もう少し真面目で章(アキ編)8 強者が認めた強者
ガイアスの世界
獄炎花
火属性忍術の中で最大火力を誇る技。しかしこの忍術を扱える者は現在いないとされる。
その理由は、獄炎花が近代に編み出された忍術だからだ。
本来忍術は先祖の忍達が記した秘伝書を元に継承していく。これを古忍術と言う。だが時代の流れと共に対応できなくなるものもあり、時代に合わせ新たな忍術を作りだす忍もいる。これを新忍術という。
獄炎花は、今から二十年程前に作りだされた新忍術である。だが獄炎花の使用法を記した秘伝書は無く、作りだしたある忍もそれから数年後に死亡しており、現在獄炎花を復元できる者はいないのだ。
しかし例え自分の未来の力を得たとは言え、誰にも扱うことが出来ないはずの獄炎花を習得したピーラン。獄炎花を生み出した忍とピーランには何かしらの関係があるようだ。
もう少し真面目で章(アキ編)9 強者が認めた強者
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
雑草すら生えず大量の砂だけが広がるムハード砂漠。その地下に存在する長い一本道は、ダンジョンというにはあまりにも単純な構造をしている。そしてそのダンジョンの最奥では、これまたムハードという地には似つかわしくない鮮やかな赤い花が咲いていた。いや、花というにはあまりにも熱く攻撃的なそれはピーランが放った忍術、獄炎花の炎であった。
花びらのようにユラユラと漂う火の粉の中、未だ本体の炎は枯れる事無く燃え続け漆黒の全身防具を纏った男、アキは焼かれ続けていた。しかし全身が焼かれているというのにアキ自身は鋭い眼光を獄炎花を放ったピーランに向け続けている。
「やっぱり……」
常人なら肌が焼かれる暑さと痛さで転げ回ってもおかしくはない状況。しかしそんな炎の中、一切表情を苦痛に歪ませる事無く平然と炎に焼かれ続けているアキの姿に顔を引きつらせるピーラン。しかし表情は引きつっていても、アキという存在が常人では無いことを知っているピーランの口からはこの状況が当然だと言う言葉が漏れる。
「……お前の事を侮っていた……お前は強者だ」
炎に焼かれ平然としている自分の姿に驚きと納得が入り混じる表情を浮かべるピーランに対しアキは自分の考えが間違っていた事を静かに告白する。それはアキが目の前の女性ピーランを強者と認めた瞬間だった。
「……今から俺は、俺が今持てる全ての力を使い、強者であるお前に答える」
そう言いながらアキは花のように咲き、自分の体を焼く炎に対して腕を横に振る。すると炎はアキが纏う漆黒の全身防具に引き寄せられ、まるで花びらのように舞う炎の花、獄炎花を散らしていく。するとアキが纏う漆黒の全身防具は散って行った獄炎花のように熱を持つような赤色へと染まっていた。
「さあ、強者として俺と戦えピーラン!」
手甲の形状を変化させた剣の先をピーランに向けるアキ。その剣先から剣身に至るまで炎の残光が揺らめく。
「……強者……」
炎の残光に目を奪われるピーラン。だがその炎の残光が揺らめく剣先に視線を向けながらもアキが発した強者という言葉に心が動くピーラン。
「私が……?」
今まで組織の頂点に立つ者やそれこそ国という力を持つ者、強者に仕える側であったピーラン。それは忍という戦闘職を生業とした一族に生まれた時から決められた立ち位置だった。
決して目立たず下された命令を淡々とこなすことだけを目的とした日々。だがある日、刷り込まれていたその考えに疑問を抱くピーラン。
理由と呼べる程のものは無い。ただ単純になぜ自分の一生が生まれた時から決まっているのか、突然そんな考えが頭に浮かんだだけだった。その疑問は日に日に増して行き、やがて反抗という形で一族に向けられることになる。一族に反する考えを抱いたピーランは、中半絶縁という形で一族が住む隠れ里を飛び出し抜け忍となった。
一族が住む故郷を追われたピーランは、自分の考えに賛同する数人の仲間と共に、まだ見ぬ自分達の可能性を追い求めた。もしかしたら自分でも強者になれるかもしれない。僅かな希望を胸に仲間達と旅を続けたピーランだったが、後に待っていたのは故郷にいた頃と変わらない強者に仕える側という立場であった。
自由を手に入れても、その性根は刷り込まれた一族の考えから脱却することが出来ず、気付けば外道職のような行いにどんどん手を染めていたピーランは、結局自分のような人間は強者に尻尾を振る側の人間なのだと故郷を飛び出していた時に抱いていた希望を諦めかけていた。
外道職となんら変わらない汚れ仕事をする毎日を送っていたピーランはある日、自分が仕えていた強者、盗賊団、闇王国の団長の命令でサイデリー王国の王の命を獲る為にフルード大陸へ向かうことになった。その命令を団長から受けた時、ピーランは自分の最期を悟った。
幾ら自分が暗殺を得意とする戦闘職、忍であっても一国の王の命を狙うことは難しい。失敗する確率の方が高いその役目にピーランは、もう盗賊団にすら帰れないのだと自分の運命が終わることを悟ったのだ。
その命令を無視して逃げることも出来た、忍の技を使えば行方をくらますことは容易い。しかし生まれた時から一族に刷り込まれた性根がそれを許さない。いやピーラン自身その性根に抗えなかったのだ。
疑問を抱き反抗すらして故郷すら飛び出し自由になったはずなのにも関わらず、ピーランは結局一族の考えに従ってしまう自分に呆れを通り越し笑いすら込み上げてきた。
時として忍は自らの死をもって役目を果たすことがある。死ぬことは怖くない、そう一族から刷り込まれてきたピーランは、結局自分の中に流れる血は忍であり自由はなかったのだと理解すると、自分を慕ってくれた仲間と共に、戻ることの出来ない片道の役目を果たすことを決意した。だがその決意がこれ以降のピーランの運命を変える出会いを引き合わせることになった。
強者になりたいという自分の希望などどうでもよくなる程、心の底から仕えたと思える強者、サイデリー王国の王ブリザラに出会ったのだ。
サイデリー王国の王であるブリザラという存在は、ピーランの考えを、いや人生そのものを変えた。
世間知らずで度が過ぎる程のお人よし。自分の命を狙った者ですら底知れない優しさで包み込めてしまう程の度量。今までに体感したことがない程の優しさをその身で体感したピーランは、恋愛した者達が抱く感情のようにブリザラという存在に惚れてしまったのだ。
自分を救い更には側に置いて友人とも言ってくれたブリザラの為にピーランは自分の命を捧げる事を誓た。この時ピーランは一族がなぜ強者に仕えていたのか理解した。一族もまた自分のように仕える強者に惚れこんでいたのだと。だからこそ命すら構わず差し出せるのだと。
一族に抱いていた疑問が解消したピーランの視界は広がった。全てが別の世界にすら感じられるようになったピーランは、全てブリザラに出会えたお蔭だと本人には口にしないが感謝の気持ちを胸に抱きながら、一族と同様に自分が惚れこんだブリザラを守ることを胸に誓うのだった。
だが一族に対しての疑問を理解し自分も守りたいと思える存在が出来た矢先、もう未練すら無かった強者への憧れが想像しない形で叶うことになりそして以外な人物の口を通して自分が強者であることが認められた。
「私が……強者……だと?」
アキだ。誰がどう見ても強者という立場にあるアキが、ピーランを強者として認めたのだ。思考が追い付かずアキの言葉に戸惑うピーラン。
「ああ、何でお前が突然強くなったのかは知らない……だが、そんな経緯はどうでもいい、今ここに存在するお前は確かな強者だ」
殆ど話したことも無いアキからのダメ押しの一言はピーランの胸に熱い高鳴りを響かせる。
「……ありがとう、お前に……いやお前だからこそ、私は嬉しい……お前の願い聞きいれた……アキ勝負だ!」
自分は何て幸運なんだと思うピーラン。ブリザラに出会わなければ、自分が抱いていた一族への疑問は一生理解できなかったかもしれない。そしてブリザラに出会うことがなれば強者であるアキに出会うことも無く、自分が強者であることも認めてもらえなかったと思うピーランは、ブリザラに出会えたこと、そして強者として自分の前に立つアキに出会えたことに本当に感謝した。だからこそ、ピーランはアキの願いを受け入れるべく、強者として強者を迎え討つ為に構えるのだった。
しかしまるで炎を纏うようにして漆黒から炎のような赤く燃え上がる色へと染まった全身防具を纏うアキから放たれる気配から自分に勝機が無いことは既に悟っていたピーラン。
本来、忍とはその特殊な役目上、自分に勝機が無いと悟れば即座に逃げるか、それが叶わないのならば自分という存在を抹消して死ぬという選択肢しかない。無謀な戦いを挑み無暗に命を散らすのは愚の骨頂と言われていた。
だが今、ピーランは自分を強者と認めてくれたアキの想いを受け止める為に忍びでは無く一人の強者として立っていた。
「……」
「……」
一撃で決めるという両者の気迫によってダンジョン内が静寂に包まれる。張りつめた緊張感を作りだし吐き出す息の音すら煩わしくアキとピーランは呼吸すら忘れ互いの事を見つめる。
何か僅かなきっかけを待ち、両者は力を溜め込む。
(いやいや白熱してる……)
「おりゃああああああああああ!」
「獄炎花、咲き乱れ!」
きっかけというにはあまりに相応しくないふざけた様子の声がアキとピーランの頭に響き渡った瞬間、二人は頭に響く声をかき消すように叫ぶと今自分が持つ最大級の力を乗せた一撃を放っていた。両者共に放つのは炎。アキは赤く染まった全身防具から放出される炎を纏わせた剣による突進突きを、ピーランは無数に咲き乱れさる獄炎花を放った。
(おっととと! 水を差しちゃうよ)
強者二人が繰り出した炎の一撃がぶつかれば周囲は大きな爆発により吹き飛ぶはずであった。
「なっ!」「えッ!」
ダンジョンの頭上から漏れだす大量の水。だがそれはただの水では無く何等かの意思の介入を感じさせる動きで二人の攻撃を一瞬にして無力していく。文字通りふざけた声は二人の攻撃に水を差したのだ。
「……この……どういうことだ!」
「何をする!」
滝のように頭上から落ちてきた水によって水浸しになるアキとピーランは頭に響いたふざけた声の主、創造主に対して怒りを露わにした。
(いやいや、けしかけておいて本当にごめんね、だけど今から伝える話は二人にとって重要な事だと私は思うんだ)
アキとピーランに怒りを向けられても臆することなくヘラヘラとふざけた態度をとる創造主は、重要な話があると切り出した。
「……俺とこいつの戦いを止めてまで重要って……お前言っている意味分かっているのか?」
自分達の戦いを止めてまで、伝えたい内容とはいかほどのものなのか、少しでもくだらなければと創造主を脅すようにアキは滝のように水が降り注いだ頭上に視線を向ける。
「ああ、この男の言う通りだ……私達の戦いを止めるだけの価値が、本当にあるのか?」
アキの言葉に同意するように頷くピーランもまた、アキと同様に水が降ってきた頭上を見上げた。
二人の視線の先にはフードを深く被った男、創造主が立っていた。いや、正確に言えば浮いていると言えばいいのか、アキとピーランの頭上、何も無い空間に立ち二人を見下ろしていた。
(いやいや、高い所から申し訳ない)
そう言いながら高度を下げアキやピーランと同じ視線の高さにまで下りてくる創造主は相変わらずふざけた態度ふざけた声でそう謝罪すると丁度二人の間に立った。
「それで……伝えたいこととはなんだ?」
その声色や喋り方から、常時ふざけているとしか思えない創造主ではあったが、その力をまざまざ体感したピーランは、その口から発せられる内容はとんでもないことのはずだと身構えていた。
「うん、実は今、君達の王様が危ない状況になっている」
「何ッ!」
軽い調子で何とも本当に重要な一言を口にする創造主にピーランの表情は一瞬にして焦りに変わる。創造主が口にした君達の王様とは、十中八九ブリザラのことであるからだ。
「いや……僕もちょっとこの状況は予期してなかったよ……とりあえずすぐに王様の所に向かったほうがいいと思うよ」
ブリザラの身に危険が迫っているというのにそれでもふざけたような態度は変わらない創造主。
「お前との勝負は一旦お預けだ、ブリザラの下へ向かうぞ!」
創造主のふざけたような様子に怒りを覚えながらも、今はそんなことに構っている暇はないと慌てながらアキにこのダンジョンから出ることを提案するピーラン。
「……そうか……」
「……?」
少し俯き影を落とした表情でピーランの言葉に頷くアキ。
戦いの場では怒りかもしくは狂気に近い笑顔を浮かべることが多く、平時は殆ど機嫌が悪そうな表情をしているアキ。それがピーランが抱くアキの印象だった。だが今のアキは僅かに寂しそうな表情を自分に向けていなかったかと思うピーラン。
「わかった、だが少しまて、俺はクソ創造主に聞きたいがある」
「あ、ああ……」
珍しく聞き分けのいいアキは、だが少し待てとピーランに言うと自分の前に立つ創造主に視線を向けた。
「……クソ創造主」
「はいはい、なんでしょう?」
自分を呼ぶアキの声に軽い様子で答える創造主。
「俺の試練はどうなる?」
このダンジョンにアキが潜った目的、それは自我を持つ伝説の武具を持つ者に課された試練を行う為。
「まさか有耶無耶にしたりしないよな? どうなんだ?」
試練を行う為わざわざ面倒な砂漠を進みこのダンジョンに潜ったアキは、ここで合否を決めろと言わんばかりに創造主に対して圧をかける。
「ご心配無く、第一段階の試練は合格です、あなたは赤竜の力を得ました」
「はぁ?」
情報量の多い創造主の言葉に思わず声をあげるアキ。
(まあ、詳しいことはおいおい説明します、それよりも今はすぐにでもムハードに戻ったほうがよろしいのではないでしょうか?)
「……チィ!」
この場で自分に対して説明する気が無いことがその言葉からにじみ出る創造主に対して露骨な舌打ちで返事を返すアキ。
「も、もういいか? それじゃまずはこのダンジョンから抜けよう」
アキと創造主の会話が終わるのを今か今かと待ち望んでいたピーランは、二人の会話が終わったことを見計らうと、アキにこのダンジョンから出ることを催促した。
「……ああ」
不機嫌そうに短く頷いたアキは自分達が来た道へと踵を返すとダンジョンの口へ向かい歩き出した。その後を追うピーラン。
(ああ、待ってください)
「なんだッ!」
急いで戻ったほうがいいと催促しておいてその足を止める創造主の言葉に、焦りと苛立ちが入り混じった感情を真っ直ぐに向けるピーラン。
(ああ、そんなにイラつかないでください)
苛立つピーランを諭す創造主。しかし常時ふざけた態度の創造主の言葉に苛立ちが収まることは無いピーランは、自分の背後に立つ創造主を睨み続けていた。
(こう見えても私、このダンジョンの管理者ですよ、わざわざ出口まで向かわなくとも私が直接出口……いやいやここはご都合主義で行きましょう、あなた達をムハードまで送り届けましょう)
「「……」」
もう創造主が何を言っているのか理解できないアキとピーランの表情は怒りや焦り、不機嫌を通り越して茫然としていた。
(あー、とりあえず理解は不要です、それではまた近い内にお会いしましょう……ご武運を)
茫然とするアキとピーランに対して説明すること事体を放棄した創造主は次の瞬間指を鳴らす。するとアキとピーランの意識は自分の意思に反して途切れその体はダンジョンから忽然と消えてしまった。
「ふぅ……これで、一応の道筋はできました……色々と現時点では彼に話せないことは多いと思いますが、ジョブブレイカー頼みました」
自分以外誰も居なくなったダンジョンで、先程までとは違う真面目な口調で創造主はそう呟くと、アキやピーランと同様に忽然とその姿を消すのであった。
ガイアスの世界
獄炎花咲き乱れ
秘伝書も生み出した者も今はこの世におらず、習得不可能とされる獄炎花を習得することに成功したピーラン。しかしピーランはそれにとどまらず獄炎花を連続発動することで、新たな忍術として生み出した。
それが獄炎花咲き乱れである。花のような炎が幾つも対象の近くで咲き乱れ炎の中に巻き込む忍術。炎の花に捕まった対象は咲き乱れる炎から逃げられず焼き尽くされるという何とも酷い忍術である。




