もう少し真面目で章(ブリザラ編)5 始まる悪意
ガイアスの世界
同化したテイチとウルディネの意識。
一つの肉体に二つの自我が存在している状態にあったテイチとウルディネ。テイチとウルディネの相性がよかったからなのか、それとももっと他に要因があったのかは定かではないが、時より二人の自我は重なり合うようにして同化していたことがあった。
テイチはウルディネと自我を同化させることで様々な知識を得てその精神を成熟させていったのだが、その事をウルディネは知らず未だにテイチを幼い少女だと思っている。だからこそ彼女は知らない。テイチに対して秘密にしている事を既に知識としてテイチが知っていることを。
もう少し真面目で章(ブリザラ編)5 始まる悪意
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
夕陽が完全に沈み、夜を支配する月がムハード国の頭上に昇り始めた頃、港の一角で男の悲鳴が響き渡った。
「何事だ!」
港の酒場で今後のムハードについて話し合っていたサイデリー王国専属職、最上級盾士ティディは座っていた椅子から腰を上げ立ち上がると、周囲の盾士達に状況を確認にした。
「わ、分かりません……」
ティディと同じテーブルに座っていた盾士の一人は困惑した表情を浮かべながら顔を左右に振る。
「なぁ……今の悲鳴って今港の見回りをしている……」
「ティディさん私いきます」
同じテーブルに座る別の盾士が表情を曇らせながら悲鳴の主の名を口にしようとした瞬間、ティディや盾士達と同じテーブルに座っていた一人の少女は自分やティディ達が座っていたテーブルを飛び越えながらそう言葉を残し酒場の出入り口へ走り出した。
「ま、待ってください……ブリザラ様……もおおおお! ……お前達ブリザラ様の後を追え!」
少女の名を叫ぶティディ。しかし少女には届かず、思わず女性らしい呻きを上げ頭を抱えたティディはすぐに自分の部下である盾士達にブリザラを追うよう指示を飛ばした。
「「「「は、はい!」」」」
ティディの声で我に返った盾士達は慌てて酒場を出て行った。
「はぁ……全く、あの人は未だに自分が王である自覚が薄い……」
酒場を飛び出していった少女、サイデリー王国の王ブリザラの王らしからぬ行動にティディは深いため息を吐いた。
サイデリーにいた頃よりは落ち着いたというのが今自分達がいるムハード王国で再会した時にティディがブリザラに抱いた印象だった。サイデリーからブリザラが旅立って数週間しか経っていないが、その僅かな期間でも旅は人を成長させるのだと思った矢先のその行動にティディは何か幻でも見ていたのではないかと目頭をつまんだ。
「いや……むしろ酷くなっているか……全てはキング殿を手にしてから……」
サイデリー王国の先代の王が亡くなってからしばらくしてティディが氷の宮殿に顔を出すと、サイデリーの王位を継承したブリザラはいつの間にか自分の体よりも大きな特大盾を背中に背負うようになっていた。
まさかその時の特大盾が自我を持つ伝説の盾であるなど知る由もなかったティディは、王位を継承したばかりで心が安定していないのだろうとブリザラのその姿に口を挟むことはなかった。周囲にいた者達もティディと同じ気持ちだったのか誰一人として背中に背負われた特大盾について尋ねる者はいなかった。
しかし特大盾を背負うようになってからブリザラに変化が現れた。突拍子もない事をするのは今までと変わらないが、その行動一つ一つには王としての自覚、信念のようなものが見えるようになってきたからだ。
自分の命を狙われ、周囲の者達が春の式典の開催を中止しようと言いだした時、一人開催中止に反対をした時のブリザラには特に王としての信念が強く出ていたと思うティディ。まさかその王の信念、王としての自覚を持たせた正体がブリザラが背負っていた特大盾、自我を持つ伝説の盾だと知った時はティディも驚くことしか出来なかった。
しかし王としての自覚が芽生え始めたと聞こえはいいが、ブリザラの性格や行動に変化があった訳では無く王としての信念、自覚を持ったまま突拍子もないことをするという更に手に負えない状況を作りだし周囲にいる者達の気苦労を増加させる結果となった。
だがブリザラのその行動はキングを持つ前から一貫して全て国に住む人々の為であることをティディは知っている。いやティディだけでは無く気苦労が絶えない周囲の者達全てがブリザラの突拍子もない行動の理由を知っている。だから強く咎めることが出来ないのだ。
そしてブリザラのその突拍子もない行動は今、国内だけでは無く他の大陸にまで向けられている。既にお節介の領域を飛び越えていた。しかしそれすらもブリザラの人となりを知っている者ならば納得出来てしまう。ブリザラを突き動かしているのは底知れない優しさから来るものだと皆知っているからだ。
だからこそ今回、遠く離れたムハード大陸からブリザラが連絡をしてきた時も皆驚きはしたが、ブリザラのしようとしている事に誰一人として反対は愚か疑問を浮かべる者はないかった。
「ブリザラ様……あなたの優しさは本当に底が知れない……このままいけばこのガイアス中を……」
「ティディ最上級盾士!」
想いにふけていたティディに部下である盾士の声が響く。
「何だ?」
部下である盾士の我に返ったティディは最上級盾士の表情に戻すと返事をした。
「どうやら……賊がこのムハードに侵入した模様です」
盾士の部下の報告に表情を鋭くするティディ。
「……分かった、私も出る」
「ハッ!」
ティディの言葉に返事をする部下と共にティディは酒場から飛び出していくのであった。
― ムハード国 港 ―
『理由が分からないが私の感覚には何も反応が無い、気を付けろ王』
敵の攻撃から自分の所有者を守ることを使命の一つとしている自我を持つ伝説の盾キング。当然敵を察知する能力は精密で、離れた距離から攻撃してくる相手であっても例え目に見えないような小さい相手であっても即座に察知することが出来る。人間の体に取りつき病気にするとされる細菌すらブリザラの体に入ることは出来ない程にキングの察知能力、防御能力は優れている。しかしそんなキングすら察知できない状況が今ムハード国では起っていた。
『……こんなことが出来るのは……』
自分の察知能力を凌駕する存在、キングは自分が知る中でそんな事が出来る者は二人しか考えられなかった。
「今はそんな事よりも悲鳴を上げた盾士に何があったのかを確認するのが大事……あの声は……いつも優しい笑顔をしているイヴォークさんだった」
日々突拍子もない行動で周囲を驚かしてきたブリザラ。それは全て彼女が持つ底なしの優しさによるものであるが、ブリザラが周囲を驚かしてしまう突拍子もない行動をとってしまう理由がもう一つあった。
それはブリザラの家系、サイデリー王国王家の血筋は皆ある特殊能力、『瞬間記憶』と言われるものであった。
通常『瞬間記憶』と言えば見た光景を一瞬にして記憶してしまうことを言うがブリザラのそれは通常の『瞬間記憶』とは違い人物に限定されている。一見、通常の『瞬間記憶』よりも劣っているように思えるが、初めて見た人の顔は即座にブリザラの頭の中に記憶され人物の情報を知れば名前、職業、その人物の家族構成、そのた諸々全てがブリザラの記憶に刻まれるというもので対人関係において強い効果を発揮するものである。
現在ブリザラの頭の中にはブリザラが旅立つ前までのサイデリー王国に住む全ての人々の顔と情報そしている。それ所かムハード国の人々の半数、更にはムハード国の周囲に存在する全ての国々の王の情報、その側近の顔、自分を道案内してくれたメイドの顔までもがその頭の中には刻まれている。
ムハード国に攻め入ろうとしていた国々に交渉をもちかけその全てを成功させたのは、ブリザラが持つ『瞬間記憶』によるものであった。
通常の『瞬間記憶』とは異なるブリザラの『瞬間記憶』は、ブリザラの家系、先代や先々代のサイデリー王にも備わっていたもので、現在のサイデリー王国の繁栄があるのは、この『瞬間記憶』のお蔭とも言える。
一度目にした人物の顔は忘れない。そしてその人物の情報をより深く知れば知るほどブリザラにとってその人物はただの他人では無くなって行く。ブリザラにとって自分の頭に記憶された人物は皆全て知り合いなのである。知り合いに何かあれば助けようとする、これは人間の持つ感情としてなんら不思議では無い行動である。その知り合いがブリザラにとっては村単位、町単位、国単位で存在しているだけのことである。
だが普通の者ならばあちらこちらに困っている知り合いが現れれば、いずれ手が回らくなり助けられなくなっていく。その事に責任を感じる者であれば気が狂ってもおかしくはない。そしてそれは確実にブリザラに当てはまることであった。底知れない優しさを持つブリザラはいずれ自分の特殊能力とその優しさによって心を潰されてしまう。
『……』
本来ならば知らなくても問題ない一盾士の名を知っているブリザラにそんな不安をキングは抱いていた。
「兎に角、イヴォークさんはこっちで間違いないんだよねキング」
『あ、ああ……』
その人物の顔や名前などは記憶していても、その人物が今どこにいるかまでは流石に分からないブリザラは、生物の反応や気配を察知することが出来るキングにイヴォークの居場所を再度尋ねた。
『……生命反応が弱っている……急いだ方がいい』
「……くぅ……」
キングの正直な言葉に表情が曇るブリザラ。周囲に漂う得体の知れない緊張感、常に何かに見られているようなしかしまるで幻のようにその視線を手繰ることが出来ない感覚を全身で感じるブリザラは、命の危機が迫っているイヴォークの場所へ向かいその足を速めるのであった。
「はぁはぁ……何て速さ」
「俺達よりも遥かに大きい特大盾を背負っているのに、何でブリザラ様はあんなに早く走れるんだ」
日々、厳しい訓練によって人間の子供ほどの重量がある大盾を軽々と振いサイデリー王国を守護する盾士。そんな盾士達ですら自分達よりも大きく重量のある特大盾を背負ったブリザラの足の速さには舌を巻くしか無かった。
しかしなぜ厳しい訓練を日々続けている盾士以上にブリザラは早く走れるのか、それには二つの理由があった。
一つは自我を持つ伝説の盾キングの存在にある。キングは自身の形状や重量を自由に変化させる能力を持つ。従い急がなければならない時は重量を軽く、巨大な魔物を相手にした時や重い攻撃に対しては重量を重くして吹き飛ばされないようにと所有者の状況に応じて形状や重量を変化させるのだ。
しかし現在キングは自身の重量や形状を一切変化させてはいない。その足の速さは、ブリザラ自身の身体能力によるものであった。そしてブリザラのその身体能力こそが盾士が舌を巻くほどの足の速さの二つ目の理由であった。
ブリザラはキングの所有者になってから盾士としての訓練を欠かさず続けていた。キングがいることで受ける様々な恩恵の影響もかなりあるが、ブリザラの日々の努力は『身体能力強化』という特殊能力という形で現れたのである。
特殊能力には先天的な物と後天的な物が存在する。先天的な物は生まれながらに持つ物で、例えその素養があったとしても開花しない場合が多く、特に人間はそれが顕著である。更に人間は先天的に特殊能力を持って生まれるのは珍しいとされている。
方や後天的な特殊能力は肉体全般の物に限れば鍛えていけば誰でも得ることは出来るもので、筋力を重視した訓練を続ければ『筋力強化』、脚力を重視した訓練を続ければ『脚力強化』と言ったように鍛えた事に関しての特殊能力を得ることが可能である。
そしてブリザラが得た『身体能力強化』という特殊能力は肉体強化系の特殊能力でも最上位に位置するものであった。
その特殊能力を(スキル)のお蔭でブリザラは、キングという超重量の特大盾を背負いながらも日々訓練で鍛えているはずの盾士よりも早く走ることが出来たのである。
「ッ!」
盾士達を置き去りにしイヴォークの下へと向かうブリザラの足が突如として止まる。
「イヴォークさん!」
ムハード国の港にある住民区の一角でボロボロになったイヴォークの姿を見つけたブリザラは声を張りあげる。
「うぅぅ…… ハッ! ブリザラ様ここに来てはいけません!」
自分の名を呼ぶブリザラの声に反応したイヴォークは声を振り絞りこの場が危険であると叫んだ。
「ッ!」
次の瞬間、何も無い所から刃が現れブリザラを襲う。
《何ッ!》
「そこッ!」
突然何も無い所から現れた刃をキングで防いだブリザラは、そのまま刃をキングで押し付ける。
「うごぉ!」
すると潰れたような声と共にその場には気絶した黒いフード付マントを纏った男が突然姿を現した。
『王よ、今の攻撃……いやこの輩の気配が分かったのか?』
ブリザラの咄嗟の行動に驚きの声をあげるキング。
「うん、何となく」
そう呟くブリザラの目は紅に染まっていた。その紅に染まったブリザラの目は見えざる敵を見つめているようにもみえる。
今までブリザラに向けられた攻撃は全てキングが防いでいた。それは自我を持つ盾としてのキングの役目であり、盾としての存在意義でもある。ブリザラからすればキングという存在は何もせずとも自分を守ってくれる自動防御のようなものであった。
しかし今は状況が違う。本来ならば敵の気配や僅かな動きによってその状況に最も適した最適解の防御を展開するキングであったが、現在その探知能力は何故か殆ど機能しておらず敵の攻撃に対してキングの反応は出遅れていた。しかしそんな状況の中ブリザラは最適とは言えないまでもキングが探知できない敵に反応し防御を展開しその上、盾撃をその敵へ繰り出していた。
《……更に王の目は成長しているのか……》
その兆候は以前からあった。危機に直面したり守らなければならない状況になった時、必ずブリザラの目は赤みを帯びた色に染まっていた。その状態になったブリザラは通常では考えられない程の動きを見せるのだ。それは幾度も経験するうちに以前よりもはっきりと濃く現れるようになった。最初は薄い赤色をしていた目は今でははっきりとした紅へとなっている。その色の変化はまるで様々な経験を経て成長しているようにキングには思えた。
「兎に角今は私がなんとかしてみる、キングは出来る範囲で援護して」
自分の力を自覚しているのかしていないのか、ブリザラはそう言いながら倒れているイヴォークの下へと走り出した。
『あ、ああ……分かった』
所有者を守る存在として敵の気配を察知することが出来ず役に立てない自分にもどかしさを感じるキングはそう返事をすると自身の形をブリザラが動きやすい形状へと変化させた。
「イヴォークさん立てますか?」
「わ、私のことはいいです、ブリザラ様すぐにここから逃げてください!」
ブリザラの言葉に耳を貸さずこの場所が危険であることを再度告げ逃げるようにと叫ぶイヴォーク。
「大丈夫です、絶対に私が守ってみせます!」
しかしブリザラもまた殆どイヴォークの言葉に耳を貸さない。
本来ならば守らなければならない存在である王。しかし今はその王が盾士である自分を守っている。そんな状況を前にイヴォークは盾士としての存在意義を見失いそうになる程の情けなさを感じた。
「ッ! 」
突然何も無い場所から現れた二本の刃がまるでハサミのようにブリザラの首を狙う。しかし左右から迫る刃を物ともせず横に広がった形状になったキングで防ぐブリザラ。しかし次の瞬間、左右から現れた刃は黒い光を放つ。
『王、離れろ!』
左右から襲った刃が黒い光を放った瞬間、キングの叫びを聞いたブリザラは左右の刃を振り払い、倒れたイヴォークを片手で担ぐとすぐさまその場から離れる。すると黒い光を発した二本の刃に黒い稲妻が落ちる。黒い稲妻は今までイヴォークが倒れていた場所を一瞬にして消し炭にした。もしブリザラが咄嗟にイヴォークの体を抱えその場を離脱していなければ、イヴォークの体も倒れていた地面と同様に消し炭になっていただろう。
「なあ、へっへへ……凄いなこの剣」
「ああ、へっへへ……凄いぜこの剣」
自分達が手に持つ刃から放たれた黒い稲妻に不気味な笑いをあげながら何も無い場所から姿を現す男が二人。
(隠形?)
何もない場所から突然姿を現した二人の男を見てブリザラは自分が知っている人物が使う技を思い浮かべた。
「中々いい感してるなお嬢ちゃん」
「中々いい感してるねお嬢ちゃん」
息を合わせたように声を揃え自分達の攻撃を全て防いだブリザラを褒める二人の男。その二人の男も先程ブリザラに盾撃を喰い気絶している男と同様に黒いフード付マントを纏っていた。
(双子……)
表情はフードで遮られ伺えないが背格好やその声から二人が双子であると推測するブリザラ。
「俺の名はメンチ」
「俺の名はカツ」
「「砂漠のメンチカツとは俺達のことだ」」
息の合った口上を口にした二人は、その勢いに乗せてイヴォークを担いだままのブリザラに襲いかかる。
「キング全面展開!」
ブリザラがそう口にした瞬間、キングの形状が変化しブリザラを覆い隠す。メンチカツ兄弟の息の合った攻撃がキングにぶつかり鈍い音を響かせる。
「堅い」
「硬い」
目の前に立ちはだかる特大盾に対しそう感想を漏らしたメンチカツ兄弟は、それでも攻撃の手を止めず手に持つ刃を振り続ける。
双子特有の息の合った攻撃はお互いの隙を埋め流れるようにブリザラとキングを襲う。それは互いを信頼しているからこそ、双子という存在だからこそ出来る動きであった。
「キング!」『ああ!』
しかしブリザラとキングは、双子であるメンチカツ兄弟の息の合った攻撃を凌駕して見せた。その動きはブリザラとキングの意思が同化したように一切の時間差無しに行われた。
ブリザラの掛け声に重なるように返事をしたキングの形状は絶対的な防御から攻撃的な形状へと変化していく。
「ガハッ!」「ゴ八ッ!」
絶対的な強度を誇るキングとブリザラの特殊能力、『身体能力強化』の影響で極限まで高まった筋力が重なり放たれた盾撃が、メンチカツ兄弟を叩き打つ。周囲には凄まじい襲撃が走りるその衝撃で周囲の建物は揺れていた。凄まじい威力の盾撃はメンチカツ兄弟の体に直撃した。
本来盾士が放つそれとは明らかに違うブリザラとキングが放った盾撃は一瞬にしてメンチカツ兄弟の意識を断ち切り全身の骨を砕いた。
ブリザラとキングが放った盾撃の衝撃にメンチカツ兄弟は血を吐きながら宙を舞う。
「な、何て威力だ……」
一連の流れを間近で見ていたイヴォークは本来なら有り得ない盾撃の威力と盾士としてのブリザラの才能に驚きの声をあげる。
「はぁ……どうにか片手でもうまくいった」
双子仲良く同時に地面へと落下したメンチカツ兄弟を確認したブリザラは安堵した表情を浮かべる。戦闘が終了した事を告げるように紅に染まっていたブリザラの目は通常の色へと戻っていく。
「イヴォークさん、体は大丈夫ですか? 直ぐにメンバさんとコレルトさんが来ますから後少し頑張ってください」
戦い終えた直後で気が立っているはずだというのにブリザラは自分を追ってこの場に向かっているだろう二人の盾士の名を挙げもう安心だとイヴォークに声をかけた。
「……は、はい……だい……丈夫……です」
そう言った直後イヴォークの体から力が抜ける。
「イヴォークさん!」
力が抜け一切反応を示さなくなったイヴォークに声を張りあげるブリザラ。
『大丈夫だ王よ、気を失っただけだ……とりあえず彼を寝かそう』
「う、うん」
キングの指示でブリザラはそっとイヴォークを地面に寝かせた。
『……傷は酷いが、致命傷は全て避けている……流石盾士だ』
激しい戦闘であった事がその傷からも分かる程にイヴォークの体はボロボロであった。しかしその見た目とは裏腹に傷は全て致命傷を避けていた。そして負った傷は腕や胸、顔だけでありイヴォークの背中には一切傷が無かった。
盾士はサイデリー王国を守護する存在でありその背にはサイデリーの人々の存在があることを決して忘れてはならない。盾士は迫りくる脅威に対して絶対背を向けてはならない事を知れ。
これは盾士がサイデリー王国を守護する存在である事を自覚させる為の心構えであるのと同時に戦闘になった際の盾士としての立ちまわり方を伝える教えでもある。
背中に一切の傷が無い状態のイヴォークが盾士の心構えと教えを守り敵と戦っていたことを知ったキングはイヴォークの盾士としての誇りを称えた。
「……イヴォークさんは努力家だから」
イヴォークが才能ある盾士ではないことは盾士としての訓練成績を見ていて知っていたブリザラ。しかしサイデリー王国を守ろうとする心は誰よりも強く、その想いが努力という形で実力に結びつけた事も知っているブリザラ。イヴォークを称えるキングの言葉にブリザラはまるで自分の事のように満面の笑みを浮かべるのであった。
「ブリザラ様!」
しばらくするとブリザラを追ってきた盾士達が合流した。
「イヴォークさんをお願いします」
意識を失っているイヴォークを他の盾士達に託したブリザラは、縛り上げられたメンチカツ兄弟とその仲間の一人を見つめる。
「ねぇキング……これで終わりって訳じゃないよね……」
そうキングに話しかけたブリザラの表情は何かを察しているようであった。
『ああ、間違いなく終わってなどいない……』
前ムハード王が討たれた事により広がっていた不安と恐怖が消え去ったムハード国。しかし新たな一歩を踏み出した矢先に起ったこの襲撃は、ブリザラとキングに新たな戦いの幕開けを感じさせるのであった。
ガイアスの世界
メンチカツ兄弟
双子であるメンチカツ兄弟は、その息の合った動きで幼い頃から大人を騙し生きてきた。騙すだけならばまだよかったが、自分達の能力が殺しに役立つことに気付いた時、彼らは人を殺すことに魅入られた。
一人また一人と人を殺すごとに彼らの中には騙すだけでは感じられなかった快楽が走った。その快楽に溺れていったメンチカツ兄弟は、自分達の楽園を求め、ムハード大陸で大暴れしていたベンドットと出会うことになったのだった。




