真面目で章(ユウト編)4
ガイアスの世界
他人の空似
戦場で自分と同じ顔をした敵軍の兵士と出くわした何て話は度々あったりするがガイアス世界においてこの状況の多くはドッペルゲンガーと呼ばれる悪霊の一種が悪さをしていることが多い。しかし珍しい悪霊な為、出現するのは100年に一度程で早々お目にかかれる存在では無いと言われている。
悪霊である為に聖職者などの戦闘職の力を使えばすぐに暴くことが出来る為、鉢合わせた場合はすぐにでも聖職者に対処を頼むのが基本となっている。もし鉢合わせたまま何の対処もしなければ存在自体を乗っ取られることもある。
先程100年に一度と言ったが、あくまでそれは公にドッペルゲンガーだと正体が判明した時の年数でありた、実際はもっとドッペルゲンガーの被害を受けている者は多いのではないかと考えられている。
もしかすると気付かない間に隣人がドッペルゲンガーと入れ替わっているなんて可能性もあるのかもしれない。
真面目で章(ユウト編)4 騒動の裏側
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
統一戦争の後、急速な発展を遂げた小さな島国ヒトクイ。ヒラキ王が推し進めた政策はどれもが見事に的中し今では他大陸からの来訪者も年々増え続けその中には、統一前まで見かけることすら珍しかった獣人や亜人といった種族の往来も多くなった。
発展によって小さな島国から大国へと変貌を遂げたヒトクイの玄関口にして首都であるガウルドは、ヒトクイの名産品を輸入しようとする商人やその独特な風土を感じようとする旅行客、そしてまだ見ぬお宝を求めてダンジョンを探索する冒険者や戦闘職達の姿があり、まさに人種の坩堝と言える程に様々な人々がごったがえし毎日が祭りのように賑わっている。
そんな多国籍多人種が集い、毎日が祭りの状態なガウルドの雰囲気は二日前の夜を皮切りに更にその色を濃くするように賑わいが高まり騒がしくなっていた。
「ああ……騒がしい……」
普段感情の変化に乏しい表情を僅かに歪ませ気だるそうにそう呟く少年ユウト。その姿はヒトクイ以前にガイアス全土でも通用する程の独特な雰囲気を持っていた。だがそんな独特な雰囲気を持ったユウトの姿に目を向ける者は誰も居ない。周囲の人々がユウトという存在に興味が無いのか、それともユウト自身が何か特別な事をしているのかそれは分からないが、ガウルドの人々の目にユウトの姿は一般的なものとして映っているようだった。
『何を言っているのですか、町の人々が騒がしくしているのは全てあなたの所為ですよ坊ちゃん』
周囲の喧騒からすぐにでも逃れたいユウトに対し漂々とした口調で答える声。しかしその声の主の姿は何処にも無い。その声はユウトが手に持つ分厚い本から発せられていた
「……なんで?」
本が発する声に一切の驚きはなく、それが日常というようにユウトは手に持つ分厚い本、自我を持つ伝説の本ビショップに町が何時にも増して騒がしい理由を尋ねた。
『それはこのガウルドの悩みの根源を坊ちゃんが潰してしまったからですよ』
ユウトの質問にどこかワクワクしたような様子で答えるビショップ。
「悩みの根源?」
しかし身に覚えが無いのかユウトは首を傾げた。
『あらら? 記憶にない? 一応町と言われている場所を一つ潰した程には大きな事件になっているのですが……まあ、そんなところも坊ちゃんらしいですね』
「町? この町は潰れてないけど」
周囲を見渡しながらガウルドの街並みに変化が無い事を確認するユウト。
『ガウルドではありません、いや正確に言えばガウルドの一部なのですが、坊ちゃんが潰し町とはこの町の下、地下にある暗い町ギンドレッドのことですよ』
「……ああ、あのどうしようもなく弱かった連中がいた場所か」
頭の片隅に追いやられ、消えるのも時間の問題という所でビショップに掘り起こされた記憶を思い出すユウト。
ヒトクイ側はその存在を町として認めていないが、ガウルドの地下にはもう一つの町が存在していた。ならず者たちが住む町、盗賊団が集まる町と聞けば、ガウルドに住む人々は直ぐに声を潜めてその町の名を口にする。その名はギンドレット。ガイアス全土に名が知れている大盗賊団、闇帝国の根城である。
町と呼ばれているがその実、闇帝国の拠点になっているギンドレットには殆ど町の機能は無い。だが一つの盗賊団が持つアジトや拠点としてはあまりにも規模が大きい為に、関係者問わずギンドレッドを町と呼ぶのである。当然団員の数は多く、その数を生かした方法で毎日のように被害は出ている。
ヒトクイ側も厳しく彼らの監視はしているのだが、中々にうまくいっていないようで、被害は後を絶たない。拠点の位置は既に把握しているヒトクイ側は何度か取り締まりの為に兵を送り込んでいるのだが、全てが失敗に終わっている。生き残って帰ってきた兵の話によれば、異常とも思える罠の数。そしてその罠を潜り抜けたとしても強力な力を持った団員達に行く手を阻まれるという。現状、ヒトクイは闇王国を対処出来ていないというのが実情であった。
しかしそんなギンドレッドが存在したのも二日前までであった。
― 二日前 ガウルドの端 旧戦死者墓地 ―
ガウルドの端に存在する旧戦死者墓地は統一戦争で亡くなった者達を急遽弔った場所であり、統一戦争終結後、新たな戦死者墓地が作られてからは殆ど誰も寄りつかない場所となっていた。
そんな人気の無い場所に目をつけたとある盗賊団が旧戦死者墓地を自分達の根城にしたのがギンドレッドの始まりで、その噂を聞きつけヒトクイ全土のならず者や盗賊団がギンドレッドに集まるようになった。丁度この頃、旧戦死者墓地の地下に巨大な空洞が発見された。旧戦死者墓地を拠点にしていた盗賊団は拠点をその空洞に移した。するとその噂は瞬くまに島国だけでは無く他大陸にまで響き渡り、ならず者のパラダイスとしてガイアス全土からギンドレッドを目指してならず者たちや盗賊団が集まりるようになったのである。それが現在のギンドレットである。
だが多くの盗賊団が同じ場所に拠点を置けば揉め事が起るのは火をみるよりも明らかで、ギンドレッドの所有権をめぐり盗賊団同士の抗争が勃発。血を血で洗う戦いが数年続いた。それを纏め上げたのが、闇王国の団長である。ギンドレッドにいる盗賊団を全て力で纏め上げ巨大な盗賊組織を誕生させたのであった。
そんな大の大人でも足を踏み入れることを嫌う危険な場所ギンドレットに子供であるユウトは足を踏み入れた。時刻は真夜中、到底子供が出歩いていい時間では無い。ましてやそんな危険な場所に子供一人で向かうなど自殺行為に等しかった。
しかしユウトにとって盗賊など一切の問題では無い。見た目こそただの子供、少年に見えるユウトではあるが、その小さな体には強大な力が内包されている。自分よりも遥かに巨大なそれこそ山を背負う竜にすら圧倒する程の力を持つユウトには巷で噂されている盗賊団の存在など周囲を飛び回る虫以下の存在でしかないのだ。
そんなユウトがギンドレッドの入口である旧戦死者墓地に向かう理由、それは単なる好奇心だった。しかしその好奇心が向けられているのは盗賊団にでは無い。旧戦死者墓地という場所にだった。ユウトは好奇心を強く抱きながらを盗賊団のアジトの入口とされる旧戦死者墓地を進んでいく。
当然、敷地内に侵入した来訪者を見逃す盗賊団は居ない。旧戦死者墓地に侵入した来訪者を見つけた見張り約の盗賊達はすぐさまユウトの前に姿を現した。
「子供……? 何でこんな所に子供が……しかも一人で?」
侵入者が子供であることが分かると盗賊達は首を傾げた。大の大人だってこんな場所にやってくるのは躊躇うのに下の毛が揃わない程の子供が一人でやってきたのか疑問だったからだ。しかし相手が子供ということで盗賊団達の警戒は緩んだ。
「おい、こんな所に来るんじゃねぇさっさと引き返せ」
それに加え見張りをしていた盗賊の一人は盗賊と言う割には人が良かったのだろう、普通なら子供であろうが自分達の敷地に侵入者には容赦するなと言われているが、その盗賊は侵入したユウトに対して引き返せと警告するだけに留まった。しかし盗賊が持つ僅かな良心をユウトは無視した。いや正確には聞こえていなかったという方が正しい。
誰しも物事に熱中すると外からの声が聞こえなくなることがあるが、まさにユウトはそんな状態にあった。さしてユウトのその状態は常人よりも酷い傾向にあり目の前にいるはずの盗賊達が見えていないようだった。
別の世界からやってきた異邦人であるユウトにとって、旧戦死者墓地はまさに異世界の光景の一部として映っていた。異世界の墓地という場所で定番の如く出現する活動死体や死霊という存在は、ユウトにとっては出会ってみたい対象の一つであった。その為腐ってもいなければ、足もあり呪詛を撒き散らす訳でも無いたかが人間如きに今のユウトの関心は向くことは無い。
折角の警告を無視された盗賊の一人は仕方ないと得物を抜いた。だが次の瞬間、その盗賊の意識は失われる。何が起こったのかも分からないまま、得物を抜いた盗賊は地面に倒れ込んだのだ。
「お、おい! 何をしやがった!」
仲間が突然倒れ込んだ光景に他の盗賊団達が一斉に自分の得物を抜く。しかし次の瞬間には倒れた盗賊と同じように他の盗賊達も地面に倒れ込んでいた。
「はぁ……活動死体や死霊が現れる雰囲気は十分にあるんだけどな……」
好奇心を優先させるユウトは、自分が今盗賊に襲われそうになっていたことは愚か、襲ってきた盗賊を無力化していたことにも気付いていない様子で旧戦死者墓地を進んでいく。
足を進めた先には地下へと続く階段があった。迷うことなくその階段を下りていくユウト。
地下へと下りていく道程で何度も盗賊からの襲撃を受けたり多くの罠があったが、ユウトは一切それに気付かないまま、無意識のうちに自分向かって来る盗賊や罠を排除していく。もはや盗賊達にとってみればユウトの侵入は人が抗うことが出来ない災害なようなものであった。
「町……?」
最下層に辿りついたユウトは周囲を見渡しそう呟いた。盗賊団の拠点ではあるものの、そこには盗賊が住む生活感が流れている。
「……へーここが盗賊の居る町なのか……」
ここでようやくユウトは今自分が居る場所が盗賊団の拠点であることに気付いたようであった。人の気配を感じるユウトの表情から好奇心が消え失せていく。
「ねぇビショップ、ここにどれだけの人間がいるの?」
気配は多く感じるものの、正確な人数までは分からないユウトは、手に持つ分厚い本、ビショップにこの拠点にどれだけの人間がいるのか尋ねた。
『まず人間が150人、亜人獣人が100人という所でしょうか……あれ? でもおかしいですね……』
ユウトの問に即座に盗賊の人数を口にするビショップ。しかし人数を口にした後ビショップは首を傾げるような声をあげる。
「……どうしたの?」
首を傾げるような声をあげるビショップの様子に疑問を抱いたユウト。
『いや……この盗賊団の団長と側近一名の気配が感じ取れないのです』
既に子供とは、いや人間とは思えない力を内包するユウト。しかしそのユウトが所持する自我を持つ伝説の本ビショプもまた異常な能力を多く内包する本である。その異常な能力の一つ広範囲索敵を使いギンドレッド全域にいる全ての人間、亜人獣人の存在を認識したビショップは、その中に闇王国の団長とその側近の姿が無いことに疑問を抱いていた。
「団長? 側近?」
盗賊団になど全く興味が無いユウトは団長や側近の姿が無いことにビショップが疑問を抱くのか理解できない。
『ええ、この闇王国という盗賊団は他の盗賊団とは少し違いまして、団長や側近が『闇』に属する者なのですよ……なので坊ちゃんでも少しは楽しめる相手かもしれないと思っていたんですが、居ないとなると残念ですね』
どうやらユウトと闇王国の団長とその側近を戦わせる魂胆であったようだが、それが叶わず少し残念な声を発するビショップ。
「ふーん、そんな事を企んでいたんだ」
『ええ、企んでいました……ですがここにもう用はありませんね、帰りましょう』
企みを自らばらしたビショップはそれを全く悪びれる様子無くユウトに帰ることを提案する。
「うん、わかった」
ビショップの提案に素直に頷くユウト。
「でも昇って帰るのが面倒だから天井をぶち破って帰っていい?」
そうビショップに断りを入れるユウトの両足が浮く。
『ええ、ご自由に』
帰ろうと提案はしたがその方法までは指示していないビショップは帰り方はユウトの意思にまかせた。
「うん、それじゃ帰るよ」
抑揚なく感情の籠っていない声でそう呟くとユウト。するとユウトを中心に強力な力が発生しそれが衝撃波となってギンドレットを襲う。次の瞬間眩い光に包まれてギンドレッドは一瞬にして何もかもが吹き飛び消滅した。
― 現在 ガウルド ―
「そんなこともあったかもね」
まるで他人事のようにギンドレットが消滅したを思いだすユウト。
『坊ちゃんがこの町の膿の殆どを一掃したことで今やガウルドは平和になったとお祭り騒ぎなんですよ、出る所に出れば坊ちゃんは英雄です』
「英雄か……」
英雄と言う言葉に僅かに反応を見せるユウト。
『はて? 坊ちゃんにも英雄願望があったとは驚きですね』
僅かなユウトの反応を見逃さず反応するビショップ。自分の興味があることに対しては貪欲にそして真摯にその感情をむき出しにするユウトではあるが、まさか英雄に興味があるとは流石のビショップも驚きであった。
「いや違うよ……英雄は死ぬ程経験したからもう飽きているんだ……」
そう言いながら手に持ったビショップに視線を向けるユウト。
「だから……君に魔王みたいだと言われて……僕の心の底を理解してくれたみたいで少し嬉しかったんだ」
『……ぼ、坊ちゃん……』
今まで自分の事を殆ど語ることが無かったユウトがビショップに対して自らの事を語る。自分に対して僅かだが心を開きその想いを吐露してくれたことにビショップは自分の中から何かが込み上げてくるのを感じていた。
『ええ、坊ちゃんならガイアスの英雄にも魔王にもなれますよ……!』
僅かに声を震わせそう言いながらビショップはぎこちなく笑っているようなユウトの表情を眺める。すると不意にビショップの深い場所にある記憶が呼び起こされた。遠い記憶、人の一生よりも遥かに長く遠い記憶が現在の状況と重なるビシッョプ。
呼び起こされた記憶に出てくる人物は、ユウトと同じようにぎこちなく笑いながら
― お前は……私の奥底にある想いを理解する一番の理解者だ ―
そう口にしたのだった。
『……あ……坊ちゃん、少し席を外してもよろしいでしょうか?』
不意に呼び起こされた記憶に引っ張られるように何かを言いかけたビショップ。だががそれを飲み込むようにしてビショップは話を切り替えた。
「……うん、いいよ……そろそろ皆の所に顔を出さなきゃならないって言っていたもんね」
僅かに笑ったような表情が幻だったかのように無表情へと戻るユウト。
『ありがとうございます、それでは少し席を外します』
だが決してユウトが無表情に戻ったからと言って不機嫌になったのではないことをはこの数カ月で理解しているビショップは礼を言う。
「いってらっしゃい」
― いってらっしゃい ―
『……行ってきます』
再び奥底から呼び起こされた記憶と現在の状況が重なるビショップ。遠い記憶に存在している人物の言葉とユウトの言葉が重なるのを感じながら、ビショップはユウトの下から離れるのであった。
ガイアスの世界
索敵
基本的に偵察を得意とする戦闘職、盗賊や弓士などが会得することが多く建物の中やダンジョン内など遮蔽物の多い場所などで敵の数や居場所を特定する能力である。その距離は10メートル前後。弓士に関しては能力の同時利用などによりその距離は100メートルや200メートルと距離が延びることがある。それが上位版である広範囲索敵と呼ばれる能力である。
ちなみにビショップが使っていた広範囲索敵は名前だけは一緒であるが、その能力は本来の者とは比べものにならない性能を持っている。
距離にすれば一キロや二キロは軽く超える。下手をすればガイアス全体を索敵できるかもしれない。それだけでは無く索敵した相手の名前や能力戦闘職、兎に角諸々の故人情報を筒抜けとなってしまう。抗えるとするならば索敵を妨害する魔法や能力を持っていないと防げない。