もう少し真面目で章(アキ編)3 欲望を楽しみ進む者、欲望を胸に追う者
ガイアスの世界
ムハード砂漠の変化
普段殆ど雨が降らないムハード砂漠。ムハード大陸で人口が密集している地域は年間で約十数回雨が降ると言われているが、砂漠では良くて一、二回、一年以上降らないこともあると言われている。
しかし殆ど雨が降らないと言われているムハードの砂漠に数日前、大雨が降った。その日はムハード王が討たれた日と重なり、ムハードの人々からは奇跡の雨と呼ばれている。
その奇跡の雨は砂漠の地形を変えるほどの大雨であり、降る前と振った後の砂漠ではまるで別の砂漠と思えるぐらいに変化があったようだ。
もう少し真面目で章(アキ編)3 欲望を楽しみ進む者、欲望を胸に追う者
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
数日前に降った大雨の影響で砂漠のあちらこちらには川のように抉れた場所が点在していた。激しい雨の勢いに砂が抉り流された跡であった。しかしそこまでの大量の雨も現在は見る影も無く太陽の熱によってほぼ全てが蒸発しているようだった。
普通の雨でも珍しいムハード砂漠に降った大雨は、地中に存在しているある建造物への入口を作りだしていた。それが現在アキの目の前に姿を現した大穴である。
砂漠をただ越えようとしている者達にとっては日差し避けに丁度いい休憩場所となるかもしれない。しかしその奥へと足を踏み入れようとは思わないだろう。
だが冒険者や戦闘職は違う。まだ見ぬ場所知らない場所を目指す冒険者や、己の技能を高めようとする戦闘職ならば、その好奇心に駆られ、大穴の先へと足を踏み入れようとするだろう。だが、その大穴からは半端者達を寄せ付けない危険な臭いというものが漂っていた。
常人ならいざ知らず、危険と隣り合わせになったことがある冒険者や戦闘職ならば確実に嗅いだことがある臭い。死の臭いというのが漂っているのだ。
それは幾百幾千の死を積み上げ人々を不安と恐怖に駆り立てたムハード国の王とは少し違う、戦いの中で広がる臭い。歴戦を戦い抜いてきた者達でも一瞬の戸惑いを生じさせる強烈な死の臭いがその大穴の奥から漂って来るのだ。
だが強烈な死の臭いを漂わせる大穴を前に、漆黒の全身防具を身に纏ったアキは、まるでその臭いを感じないとでもいうように一切の躊躇をみせず頬を吊り上げ笑みを浮かべていた。
彼が最も死に遠く、そして最も死に近い存在であるからなのか、理由は定かではないが、確実にアキは大穴を前に恐怖や不安とは別の感情を抱いていた。
『マスター』
笑みを浮かべるアキを少し不安な様子で呼ぶ自我を持つ伝説の防具クイーン。
「ああ……流石、暗殺や諜報に長けた戦闘職だけある、俺も少し前に気付いた」
周囲にあるのは砂。それ以外は白骨化し種類も詳しくは特定できない魔物の死骸と既にその命を枯らした植物。後は数日前に降った大雨の影響でどこからともなく流れてきた建物の破片やガラクタだけであった。しかし生物が生存するにはあまりにも過酷な環境の中で、アキは自分以外の人の気配を感じ取っていた。
『……どうしますか?』
「……どうせ盾野郎の差し金だろ、どうもしねぇよ、ついてくるならご勝手にだ……」
結局の所、自分の行動を監視する者がいようがいまいが、クイーンを通して自分の行動が自我を持つ伝説の盾キングに筒抜けである事を知っているアキは、クイーンの問にそう答えると目の前に広がる大穴に目を輝かせながらその中へと入って行くのであった。
「おいおい待て……あんな場所に……入って行くのか」
大穴から少し離れた場所でアキの行動に呆れているような女性の声が聞こえる。しかしその姿は見えない。
「……あの大穴、かなり危険な場所だぞ」
砂漠に再び女性の声が聞こえた瞬間、砂漠のある部分が歪みそこから人の輪郭が浮かび上がってくる。その輪郭はみるみるうちに色を帯びそこに存在感を現していく。体の線がはっきりと分かる黒装束に身を包んだその人物は、サイデリー王国の王の専用お付兼護衛を任されているピーランであった。
口元を隠すマスクを外したピーランは、忍の技の一つ隠形を使用し砂漠に隠れアキの動向を伺っていた。そんなアキが躊躇なく大穴へと入っていったことに信じられないという驚きの表情を浮かべていた。
「あの大穴……死の臭いしかしない……体があの大穴を拒んでいる……」
忍として今まで幾度も死線を超えてきたピーランは当然、大穴の先が危険であることがはっきりと分かっている。体全身に感じるひりついた感覚が大穴へと向かうことを拒んでいる。だがそんな体とは逆にピーランの脳裏に過るのは、昨夜自分の頭に語り掛けてきた者の言葉であった。
《……ピーラン、お前に頼みたいことがある……》
ブリザラが就寝した事を確認したピーランは、自分も少し休息をとろうとブリザラが休む建物から少し離れた場所で腰を下ろし座り込んでいた。その時、突然ピーランの頭に威厳を持った低い声が響いた。自分の頭に響いた声の主が誰であるかすぐに理解したピーランは脊髄反射のように警戒態勢に入った体を緩めるとその声の話を聞く体勢になった。
ピーランの頭に響いた声、その正体はブリザラが持つ自我を持つ伝説の盾キングであった。
《現在、小僧がこの国を出て単独で試練へと向かった、ピーランには小僧の御守り……いや監視を頼みたい》
ピーランの頭に語り掛けて早々にキングはピーランに頼みがあると切り出した。その内容はムハード国を出て一人で試練へと向かったアキの監視であった。
「……私には、ブリザラの護衛という役目がある、例えキングの頼みでもそれは引き受けられない」
アキが単独行動をとり試練へと向かった。それがどれだけ危険な事であるかはピーランも知っている。しかしブリザラの専属お付兼護衛という役目を持つ以上、ピーランはブリザラの下から離れることは出来ない。
「それに、ブリザラやウルディネとは違い私はあの男と接点が無い、殆ど会話もしたことが無いんだ、もしあの男が危険な状態になったとしても止める術がない、それ以前に止める義理も無い」
ブリザラがアキに対して密かな想いを抱いている事は知っているピーラン。ブリザラ本人がその想いに気付いているかは分からないが、専属お付兼護衛、友人として、いやそれ以上の感情をブリザラに抱いているピーランにとってアキは中々に癇に障る存在であった。そんな自分が危険な状態になったアキを止めることができるはずも、そもそもそんな義理も無いと考えているピーランは、キングの頼みを断る理由を付け加えた。
《そうか、私の頼みを聞いてもらえば、その報酬としてお前の悩を解消してやろうと思ったのだが……それならば仕方がない》
だが知略ならば他の自我を持つ伝説の武具に後れを取らないと自負するキングは、まるでピーランを挑発するような言葉で興味を引こうとする。
キングの思考力は、ガイアス中の人間が束になっても敵わない。当然ピーランがブリザラの専属お付兼護衛としての役目、そして個人の理由で自分の頼みをすんなり受け入れるなどとは考えていない。それ故にキングは、ピーランの興味を持ってくれるだろう材料を用意していた。
キングはピーランが今一番欲しているものを報酬という名をつけてぶら下げたのだ。
「なっ! ……」
キングの言葉に声を失うピーラン。
《色々と悩みはあるだろうが、今一番に悩んでいるのは魅了だろう》
魅了とは夢魔と呼ばれる男性ならば夢魔男女性ならば夢魔女という『闇』に属する種族が用いる異性の精神と肉体を支配する特殊技能である。ピーランはこの魅了にかかっており幾度か屈辱と辱めを味わっていた。
しかしピーランは夢魔男と対峙した経験は無い。ならばピーランは何者によって魅了を受けたのか、それは人間と夢魔の間に生まれた者、混血によってであった。
人の姿をしながら夢魔の特殊技能を持ち合わせピーランに魅了をかけた人物、それはサイデリー王国、最上級盾士の一人、ランギュー二ュであった。
だが本来人間と夢魔の間に生まれた混血、特に人間の血を色濃く受け継いだ子供には夢魔の特殊技能は受け継がれないと言われている。しかしランギューニュの姿形に夢魔の面影は見られない。一つあるとすれば夢魔男や夢魔女の特徴の一つである美しい容姿ぐらいであった。
しかし事実、ピーランはランギューニュによって魅了をかけられている。人間の姿をした混血であるランギューニュがなぜ夢魔の特殊技能を扱えるのか。それはランギューニュが、複合型遺伝子の持ち主であるからだ。
複合型遺伝子とは、簡単に言えば異種族同士の両親が持つ特殊技能を全て引き継いで生まれてきた者の事であり、ランギューニュは、その影響で夢魔が持つ特殊技能を全て受け継いで生まれてきたのである。
そんな稀な存在ランギュー二ュによって魅了をかけられたピーランは、日常生活や戦闘では問題無いものの、ランギューニュと対峙したり思考に過ったりするとその途端にピーランはランギューニュの魅了に心と体を支配されてしまうのだ。
本来とはちがう感情が心と体を支配するという屈辱と辱めにピーランは、これから一生耐えていかねばならないのかと考えていた。そんな矢先、キングの口から発せられた言葉は、ピーランにとって救いとも言えるものだった。
「くぅ……分かった、お前の頼みを受け入れる」
納得は出来ていないが己にかけられた魅了を解く為、ピーランはキングの頼みを受け入れた。
『そうか、受けてくれるか』
「ただし……もう一つ報酬を増やしてもらう」
ピーランの同意の意思を確認したキング。しかしそこで話を終わらせないというようにピーランは、くい気味に報酬の数を増やして欲しいという要求を伝えた。
『むむむ……分かった、私が出来ることなら善処しよう』
想像もしていなかった要求に僅かに困惑したが、キングはピーランの願いを呑むことにした。
「ふふふ……言ったなキング」
要求を呑んだキングに不穏な笑みを浮かべるピーラン。この後キングはピーランの要求を呑んだ事を後悔することになったのだった。
「よし、行くぞ……私は……私はキングの頼みを完遂してブリザラを一日独占できる権利を手に入れる!」
灼熱の熱気が漂うムハードの砂漠、死の臭いが漂う大穴の前で体が行くことを拒んでいるにも関わらずピーランは己の欲望を解放するように叫びその足を大穴へと向ける。
そう、ピーランが魅了を解くこと以外にキングに報酬として要求したもの、それはブリザラを一日独占出来る権利であった。
これはサイデリーの王としてでは無く、ただの年頃の少女としてのブリザラと共に一日を過ごしたいというピーランの切なる願いであった。
ピーランの要求を聞いたキングはしばらく言葉を失った。当然ブリザラを独り占めする権利であるからして、キングも二人の間に入る事は許されない。それはブリザラを守る役目を持つキングにとっては、非常に難しい問題であった。しかし長い間の後キングは苦渋の決断をするような神妙な声で、ピーランの要求に頷いたのだった。結果、ピーランのやる気は最高潮となりアキの監視を快く引き受ける結果となった。
ガイアスの人間が束になっても敵わない程の思考力を持つキングではあるが、人間が持つ欲望の深淵までは覗き見ることが出来ず想像もしない結果となったこの事は、彼の中で深い傷跡として残ることになったのだった。
「行くぞ、誰にも邪魔されない一日をブリザラと過ごす為に!」
そう鼻息荒く決意表明をしたピーランは、本来の報酬である魅了の解除など忘れ、ブリザラとの二人きりの一日を夢見てアキが入っていた大穴の中へと足を踏み入れるのだった。
― ムハード砂漠 大穴内部 ―
砂漠が広がる外とは違い、ひんやりとした冷気が漂う大穴の内部ら現れたのはどうみても自然にできたものでは無い明らかに人の手が加えられた先が見えない長い通路であった。
しかし常に過酷なムハード砂漠の一角に建造物を作る技術は現在のガイアスの人々にはない。これは所謂、古代に作られた遺跡、ダンジョンと呼ばれる代物であった。
「たく、古代の人間は何を考えて砂漠の下にこんな通路を作ったのかね?」
一歩足を進める度に目の前に光が生まれ視界に関して全くの不自由を感じないアキは、自分が現在歩いているダンジョンを作りだした古代の人間の考えに首を傾げた。
『マスター達が言う古代ではこのムハード大陸に砂漠は存在していませんでした』
クイーンが説明するには、古代のムハード大陸には緑が生い茂る自然が広がっていたという。しかしある日を境にその自然は一瞬にして消えそこには砂しかない砂漠が現れたというのだった。
「一瞬で……何があったんだ?」
一体何があって自然が広がっていた大陸が一瞬で砂漠の大陸になったのか当然疑問に思ったアキは、それをクイーンに尋ねた。
『申し訳ありません、ここからは禁止事項で話すことができません』
ブリザラはアキの問に答えなかった。事務的な対応をとるようなブリザラの言葉にアキはそれ以上その事について言及することは無かった。
「……ん? ……どうやらブリザラのお付兼護衛はここに足を踏み入れたみたいだな」
何処までも続く通路を歩きながら後方から感じられるピーランの気配を感じ取ったアキは僅かに後方へと視線を向ける。
『……やりますね……死の臭いが充満する場所に臆せず入ってくるとは、彼女も強者の素質を持っているようですね』
まさかピーランがただ己の欲望だけでこのダンジョンへと足を進めていることなど知らないクイーンは彼女の事を高く評価した。
「死の臭い……そんな臭いするか?」
ピーランに興味が全くないアキは、クイーンが口にした死の臭いに興味を示した。
『……ええ……このダンジョンの最奥からは死の臭いを纏った何かが存在しています……最終目標はその何かの討伐です』
緊張した声色でこのダンジョンの最奥に何かが存在していることをアキに伝えるクイーン。
「そうか、ふふ、そいつに会うのが楽しみだな」
緊張するクイーンとは違い、ここでも笑みを浮かべるアキ。そこには狂気にも似た何かが見え隠れしている。アキの笑みを見てそう感じるクイーンの不安は更に高まるのであった。
ガイアスの世界
ムハード砂漠に現れたダンジョン
古代の者達が作ったと言われるダンジョン。しかし何が目的でダンジョンを作りだしたのかは未だ解明されていない。
そしてムハード砂漠にも新たなダンジョンが出現した。数日前の記録的な大雨により砂漠の砂が流されたことによってその姿を現した大穴の奥に続くダンジョンもまた何のために作りだされたのかは分からない。
しかし一つ分かっているのは、自我を持つ伝説の武具とその所有者に試練を与える場所であるということだ。
まるで封印されていた孤独砂漠に埋もれていたダンジョンの最奥には一体何が待ち受けているのだろうか。




