隙間で章6 事の始まりは霧の中
ガイアスの世界
世界情報
自我を持つ伝説の本、ビショップが伝説武具の中で最強と言われる由縁である能力が世界情報である。
世界情報とはガイアスで起るあらゆる事象を全て任意で観測できる能力であり、この能力を使うことで、ビショップはガイアスで起った出来事、一国の行く末から一個人の今日の夕食に至るまで大小様々な情報を観測することが可能になる。これによって次に起るだろう出来事などを予測することが可能であることから、疑似的に未来を見ることが出来ると言われている。
その為、人間は愚か同族である他の伝説武具の行動もガイアスという世界であれば予測できるようだ。
しかしビショップを最強と言わしめる世界情報にも弱点があるようでキングはその方法を知っているようだがそこに至るまでの過程にはかなりの苦労と犠牲を必要とするようだ。
隙間で章6 事の始まりは霧の中
剣と魔法の力渦巻く世界。
春を越え、夏が近づくこの時期、小さな島国ヒトクイは雨季、ツーユに入る。昼間だというのに分厚い雲が空を覆い、一日中雨が降り続けるということもざらにあるこの時期は、ヒトクイの人々にとっては少し憂鬱な時期でもある。しかし今年のツーユはヒトクイの人々、特にガウルドに住む人々にとっては少し違ったものになっていた。
ツーユに入って少し経った頃、盗賊団、闇帝国が突然消滅した。ガウルドの地下にあった闇帝国のアジトがその言葉通りに突然消滅したのである。
何者かが潜入して特大の爆発魔法を放ちアジトを壊滅させたや、どこからともなく現れた怪鳥がアジトを焼き尽くしたなど様々な噂が上がったが、調査に出たヒトクイ直属の治安警備兵達の調査でもその原因は掴めなかった。分かったことは何か巨大な力が加わったことによる大きな爆発によって闇帝国のアジトが消失したということだけであった。
その場にいた団員達はアジト諸共骨一つ残らず消失したという発表が国から発表された瞬間、それまで闇帝国に苦しめられていたガウルドの人々は歓喜を挙げて喜んだ。
さながらお祭り騒ぎのような状態にあったガウルドではあったが、一週間も経つと人々も落ち着きを取り戻しそれぞれ普段の生活へと戻り始めていた。
― ガウルド 街角 ―
連日のお祭り騒ぎが嘘だったかのように静まり返る夜のガウルド。夜になりツーユの影響で振り出した雨が人々を部屋に釘付けにしより一層町から人気を奪っていった゚。人気のないガウルドには濃い霧が広がり、ちょっとした幽霊町のような雰囲気さえ感じられる。
「ん? ……なんだ?」
そんな人気の無い幽霊町のような不気味な雰囲気を漂わせるガウルドのとある街角に男が一人。人気も無いそんな場所で一体何をしていたのかは分からないが、男は霧に包まれた自分の周囲を見渡しながら雨音に紛れて何かを引きずっているような音を聞き取り首を傾げながら視線を音が鳴っている方角へと向けた。
「……霧で見えやしない」
しかし濃い霧は男の視界を奪い何かを引きずるその音の正体も分からない。分かっているのはその何かを引きずる音が徐々に自分の方へと近づいてくることだけだった。男はその音の正体を暴こうと目を細める。すると深い霧の中から人の形をした影が薄っすらと浮かびあがってきた。
「ん? ……まさか、同業者か?」
皮肉交じりにそう呟いた男は腰に下げていた得物を握る。男が何を生業としているのかは分からないがその口ぶりからあまり人様に胸を張って言えるような事をしているような雰囲気では無い。
「おい、止まれ……」
男は自分に確実に迫ってくる霧から浮かび上がる人影に警戒し警告した。
「……おい、誰だか分かんねぇけど、後一歩でも近づいたら怪我するぜ」
警告したにも関わらずその進みを止めない人影。不気味にすら聞こえる何かを引きずるその音に男は少し苛立ちながら再び警告する。自分の腕に多少の自信があるのか、男は不気味な得体の知れない人影に対して腰にぶら下げていた得物を抜いた。男が持つ得物は何の変哲も無い量産品の長剣。あまり手入れはされていないのか、所々刃がかけていた。
「警告はしたぞ!」
僅かに声が上ずる男。しかし自分の声が上ずっていることに気付いていないのか男は一切止まる気配なく何かを引きずる霧に浮かぶ人影にそう叫ぶとはそのまま走り出した。
「警告はしたからな!」
そう言いながら霧に浮かぶ人影に詰め寄るとその正体も分からぬまま漂う霧ごと男は刃こぼれした長剣で切り裂いた。
「ッ!」
霧ごと人影を切り裂いた瞬間、男の中に違和感が広がる。
(手応えがねぇ)
ただ霧を切っただけの感触が刃こぼれした長剣から伝わってくる男。しかし男が抱いた違和感の正体はそれでは無かった。
(……ハッ! 何で俺は攻撃を仕掛けた……普段ならこんなこと……)
何かに意識を引っ張られていたような感覚を抱いた男は自分のとった行動に疑問を抱く。男が心の中で呟いた言葉、そう、男は本来ならこんな不用心に飛び込んでいく性格をしていなかった。
(いつもなら相手の出方を見て、それから殺るのに……)
自分らしからぬ行動に違和感を抱きそれは疑問に代わる。だがその違和感も疑問も解消される事無く男の意識はそこでプツリと切れ永遠の眠りへとついた。
翌日、ガウルドのとある街角で事切れている男が発見された。男の死因は切創による出血死。しかしその傷口を見た医者によれば、恐ろしい程に鋭利な刃物による斬撃で、男は自分が腹を切り裂かれたことに気付かないまま死んだのではないかと述べている。そしてこれはあくまで医者の憶測でしかないが、その斬撃による傷口は男を殺すというよりもその鋭利な何かの切れ味を試すような傷口のように思えると後に語った。
闇帝国の消滅により大きな平穏を取り戻したガウルドに走ったこの奇妙な事件は、二日と経たずに再び起った。そして日を追うごとに同じような事件が多発し始め多い時では一晩で四人もの人間が別の場所で腹を切り裂かれ死んでいるのが発見された。
最初殺された者と他の者達に共通点は無く、唯一あるとすれば全ての犯行が雨の降る真夜中、深い霧が出ている場所で行われたというぐらいだった。
突然の連続殺人事件にガウルドの人々達は最初困惑した。何の関係も無い者達が次々と殺されていく状況に次に狙われるのは自分なのではないかと恐怖すら感じ始めていた頃、ヒトクイ直属の治安部隊が被害者たちの素性を探るうちに大きな共通点を発見した。すると状況は一転、姿形も分からない殺人鬼に恐怖を抱いていたガウルドの人々の心は興味、好奇心へと変わって行った。
アジト諸共その存在が消滅した闇帝国。しかし闇帝国が消滅したからといって、そこに所属していた団員達の全てが消滅した訳では無い。闇帝国のアジトが吹き飛んだ際、その場に偶然居合わせなかったことによって消滅に巻き込まれなかった団員達は多くいる。そう、闇帝国は消滅しても、その団員達は未だガウルドに存在しているのである。そして姿形も分からない殺人鬼に殺された被害者の共通点とは、消滅に巻き込まれなかった闇帝国の生き残り、残党だったのだ。
辛くもアジトの消滅に巻き込まれず命を落とさなかった団員達のその後は簡単だ。心の支柱であった場所を失い散り散りとなった団員達は、それでも悪事をする。
外道職に足を突っ込んだ者の大半はそれ以外に生きる道を知らない者ばかり。自分が所属していた盗賊団が消滅したからと言って簡単に心を入れ替えることなど殆ど無い。特に闇帝国に所属していた者ならば尚更だ。
他大陸にもその名を轟かせていた程に大きな盗賊団として認識されていた闇帝国、当然団員達はその悪行で甘い蜜を啜っていた者達ばかり。自分が所属していた盗賊団が壊滅、消滅したからと言ってその甘い蜜を忘れられるはずも無い。闇帝国が消滅して尚、ある者は一人で、仲間と再会した者達は徒党を組んでガウルドで悪事を続けていたのである。
闇手国という肩書きはそれだけで裏の世界では効力を発揮する。純粋に盗みの腕が高い者、殺しの腕が一流な者と高い能力を持った者達は大勢いたが、ガウルドの地下をギンドレッドという町にしてしまう程の大所帯、盗賊として底辺の能力しか持っていない者も当然存在する。しかしそんな者達でも闇帝国という肩書きがあるだけで大概の人間を脅すことが出来る程にその肩書きは大きかったのである。
闇帝国は崩壊し消滅したものの、未だガウルドやその近辺には、残党となった闇帝国の団員達はバラバラになりながらも闇帝国という肩書きを利用して細々と悪事を続けていたのである。
だからこそ、そんな元団員達、残党を殺し回っている切裂き魔、辻斬り、殺人鬼と様々な相性をつけられたその存在にガウルドの人々は興味、好奇心を抱いたのだ。そしてその興味や好奇心は何時の頃から英雄を見るような感覚に変わって行った。雨が降り濃い霧が発生した晩の次の日に何処かの街角で死体が見つかるとまた一人盗賊を始末したと人々は盗賊を殺し回る謎の存在に感謝の言葉を発し始めたのだ。
だが例え殺された者達が盗賊だったとしても町中での殺人を容認する訳にもいかないヒトクイの治安を預かる警備兵達はその殺人鬼の正体を突き止めるべく捜査を開始した。昼夜問わず手がかりを探して血眼になってその犯罪者を探し回った。しかし最初の事件から一カ月、ツーユを終え夏に入っても未だ手がかり一つ見つかっていないというのが現状であった。
― ガウルド 武具屋 日々平穏前 ―
ジメジメとした鬱陶しい雨季が過ぎ、照りつける太陽の光が夏本番を感じさせるようになった頃、世界展開を始めて十年以上が経つ冒険者、戦闘職御用達の武具屋、日々平穏の前には、見るからに熱そうな漆黒の全身防具を纏った男と、ヒトクイの夏の暑さにやられ、今にも溶けそうな表情をしている少女、そしてその少女を心配そうに看病するメイド服の女性の姿があった。その三人は何やら少し会話すると男の方は店の前へ、少女と女性は日々平穏の店内へと入って行った。
そんなガウルドではよく見かける光景を視線の端に捉えた一人の少女はその三人が少し気になった様子だったが、それよりも季節が変わり夏になったことで連日続く暑さに手を扇の代わりにヒラヒラとさせ顔に風を送ることに集中していた。
「ウェ……」
だが手で送った風は生暖かく僅かにも涼むことは出来ず少女は不快な表情を浮かべる。
「……はぁ……早く帰ってこないかな……スプリング……」
一つため息を吐いた少女はその者が帰って来るのが待ち遠しいと言うようにその名を呟くと腰に携帯した一般的な長剣とは形も長さも違う剣、刀と言われるヒトクイ特有の武器を揺らしながら日々平穏の前を通り過ぎていくのであった。
ガイアスの世界
ヒトクイの雨季
ヒトクイでは梅雨とも言われる季節の変わり目に起る気候の変化。
他大陸でも雨季は起るが、ヒトクイの雨季は少し特殊で、その時期に入ると雨が多くなり湿度が上がりかなり不快感が増す。
ヒトクイに住む人々はすでにその環境に適応している為にそこまでては無いが、他大陸からやってきた者の中にはその湿度に不快感を現し機嫌が著しく悪くなる者や体調を崩す者が多く出てくる。しかし一週間もすれば大半の人は梅雨という気候にも慣れるようだ。