隙間で章 5 世界から切り離された廃村
ガイアスの世界
ブリザラから手紙をもらったガリデウスのその後
ブリザラの手紙に怒りを露わにしたガリデウスであったが、次の日には既に身支度を追え、側近の盾士達数名を従えムハードへ向けサイデリーを出発していた。
数日後、ムハードに辿りついたガリデウスは、ティディとの引き継ぎそっちのけでブリザラを探したようだ。しかしガリデウスがムハードに到着する一日前にブリザラは旅立っており出会うことが出来なかった。
肩を落と焦燥したガリデウスの表情が何ともかわいそうだったと後に引き継ぎを終えたティディは語っている。
隙間で章 5 世界から切り離された廃村
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
森の奥にポツリと存在する小さな村。建物の殆どは朽ち果て人気は一切ないその場所は、数十年前に起った戦で被害を受けそのまま人々の記憶から忘れ去られた村であった。
数十年前、島国で起った戦争が起った。最初は各地にいた猛者たちが己の強さを証明する為という小さな争いが発端で始まった争いは、次第に規模が大きくなり戦へと変わった。そして当初の目的は忘れ去られ島の領土全てを我物とする統一戦争へと変化していったのだ。猛者たちの行動をきっかけに始まった戦は、戦いに関わりの無い人々にまで被害を広げ命と住む場所を奪っていった。
そんな島国の人々を苦しめた領土を巡る戦を終結、統一させ王となった一人の男は、統一戦争終結後、島国の人々に向け自分達がやってきた愚かな戦いを繰り返さない為に、他国と戦争をしないという理念を宣言すると早速、その理念に基づいた国造りを開始した。
戦いに秀でた才能を持っていた王は、国の舵取りの才能と優秀な人脈に恵まれていたようで僅か数年でただの小さな島としかその存在を周辺大陸の国々に知られていなかった島国を大国へと発展させていった。
大国へとなって行く島国。それに伴い村や町もその規模が大きくなっていく。だがそれは人の行き来が元から多い場所だけで、山奥や森の奥にある人の往来が少ない村や町は統一戦争の傷跡を残したまま放置される結果となった。
そんな放置され廃村になった村の一つの前に、フードを目深に被った大柄の男が立っていた。ガイアスの成人男性の平均身長を軽く超えその身長に見合ったしっかりとした体格を持つ男を一言で表すなら人間離れという言葉が的確と言える。
フードを目深に被った大柄の男が視線を向ける廃村は、戦前の傷跡すら時間の経過によってその場所の大半が以前村であったことも認識できない程に朽ち果てまさに人々の記憶から忘れ去られた村といえる状態だった。だがそれ以上に男がこの場所から感じた雰囲気は、何もかもから忘れ去られているという印象だった。島国自体からも、いやガイアスという世界からも切り離されているようなそんな印象を男は目の前の廃村に感じていたのだ。
何処か世界から切り離されたような独特な雰囲気を感じる目の前の村へと足を進めていく男。すると男の来訪を歓迎するように不気味な声が周囲から響き始める。その声の正体は恨みや辛みと言った思いを持ちながら死んでいった者達の魂が変化した死霊や悪霊の類の怨嗟の声であった。
「はぁ……」
他の廃村とも違う独特な雰囲気を放つ理由が死霊や悪霊の影響が一つの要因である事を理解した男は軽くため息をついた。
基本的に人間は準備を整えなければ霊体である死霊や悪霊に対抗することは出来ない。その理由は単純で霊体に物理的に触れられないからだ。触れることが出来ない相手に剣や槍を振るった所で霊体には何の効果がない。それとは逆に霊体は人間の精神に触れることが出来る。その為死霊や悪霊といった存在にしっかりとした準備が出来ていない者が対峙した場合、逃げる選択以外に逃れる術はないのだ。そう端的に言って面倒な相手なのである。
そんな霊体に対抗できるのが、人間が持つ『聖』の力を大きく引き出すことが出来る戦闘職である。しかし死霊や悪霊と対峙している男は、その見た目からどう考えても『聖』を扱うような戦闘職には見えない。寧ろ大きな得物で圧倒的な物理攻撃を得意とする戦闘職にも思える。
だが絶対的な窮地と言ってもいいこの状況で男が選択したのは、前へと進むことだった。死霊や悪霊の怨嗟の声が自分達の領域に入ったことで更に高まっても我関せずと様子で貫き通す男は、ひたすらに自分が目的としている場所へと進んでいく。
しかし死霊や悪霊はまるで喜ぶように男へと接触を開始する。死霊や悪霊は生者を好む。それは自分が失った肉体を欲しているからだと言われている。だからこそ死霊や悪霊は肉体を持つ生者の精神に触れその者の心を壊し自分が乗り移ろうとするのだ。
男にも死霊や悪霊による精神攻撃が始まった。だが、男の表情が歪む。いやこの言い方には語弊がある。死霊や悪霊による精神攻撃を確かに受けている男。だがその影響を受け表情が歪んでいる訳では無かった。
「ああ、面倒だな……」
そう、男は死霊や悪霊からの精神攻撃によって表情を歪ませたのではなく、ただ纏わりつかれていることが面倒でその表情を歪ませていただけであった。
時として人間の中には強靭な精神力を持った者が生まれてくることがある。男がその類の存在なのかは分からないが、死霊や悪霊達による精神攻撃を一切受け付けていないというのは事実であった。
一切その歩みが止まらない男に纏わりつく死霊や悪霊の数は増えていく。既に男の姿は纏わりつく死霊や悪霊によって見えなくなる程だ。
「ああ鬱陶しい!」
死霊や悪霊に纏わりつかれ目の前すら見えなくなった状況についに男は吠えた。すると次の瞬間、男の体から白い光が発せられ纏わりついていた死霊や悪霊を吹き飛ばした。
「この状況じゃろくに話も出来そうもないな……はぁ……面倒だが掃除しておくか」
そう言いながら男は右手を空に向ける。すると空から突然、光を発した剣が廃村の各地に次々と突き刺さっていく。その数は軽く数えただけで100は超えていた。
「さあ、相手してやる、かかってこい」
そう言うと廃村内を駆け始める男。死霊や悪霊達は廃村内を駆ける男の後を追う。
「よっと!」
男が目指したのは廃村内に突き刺さった光を発する剣の一つ。それを手に取り引き抜くと男は自分を追ってきた死霊や悪霊を一撃、二撃と切りつけた。
《オオオオオオオオオ!》
男が持つ光を発する剣に斬りつけられた瞬間、死霊や悪霊は怨嗟の声を上げながら消えていく。
「悪いな、俺の攻撃は坊さんみたいに成仏させてやることは出来ない、消滅させるだけだ」
そう言いながら自分を追って来る死霊や悪霊に詫びを入れた男は、自分から少し距離が離れた場所に突き刺さった光を放つ剣に視線を向ける。すると次の瞬間、男はその場から姿を消した。
「こっちだ!」
男の声がする方に視線を向ける死霊や悪霊達。男は先程自分が視線を向けた光を放つ剣が突き刺さった場所に立っていた。
「もたもたしていると逃げちゃうぞ!」
死霊や悪霊を挑発するようにそう叫ぶ男は自分の足元に突き刺さった光を放つ剣を抜く。どうやら男は廃墟に突き刺さった光を発する剣の間を高速で移動できるようだった。その動きによって本来は翻弄するが側である死霊や悪霊達が男に翻弄されるというおかしな状況が生まれる。そしてなにより不可思議なのは、男が口にした消滅させるという言葉だった。
『聖』の力を持つ戦闘職は、死霊や悪霊と対峙した時、その力を使って浄化を始める。これは『聖』の力を死霊や悪霊に与えることによって恨みや辛みで穢れた魂を浄化し天に返すという方法だ。
しかし男は光を放った剣で切りつけていた。これは『聖』の力を持つ戦闘職とは根本的に違う方法のようで男が口にした言葉通り、切りつけられた死霊や悪霊は恨みや辛みをその魂に残したまま消滅した。その証拠として切り付けられた死霊や悪霊は怨嗟の声をこの世に残すようにして消滅していた。しかし死霊ゃ悪霊が残す怨嗟には呪いが纏わりつく。耳でその声を聞いた者は悪ければ精神をやられよくても体調を崩すというおまけがついてくる。だが男には一切そのような症状は見られない。
兎も角、『聖』の力を持つ戦闘職とは違う方法で自分が置かれた状況を突破しようとする男。そして数分後、大量に存在していた死霊や悪霊は姿を消した。
足を踏み入れた時とは違い、周囲に漂う雰囲気に一切の不気味さは感じられないただの廃村となったその場所に立つ男。
「さて、行くか」
疲弊した様子もない男は、そう言うと自分が目的地としている廃村内にある比較的形が残った建物を目指して歩みを進めていく。
「入るぞ」
建物の主に挨拶するように既に存在価値を無くしている扉を開き中へと入って行く男。
「真っ暗だ……」
比較的形が残っていると言っても屋根や壁に穴が開いている建物。本来ならば外の僅かな光がその穴を通して入って来てもおかしくないはずだが、中に入った男の視界に広がったのは何も視認することが出来ない暗闇であった。
「おお、ランプが付いた」
建物内の中心に突如として現れたランプは、自分の役割を思い出したというように誰に触れられた訳でも無く忽然と暗闇であったその空間をオレンジがかった火で灯した。
「全くあなたという人は……あの死霊や悪霊達は一応この廃村を守る守護者なのですか、丁寧に扱ってくださいよ」
そう何処か楽しそうな声でランプの灯りが届かない所から姿を現したのは、その表情が自身の名の由来ともなっている笑男であった。
「ふん、だったら客を襲わないようにちゃんと教育しておけ死神」
笑男の登場に少し呆れた様子で男はそう答えた。
「いやはや、何度も言っていますがその名で私を呼ばないで欲しいですね」
自身を死神と呼ぶ男に注意する笑男しかしその表情は崩れることなく本気で注意しているようには思えない。
「ああ、だったらその胡散臭い表情をどうにかしろ、お前は道化師か?」
それに対し何処か常に笑男に警戒心を持っている様子の男は嫌味を口にした。
「あははは、いやはや、死神よりはそちらで呼ばれる方がずっといいですね」
そう言いながら道化師が劇場で見せる挨拶を男に向ける笑男
「チィ……」
笑男のその態度が気に喰わないのか男は舌打ちを響かせ不機嫌な表情を浮かべた。
「……はぁそれで相変わらず各地に飛んで忙しそうなお前が俺に何の用だ?」
どうやら呼び出されたてこの場所へとやってきた様子である男は笑男に要件を尋ねた。
「いや、武具商人としてはありがたいことに忙しいですね、本当に猫の手も借りたい程ですよ……」
自称武具商人と名乗る笑男は自分の仕事が忙しいことにありがたみを感じつつも手が回らないといい言葉を続ける。
「……そう、だからあなたに少しお手伝いをしてほしいのです」
そう言いながらまるで仮面のように張り付いた不気味な笑みが更に深くなる笑男
「手伝い……勘違いするな、俺はお前の猫になった覚えはない」
笑男の言葉にきっぱりと拒絶の意思を見せる男。
「ええ、それは分かっています、なのでこれは取引です、私の手伝いをしてくれればあなたが望む事を……叶えて差し上げますよ」
きっぱりと拒絶されることを理解していた笑男は、男に対してこれは取引であることを告げる。
「なっ……はぁ……それで内容は?」
取引であり、手伝いをしてくれれば望みを叶えると言われた男は、少し思考した後、笑男にその内容を尋ねた。
「案内人に導かれ別々の王の素質を持った二人が近々この島国へとやってきます、その二人のエスコートをしてもらいたいんです」
何とも回りくどい言い方をする笑男
「ふーん、そうか……だが、異邦人に部外者の存在はどうするんだ?」
だが笑男の回りくどい言い回しを理解する男は、そこで浮かんだ疑問を口にした。
「それが二人をエスコートするあなたに本当に手伝ってもらいたいことです、異邦人と部外者が二人に接触しないよう相手をしてあげてください……元部外者であるあなたなら問題ないでしょう?」
男の素性を知り尽くしている様子の笑男はニヤリと口元を吊り上げる。
「ふん、買い被り過ぎだ俺は既に成れの果ての抜け殻、たいしたことはできんぞ……」
不満な表情を浮かべながらも笑男の手伝いを受け入れる男。その口ぶりから男は笑男が何をしようとしているのか理解しているようだった。
「そんなことはありません、このガイアスという世界において例え成れの果て、抜け殻になっていたとしても、あなたは非常に稀有な存在であることに変わりはない……現在の部外者がそうであるようにあなたはあなたのやりたいようにやればいいのです」
男を元部外者と呼ぶ笑男は自分の評価を受け入れない男に対し、例え元が付いたとしてもその存在は稀有な存在だと再度自分の評価を口にした。
「ただ……」
突然そう切り出した笑男の笑顔が更に不気味になる。
「……私の計画の邪魔だけはしないでください……」
自由にやれと男に言いつつ自分の行動の邪魔だけはするなと釘を刺し不気味な笑みを浮かべる笑男。
「ふん、心配するな、あんたを前に悪巧みをする気力も体力も残っちゃいない」
「そうですか、本当にそうならば安心ですが……」
男の言葉にやんわりとけん制を入れる笑男。
「はてさて、そろそろ私は行かなくてはなりません、それではよろしくお願いしますね」
「なんだ? まだ準備があるのか?」
全て準備が整ったような雰囲気を醸し出していた不気味な笑みを浮かべる笑男の様子に疑問を浮かべる男。
「はい、隠し玉を用意の用意をしてきます」
「隠し玉?」
「ええ、その隠し玉はあなたが知っている人物です、と、いってもあなたは覚えていないかもしれませんが……それでは……」
そう言いながら暗闇へと溶け込み姿を消していく笑男。
「……はぁ……」
笑男がその場から姿を消すと一瞬にしてその場に広がっていた空気が変わる。その変化に大柄の男はため息を一つ吐いた。
「『闇』そのものだなお前は……」
笑男が姿を消したことによって、漂っていた緊張感から解放された男は部屋に灯っていたランプの灯りを息で吹き消すとその場から立ち去り外に出て行った。
「ぐぅ……前言撤回だ……やっぱりお前は死神だ」
建物から外に出た男は表情を引きつらせる。視線の先には一掃したはずの死霊や悪霊が大量に集まっていたからであった。
「はぁ……面倒だ……」
男は嘆きにも似た呟きを放つと、来た時と同様に自分に纏わりついてこようとする死霊や悪霊を『剣聖』を思わせる動きで消滅させていくのであった。
ガイアスの世界
霊体を消滅させる方法。
本来霊体は、『聖』の力を持つ戦闘職の者にしか対処が出来ない。その為、霊体、特に悪霊や死霊が存在していると言われる地域やダンジョンに入る場合、パーティメンバーに僧侶は欠かせないと言われている。
問題はあるが、魔法使いや召喚士、精霊術士などの攻撃も有効なことは分かっている。しかし有効なだけで僧侶のような即効性は無く、とある問題が発生する場合がある。魔法使いなどの攻撃を受けた死霊や悪霊はその魂が浄化される事無く消滅する。その為、死霊や悪霊が生前に抱いていた恨みや辛みがダイレクトに攻撃した者の精神を侵食する、所謂呪いが発生する場合があり、出来るだけ霊体は浄化することが推奨させれている。