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第7話


「お帰りなさい、ふたりとも」


 帰って来た2人を、嬉しそうに出迎えるシルヴァ王妃。

 そして、もう一つの嬉しい報告に顔をほころばせる。

「一角獣がまだ生存していたというのは、なんと喜ばしいことでしょう」

「はい、私も最初は自分の目を疑いましたが、この手にまだ暖かい感触が残っています」

 その時の事を思い出すように、頬に手をあてながら言うセシル。


 微笑みながらそれを見ていた王妃の顔が、そのあと急に曇った。

「ところで、帰って来たばかりで慌ただしいのですが、とうとう次元の扉が目に見えるほど動き出しました」

 驚いて顔を見合わせる京之助とセシル。

「と言うことは、俺はそろそろあちらへ帰らねばならないのか。もうすぐにでも閉じそうなのでしょうか」

「いえ、今日明日にと言うことではないようです。ですからあとしばらくは、2人で過ごせますよ」

 するとそれを聞いていたセシルが、急にバツが悪そうに2人の顔を交互に見るのだ。

「どうした?」

 京之助が不審そうに聞く。


「ええっと…。いずれシルヴァさまにも言わなければならないので、ここで白状します。実は私、心変わりをしてしまいました…」

「?」

「?」

「あちらとこちらで研究を続ければ良いなんて、あのときは偉そうなこと言ったけど。京之助と何日か過ごしているうちに気づいたの。やっぱり離れているなんて、耐えられそうにない…」


 シルヴァ王妃も京之助もぽかんとした顔でセシルの話を聞いてる。それはそうだろう。あんなに景気よく啖呵を切ったくせに、てのひらを返すように反対のことを言うのだから。


 セシルは少しいたたまれなくなって、言い訳のようなことを小声で言い出す。

「だって…。一緒に研究してこそでしょ? それに、えーっと、それに。あ、星だって一緒に見る約束したのに。それに…」

 セシルの話はそこで途切れてしまった。京之助がいきなりセシルを抱きしめたからだ。

「き、京之助!」

「もういいよセシル。ありがとう。俺だって一緒にいたかったさ。だけど、貴女が平気そうに言うからそれで良いのかなって」

「京之助…」

 セシルは抱きしめられながら、うつむいて涙をこらえていたが、また小さな声でつぶやく。

「でもあきれたわよね。こんなに簡単に言うことを変えちゃうんだから」

「いや、そんな心変わりなら大歓迎さ。俺はこの世に変わらないものなど、ありはしなと思っている。物事の本質を追究しているものは誰でもそのことに気づいているはずだよ。すべて移り変わっていくから俺たちは前へ進めるんだ」

 京之助の言葉にホッとした表情を見せるセシル。

 そんな2人を見ていた王妃は、やれやれというように肩をすくめた。


「ああ、申し訳ありません。王妃の御前で」

 ふと我に返った京之助は、慌ててセシルを離し、片膝をついて謝る。セシルも指で目尻のあたりを拭きながら頭を下げる。

「いいえ、いいえ、いいのですよ。長い年月を共に過ごした後ならともかく、やはり想い合う若い2人が離れて暮らしてはいけないわ」

「ありがとうございます。それでは俺は、扉が閉じてしまう前に、急いで向こうへ戻って色々用意してこなくては」

 京之助があれこれ忙しく考え出すのをさえぎるように、セシルが言った。

「いいえ、そうじゃないの」

「なにが?」

「貴方が来るんじゃなくて、私が向こうへ行くのよ」




 セシルの決意は揺るがなかった。

 京之助は当然自分がこちらへ来るものと思っていた。だから一緒にいることに賛成したのだ。けれど、セシルはセシルで自分が向こうへ行こうと思っていたようだ。

「貴女はお母さんと暮らしているじゃないか。お母さんを一人残してあっちへ行くって言うのか?」

「あら、それなら貴方だって同じよ」

「俺はもう家を出てしまっているから、今さら大して変わりがないんだ」

「そうなの…。でも、きっと母は賛成してくれると思うわ」


 その理由は、セシルのアパートへ帰り、彼女の母親であるコレットの話を聞いてわかった。

「私とリリアはね、大親友だったのよ」

「リリアというのは、シルヴァ王妃の?」

「そう、お姉さま」

 唖然とする京之助。セシルは、どう?と言うように首をかしげてみせる。



 そのあとコレットは、リリアとの昔話を語って聞かせてくれる。


「あのころは、ただ自分たちの領土を守るのに必死で、次元の通り道が出来ようが出来まいが、男たちは無関心だったわね。別にそこから敵が攻めてくるわけでもないし。だからリリアは、その頃国王だった父親に許しを得て、次元を通り抜けてみる事にしたって言いに来たのよ。そりゃーもうびっくりだったわね」


「同時にリリアらしいって思ったわ。戦闘にこそ行けなかったけど、リリアは射撃、剣術…、どれを取っても超一流で、男どもが一目置いてたくらいよ。たまにリリアさまにご指導いただけないかって王宮に出向いて、国王にこっぴどく叱られてる輩までいたくらい」


「それでね、私も一緒に次元の向こうへ行く!って言ったんだけど、貴女をそんな危険な目に合わせられないって言って連れて行ってくれなかったの。私は射撃も剣術もぜんぜん出来なかったからね」

 言いながら少し寂しそうになるコレット。けれどすぐ笑顔になって話を続けた。

「だから、自分に子どもが産まれたら色んな事を習わせて、どんな状況になっても自分で歩いて行ってもらえるようにしたかった。次元の向こうへ行きたいって言うかもしれないし。だからセシルは大変だったと思うわ、剣術に射撃に体術。そのほかもレディの所作にお料理に…。考えつくものだけでもすごい数ね。ごめんなさいね」

 セシルは「ううん、お陰で本当に色んな経験ができるもの。感謝してる」と、答えて母親に軽くハグする。

 そうか、それでセシルはあんなに剣術の腕が立つのだ。京之助は納得した。


「だけど、ずっと開いていると思われていた次元の扉があるとき突然閉まりだして。乳母さまは何とか帰って来てくれたのだけど、リリアは向こうの世界に骨を埋めるつもりだからって、帰らなかったのよ。新行内さんとの間に、璃空くんって言う可愛い子供も産まれていたしね」

「え? ということは、前回はかなり長い間、次元の扉は開いていたんですね」

「そうねー。少なくとも2年は開いていたかしら?」



 以前は京之助たちの世界の人間に、次元の扉が開いたことは知られていなかったらしい。

 向こうへ行った人たちとの連絡も(クイーンの技術力は相当高かったのだが)男どもが次元の扉などに資金や技術を使うことに大反対だったので、たまに帰ってくるクイーンからの手紙が唯一の手段だった。

 コレットはリリアからの手紙を、すべて大事に取ってあった。


 ――向こうの世界はほとんどこちらと変わりがないこと。

 しかし、男の気質がまるで違うため、人々は平和で穏やかに暮らしていること。

 新行内しんぎょうじ 久瀬くぜとの出会い。

 そして程なく恋に落ちたこと。

 最後の手紙は、璃空が産まれたすぐあとに書かれたものだった。

「もう、寝てても可愛いし、起きててもまた可愛くて可愛くて!」と、はじめて親子3人で写した写真を同封してきていた――


 そのあと程なく次元の扉が閉まってしまったのだ。

 向こうの平和を確認したリリアは、最初の手紙でコレットにも来るように勧めたのだが、あいにくその頃、彼女には結婚話が持ち上がっており、実現出来なかった。

 次元が閉じたあと1年ほどでリリアが亡くなったことは、この間シルヴァから聞かされたばかりだ。そして忘れ形見の璃空は立派な青年に成長しているようだ。残念ながら、コレットはまだ会っていないが。


「だから、もちろん私はセシルがあちらへ行く事は大賛成ですよ。貴方のような頼もしいパートナーもいることだし。それに貴方たちは、必ず次元の扉を行き来できるようにしてくれるのよね?」

 コレットはちょっと冗談めかして言う。そんな風に言われると、京之助としてはもう反論することは出来なかった。




 そのあと2人は準備や各方面との連絡に、慌ただしい時間を過ごすことになった。


 そうして出発の直前、セシルはひとり、ティーナのいる作業チームに顔を出した。

「ティーナ」

「セシル!」

 久しぶりに会うティーナはとても元気そうだった。しかも輝くばかりに美しくなっている。第7チームと共同で作業するうちに恋に落ちた、小美野おみのとの関係がとても良いのだろう。セシルはなんだか嬉しくなって、ヒュー、といたずらっぽく口笛など吹いて言った。

「ティーナ、本当に愛し愛されてるのね~」

「な、なによいきなり…」

「ふふっ、いいのいいの」

 セシルはティーナを外へ連れ出して、建物の近くをそぞろ歩きながら話をした。

「やっぱり刀弥さんと向こうへ行くのね?」

「うん。だから貴女とはしばらくお別れね。ごめんね、何の相談もしなくて。でも、生半可な気持ちで行くわけじゃないから、心配しないで」

「いいのよ。やっぱり好きな人とは一緒にいなきゃ」

 少し頬を染めて言うティーナを、からかうセシル。

「あら、ずいぶん言うようになったわね。元男嫌いのティーナさん?」

「もう、セシルったら!」

「「あはは」」

 2人は楽しそうに笑いあう。

 そのあとティーナはふと思いついたように言った。

「ねえねえ、次元の扉もトンネル工事みたいに両方から開けていくのよね? どっちが先に開けられるか競争しましょうよ」

「賛成~。負けないわよ」

「こっちだって」

 必ず開けてみせるという強い意志をお互い確認した2人は、しばらく会えなくなる分のおしゃべりを、長い事楽しんだのだった。


 それから程なくして、次元の壁は静かに閉じていった。




 

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