需要は冒険者や戦闘職、主婦層や料理人に限られる。それにも関わらずガウルドにある日々平穏には、人気な甘味や人気芸人を越える程の人で溢れかえっていた。それこそガイアス各地から様々な人種、それこそ亜人や獣人の冒険者や戦闘職が集まっている状態。その中にはどう見ても商人にしか見えない者達の姿まであり、この状況にピーランは違和感を持っていた。
「この状況は……年に一度か二度あると言われている日々平穏の「限定」品の販売日ですね……」
「「限定」品?」
その言葉はまるで心を操るように人々の感情を焚き付ける。商品名の頭にその言葉を付けるだけでもれなく普段ならばあまり実用的な物でなくても魅力的に見えてしまう魔法の言葉。
そう今、この場に集まっている冒険者や戦闘職、主婦に料理人、果ては転売を目的とした商人は、日々平穏が作りだした「限定」と名打たれた防具や武器、日用雑貨を手に入れようとその時を待っているのだ。
当然、日々平穏が作りだす「限定」品。その性能は疑う余地も無く高性能。ガイアスで有名な冒険者や戦闘職、熟練の主婦や料理の達人の中でも日々平穏が作りだす「限定」品を愛用している者は多い。そしてその「限定」品は裏では目が飛び出る程高額で取引されている。
「……へー」
日々平穏が混雑している理由を理解したブリザラだったがその表情に興味の色は伺えない。「限定」という言葉はブリザラにとっては魔法の言葉では無いようであった。
「ふむふむ、「限定」という言葉に釣られないその心、中々に見込みがありそうニャ」
「限定」品の販売はまだかという言葉が日々平穏店内から響く中、ブリザラの耳に吸い込まれるようにして聞こえてくる独特な語尾を持った声。
「え?」
その声に思わず振り向いたブリザラの視線は自分の背後にいたピーランでは無くその下に向けられた。
「……猫……さん?」
そこに居たのはフードを目深に被ったブリザラよりも身長が低い人物であった。ブリザラの身長の半分程しかないその人物を見てブリザラは何故か猫と呟き首を傾げる。
「何者だ……」
気配を感じさせずブリザラの背後に近づいたその小さな人物に対し潜めた声で尋ねるピーラン。その声は小さくはあるが明らかにブリザラを護衛する者として十分過ぎる程の警戒と殺意を纏っているものであった。
「いやいや背後にいるお姉さんの殺気が怖いニャ」
自分の背後に立つピーランの殺気が怖いと口にしたフードを目深に被ったその人物は、語尾に特徴がある喋り方からなのか、あまり恐怖を感じているようには思えない。
「大丈夫ニャ……変な事をする気は一切ないニャ」
フードを目深に被った人物は自分の事を疑っているピーランに対して自分が無害であるとアピールした。
「皆が「限定」という言葉に釣られている中、冷静に状況を見ているお嬢ちゃんの様子に私は関心をしていただけニャ」
続けてブリザラに話しかけた理由を口にするフードを目深に被った人物。
「……なるほど……」
ブリザラの正体を暴こうとする者の存在がいる今、ピーランは納得したように頷いてはいるが、フードを目深に被った人物を信じてはいないようでその視線から殺気が消えることは無く警戒も途切れていない。
「……んーよっと!」
だがそのピーランの警戒はブリザラがとった行動で一瞬にして破綻することになった。
「な、何をするニャ!」
あろうことかピーランにとって護衛対象であるブリザラはその人物が目深に被るフードをおもむろに剥いだのだ。その瞬間フードを剥ぎ取られたその人物は慌てるように声をあげた。
「あああ! やっぱり猫さんだ!」
素顔が露わになったその人物を前にブリザラの表情は花が咲いたように晴れやかになり、まるで可愛いものを見たというような弾んだ声をあげると、容赦なくその人物の人間とは違う位置に存在する毛深い耳を掴みモフリ始めた。そうブリザラの前に現れた人物の正体はとは猫獣人であった。
「や、止めるニャ! 耳を触らないでくれニャぁ、あああ……」
耳を触られることを嫌がる猫獣人。しかしその言葉とは裏腹に猫獣人の様子は何処か気持ち良さそうで振り払おうとはしない。
「ね、猫……」
ブリザラの突拍子もない行動に思わず硬直していたピーランは、自分が殺気を向けていた相手が猫獣人だと分かると更に硬直した。
「私、猫獣人さんとお話をするのは初めてです、うわー本当に可愛いな!」
少し興奮気味に猫獣人にそう話すブリザラ。サイデリーにも獣人や亜人は存在するが果ての無い記憶領域を持つブリザラの頭の中に猫獣人の存在はいなかった。だからなのか初めての猫獣人ということもありその手は止まらず猫獣人の耳をモフリ続けた。
「ちょ、ちょっと待つニャぁ、ぁぁぁぁ…… ハッ! ほ、本当に止めてくれニャ……ぁぁぁぁぁぁ」
一瞬我に返ってもブリザラの超絶技能なモフリ方の前に抗えずすぐにトロけた表情になる猫獣人。
「んにゃ!」
だが彼が持つ野生の勘は、快楽を凌駕する。耳をいいように弄ばれていた猫獣人は突如自分の背後にいる女性の異様な気配に気付き体中の毛を逆立てた。背後から発せられる異様な気配の正体を確かめたくはないと思う反面、それでも好奇心が勝ってしまった猫獣人の視線は自分の背後へと向かう。
「猫……猫……」
そこにはまるで呪詛を呟くように猫と呟く異様な気配を放つピーランの姿があった。
「猫ッ!」
突如叫びだすピーラン。そこに彼女本来の姿はなく理性を失ったように叫んだピーランの声は日々平穏店内に響き、「限定」品の販売を待っている者達の視線を釘付けにする。だが周囲の視線など気にせず猫獣人に飛びつくピーラン。まるで貪るかのように猫獣人の顔を触りだすピーランはその毛並を指一本一本で味わい恍惚な表情を浮かべた。
「ニャニャぁあああ!」
だがピーランのそれはただ己の欲望を先行した相手の事を考えていない乱暴なだけのモフリ方でありそこに快楽は無い。早々に嫌がった猫獣人は悲鳴をあげる。
「あれ……あの人って……」
「あの猫獣人って……」
ピーランに集中していた周囲の視線が猫獣人の方に移る。するとその先々から猫獣人を対象とした声が上がり始める。
「ま、不味いニャ! 二人とも兎に角私と一緒にこの場から離れるニャ!」
周囲の視線やその声に気付いた猫獣人は慌てたようにそう言うとブリザラとピーランの手を掴むと日々平穏店内の奥にある関係者専用出入り口を目指し走り出した。
「ああ!やっぱりそうだ! あの人は……」
「おおおお!あの人は……」
「「「「「ロンキだ!」」」」」
日々平穏店内にいた者達の多くが、走り去る猫獣人の正体に気付き彼の名を叫ぶ。そして日々平穏店内は一瞬にして大興奮状態になった。そう、今ブリザラ達の手を掴み関係者専用出入り口を目指して走りだした猫獣人の正体は、日々平穏の創設者にしてガイアス一の鍛冶師であるロンキその人物であった。
突如店内に姿を現した創設者にして偉大な鍛冶師の姿に「限定」品を待っていた人々は大興奮。「限定」品の列に並んでいた者達の中にはロンキを追おうと走り出す者達までいた。
そんな大騒ぎになった店内の様子に何事かと外にいた人々もロンキの姿を目撃すると店内に入り彼の姿を目で追いながら騒ぎ出した。
「あああ……はぁ……全くあの人は……しょうがない……」
そんな大混乱となった店内の状況を見かねた一人の店員は、一つ大きくため息を吐くとロンキの後を追おうと走り出した者達の前に立ちふさがった。
「これより「限定」品の販売を開始いたします! 列を崩した方、必要以上に騒ぐ方、そして明らかに転売目的の方にはお売りできませんのでご了承ください!」
「限定」品を販売するうえでのお決まりの文句を口にする店員。流石日々平穏の店員と言うべきか、創業者であり世界一の鍛冶師の突拍子もない行動に対して即座に対応をみせ、混乱したその場を収めようとする。
「限定」品販売開始の声をあげた店員の流れに乗るように他の店員たちも混乱する人々に対して同じ文言を言いながら混乱した店内を鎮静化させてよとする。店員のその声に殆どの者達は我に返り静かになった。しかし「限定」品よりもロンキに直接武器や防具を作ってもらうことを第一に考えている者達は店員たちの言葉に耳を貸さずロンキ達の後を追おうとする。
「お客様、こちらは関係者専用出入り口となります、出入りの方はお控えください」
立ちふさがる店員たちを掻い潜り関係者専用出入り口へと走り去ったロンキの後を追おうとする者達の前に「限定」品販売開始の声を最初に上げた店員が、颯爽と立ちふさがる。その身のこなしは戦闘職に引けをとらない。
「おい、俺はロンキに会いたいんだ! そこをどけ!」
「そうだそうだ! 今度いつ会えるか分からないんだぞ、そこをどけ!」
消息が中々掴めないロンキに次いつ会えるか分からないと叫ぶ者達は出入り口に立ちはだかるその店員に怒りをぶつける。彼らの殆どは冒険者や戦闘職、荒事になれば武具屋の店員では対処のしようがない、はずだった。
「はぁ……ルールをお守り出来ないのであれば、こちらも考えがあります」
しかし自分に対し怒りを露わにする者達を前に冷静沈着に対応する店員。
「うるせぇ! お前はさっさとそこを退け邪魔だ!」
「はぁ……仕方ありませんね……」
全く自分の言う事を聞いてくれない者達に対し困った表情を浮かべる店員はそう言いながら指を鳴らした。すると関係者専用出入り口の奥から大男が姿を現した。
「おう、どうした?」
低く響く大男の声。
「「「「ひぃ!」」」」
ロンキを追おうとしていた者達は関係者専用出入り口から現れた大男の圧倒的な威圧感に怯み小さな悲鳴をあげる。
「……荒事にはしたくありません、どうか、お戻りください」
大男の横に立つ店員は関係者専用出入り口を通ろうとした者達に最終警告する。
「「「「……」」」」
その店員の雰囲気は大男にも負けない威圧感を放ち、ロンキの後を追おうとしていた者達の言葉を完全に奪った。
「はぁ……全くあの人の気まぐれにつき合わせられるこちらの身にもなって欲しいものだ……」
観念してロンキを追うことを止め店内に散って行く者達の後ろ姿を眺めながら店員は頭を抱えため息を吐いた。どうやらロンキの突拍子な行動はこれが初めてでは無く店員の言葉からするとこのような日常茶飯事であるようだ。
「……それで、ロンキ社長は何をやらかして関係者専用出入り口に走っていったんだドンメス?」
自分の隣に立つ大男ドンメスにロンキが何をやらかしたのか尋ねる店員。ロンキが騒いだことは理解しているようだが何があって騒いだのかまでは見ていなかったようだ。
「おいおい、裏に引っ込んでいた俺がわかる訳ないだろうイーヤン……」
当然事が起るまで裏にいた大男ドンメスが騒ぎの理由を知る訳がない。
「ああ……そうだったな」
日頃の激務で疲れているのかもしれないと思った店員イーヤンは自分の鼻筋を揉み解す動作をした。
「ただ旦那が女二人と一緒に工房に向かったのはみたぞ、しかもスゲェ―悪い顔をしていたな」
「……はぁぁぁぁぁぁ……」
ドンメスの言葉に先程とは比べものにならない程に大きなため息を吐く店員イーヤン。
「全くあの人は、人攫いなんて……」
日頃の行いの所為なのか、事実確認もまだなのにロンキが女性二人を攫ったと決めつけるイーヤン。
「……いや待て、武具を作ることにしか興味が無いあの人が人攫いなどする訳ないか……」
しかしそれ以上にロンキという人物が武具に対して誠実で時に盲目であり、人間に対して殆ど興味を抱かないということ知っているイーヤンは、そんな男が人攫いなどする訳がないと自分が抱いた考えを即座に否定した。
「……だがそうなると、ロンキ社長の行動自体に矛盾が……」
殆ど人に対して興味が無いロンキが人攫いなどするはずがないと一度は結論を出したがそれならばなぜ女性二人を連れてこの場から去ったのかその行動に矛盾があることに気付いたイーヤン。
「……いやいや待て……あるぞ、人攫いをする理由が!」
その後に続く結論がイーヤンの表情を青くする。
「どうしたイーヤン?」
一人でぶつぶつ呟いていたイーヤンが突然血相を変えたことが心配になったドンメスは声をかけた。
「……悪いドンメス、私はこれから本店……いや、ロンキ社長の工房に向かう、後の事を頼む」
「おいおい、こんな盛況な時に店長のお前が抜け出していいのか?」
「ああ問題ない、私がいなくてもここのスタッフたちは十二分に動いてくれる、それよりも社長を追わなければ!」
そう言いながらイーヤンは急いで従業員専用出入り口へと向かって行く。
「おいおい……はぁ……しゃーない」
血相を変えて飛び出していったイーヤンを見送るドンメスはため息を吐きながらも、やれやれと少し嬉しそうな顔を浮かべるのだった。
「もしその女二人が何か特殊な武具を所持していたら、あの人は人攫いだってするはずだ……」
創設者の不祥事が頭を過り胃のあたりに刺すような痛みを感じながら日々平穏本店店長にして副社長でもあるイーヤンは、関係者専用出入り口の扉をあけ、ガウルドの町へと飛び出していった。
― 日々平穏 一号店 ―
「あれ? 今まで私達日々平穏の裏口に……」
突然ロンキに腕を掴まれ日々平穏店内を走り抜け関係者専用出入り口を抜けたはずのブリザラは、今自分が居る場所が理解できず首を傾げていた。
「ここは、私の専用工房、日々平穏一号店ニャ」
「尻尾ッ!」
「一号店? あれ、でも一号店はあの大きなお店じゃ?」
確かに今ブリザラ達がいる場所は武具屋の雰囲気を持っている場所であった。しかし日々平穏というにはあまりにも店内は狭く、商品であるはずの武器や防具も乱雑に置かれていて、お世辞にも先程まで自分達が居た場所と同じ場所には思えないと思うブリザラ。
「そう今ではあの中央通りにある店が一号店、本店になっているけど、元々はこの場所が日々平穏の始まりなんだニャ」
「尻尾!」
そう説明して乱雑に置かれた防具の山から椅子を掘り起こしたロンキはそれをブリザラ達の前に置く。
「座って欲しいニャ」
「え、あ、はい」
「肉球!」
ロンキに言われるがまま置かれた椅子に座るブリザラとピーラン。
「あの……それで何故私達をここに?」
日々平穏から強引に連れ出されこの場にやってきたブリザラはなぜ自分達をこの場に連れてきたのか防具の山に座り込んだロンキに尋ねた。
「おおお、普通の冒険者や戦闘職なら騒ぎ立てる話を華麗にスルーとはやっぱり私の見る目に間違いは無かったニャ! 正直もうそう言った反応は面倒で飽き飽きだったんだニャ……」
「耳ッ!」
なぜかブリザラの反応を嬉しがるロンキ。
「え、あ……はぁ……その、それで……」
ただ興味が無かっただけなんだけどなと思いつつブリザラは自分の事をかなり勘違いしているロンキに話の続きを促した。
「そうだったニャ! なぜお嬢ちゃんをこの場に連れてきたかの説明だったニャ……それでは早速本題に入るニャ!」
そう言うとロンキの特徴的な目が少し細くなる。
「……唐突な話なんだけどニャ、お嬢ちゃんが背負っているその特大盾を、私に譲ってくれないかニャ……」
「えッ?」
ロンキの言葉に首を傾げるブリザラ。
「その特大盾、私の見立てではとても特殊で凄い力を内包しているニャ……その証拠にどう考えてもお嬢ちゃんの体格では扱えない代物だというのに、お嬢ちゃんは平然とその盾を背負っている、私はその特大盾に内包する力の秘密を解き明かしたいのニャ! だからその特大盾を譲って欲しいのニャ!」
熱の籠ったロンキの言葉。真っ直ぐにブリザラに向けられるロンキの視線。しかしブリザラは気付いていた、その言葉もその視線も自分にでは無く自分が背負うキングに向けられていることを。
「……えーと、それは無理です」
明らかに目の前の猫獣人は自分が背負う特大盾の秘密を知っている。そうで無くても何かそれに近い事までには行きついていると確信したブリザラは、何か嫌な予感を抱き迷う事無く拒否した。
「えー何でニャ! 譲ってほしいニャ! ただとは言わない、譲ってくれればお嬢ちゃんに最適な武器や防具全てを私自ら作ってあげるニャ!」
世界一の鍛冶師としての技術を惜しみなく使った武具や武器をブリザラに提供すると断言するロンキ。それは世界中の冒険者や戦闘職が喉から手が出るほど欲しいものである。
「えーと、ごめんなさい、どんな事を言われてもこの特大盾は譲れません」
しかしブリザラはロンキが出した条件に首を縦には振らない。
ブリザラにしてみれば当然であった。隣で錯乱したように目の前の猫獣人の体の部位を叫び続けるピーラン以上に苦楽を共にしてきた特大盾、自我を持つ伝説の盾キングとは強い絆がある。例えどれだけ高性能な武器や防具を交換条件として提示されてもその絆に勝るものは無いと考えるブリザラは誰かに譲る気など一切無かった。
「ええどうしてニャ? ……ふっふーん、もしかしてなんか凄い秘密があるのかニャ……うーん、例えばその盾に自我があるとか?」
「ッ!」
突然確信を付く様な発言をするロンキ。まるでキングの存在に気付いているかのようなロンキの発言に思わず表情筋が反応しそうになるブリザラは寸でのところで無表情を貫く。
「……どうかニャ?」
ロンキはブリザラの顔色を伺うようにそう言うとニヤニヤとした表情を浮かべた。
《……不味い! 不味いぞ王!》
すると今まで沈黙していたはずのキングが突然ブリザラの頭に話しかけてきた。
(ど、どうしよう、この猫獣人さん、何故かキングの正体を知っているみたいだよ)
少しの間気配が無くなっていたキングにおかえりと言う暇も無くブリザラは焦りながら自分達が置かれた状況を心の中で説明した。
《ああ、これはかなり不味い状況だ、王よなんとしても私という存在をあの猫獣人に渡してはならないし知られてはならない、どうも嫌な予感がする……あれは化物だ》
ブリザラ以上にロンキに対して異常な焦りを感じているキング・どうやらキングはロンキという存在に得体の知れない何かを感じているようだった。
「どうしたのニャ? まるで心の中で誰かと内緒話しているみたいにコソコソして……その特大盾を譲ってくれない理由を私に説明して欲しいのニャ……」
「ッ!」《ッ!》
完全に自分達の行動がロンキに見透かされていると感じたブリザラは再び自分の表情筋に意識を向け無表情を貫こうとする。
「い、いや……そんなことは……あ、えっと! 理由でしたよね! そ、そのこの特大盾は至って普通の特大盾ですよ、別に何の力もありません……そ、それに、この特大盾はおじいちゃんの形見なんです! だから誰であろうと譲る気はないんですよ……へ、へへへ……」
明らかに動揺した様子でブリザラはロンキに特大盾を譲ることが出来ない理由をでっちあげ説明した。
「ふーん、何処かで聞いた事のある話だニャ……それ本当かニャ?」
前にも同じような話を聞いたことがあると首を傾げるロンキはその理由が本当なのかブリザラに尋ねた。
「ほ、本当ですよ、本当……」
慌てて念を押すブリザラ。
「ならなぜそんな重量のある特大盾をお嬢ちゃんは背負えるんだニャ? ……どう見てもその細腕じゃ特大盾を扱えるとは思えないニャ?」
明らかに怪しんでいるロンキは会話の内容を切り替えた。
「あ、いや私こう見えても凄い力持ちなんですよ、ほら片手でも持ちあげられますし!」
そう言いながらブリザラは背負っていたキングを片手で持つと上下左右に動かして見せた。
ブリザラが常人よりも、それこそ筋肉自慢の大男たちよりも力持ちであることは事実である。その証拠に現在ではキングの重量変化の能力が無くても軽々とキングを背負い扱うことが出来る。
「ムフフ、それはおかしいニャ? ……その特大盾はざっと見ただけでも大の大人でも持ちあげるのに苦労する程の重量があるニャ……いくら人よりも力持ちとは言えどう考えても女の子であるお嬢ちゃんがその特大盾を持ちあげる、しかも片手で扱える筋力があるのはおかしな話だニャ……だとするとその特大盾はやっぱり……」
だがロンキからしてみればブリザラの異常な筋力など知る由も無く、疑う理由の一つでしかない。
(しまった!)
自分のとった行動が悪手であった事に気付いたブリザラは心の中で後悔の波に襲われる。
《不味い、これは非常に不味い》
ブリザラの行動によって状況が悪化してしまったことにキングの焦りは更に高まっていく。
《くそ、こうなれば、最後の手段だ》
(何? 何かあるのキング?)
キングの言葉に希望を見出すブリザラは心の中でその手段が何であるのか尋ねた。
《頼りたくは無かったが……小僧をここへ呼ぶ、王よそれまでどうにか時間稼ぎを頼む!》
(え、それってどういうこと?)
キングが小僧と呼ぶ人物、それがアキである事を理解しているブリザラはなぜアキをここに呼ぶことが最後の手段なのか理解できない。
《いいから王はあの猫獣人の対応を頼む……クゥ、小僧! 来てくれ!》
自分達の置かれた状況に焦るキングは危機迫る様子で日々平穏の外にいるだろうアキに向かって声を放つのであった。
ガイアスの世界
日々平穏本店の「限定」品
日々平穏本店では年に一、二度程、「限定」品が販売される。「限定」品は、普段日々平穏で販売されている商品、武具よりも明らかに高性能であり、特殊な効果がついた物が多い。そのため「限定」品販売の日は、いつも以上にそれを求めて多くの人々が集まってくるという。
最近では「限定」品の希少価値に目をつけた商人が転売を目的として「限定」品を独占する行為が頻発しているとからそういった商人に買わせないような工夫を日々平穏は行っているという。その方法は企業秘密な為教えられないそうだ。