もう少し真面目に合同で章(アキ&ブリザラ編)4 噂
ガイアスの世界
ガウルドに現れた悪党を成敗する殺人鬼
それは雨が降る真夜中、霧の濃い日に何かを引きずる音を立てながら現れると言われている。何か鋭利な物で相手の腹を横に一太刀。きられた側は自分が切られたことも理解しないまま絶命すると言われる。
最初この謎の殺人鬼が現れた時、ガウルドの人々達の心は動揺しもしかしたら次は自分かもしれないと姿形も分からない殺人鬼に恐怖を抱いたのだ。
しかし殺されている者が盗賊団の元団員ばかりだと分かると状況は一変、今まで自分達を苦しめてきた盗賊達を成敗する正義の英雄として噂はたちまちガウルド中に広まっていった。
しかしやっていることは例え相手が盗賊であっても殺人。町の外ならいざ知らず、町の中での堂々な殺人をヒトクイ直属の治安兵士部隊が見過ごす訳も無く、今ではこの姿形の分からない殺人鬼はガウルド中に指名手配されている。しかし協力するガウルドの人々はほぼいないと言っていい。
現状手がかり一つ分かっていない状況に、ヒトクイの王も腰を上げるという噂がある。
真面目に集合で章(アキ&ブリザラ編)4 噂
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
闇帝国が突然消滅してから一カ月が過ぎ小さな島国ヒトクイ、そして首都ガウルドは本格的な夏を迎えていた。ヒトクイの夏は砂漠の大陸ムハードのような乾いた暑さとは違い、ヒトクイの夏は蒸すような暑さが特徴で常にジメジメとした湿気が肌に纏わりつく。ツーユの時期に比べれば不快ではないものの、他の大陸からやってきた者達からすればヒトクイの夏の気候は慣れるまでに少し時間がかかると言われている。
そんな夏を迎えたヒトクイの首都ガウルドは、蒸すような暑さにも負けず活気に満ちた町の人々の声が飛び交っていた。
「……暑い……ジメジメする……」
暑さに負けない商人達の呼び込みの声が響く中、明らかにヒトクイの夏に適応できていない少女の姿があった。湿気を含んだ暑さが肌に纏わりつく感覚が未だに慣れずうだる表情を浮かべる少女は背中に自分の体格ほどある巨大な盾を背負いながらガウルドの中央街を歩いていた。
「ブリザラ様、だらしないですよ、いくら町の中を自由にみて回っていいいとヒラキ王からお許しを頂いたとは言え、もう少し緊張感を持ってください」
巨大な盾を背負う少女の背後を付いて歩く黒を基調としたロングスカートのメイド服姿の女性は暑さにだらけ緊張感に欠ける少女の名を呼びそして注意した。
「……緊張感ってこうジメジメした暑さじゃ……というか何でピーランは私よりも厚着なのにそんな涼しい顔してられるの?」
黒を基調としたロングスカートのメイド服姿という明らかに自分よりも厚着な姿をしている女性ピーランが涼しい顔で自分を注意することが納得できないブリザラ。
「そんなことはありません、私も暑いですよ……ですが私はヒトクイ出身、もうこの気候には慣れています、ブリザラ様も早くこの暑さに慣れてください」
自分がヒトクイ出身であり、ヒトクイの夏の気候に慣れていることを説明し最終的にヒトクイの暑さに慣れろと精神論を持ちだすピーランの表情は至って涼しそうであった。
「慣れろって……そんな無茶なこと……もう……サイデリーの肌寒さが恋しいよ」
精神論を持ちだしたピーランの言葉に無気力に苦笑いを浮かべ自分の祖国であるフルード大陸にあるサイデリー王国を思い出すブリザラ。
ヒトクイから北に位置する極寒の地とも言われるフルード大陸にはほぼ夏が存在しない。場所によっては夏でも氷や雪が残るフルード大陸はこの時期でも僅かに肌寒い環境にあり、暑さにへばるブリザラは祖国の気候を恋しがった。
「ならば今からでもサイデリーに戻られますか? きっと今帰ったらガリデウスが居ないので王としての仕事はブリザラ様一人で行わなければなりませんよ」
「うぅぅぅ……それは……もっと嫌です……」
ピーランの言葉に顔を引きつらせたブリザラはすぐさまだらしなかった表情と背筋を正した。そこにはだらしない表情を浮かべる少女の姿は無く、サイデリー王国の王、ブリザラ=デイルの姿があった。
「……あーでも駄目……ジメジメした暑さは苦手だよ……」
しかしそれも束の間、ムハード大陸のような乾いた暑さは問題無かったブリザラだったがヒトクイのジメジメした暑さにはお手上げというようにすぐさま表情を崩しだらしない姿に戻ってしまった。
「……はぁ……ブリザラ様少しお耳をお貸しください」
暑さに勝てずだらしない表情を浮かべてしまうブリザラを見かねたピーランはそうブリザラに断りを入れると自分の顔をブリザラの耳に近づけた。
「……ヒトクイの関係者が私達を監視している、隙を見せず緊張感を持てと私は言っているんだ」
周囲を気にしながらブリザラの耳元でそう話すピーランのその言葉は、サイデリー王国の王に仕えるお付兼護衛役という立場では無くブリザラの友人としての言葉であった。
「監視? 何で?」
ピーランの言葉に首を傾げるブリザラ。
「……はぁ……ブリザラ、ヒラキ王との約束を忘れたのか?」
なぜ自分が監視されているのか分かっていない様子のブリザラに心底呆れるピーラン。
「……私達がヒラキ王と王の間で謁見した時に、何を話したか覚えているか?」
「う、うん」
ピーランの問に対して頷きながらブリザラはその時の事を頭に思い浮かべた。
約1カ月前、謎の人物、創造主の力によってムハード大陸からヒトクイへ文字通り飛ばされ様々な状況を経てガウルドの地下にある牢屋でヒトクイの王ヒラキと対面を果たしたブリザラは、自分がサイデリー王であることをヒラキ王に告げた。その後話す場所をガウルド城内にある王の間に移してブリザラとヒラキ王は様々な事、それこそ他愛無い事から真面目なことまで色々な会話をしていた。
「あ!」
何かを思い出したように小さく声をあげるブリザラ。
「……はぁ、思い出したか」
自分のことに付いてはなぜにここまで無防備なのかとピーランは頭を抱えながら何かを思い出したブリザラの顔を見つめた。
ヒトクイは数十年前まで内乱が多い国だった。小さな島国の各所で力を持った者達が頭となって戦が行われていたのだ。その戦を制しヒトクイを統一してヒトクイの王となったヒラキ。彼の力は戦だけに留まらず統一した後の国の政治でも大きく発揮されることになり、ヒトクイは統一してから数十年という僅かな時間で大陸にある大国と呼ばれる国々と肩を並べるまで成長を遂げた。
統一を遂げ国の発展にまで大きく関わったそんなヒラキ王を支持する者は多い。しかし当然そんなヒラキ王をよく思わない者達もいる。特に統一戦争の時にヒラキとの戦いで自分の領地を奪われた長や貴族達は未だその恨みを持ち続けている。恨みを持つ者の中にはヒラキ王の家臣として仕え寝首を掻くチャンスを待ち続けている者もいた。
そんな彼らの恨みを嗅ぎ取ったように近づいた存在がいる。言葉巧みに彼らの心の闇に入りこんだその輩達と暗い繋がりを持ってしまった一部の家臣や貴族達は悪事に手を染め私腹を肥やすようになっていった。その一部の家臣や貴族達の心の闇に入りこんだ輩の正体とは、丁度ブリザラ達がヒトクイに飛ばされた時と同じ時期に原因不明の爆発によってガウルドの地下に存在したアジトごと消滅した闇帝国、世界中に影響力を持っていた盗賊団であった。
当然自分に反旗を翻そうとする者達の存在を知らなかった訳では無いヒラキ王は闇帝国と暗い繋がりを持っていた一部の家臣や貴族達をあえて泳がせ闇帝国の動向を探っていたようだ。
しかし闇帝国を消滅したことによって、彼らの状況は一変することになった。闇帝国を利用し悪事を働き私腹を肥やしてきた一部の家臣や貴族達は自分達の身に危険が迫っているのてばないかと考え始めたのだ。
彼らにそう思わせたのはある噂が発端だった。その噂とは闇帝国を消滅させたのはヒラキ王自身なのではないかというものだ。
現在では国の政治で秀でた才能を見せるヒラキ王であるが、本来彼は戦いの中でこそその真価を発揮する人物である。数多くの逸話の中には山程の多さを持つ竜と戦い勝利したという話まである程にヒラキ王の武勇伝は数多くそして人知を超えたものばかりであった。
そんなヒラキ王がとうとう闇帝国の殲滅に腰を上げたのではないかという噂が彼らの中で広がりそして闇帝国と暗い繋がりを持っていた者達はこの機に自分達も粛清されるのではと不安を抱き始めたのだ。
そんな闇帝国と暗い繋がりを持っていた一部の家臣や貴族が混乱している最中、突然現れた謎の少女は窮地に追い込まれた彼らにとって逆転の一手になる存在になる可能性があった。
その理由は牢屋に連行されたのにも関わらずその少女はヒラキ王の一声で牢屋から解放されたというのが始まりだった。
牢屋に入れられた一犯罪者に過ぎないその少女を王自らが出向きその一声で無罪放免にしたというのはどう考えても怪しいからだ。その少女についてヒラキ王は遠方から来た友人で手違いによって警備兵が連行してしまったと説明していたが、そもそも親と子程としの離れた二人が友人関係にあるというのは説得力に欠けた話であり、王の説明を彼らは信じなかった。そしていつの頃からか彼らの間ではその少女はヒラキ王に対して何らかの大きな影響力、もしくは弱みを握る存在なのではないかという話が広まった。そんな藁をもすがるような僅かな希望に賭けた彼らは少女の正体を探ることに躍起になっていたのである。
しかしそのような事態になることを既に予測していたヒラキ王は、ブリザラに自分の身分を公にしないで欲しいという約束を持ちかけたのであった。
「まあ、兎に角だ、下手に隙を見せれば厄介事に巻き込まれる可能性がある、次の試練の時が来るまでは緊張感を持てと私は言いたいんだ」
本当は面倒だと言いたげにピーランはそう言いながら笑うとブリザラの耳元から顔を離した。
「うん、もう少し気を付けるようにするよ……」
事の面倒さを再確認したブリザラはピーランの笑みに釣られるようにして苦笑いを浮かべる。
「さて、折角町を散策できるのですから、ブリザラ様の防具を新調しに行きましょう」
サイデリー王のお付兼護衛の立場に戻ったピーランはそう言いながら先程とは違う笑みをブリザラに向ける。
「え! お買い物できるの!」
ピーランの言葉にブリザラは心の底からの笑みを浮かべた。
「あ、でもお金は?」
創造主によって半ば強制的にヒトクイへ飛ばされたブリザラ達は遠出する準備する暇すら無かった。当然物を買う金も持ち合わせていないはずなのにも関わらずピーランが防具を買いに行こうと言いだした事に疑問を抱くブリザラ。
「それなら大丈夫です、町に出るならとヒラキ王がお金を用意してくれましたから」
そう言いながら金の入った袋をブリザラに見せるピーラン。
「うぅぅ……ねぇピーラン……もしかしてヒラキ王に何かとても失礼な事してないよね」
「ええ、失礼なこと何て一切していませんよ」
ブリザラの問に先程とはまた違う何とも胡散臭い笑みを浮かべるピーラン。
「うん、絶対何か失礼なことをしたよね……」
ピーランが嘘を付いていることを見抜いたブリザラは大きくため息を吐いた。
「……おい、呑気に町でプラプラしてんじゃねぇよ」
そんな二人の会話に突然ガラの悪い口調の男の声が割り込んできた。
「チィ……お前は黙ってろ不審者が」
背後から聞こえるガラの悪い口調の男の声に一瞬にして表情を険しくさせるピーラン。
「ああ? 何か言ったかクソメイド?」
悪態をつくピーランを背後から睨みつける男。
「ああ失礼しました、アキ様のお耳は不審者のお言葉しか聞き取れないんでしたよね、チィお前がいなければ、ブリザラ様と二人で楽しい町散策になるはずだったんだよこのクソ不審者が」
自分の背後に立つ男、アキに対してピーランの口調が荒れに荒れる。
「ああ? 殺るかクソメイド!」
「上等だクソ不審者」
両者にらみ合い戦闘態勢に入る男とピーラン。
「アキさんもピーランもこんな道の真ん中で止めてください」
慌てて戦闘態勢に入った二人の間に割って入るブリザラ。
「ふん!」「ああ!」
ブリザラが間に入った事で戦闘態勢を解くピーランとアキ。
「……やっぱり二人とも息が合ってる」
二人には聞こえない小さな声でそう呟いたブリザラは何処か不満げな表情で二人の間から離れると道を歩き出した。
「ぶ、ブリザラ様、何処に行くんですか」
慌ててブリザラの後を追いかけるピーラン。
「チィ……」
舌打ちを打ちながらもブリザラが歩いていった方向へと足を進めるアキ。
「防具屋さんに行くんでしょ!」
不機嫌にピーランにそう言ったブリザラは歩調を速めガウルドにある商業区に足を進めていく。
「おい、クソメイド」
ブリザラの後を追おうとするピーランを飛びとめるアキ。
「……何だクソ不審者」
自分を呼び止めるアキに鋭い視線を向けるピーラン。
「……チィ……何でもねぇよ」
ピーランに何かを伝えようとしたアキだったが、結局何も口にすることなく舌打ちしながらソッポを向いた。
「ああ! 何か喋ることがあったとしても私に話しかけるなこのクソ変質者が!」
そうアキに吐き捨てるとピーランは先を行くブリザラの後を追った。
「チィ……どいつもこいつも……」
ブリザラの後を追うピーランの背を見つめながらアキはそう呟くと夏の湿気に包まれるガウルドの中央街を歩き出すのだった。
ガイアスの世界
闇帝国が消滅したことについてのピーランの心境
ブリザラの前では冷静を保っているピーランだが、内心では闇帝国が消滅したことに動揺しているようだ。それはピーランが闇帝国の強さ、恐ろしさを知っているからだ。特に団長の強さは人間離れしており、ピーランは未だに闇帝国が消滅した事が信じられないでいるようだ。
だがピーランは知らない、闇帝国が消滅する前に既に団長がヒラキ王によって封印されていたことを。そして闇帝国を消滅させた者は、団長以上の力を持ちブリザラやアキに関わりのある人物であるということを。