もう少し真面目で章(アキ編)5 迷宮の守護者
ガイアスの世界
盾士イヴォーク
サイデリー出身のイヴォークは、幼い頃から盾士に憧れていた。決して恵まれた体格はしていなかったが、大人になったらサイデリー王国を守る盾士になるのだと幼い頃からそれを目標にして生きてきた。
その夢は叶ったが、直ぐにイヴォークは大きな壁にぶち当たった。周囲の者達に比べ自分は明らかに盾士としてのセンスが無い事を自覚してしまったからだ。
しかしイヴォークはそれで諦めるような男では無かった。センスが無いのであれば努力を人一倍すればいい。そう考えたイヴォークは訓練の鬼となった。仲間達が寝静まった夜に一人で盾士の訓練を続けたのだ。暇があれば兎に角訓練。だがその訓練内容は闇雲なものでは無く、キッチリと計算されたものであった。
後にその訓練は盾士達全員の共通訓練となって行く。その実績が買われたイヴォークはティディの部隊に配属されることとなり今に至る。
既に上位盾士たる十分な実力を持っており、ティディからも上位盾士になることを勧められているようだが、自分はまだまだですと頑なに上位盾士になることを拒んでいるという。
もう少し真面目で章(アキ編)5 迷宮の守護者
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
まるで誰かが道案内でもしているかのようにアキが進む通路には灯りが灯って行く。脇道も無くただ一本続くその通路を迷宮やダンジョンと言っていいのかは分からないが、しかし雰囲気は下位ダンジョンよりもそれらしい雰囲気を漂わせていた。
そんな一本道のダンジョンを進んで行くアキの後を追うのは周囲に溶け込むようにして姿を消しているピーラン。アキに気付かれない一定の距離を保ちながらピーランは、アキの後を追いかけていた。
地上の砂漠とは違い、体の芯をも凍りつかせる程の冷気が広がるダンジョン。防寒耐性の付いた黒装束を身に纏っているピーランだったが、それでもダンジョンから流れてくる冷気は、確実に体力を奪っていった。
だがこのダンジョンがピーランから奪うのは体力だけでは無い。迷宮やダンジョンには必ず存在している魔物。その魔物の存在がピーランの気力を確実に蝕んでいたのだ。
決してピーランの実力が低い訳では無い。本来は暗殺や偵察などを得意とする忍と言われる特殊な戦闘職に就いているピーランではあるが、その実力は下級や中級のダンジョンに存在する魔物ならば一人でも問題無く倒すことができる実力を備えている。
しかし迷宮ともダンジョンとも言えない一本の通路という構造をしているその場所には、ピーランが対峙したことが無い強力な力を持った魔物が生息していた。魔物とすれ違うだけで体力や気力が持っていかれる程にこのダンジョンの魔物の強さはピーランにとって桁違いであり一瞬でも行動を見誤れば待っているのは死であった。
だが明らかに自分の実力に見合わないダンジョンであるにも関わらずピーランはアキを追う事を止めない。既に己の心はこの場から逃げ出したいと叫んでいる。しかしそれでも歩みを止めずアキを追う事を止めないのは、ピーランの心の中に大きな支えがあるからだ。
ブリザラを一日独占できるという自我を持つ伝説の盾キングから提示された報酬、それを心の支えとして実力に見合わず一瞬でも気を抜けば命を落としかねないダンジョンの中、ピーランはアキを追い進んで行くのであった。
だが幸いにもピーランは、この過酷なダンジョンを生き抜く術を持ち合わせていた。忍が得意とするのは暗殺や偵察。そのどちらも自身の姿を隠すことで発揮できる行動であり、当然忍は自身の姿を隠すことが出来る技を持っている。周囲の景色に溶け込み姿を隠す技、隠形である。
姿は愚かその気配や臭いまで断ち切る隠形は、気配に敏感な魔物や鼻が効く魔物であっても感知できなくなる。
更に言えばピーランが纏っている黒装束はただ防寒性が高いだけでは無く、隠形を飛躍的に高める効果も持っている。隠形と黒装束の効果を用いれば、上級ダンジョンに生息する魔物であっても不用意な動きをしなければ気付かれる心配はなかった。
ただ一本道が続くだけのダンジョン。進むだけならばこれほど簡単なダンジョンは他にはないが、実際はそう簡単なものでは無い。一本しか道が無いということは、隠形のような身を隠す技を持たない限り魔物との戦闘は絶対に回避できないということである。常に戦闘状態を強いられるこのダンジョンに置いて、ピーランのように常に自分の体を隠す技で魔物をやり過ごすか、正面から波のように押し寄せてくる魔物を全て倒していくという二択しかない。
その二択に置いて、押し寄せてくる魔物を倒し続けているのが、ピーランが追っているアキであった。
先程習得した複数射撃を既に涼しい顔で放つアキは、向かって来る魔物達を圧倒的な殲滅力で近寄らせなかった。
『彼女、頑張りますね』
人や魔物の目を欺く隠形状態にあるはずのその姿を捉えているクイーンは、後方から一定の距離を保ちつつアキを追っているピーランの姿に驚きと称賛が混じった声をあげた。
『キングの指示で彼女がマスターを追ってきたというのは確信していますが……どうして彼女はキングの指示を受け入れたのか……彼女の立場上キングの指示を受けるとは思えないのですが……』
クイーンはピーランをこの場に向かわせた存在が自我を持つ伝説の盾キングであると確信していた。しかしサイデリー王のお付兼護衛を任されているピーランがブリザラの下を離れるとは思えなかった。ならば他の理由、例えばピーランがアキの身を心配して自分の職務を放って追ってきたのかではないか考えたが、その考えは一瞬にして自分の中で否定するクイーン。そもそもこの二人には接点と呼べるものが一切ないからだ。同じ空間にいたことはあっても自己紹介は愚か会話もろくにしたことがないのである。更に言えばクイーンはピーランが絶対にこの場に来るはずがないという確証を持っていた。
一見その態度や言動、過去の出来事からピーランという人物が与える印象は不真面目に思える。しかし実際は自分が与えられたサイデリー王のお付兼護衛という役目に真摯に向き合い、しっかりと役目をこなし時には与えられた役目以上の事をやってのける真面目な人物であるとクイーンは分析している。
そんな彼女が自分の役目を放ってまで何の接点もないアキを追ってこのダンジョンにくるはずがないとピーランの行動に違和感を抱いていたクイーン。
「……ふん、どうせキングがあの女に交渉でも持ちかけたんだろう」
『交渉?』
再び首を傾げるような声をあげるクイーン。
「簡単な話だ、あの女はペーネロ……いや、ランギューニュの魅了に支配されている」
恩人であり憎む相手でもある男の名を口にしかけたアキは、少し表情を曇らせながらその男が現在名乗っている名に言い直しピーランが魅了にかかっていることを口にした。
「……おおかたあの盾野郎がランギューニュにかけられた魅了を解呪してやるからとあの女をそそのかしただろう」
『なるほど、確かに私達が持つ能力なら魅了を解呪することは可能……それなら今の行動も不自然じゃない』
当然ピーランとキングの間で交された密談の内容を知らないアキは憶測で語ることしか出来なかったが、その憶測を聞きピーランの不自然な行動に納得がいったクイーン。
「……」
おおよそ自分の憶測は間違っていないと思いつつも、何か引っかかりを感じるアキ。クイーンが分析したようにアピーランが本来は真面目な性格の持ち主であることは、アキもブリザラのお付兼護衛という役目を全うするその姿を見て理解していた。
常にブリザラを気遣い動く姿はまさに王に忠誠を誓った者のそれに当てはまる。そしてその忠誠とは別にブリザラとピーランの仲が王とお付兼護衛だけの関係ではないことを察していたアキは、ピーランが果たして自分にかけられた魅了を解く為だけにブリザラの下を離れるかと考えていた。
「……」
しかし考え所で現状ではあまりにも情報が無く考えること事体が無意味であると考えるアキ。
「今はそんなことよりも試練だ」
ムハード砂漠地下にあるダンジョンにアキが足を踏み入れたのは、自我を持つ伝説の武具の所有者として、このダンジョンの試練を乗り越え今よりも強くなる事。今はそれ以外の事を考えている場合では無いと思考を切り替えたアキはダンジョンの最奥にいるだろう何かとの邂逅に全神経を集中させた。
「とは言え……試練とは名ばかりか? さっきから何一つ変わらない……」
かれこれダンジョンに潜って数十分は立つが、一向に状況は変わらない。一本道を進み波のように現れる魔物を倒すだけ。魔物に歯ごたえがあればまだ無駄な事を考えずに済むのだが、同じことの繰り返しで流石に飽きてきたアキがクイーンと雑談に花を咲かせてしまうのも仕方がない事ではあった。
『マスター、気を緩めてはいけません……ここは自我を持つ伝説の武具の所有者を試す試練の場……何が起こるかわかりません』
「そう言うけどな……ッ!」
クイーンの優等生な発言に対して眉間に皺を寄せたアキその瞬間、クイーンが今し方口にした何が起こるか分からないという言葉が現実となった。突然何かがアキの頬をかすめたのだ。
『マスター!』
「ああ、ようやっと歯ごたえがありそうな奴が現れた!」
アキの頬をかすめたのは、波のように襲ってきた魔物の一体であった。しかしそれはその魔物自信の意思による攻撃では無く何かに吹き飛ばされるようにしてアキに向かってきたものであった。
《グゥフゥゥゥゥ》
口から発する息が白く立ち込め低い唸りをあげるそれは、自分の足元にいる小さな魔物を鷲掴みにするとそのまま振りかぶってアキへ目がけ投げた。その速度は尋常では無く放られた魔物はその速度に抗えず全身の骨が砕け肉の砲弾となってアキを襲う。
「おいおい、流石の俺もその攻撃は引くぜ」
肉の砲弾となった魔物を軽く避けたアキは、そう言いながら目の前に現れた牛頭の巨大な魔物に視線を向けた。
『牛頭鬼……当然通常のダンジョンに存在するものとは異なりこのダンジョン特有の強力な力を持った個体です』
目の前に現れた通常の個体よりも三倍以上の大きさである牛頭鬼の説明をアキにするクイーン。
「だろうな……おっと!」
間髪入れずに足元の魔物を掴み投げてくる牛頭鬼の視線はアキを見つめている。
「あの馬鹿デカい牛頭鬼には仲間意識ってもんが無いのかね」
息を付く暇も無く次々と魔物を掴み投げてくる巨大な牛頭鬼の攻撃を躱しながらアキは牛頭鬼の仲間意識について語る。
(お前が仲間意識を語るのか?)
アキの言葉に耳を傾けていたピーランは、すかさずその言葉に心の中で突っ込む。
【グゥモオオオオオオ!】
いくら投げても当たらない状況に癇癪を起す巨大な牛頭鬼は、足元にいる魔物達を次から次へとアキに投げつける。
「ヒィ!」
牛頭鬼から放たれる肉砲弾を全て躱し切るアキ。その後方で悲鳴が一瞬響いた。アキ投げられた肉砲弾の一つがピーランの顔をかすめたからだ。その肉砲弾は地面にぶつかり跡形も無く肉片を飛び散らせる。
(……私が知っている牛頭鬼とは段違いだ……)
思わず口から漏れ出た悲鳴を両手で押さえつけながら壁にぶつかり跡形もなく飛び散った肉砲弾を見つめてしまったピーランの表情は青くなる。
迷宮の守護者と言われる牛頭鬼は、ダンジョンと言えばと言われる程ダンジョンに出現する魔物の代名詞とも言える存在である。ダンジョンによって、体色が異なったり所持している武器が違ったりと様々な亜種が確認されており、ダンジョンでは頻繁にお目にかかれる魔物であった。
しかし迷宮の守護者と言われる割にその戦闘力はあまり高く無く新米であっても数人、ダンジョンに出現する魔物との戦闘に慣れた熟練者ならば、一人でも比較的安全に倒せる魔物として本来は認知されている魔物であった。
ブリザラのお付兼護衛役になる前まで忍や盗賊として生きていたピーランは、ダンジョンに潜る機会が何度かあり当然、牛頭鬼と対峙したことも幾度もあった。
しかしピーランが今目にしている牛頭鬼は記憶しているそのどれとも違っていた。巨大な体躯の中でも大人の人間一人分程の筋骨隆々な腕は圧倒的存在感を生み出しその剛腕から放たれる攻撃は、他の牛頭鬼を圧倒している。まさら迷宮の守護者として相応しい強さを持っていると言える。
(あんな攻撃を受けたら……確実に死ぬッ)
もう少し位置がずれていれば壁にぶつかり肉片が飛び散った魔物と同じ末路を迎えていたと想像してしまったピーランの表情は恐怖で曇る。
「なぁ、まさかあの馬鹿デカい牛頭がこのダンジョンの主って訳じゃないよな?」
ピーランにとって絶望以外の何物でもない巨大な牛頭鬼。しかしそれもアキにとっては波のように押し寄せてくる他の魔物と同じなのか、一切表情に焦りが見えない。
『いえ、これはまだ序の口、先に行けば行くだけ強い魔物が現れると私は考えています』
(な、何だと! あれ以上の魔物がこれからまだまだ現れるのか!)
クイーン名のその言葉に恐怖を通りこし驚愕するピーラン。
「そうか、なら素早く終わらせよう」
そう言うとアキは手甲と一体化していた弓の形状を変化させ黒い剣へと変化させる。
「流石に弓にも飽きた、牛頭はこれで倒す」
そう言うとアキは走り出した。波のように襲って来る魔物達を物ともせずその黒い剣で次々に斬りさきながら、あっという間に巨大な牛頭鬼の懐に飛び込む。
【グゥモオオオオオ!】
何が起こったのか理解できないといった様子の牛頭鬼は自分の足元に突然現れた人間に魔物を掴んだままの腕で殴り掛かった。
巨大な牛頭鬼の拳が地面に突き刺さるとダンジョンが僅かに揺れた。巨大な牛頭鬼の手の中にいた魔物は当然トマトのように握りつぶされその肉片が周囲に飛び散る。しかしそこにアキの姿は無い。
「遅いな」
巨大な牛頭鬼の拳を軽く躱したアキは、黒い剣を流れるように垂直に振う。
『グゥ、グウモモモモモオオオオオオオオ』
ダンジョン内に響き渡る巨大な牛頭鬼の雄叫びのような悲鳴。アキが垂直に振った黒い剣は、巨大な牛頭鬼の右腕を引き裂いていた。大量の血液が噴き出した右腕を庇いつつ後方へ一歩二歩と下がった巨大な牛頭鬼は、腰に吊るしていた人間からすれば特大剣程の大きさの剣を左腕で抜くとそのままアキの頭上にその剣を振り下ろした。
「力比べでもするか?」
頭上に振り下ろされる巨大な剣に黒い剣の刃を合わせるアキ。質量的に考えれば、圧倒的に
有利なのは巨大な牛頭鬼。だが両者の刃がぶつかりあった瞬間、砕け散ったのは巨大な牛頭鬼が持つ剣であった。
【グゥモォ?】
何故だというように明らかに戸惑いを見せる巨大な牛頭鬼。
「力比べは俺の勝ちだな」
勝ち誇ったような表情を浮かべるアキはそう言うと黒い剣を横に一閃するアキ。
【ぐぅ……グゥモフッ!】
次の瞬間、巨大な牛頭鬼 (ミノタウロス)は吐血するとその首が地面へと落下した。
『お見事でした』
アキの一連の動きに称賛を贈るクイーン。
「よし、先に進むぞ」
一瞬の苦も無く巨大な牛頭鬼を倒したアキそう言うと黒い剣を再び弓に変化させ周囲にいる魔物を一瞬で一掃しながら一本道を進んでいく。
(……)
一瞬と言っていい程の時の中で、巨大な牛頭鬼を倒したアキに言葉を失うピーラン。
(あいつ……本当に人間なのか?)
転がる頭と体が切り離された巨大な牛頭鬼。その周囲には幾十にも及ぶ魔物の死骸。状況を知らない者が見れば、それが一人の人間によって作られた光景だとは誰も思わない。
(……こんなの一人で戦争をしているようなものだ)
その光景は一人の人間がやったというにはあまりにも人間離れしたものであった。
伝説の武具を一つ手に入れれば、国を相手に戦うことが出来る。これは伝説の武具の凄さを言い表す定番の決まり文句の一つである。しかし実際世に出回っている伝説と呼ばれる武具は、確かに強力な力を持っているが国を一つ相手にできる程の力はない。せいぜい五十人が良い所だろう。
だがアキが纏う自我を持つ伝説の防具は違う。定番の決まり文句通り、確実に国一つを相手に出来る力を持っている。
(ブリザラ……)
何より自我を持つ伝説の武具の所有者であるアキ自体の戦闘能力が桁違いだと感じたピーラン。
(あの男を一人にしたのは、間違いだったかもしれない)
ピーランはこのダンジョンで遭遇した魔物以上の恐怖をアキから感じていた。
ガイアスの世界
迷宮の守護者
迷宮の守護者という言葉を聞くと、ダンジョンの最奥にいるボス的存在を想像しがちであり、それは間違いではないが、ガイアスでは違う意味を指す言葉でもある。
それが牛頭鬼である。牛の頭を持ち体は人間のような姿をした魔物で、ガイアスのどのダンジョンでも遭遇することが出来る魔物である。どのダンジョンでも遭遇する為、冒険者や戦闘職から牛頭鬼は迷宮の守護者と呼ばれることが多い。
しかし実際、そこまで戦闘力は高く無く熟練者であれば、二、三体同時に襲って来ても問題なく倒せる程だという。各地のダンジョンによって、体色や体格に違いがあり、持数多くの亜種が存在している。
牛頭鬼はダンジョン限定の魔物であるようで、外では一切の目撃例がない。なぜ外にそは存在しないのかは分かっておらず、牛頭鬼の最大の謎とされている。




