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第8話


 次元の扉が閉じてしまってから、そろそろ一ヶ月。



 ひと月前、次元の壁を最後に通り抜けた京之助とセシルは、とりあえず第5チームの研究所に顔を出した。すると、そこでは彼らの帰りを手ぐすね引いて、第5のメンバーたちが待っていた。


「ひゃっほーい!おめでとー! 上手いことやりやがって、このこの~」

「CONGRATULATIONS! まずはジョークで歓迎しましょうか、えーと」

 言い始めるアーヴィングに割って入って、話し出すあずさ。

「お帰りなさい。本当はすぐにでも分析に取りかかってもらいたいんだけど、まずは、あなたたちの新居を片付けてきなさい」

「新居?」

「ええ、そうよ」

 にっこりと笑うあずさが指さす先には、おしゃれなマンションが建っている。なんと、第5チームが彼らのために、職場からほど近くの部屋を見つけておいてくれたのだ。そのうえ家具一式付き。

「セシルの趣味には合わないかもしれないけれど、しばらくは我慢して?」

 と、あずさは言ったが、彼女が選んだと思われるそれらは、スタイリッシュな中に暖かみのある、趣味の良さがうかがえるものだった。


「素敵ね、あずささんって見た目と同じで趣味も良いのね」

 そんなふうに言いながら、次元の向こうから先に送っておいた荷物を片付けていくセシル。京之助も、以前住んでいたマンションから荷物の運び入れを終えて、片付けに入っていた。


 ようやく部屋が片付いたところで、仕事に取りかかれると思っていた京之助は、お偉いさん方に提出する報告書の作成に追われる。まったく、なんで偉いヤツらっていうのは、こういう形式張ったことが好きなんだ?口で説明すればいいじゃないか。

 と、思いながらも、お偉いさんとの間に入っている手塚を窮地に追い込むことだけは避けたくて、なるべくわかりやすいものをと考えて書き上げる。

 セシルはセシルで、クイーン作業チームとの打合せに毎日奔走している。


 そして――

 ようやく落ち着いて第5チームと合流したのが、ちょうど扉が閉じた半月ほど後の事だった。

「やっと本当のおかえり、だな」

 あいかわらずひげ面の慎が、可笑しそうに言った。

「全くですよ。で、なにか進展はありましたか?」

「うーんそうだな。お前さんが次元の通り道で採取してきたものは、他の奴らが持って来たものとあんまり変わりばえしないな」

「そうですか…」

 ガッカリするが、まあ予想の範囲内だ。

「だがな、これはなんだ?」

 慎がちょうどイチゴジャムを詰めるような密閉したビンを取り出す。

「あ、それは…」

 次元の壁を通っている時に、セシルがふざけて「空気の缶詰。ならぬ空気のびんづめよ。あちらの方にお土産ー」などと言って、空中で何度かビンを振り回して、ただフタを閉めただけのものだった。

「いや、悪い。セシルがちょっとふざけてね」

 と、バツが悪そうに言うと、慎は真顔になって言った。

「いや、これが1番すごかったんだ」



 慎が言うには、これを取り出したときは、「またふざけやがって京之助のヤツー」などと景岳と言い合って、良く見もせずにそこら辺に置いていたのだが、それからしばらくしたある日。

「これは? 初めて見るビンだけど」

「ああ、京之助のジョーク。これで何かユーモアジョーク出てこない?アーヴィング」

 などと返答する景岳。

「ちょっと拝借」と、ビンを取り上げたアーヴィングが、まじまじとそれを見つめていたと思うと、奥の研究室へと持って行ってしまったのだ。

「アーヴィング?」

 景岳と慎は、不思議に思いながらも研究室を覗いて見る。チラッとこちらに目をやって、また向こうを向いてしまうアーヴィング。そして、

「これを見て」

 と、装置にかけられたビンを大写しにした映像を見せる。はじめはビンの上の方に、ホコリのようなかたまりがあるのしか写っていなかったが、ビンをひょいと逆さにすると、そのホコリがバラバになって上へ上っていくのが見えた。

「? なんだあれは?」

「さあ、なんでしょう。空気より軽いものだから上に上るんでしょうか。でも、これを採取したのは、地上から、約1・8メートル。京之助の腕の届く範囲でしょう? 通り道の中では上へ上がらず、そのあたりにとどまっていた。次元の中にも空気はあるはずですよ。しかも上るときはバラバラになっている」

「ああ」

 と言うことは、意志をもって上に上っているのか?

「まさか? 動物?」

「か、細菌か胞子のたぐいか。でも、こんなに大きな細菌はありえないね。しかも密閉された容器に入っていて、酸素も供給されないのに生きている」


 クイーンにこの生物?を知っているかどうか聞いてみたが、誰も見たことがないと言った。捕まえて調べようにも、どうやって捕まえれば良いのかがわからない。



 そして試行錯誤を繰り返し、やっとついさっき、少量を上手いこと研究室の中に出すのに成功したが、予想通り上に上がっていくだけだった。

 その上こいつらは、他の、例えばビンでもビンのふたでも、たぶん無機質なものには反応しないが、人が直接触れるとパチンとはじけて消えてしまう。やっかいなことこの上ない代物なのだ。

 天井まで上り、そこにまとまっているヤツらを見上げて慎が言う。

「まあ、こいつらが次元の通り道にいたってことは何か訳があるんだろう。引き続き分析を続けて行くよ」

「わかりました。俺も一緒に研究させて下さい」

「OK でもちょっと一休みさせて。空気も入れ換えようか」

 言いながら、厳重に閉めてあった研究室の窓を開け放つアーヴィング。実験を始めたときは明るかったのに、もう外には夜のとばりが降りていた。


 その時、人との接触をまぬがれて天井にはりついていたヤツらが、かなりのスピードでスッと窓から外へ飛び出して行ったのだ。驚いた京之助は、あわてて窓に飛びついてそれの行方を追う。

 外を見た京之助は、もう一度びっくりする。

 ホコリのように色がなかったヤツらが今、きらめく星のように、金・銀の光を放って空の彼方へと飛んでいく。やがて夜空に吸い込まれるように、その光も消えていった。

「何だったんだ、今のは?」

「さあ…。なんにしても、もう一度実験してみるしかないね。けれどそれには数が足りないな、もう半分しか残っていない。まあこいつらは放っておくとどんどん増殖するから、しばらく待つしかないね」

 同じように外を見ていたアーヴィングが、少し残念そうに言ったのだった。




 そんなとき。

 京之助の元の職場である国立研究所で、泥棒騒ぎがあった。しかもその泥棒は、隣接する博物館の高価な品物を狙わずに、研究室を荒らしていったのだそうだ。

 心配になった京之助は、1度里帰り?をしてみようと思い立った。


「大丈夫だとは思うんだが、様子をみてこようと思うんだ」

 そんな話をセシルにすると、彼女はちょっと目を輝かせて聞いて来た。

「ねえ、その研究所の博物館って、もしかしたらこのチラシに載ってるところ?」

 彼女が手に持っているのは、『古代王朝の王冠と首飾り』という特別展の、いかにも女性が好みそうな宝飾がデカデカと載っているチラシだった。

「あ、ああ」

 京之助が苦笑いして言うと、今度はニッコリ笑って言う。

「じゃあ私も行くわ! あ、でもお仕事の邪魔はしなくてよ。私が行きたいのは博物館の方」

 やれやれ。そうくると思った。今、開催されているのは、研究所の博物館にしては珍しいというか、初めてかもしれない。数々の宝石や王冠が、多数展示されているようなたぐいのものだった。女性なら大好物だな。

 だけど、だから不思議なのだ。泥棒だって狙うとしたら絶対こちらのはず。


 そして京之助がお許しを出すと、セシルはほかのクイーンたちにも声をかけ、あげくに第5から慎とアーヴィングも来るという。

「ええっと。おふたりとも宝石に目がないとか?」

 慎とアーヴィングにふざけて聞く京之助。

「そうだよ~。ダイヤがいっぱいついた王冠! いちどかぶってみたかったのー。なんてことあるわけないだろ」

「まあそうですね」

「あの博物館の常設展示には、興味深いものがたくさんあるとは聞いていたんだ。けれど2人とも、行ったことがなくてね」

「ああ、なるほど。でもそう言えば、俺も勤めていたのにあの博物館には行ったことがないな」

 京之助はまた苦笑いだ。灯台もと暗しとは良く言ったものだ。

 3人も休暇をもらえるのかが心配だったが、あずさは快く了解してくれたばかりか、景岳にも行ってこいと言う始末。たまには次元のことから離れてみるのも良いと言う理由からだった。

 どうやら大人数になりそうなので、京之助は上司に頼みこんで、博物館の休日に特別に見学させてもらうことにした。きっと普段の公開日は相当混んでいるだろうから。

「いいよー。他ならぬ刀弥くんの頼みなら、聞いてあげるよー」

 連絡を入れると、あいかわらず軽々しい上司はそんなふうに言ってくれた。



 当日。

 京之助は博物館の前で皆と別れると、とりあえず研究所へと向かう。警備員としばらくぶりの挨拶を交わし、研究室の出入り口に立ったとき、不思議な感じがした。

 おかしい…、静かすぎる…

 いや、研究所なんだから、いつも静かなんだが。特に今日は博物館が休館日なので、同じく研究所も休みで職員がいないせいもある。

 でも…

 京之助の第六感とでも言うのか、何かがいつもと違っていた。


 用心して研究室のドアを開けたのだが、どうやら押し入っていたのは、考えなしの、たちの悪い強盗だったらしい。

 いきなり両側から殴りかかられたのを、すんでの所で後ずさりながら転がり、難を逃れる。

 起き上がった京之助が見たのは、後ろ手に縛られ、ナイフを突きつけられて捕まっている上司と、その手前にいる頭の悪そうな2人の男。上司を拘束している奴は、まだ前の2人よりも話が出来そうだが、それでも似たり寄ったりだろう。

 緊張していた京之助は、相手を確認したとたん、肩の力が抜けるのが分かった。


「お前ら、なんだ?」

 思い切りバカにしたように、やる気なく聞いてやる。案の定、手前にいた2人がキレて怒鳴り出す。

「はぁー?なんだよそのダリィ態度!」

「待ってろぉ~今こいつと同じ目に遭わせてやるぜ」

 縛られた上司は、部屋に入って来たのが京之助だと分かると、ガックリ肩を落としている。なんだよ、俺じゃあ頼りにならないってか? まあ、銃は撃てないって言ったしな。

 だが、3人か。

 手前の2人は良いとして、上司を縛ってるあいつが離れすぎてるな。


 京之助は忙しく頭を働かせる。

 しかし、殴るしか能のない2人がまた襲って来たので、作戦を立てる暇もない。まったく、頭の悪い奴はこれだから嫌いだ。

 京之助はまず左の男を、そして次に右の男をのして、あっけにとられている上司と彼を縛っている男の方へ素早く走る。途中で誰が使うのか、机にバレーボール用くらいの大きさのボールがあったので、それを持ち、ひょいっと男の顔の前に投げた。

 男は思わずボールを受け取ってしまい、上司に突きつけていたナイフが胸から外れた。

「…」

 すかさず京之助は、足払いで男を倒し、みぞおちに肘拳を入れて失神させた。上司は目を白黒させてその様子を見ていたが、おおげさに驚きながら言った。


「と、とねくん!君は戦闘できないんじゃなかったー?!」

「銃は撃てないって言ったんです。俺は接近戦専門でね」

「そそそ、それにしても強いね君!」

 京之助は興奮気味に話を続ける上司を横目に、警備員に連絡を入れる。慌てて飛んで来た警備員は、賊を縛り上げながら「なんでここまでフリーパスで入れたんだ?」と首をかしげている。

 京之助もそれが不思議だった。こんなアホな奴らに、研究所の警備を抜けられるはずがない。誰かか手引きしているのだ。誰が、何のために?


「いやー助かったよー」

「どういたしまして」

「ところで、君は博物館の方に来たんじゃないの? まさかバリヤを首になっちゃったから、また雇ってくれって頼みにきた?」

 的外れな事を言う上司に、京之助はガックリと頭を落とす。するとなぜか上司は楽しそうに言う。

「アハハ、冗談だよ、冗談! でも、あいつらなにを探してたんだろう? 金庫を開けろって言うんで、仕方なく開けたけど、めぼしい物なんてなんにも入ってないよねーここの金庫」

「そう、ですよね。現金だってほとんどないし。狙うなら間違いなく博物館の方だ。他に何か言ってませんでしたか?」

 すると上司はしばらく上を見たり下を見たりしながら考えていた。そして、「ああ、そういえば」と言いながら話し出した。

「あいつらのひとりが、こんな新しいのじゃなくて、年代物のふるーいのって言ってませんでした?って言ってたな」

「年代物の古い金庫?」

「うん…。それでね、考えてたんだけど、もしかしてあそこにあるのかなって…」

「どこですか?!」


 ふたりは、最初に手塚がここを訪れたときに通した、例の応接室へ来ていた。

 ここはご存じの通り、応接室と言うより物置きと化している。2人は協力して、部屋の向こうに積み上げられた荷物を、せっせとどかしていた。

「ほ…ほんとうに、何年ほったらかしだったんですか…」

「さ、さあ。ハアハア…。いや、ちょっと休憩しないか、刀弥くん」

「休んでて良いですよ。俺はここだけ片付けます。ちょっとでかいものがあるような雰囲気なんで、この下に」

 そう言って、グイッと何やら、訳のわからない大きな板を抜くと、

「あ、あった」

 そこには、紛れもなく古めかしい金庫が鎮座していたのだった。


「でもこれ、そうとう昔のやつだ。ダイヤルまわして開けるタイプですよ」

「え!」

 と驚いた上司は「ああ、これのことか…」と、金庫の前に進む。

「?」

「僕がね、なんでここの所長やってるかっていうと…」

 上司は何の迷いもなく、「右、35…」「左、72」、「お次は…、右4」と、驚く京之助を尻目にすいすいとダイヤルを回していく。何度まわしたのか数え切れなかったが、いきなりガチン!と、錠の外れる音がした。ニンマリした上司がレバーを下にさげ、手前に引くと、その扉がぐぐぐっと開いたのだった。

「す、すごい…」

「でしょ? 僕はね、数字の記憶にだけは自信があるんだよねー。歴代ここの所長は、今の数字が覚えられる者を採用していたんだって。でも、どこで使うんだろうって不思議だったんだよね。そんな金庫なんて見たこともないしさ」

「そうだったんですか」

 京之助はただ感心していた。人間、どこかにとりえはあるものだ。

 しかし感慨にふけってばかりもいられない。とにかく金庫の中を覗いてみた。

「これは…」

 中には、古ぼけた書類や写真。誰が書いたものか、表紙が変色した日記のようなもの、丸めた他図らしきものもある。しかも、驚くことにそれらはすべて次元の向こうに関するものだった。



 ちょうどそのとき、大変な事がわかったと言って、クイーンと共に博物館をまわっていた慎が、息せき切らしてやってきた。

「刀弥! すごいことがわかったんだ! あれ?いない。おーい、どこだー」

 あちこち部屋を探し回っていた慎に、「ここだ」と声をかけると、すぐに顔を出す。

「いや、こっちもすごいものを発見した。これを見てくれ」

 そう言って、慎に黄ばんだ書類を渡すと、彼は不審そうにそれを見ていたが、表情がみるみる驚きに変わる。

「こいつは、すごいな」

 すると、やりとりを聞いていた上司はなんだか楽しそうに言う。

「そうでしょー、2人でがんばったんだよねー。でも、刀弥くんってもっとすごいんだよ、強いんだよー。悪漢3人をあっという間にノックアウト!」

「はあ、それはそれは…」

 慎はさほど驚きもせずに返事したので、上司は少しガッカリしたようだ。

「いや、それよりも博物館に!」

「なにかあったんですか?」

「ああ、一角獣の角で作った剣と、あっちの古代文字で書かれた書物が、堂々と展示されていたんだ」


 あわてて博物館へ行ってみると、セシルをはじめとするクイーンたちは、剣や古文書を、信じられないという顔で眺めていたのだった。





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