隙間で章 1 交渉が下手な武具商人
ガイアスの世界
ピーランが纏う黒装束
普段はブリザラのお付兼護衛という立場にあるピーランは、メイド服を着用しているが、いつどんな事があっても対応できるよう潜入や暗殺を得意とするヒトクイの国専属戦闘職、忍が好んで着用する黒装束をその下に纏っている。
基本的にこの黒装束は、着用する本人が動きやすいよう戦いやすいように自分で色々と手を加えることが普通で、一つとして同じ黒装束は無いと言われている。
ブリザラがムハード大陸に向かうという話になりそれにピーランも同行することになった際、ムハードの昼夜の気候両方に耐えられるよう新たな黒装束を製作していたようだ。
それでいてしっかりとした防御力と忍の機動性をそこなわない機動性を両立し忍の技、忍術、隠形の効果を最大限に発揮できるよう細工もされているようで、周囲の風景に完全に溶け込むことが可能である。
以外にもピーランは防具鍛冶の才能があるのかもしれない。
隙間で章 1 交渉が下手な武具商人
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
― ムハード王が討たれる数日前 ―
ムハード砂漠の周囲にはオアシスが幾つか存在する。そのオアシスの近くには必ず砂漠を越えるうえで必要になってくる装備や食料、水を販売する村、もしくは町がある。
当然、ムハード国から砂漠へと向かう道なりにもそのオアシスはありその近くには砂漠越えを目的とした者達へ商品をうることを目的とした商業村が存在していた。しかしそれは数十年も前の話。
現在のムハード王が王座に座ってからは、冒険や探索、砂漠を越えて他の国へ行くことが規制された為に、その村の存在理由が無くなり今では小さな湖と木々だけが残る無人の廃村となっていた。なっていたはずであった。
今ではもう砂漠を越える為に必要な装備も食料も水も売られておらず行く意味意味がない無人となった廃村に一人の男がいた。
男は何が楽しいのか笑みを浮かべている。しかしその笑みは仮面のような無機質なものでありどこか不気味な気配が漂っていた。そんな無機質で不気味な笑みを浮かべ続ける男は、廃村の中を歩くとその廃村の中で一番大きな建物に入って行った。
建物の中は、無人であるはずなのにある程度の手入れが行き届き、まるで人が住んでいるような状態であった。しかし一般人が住んでいるような雰囲気は全く無く、建物の至る所には血の付いた剣や防具などが散乱し狂気を孕んでいた。
「……なるほど、話は分かった。だが不安と恐怖でこの大陸を支配しているあのムハード王の首が数日以内に吹っ飛ぶなんて到底信じられない話だ」
無機質な笑みを浮かべる男が入った広間には人がいた。しかもその数は軽く二十は超えている。どう見ても堅気とは思えないその集団の視線からは無機質な笑みを浮かべる男に向けて殺気が放たれている。少しでも不自然な動きをすれば、即殺しにかかるそんな雰囲気が立ちこめていた。だが向けられた幾つもの殺気に対して無機質な笑みを浮かべる男の表情に変化は無くその視線は広間の中央に立つ大柄な男に向けられていた。
「でしょうね、私自身信じられない話です……ですがムハード王の首を狙っている者達は、伝説の武具の所有者……しかもその伝説の武具は特殊な仕様になっているという話です……可能性としては無い話ではないと思いますよ」
自分の話を信じられないと笑い飛ばした殺気を放つ集団のボスらしき男に、更にムハード王の首を狙う者達の情報を伝える無機質な笑みを浮かべる男。
「ほぅ……そりゃまた随分、眉唾な話だな……伝説の武具ってだけでも珍しいのに、その上特殊な仕様になっているときたか……だが、武具の目利きに関して正規の武具商人以上の目を持つ悪名高い笑男、あんたの話だ、頭ごなしに否定する訳にもいかないな」
常に笑顔を絶やさないという商人の心構えを地で行く男、どんな時でも笑顔を絶やさないその姿から、いつからか表でも裏でもそう呼ばれるようになった笑男の言葉ならば信じてやっても構わないと、今では誰も寄りつかなくなったオアシスを根城とする盗賊団、砂漠の殺戮者団長、ベンドットは笑男の話に興味を示した。
「それで、武具商人のあんたがそんな情報を持って俺達に何の用だ?」
しかしベンドットが興味を持ったのは、話の内容では無くその話の内容を自分達に持ってきた笑男のその行動の意味についてだった。以前から何度も武具商人である笑男と武器や防具の取引をしていたベンドットは、いつもの取引とは違う話をしてきた笑男にその真意を単刀直入に聞いた。
「いやいや、もしムハード王が討たれれば、状況が変わりますからね、今みたいにベンドット様達も自由には動けなくなるのではとご贔屓にさせてもらっている私としましては心配になりましてね」
武具商人は、村や町にある武器屋や防具屋とは違い、戦争をしている国を相手に商売をすることが多い。更に言えば笑男のように国だけでは無く、盗賊団などの裏の者達とも取引をする武具商人もいる。そんな裏の取引相手の一つである砂漠の殺戮者の事が心配だと笑男は笑みを浮かべながら口にした。
「ふん、思ってもいない事を白々しく言える」
ガイアス中に取引先があると噂されている笑男が一つ取引先を失った所で痛くも痒くない事を知っているペンドットは、そう口にするとニタリと口を歪ませる。
「本音を聞かせろ、俺達に何をさせたい」
いつもと違う行動をする笑男に何か企みがあることを見抜いていたペンドットは、腹の探り合いなどせず素直に自分達に何を求めているかを尋ねた。
「……流石ムハード王の不安や恐怖に屈指ない己が道を貫くお人……」
無機質な笑みに僅かに狂気が混じる笑男
「……企みと言う程のものでは無いのですが、王無き後のムハード国を更なる混乱に陥れてほしいのです」
「なに?」
それを企みと言わずして何と言うのか、笑男の口から発せられた言葉に僅かな驚きを現すベンドット。
「私の予想では王を失ったムハード国へ手を差し伸べる存在が現れると考えています……そしてムハード国は生まれ変わり……強さだけが正しく、血と殺戮が祝福とされていたムハード国は影も形も無くなる……そうなれば……今までムハード王の不安と恐怖を後ろ盾に暴れまわっていたベンドット様達も仕事がやりにくくなると思うのですが?」
「おう?」
笑男とまではいかないまでも今までご機嫌だったベンドットの表情が鋭くなった。するとその瞬間、ベンドットの部下達の殺気が強くなる。
「……笑男」
「何でしょう?」
張りつめる緊張感。だがそれでも笑男の表情はピクリとも変化しない。
「俺達は一度だってムハード王の影にコソコソ隠れて暴れたことはねぇ……俺達は俺達の自由で暴れている……二度とナメた口をきくな、その顔笑えないようにするぞ」
一睨み。それだけで周囲には強烈な威圧が広がる。
「ああ……配慮に欠けた物言い失礼しました」
そう頭を下げる笑男。しかしその表情は変わらず平然と笑みを浮かべている。
「チィ……」
言葉では詫びを入れたが、笑男が腹の中ではどうとも思っていないことがその表情と態度から見て取れるベンドットは面白くないと舌打ちを打った。
「ですが……ベンドット様達の仕事がやりにくくなるのは明白……そうなれば私の仕事もお手上げになってしまいます……だから私は砂漠の殺戮者の皆さまにこの依頼を持ちかけたのです」
言い方は悪かったがベンドット達の仕事が今よりしにくくなるのは明白と断言した笑男は、そうなれば自分にも影響が及ぶだからと苦笑いを浮かべた。
「ふん、それはおかしいな……笑男、お前は武具商人だ、武具商人の一番の稼ぎ時と言えば戦争だ……ムハード王の首が飛べば、ムハード国は弱体化する、そうなれば周辺の国々が勝手に戦争を始める……俺達がわざわざちょっかいを出す必要は無いだろう」
不安と恐怖でムハード大陸を支配するムハード国。その力は絶大で戦を挑んだ国はことごとく蹂躙、滅亡させられている。しかしそれは全てムハード王の得体の知れない力があってこそだと言うことを知っているペンドットは、その王が倒れればムハード国が弱体化することも当然理解している。そうなれば今まで不安と恐怖を押し付けられ成すがまま蹂躙されていた周辺の国々はここぞとばかりに弱体化したムハード国を攻め込むはずで、その状況は武具商人にとって稼ぎ時のはずであった。わざわざ自分達が手を出さなくても笑男にとっては何の問題も無いのではないかと疑いの目を向けるベンドット。
「確かに、本来ならば別に何もしなくても勝手に戦争になるでしょう……ですが今、この状況化において不規則な存在がいるんですよ」
「不規則な存在?」
「ええ、先程も言いましたが、ムハード王の首を狙っている者達、伝説の武具の所有者達が本来ならば戦争になるはずの状況を止めるはずです……なにせ伝説の武具の所有者の一人は、あのお人よしの国で有名なサイデリー王国の王ブリザラ様ですから……」
本来ならば何もせずとももたらされる利益を邪魔する存在、それがサイデリー王国の王ブリザラであるとベンドットに告げる笑男。
「……なるほど……一国の王が伝説の武具の所有者で砂漠しかないこの大陸にわざわざやって来て不安と恐怖でこの大陸を支配するムハード王を成敗しようとしていると……ふん、どんな冗談だ?」
笑男の話を聞き呆れたような表情を浮かべるベンドット。
サイデリー王国と言えば侵略をせず侵略を許さずというベンドットからすれば吐き気がでるような誓いを立てた国である。だがその誓はサイデリー王国が建国して以来ずっと守られてきた誓いでもある。もし笑男の情報が本当ならば、それはサイデリー王国にとっては大問題である。
例えサイデリーの王が悪政を敷く王を成敗しにきたという大義名分を振りかざしたとしても、結局それは一国の王の命を獲りに来たということ。どんな理由があろうと侵略行為としてみなされても文句は言えないのだ。
何の関係も無い国を救う為にわざわざサイデリーの王自らが今まで守られてきた誓いを破るとは思えないと思ったベンドットは、笑男という存在に不信感を抱いた。
「まあ、確かに信じられないような話ですよね……ですが私の情報が本当だったとしたら、ムハード王がいなくなった後、ムハード国の実権を握るのはサイデリーの王……そうなれば、このムハード大陸は第二のサイデリー王国になる……この大陸から戦争が消え……血も殺戮も無い平和なムハード大陸が誕生する……」
笑男の話は、結果としてベンドット達の居場所が無くなる事を意味している。そうなれば困るのはあなた達ですよといわんばかりに自分を疑うベンドット達を煽る笑男。
「ふん、お前の妄想が当たっていればの話だ、俺達はお前の妄想に付き合ってなどいられない……話は終わりだお帰り頂こう」
ベンドットはもう話を聞く気は無いと笑男との話を終わらせる。
「お前ら、お客のお帰りだ丁重に見送りしてやれ」
ベンドットのその言葉を合図に広間にいたベンドットの部下達は一斉に笑男に襲いかかって行く。
ベンドットの部下達は各々自分が得意としている獲物を一斉に笑男に突き刺した。
「ナメたことを言っているとその顔を笑わせなくするとさっき俺は言った……二度はねぇーんだよ、この道化師が」
自分の部下達が持つ得物で四方から突き刺された笑男を見ながらそう吐き捨てるように口にしたベンドットは、機嫌悪そうに広間を後にしようとする。
「いやいや、武具を売る事しか能がない商人にこの仕打ちとは、流石チンピラに毛が生えた程度の殺人快楽者の集まりですね……」
「な、なに!」
ベンドットの部下の一人がそう口にした瞬間、その部下の頭部は宙を舞っていた。
「あー交渉する相手を間違えたようです……これならまだ魔物に頼んだほうが幾分かましでしたね……」
そう笑男が話す間に次々とベンドットの部下達の頭部が宙を舞っていく。舞う頭部は自分に何が起こったのか理解出来ていないというようにキョトンとした表情を浮かべていた。
「お前ぇええええええ!」
部下達の頭部が舞う光景を見たベンドットは、まるで獣が吠えるように叫ぶと自分の得物である大剣を握り部下達の得物が突き刺さったままの笑男へと一気に距離を詰めそのまま大剣を振り下ろした。
その一撃は確実に笑男の脳天を直撃しそのまま体を押し潰していた。それほど威力を持っていた。はずであった。しかし笑男の脳天は砕けず体も押し潰されていない。 笑男をその大剣で押し潰したとニヤけた表情を浮かべるベンドットの視界はなぜか逆転していた。
まるで噴水のようにベンドットの首から噴き出す鮮血。ベンドットの頭部は部下達と同様に宙を舞っていた。
「ベンドット様……二度はいいません、私は武具商人……商人にとってお客様との信頼は絶対です……そんな私がお客様に対して不確かな情報……ましてや妄想を口にするはずがないじゃないですか……」
そう言いながら笑男は指を鳴らす。
「ガハッ!」「あああ!」「うおッ!」
すると首を刎ねられたはずのベンドットや部下達はまるで夢を見ていたかのように我にかえる。ベンドットや部下達は顔を青くしながら自分の首が体についていることを確認すると、無機質、いや今となっては恐怖しか感じえない不気味な笑みを浮かべた笑男を見つめた。
「……報酬は私が作り上げた武具とあなた方が望む殺戮の世界……私の依頼引き受けてくれますか?」
青ざめたベンドット達に自分の依頼を引き受けてくれるかを尋ねる笑男。既に笑男という存在が放つ恐怖に屈したベンドット達に依頼を受ける以外の選択肢は残されていなかった。
不安と恐怖でムハード大陸を支配したムハード王にすら屈しなかった盗賊団、砂漠の殺戮者達は、たった一人の武具商人が放った恐怖に耐えることができず屈したのであった。
ガイアスの世界
ムハード砂漠の盗賊団、砂漠の殺戮者
ムハード砂漠周辺に幾つかあるオアシス。そのオアシスの周辺には必ず商業を目的とした村、もしくは町が作られる。その目的は砂漠へと冒険や探索に出る冒険者や戦闘職達に武器や防具、水や食料を売る為である。しかしムハード国に最も近いオアシスにある村は現在廃村となっている。
これは前ムハード王が王位についた時、外からやってきた冒険者や戦闘職達の砂漠への立ち入りを禁止したためにその存在理由を失ったためである。
しかしそれから数年後廃村となったその場所はある集団のねぐらとなった。誰も近づかず廃村ということで不気味な雰囲気を漂わせていたその場所は彼ら、盗賊団、砂漠の殺戮者の活動拠点には最適だった。
盗賊団と言いながら彼らが盗む物は金目のものでは無く命。普通の人間の感覚からかけ離れた人を殺すことに楽しみを生み出していた者達の集まりであった。
前ムハード王の存在もあり彼らの存在が大きく取りざたにされることは無かったが、彼らはその事に大きな不満を持っている。自分達はムハード王の影に隠れ暴れているのではない。自分達はムハード王がいなくとも自分達の快楽の為に人を殺し続ける。砂漠の殺戮者の団長であるベンドットは、よくそう呟いていた。
構成人数は100人。他大陸にある巨大な盗賊団と繋がりがあると言われているが定かでは無い。




