ストーカーを探せ
吉田大輔は物産会社の社員で入社5年目。会社の社会人サッカー同好会に属していた。
「今度の対外試合、商事会社のチームとやることになった。これが相手のメンバー表だ」
マネージャーが大輔に一覧表を差し出す。
季節は9月下旬。ようやく涼しくなってきた。キンモクセイの香りがただよってくる。
そんなある日、大輔は2年後輩の伊達果菜子から相談事があると言われる。
「じゃあ、今日仕事終わったら、喫茶店へ行こう」
「で、相談ってなに?」大輔はレモンティーを啜りながら果菜子に訊いた。
「実は私、ストーカーに狙われているんです」
「えっ?」大輔はカップを落としそうになる。「ストーカーに狙われているって、どんなことされているの?」
「私が社員寮住まいなのは先輩もご存じですよね」
「いや、知らなかった。そうなの」
「はい、で、集合ポストに、毎日のように匿名の手紙が寄せられるんです」
「なんて書いてあるの?」
「きみに一目ぼれしてしまった。気が向いたらこの番号に電話してくれ、って」
「どんな相手かわからないのに、電話するわけにはいかないよね」
「そうですよね」
「ところで、ストーカーされる心当たりがあるの?」
「実は先日、同僚に誘われて、婚活パーティーに参加したんです。私は婚活なんてするつもりないのに、同僚が一人では参加できないから、どうしても一緒に来てほしいって言われて」
「それで参加したんだ」
「はい、その時に、何人かの男性に、私が石川物産に勤めていることを話したんです」
「うん、それで?」
「たぶんその中の誰かが、石川物産の社員寮を探し当てたんだと思います」
「なるほど。でも一日中張り込んで、手紙をポストに入れるところを見つけるのもむずかしいしね。ちょっと僕の手には負えないな」
「そうですか……」
その晩、家に帰ってから、大輔は不安に思う。
考えてみれば果菜子も気の毒だ。やはり助けてあげたほうがいいんじゃないか。
翌日出勤して、大輔は「明日一日有給休暇をお願いします」と上司に言った。
「いいよ。ちょうど仕事も一区切りついたところだし。どこか出かけるの」
「いえ、特に予定は」
「そうか、じゃあゆっくり休んでくれ」
大輔は、休暇を取った当日、石川物産の社員寮に向かう。手紙が来るのを見張ろうというわけだ。
夕方になって、社員寮のインターホンが見える位置で待ち伏せしていると、ある男性がオートロックの入り口で、インターホン越しに「鍵を開けてくれよ」と何度も口にしているのを目撃した。
どうもあいつが怪しい。
翌日、会社から帰った後にサッカー同好会の練習の予定が入っていた。
大輔はサッカー同好会の練習をさぼり、ストーカーを待ち伏せする。
しかし、はかばかしい成果は得られない。
それどころか、サッカー同好会の練習をさぼると試合に出してもらえない、とマネージャーから言われる。
その夜、先日見た怪しい男が、「203号室の『伊達さん』って女性の一人暮らしでしたよね」と社員寮の管理人に訊いている。管理人は「お答えできません」と断る。
吉田大輔はその男がストーカーだと思い、「ちょっと待て」と呼び止める。小柄で、気の弱そうな男だった。
「なんでしょう?」
「お前、今『伊達さん』の部屋のことを訊いていたな。おまえ、ストーカーじゃないのか」
「いえ、違いますよ」
「お前こないだ、オートロックのインターホンで『鍵を開けてくれよ』ってなんども言っていたじゃないか」
「あれは、元妻の望月玲があの部屋に住んでいるからですよ。なんとか復縁したいんです」
「じゃあなんで『伊達さんって女性の一人暮らしですよね』って管理人に訊いていたんだ」
「それは、私が化粧品のセールスマンだからですよ。新規顧客の開拓です」
「じゃあ、もう一度訊くが、おまえは伊達さんのストーカーじゃないんだな」
「はい、そうです」
「わかった。もう行け」大輔はスポーツをやっているため胸板も厚く、身長180センチ
あった。
そして翌日のこと。大輔は果菜子に声をかける。
「ちょっとこないだの話の続き、いいかな」
「はい、じゃあいつもの喫茶店で」
たてこんでいた仕事を終えた大輔は、15分遅刻して、喫茶店に入った。
「ごめんごめん、待たせちゃって。僕、よく考えたんだけど、やっぱりストーカー退治に
協力するよ」
「本当ですか」果菜子の顔がぱっと明るくなる。「土、日は、お昼頃ポストに手紙が入っていることが多いんです。その時に見張りになってくれませんか」
「いいよ。さっそく今度の土曜日、きみの社員寮に行くよ」
「ありがとうございます」
土曜日のお昼。果菜子が社員寮の入り口で、大輔とともにストーカーが現われるのを待つ。
「果菜子さん」そう言って近づいてくる男性がやってきた。
そこをすかさず大輔が肩をつかむ。
「なにするんだ」男性は叫ぶ。
「お前、ストーカーだな。名前は何という」
「十文字孝です」
大輔は、「あれ、どっかでお前の名前を聞いたことがあるぞ。そういえば商事会社のサッカー同好会のメンバーだな」
「そうですが。あなたこそどちらの方ですか」
「僕は伊達さんの会社の先輩だ。彼女がストーカーに悩まされているっていうから、退治にきてやったんだ」
すると突然、十文字がナイフを持ち出して大輔に襲いかかる。
「キャー」悲鳴をあげる果菜子。
十文字の一撃をかわし、大輔は手で十文字の顎を下から思いきり突き上げ、足払いをかけた。バランスをくずして十文字が倒れ込む。
「おとなしくしろ」大輔は言った。「女性をストーカーするのは違法だぞ」
十文字は「一目ぼれしてしまったんだからしょうがないだろ」と反論する。
「だったら堂々と交際を申し込め。それで断られたらあきらめろ」
果菜子は、「悪いけどあなたと付き合うつもりはないわ。私には好きな人がいるの」と十文字に言った。
「さて、これからどうする? 一緒に警察に行くか」と大輔。
「もう二度とストーカーをしません。許してください」と十文字は蚊の鳴くような声で言う。
「今度やったら本当に警察に突き出すからな」
十文字はとぼとぼと去って行った。
そして月曜日。果菜子が大輔のところに現れ、「一昨日はどうもありがとうございました」と礼を言う。
「いやいや、解決してなによりだよ」
「先輩、この手紙受け取ってくれます? あとで読んでください。書いたのは私です」
「いいけど」大輔は手紙を受け取る。
果菜子が去ったあと、大輔は手紙を開けてみる。
「吉田先輩。私と付き合ってもらえませんか? こないだ『好きな人がいる』って言ったのは吉田先輩のことだったんです。あつかましいかもしれませんが、よろしくお願いします」
大輔はあらためて果菜子のことを思い浮かべた。なかなかチャーミングな子だ。
果菜子の部署に行き、デスクの前に立つ。
「あっ吉田先輩」
「この手紙の返事に来た。OKだよ」
果菜子はイスから立ち上がり、深々とお辞儀をした。周りの同僚たちが不思議そうな顔で果菜子の様子をみる。
「今日の夜、空いてる?」と大輔が訊く。
果菜子は「はい、空いています」と応える。
「じゃあ、一緒に食事でもしようか」と大輔。
「ありがとうございます」と果菜子は言った。
「これからはむやみに婚活パーティーなんか出ないようにね」
「はい、すみません」と果菜子。
大輔が去った後、果菜子と机を並べる女性が、「あら、デートのお約束?うらやましいわ」と言った。
果菜子は赤くなった顔をさらに紅潮させた。
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