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第6話


「一角獣がいたところに行きたい?」

〈新婚旅行〉と王妃が冗談で言った、高い壁の向こうを見学する話が出た時に、京之助が言ったのがそれだった。

「ああ。貴女はもう絶滅したかもしれないと言っていたが、もしかしたらまだ残っているかもしれないだろう?」

 そんな風に言うとセシルは感心したように、でも面白そうに言った。

「ふうーん。そうね、確かに絶滅を確認したって訳じゃないし…。じゃあ決まりね」



 そんな経緯があって、今日は出発の日。

 最初はセシルが王宮まで来てくれると言っていたのだが、前日になって急にセシルから、住んでいるアパートへ迎えに来てほしいと連絡があった。

 教えてもらった住所へ行くと、なぜだろう、ものすごい人だかりだ。ここへ来る道すがらも「あんたが刀弥さん?」「京之助って言うのは貴方?」と、なぜか有名人になっている自分がいた。

 まあ、若い男自体が珍しいのだから、仕方ないよな、と、セシルのアパートの玄関にたどり着く。アパートと言っても、かなり豪華な作りで、玄関までは階段を上がり、その上専用のポーチまで着いている。

 京之助は確認のため、そこにいた1人の婦人に声をかけた。

「えーと、セシル…さんの家はこちらで良いんですよね?」

「ええ! そうよ。貴方が京之助? …みんな! 彼が京之助よ!」

 彼女がまわりに声をかけると、今までワイワイと階段下でさざめいていた人たちが、ザザッと十戒の海のように左右に分かれる。京之助は、驚きながらもとりあえず階段の上へと進んで行く。


 と――

 玄関の扉が、カチャリと開く。

 すると、中から出て来たのは、服装こそシックなワンピースだが、なぜか頭に花嫁がかぶるようなベールをかぶり、手にはブーケを持っているセシルだった。

 隣には、王宮で紹介されたセシルの母親が、嬉しそうにセシルの手を取って並んでいる。一度ぎゅうと抱きしめた彼女を前へ押しやると、また珍しいことに、セシルは本当に恥ずかしそうに階段を降りてきた。


 どこからか優しい旋律の歌声が聞こえてくる。それは玄関先に集まっていた人たちが、自然に歌い出したものだった。京之助は訳が分からずただ突っ立っているしかなかったが、

セシルが隣まで降りてくると、京之助の腕に腕をからめて言った。

「これはね、結婚式で必ず歌われる歌なの。本当に皆、お節介なんだから。どこからか貴方と私のうわさを聞きつけて、勝手にこんなセッティングしちゃうんだもの。だから仕方なく迎えに来てもらったのよ、ごめんなさい」

 言いながら二人してくるりと振りかえると、そこにいた人たちが花びらをまき散らし、割れんばかりの拍手と歓声が沸き上がった。


「いいじゃないか。ここの人たちは、貴女も含めて一度は絶滅を覚悟していたんだから。こんなに歓迎してもらえるなんて、俺は幸せものだよ」

「京之助…」

 感激したのか、セシルが伸び上がって京之助の頬にkissをすると、「きゃあー」と、また嬉しそうな楽しそうな歓声が上がったのだった。

「幸せになっとくれよ」

「そうようー。セシルは鼻っ柱が強いから、思いっきり尻に敷かれなー」

「あははは」

「あははは」


 大笑いする人たちに向かって、「はい! 尻に敷かれる快感を味わいます!」などと冗談めかして言うと、皆また「それでこそ男だ!」「カッコイイよ、京之助!」などと言いながら、拍手したり背中をたたいたりしてくれる。

 セシルはちょっと京之助を睨みながらも、嬉しそうに階段を降りていく。そして、いつの間に現れたのか、目の前にはオープンカーが停まっていた。京之助はまだ運転の仕方を知らないため、セシルが運転席にすわる。

 ゆっくりとそれが動き出すと、また彼女たちからお祝いの歓声が飛んできたのだった。




 高い壁の扉が、ギリギリと音を立てて開く。

 京之助は初めて入って行くそこに、少し興奮気味だった。とはいえ、セシルも扉のあたりでチラッと中を覗いたことがあるだけで、本格的に中に入るのは初めてだそうだ。

「それでは行ってきます」

「行ってきます」

 見送りは、王妃が自ら買って出てくれた。

「行ってらっしゃい。もし危険なことがあれば、必ず応援を呼ぶのですよ、セシル」

「はい、決して無謀なことはしませんわ」

 2人は王妃が用意してくれた、動くホテルのような豪華なキャンピングカーに乗り込んで、高い壁へと入って行く。その移動車にはもしもの時のために、最低限の戦闘装備と通信機も搭載されていた。


「ひどい…」

 しばらく走っていく間に広がる景色を見ながら、セシルがつぶやいた。

 今はまだ、毎日何人かのバリヤ隊員とクイーンたちが、街の視察をしつつ、少しずつ道を広げるような簡単な作業をしている。なので、凄惨な状態はそのままだ。

 形を残していない建築物。その間に折り重なるようにうずくまる戦闘アンドロイドと白骨の山。その中を移動車は、コンピューターに制御されながらゆるゆると進んで行く。

 快適なハイウェイを走れば2日ほどでたどり着けると聞いている、一角獣や動物が暮らす草原地帯まで、倍の時間はかかりそうだ。

 往復で1週間ほどの旅行になるだろうか。



 京之助は最初、水や食料の心配をしていたが、なんのことはない、高い壁があるうちはそれに沿って進むので、1日の終わりに壁の出入り口のあるあたりへ到着すれば、そこから中に入れてもらえるのだ。

 今も高い壁からクイーンシティへと戻り、プールのような温泉で1日の汗を流し、レストランで食事を取っている最中だった。

「こんなことが出来るなら、あんなに豪華な移動車じゃなくても良かったのに。それに、クイーンシティの中を進めばもっと簡単だろう?」

「あら、そんな言い方はシルヴァさまに失礼よ。私たちの〈新婚旅行〉なのよ、一応」

 ごほごほとむせる京之助。それをクスクスと笑いながら見て、セシルが続けた。

「でね、なぜここまでクイーンシティの中を通らなかったかって言うと…。私は、どうしても自分たちの街がどうなっているのか見ておきたかったの。でもまさかあんなにひどいなんて…」

 唇をかみしめて悔しそうにいたセシルは、しばらくするとそれを振り切るように、ふっと顔を上げて明るく行った。

「そろそろ高い壁からは離れることになから、今日は食料も水もうんと補給していかなきゃね」


 セシルが言ったとおり、次の日の朝に見てみると、高い壁は彼らの進路とは反対側へ大きく弧を描いて続いている。ここで壁とは別れを告げ、移動車は街の中心からもはずれて行く。街から遠ざかるにつれて、ひどい破壊の跡もだんだん少なくなっていった。

 そのかわりに見えてきたのが、茶色の小高い丘と、ところどころに残る草や木だった。

 移動車はほとんどあちらの車と変わりないため、京之助はすぐに運転を覚えてしまった。今も昼食を用意するセシルの代わりに、快適にドライヴを続けている。


 ちょうど移動車がその影にすっぽり入りそうな木陰を見つけて車を停め、セシルの提案で、外に昼食のテーブルを広げる。

「ああ~、風が心地いいな」

「そうね、素敵だわ。ああそうそう、このあたりまで来ると、やっと太陽光発電が動き出したわ。まだほんの微量だけど」

「そうか、空気の汚れが少ないんだな」


 食事のあと、まわりの景色を楽しんでいた京之助は、なぜかひどく違和感をおぼえ、「なんだろう」とつぶやいた。

「どうしたの?」

 セシルが聞いてくるが、なにが違うのかなかなかわからない。

「いや、なんだかすごく違和感が…。あ!」

「なにかわかったかしら?」

「ああ、こんなに自然が豊なのに、一匹も虫がいないんだ。そう言えば鳥も飛んでいない。というより、俺たちの他に生き物が見当たらないような気がする。なぜだろう」

 なるほど、鳥のさえずりも虫の羽音もしない。なぜか不気味なほど動物の気配が感じられない静かな世界。

 それを聞いたセシルは、なぜかキッとした表情になって京之助に驚くような事を言って聞かせる。

「もちろんいたわ。あの気のふれた攻撃があるまではね。恐ろしいその武器はね、動物だけをピンポイントで殺せるの。鳥も、虫も、もちろん人も。でもね、人は逃げることが出来るけれど、他の動物たちにはそんなことわかりはしない。だから、比較的街から近いこのあたりにいた動物は、ほとんど残っていないんじゃないかしら」

 京之助は絶句した。動物だけをピンポイントで殺す道具? なんなんだそれは? 確かに気が狂っているヤツのすることだ。けれど戦争なんてものは、正常な人間を異常に引き込むのだ、いつだって。

 その上乱獲騒ぎだ。一角獣に巡り会うのは、やはり絶望的か。


 憮然とした思いを抱えながら、またドライブを続ける2人。

 日が落ちたところで、適当な場所に車を停めた。簡単な夕食のあと、2人は車の屋根に上がって寝転び、夜空を見上げる。街中では1つも見えなかった星が、ここでは見えていたからだ。残念ながら降るほどではないが。

 そして眺めるうちに気がついたのだが、驚くことに、あちらの次元で見たことがあるような星座がある。次元が違っても、外宇宙はつながっているのだろうか。

「むこうと同じような星座がある」

「本当?あちらにいるときはゆっくり眺めるひまがなかったわ」

「じゃあ、今度一緒に見よう」

「約束よ」

 返事の代わりに京之助は起き上がり、微笑むセシルにkissを落とした。



 街から離れて2日目。

 順調に移動車を走らせた京之助たちは、一角獣が生息していたという草原地帯のあたりに到着した。青々としたものと茶色くなった草が半々。その中にぽつりぽつりと、見上げるような赤っぽい台形の山がそびえている。


 屋根に上がって双眼鏡でまわりを見てみるが、特に変わったものは見えなかった。

「やはり、動物という動物は、バカな兵器のおかげで絶滅してしまったんだろうか?」

「悲しいけれどそれが現実… !」

「どうした?」

 息をのんだセシルが指さす方向に、動くものが見えた。


 鳥だ。

「まだ残っていてくれたんだわ!」

 セシルは涙を浮かべながら、鳥の飛んでいったあたりを飽きずに眺めている。京之助はそんな彼女の肩を抱いて、

「だったら、もしかしたらまだ一角獣もいるかもしれない。移動車は置いていけないから、とりあえず慎重にゆっくり進んで行こうか」

 と言いながら屋根から降りる。あとから降りてきたセシルの手を取って抱き下ろしていると、京之助の肩越しに後ろをみたセシルが、また息をのんだ。

「?」

 なんだろうと振り向いた時、

「! うわっ」


 すぐ近く。

 ほんの1メートルほどの所に、見たこともない動物が立っていた。だがよくみるとその額には、一本の角が生えている。

「一角獣…」

 セシルがつぶやくように言う。

「一角獣? こいつが?」

 京之助はセシルを降ろして彼女を後ろにかばい、その動物をまじまじと眺める。けれどそれは京之助が思う、いわゆるユニコーンとは違う姿をしていた。

 龍のような長い顔。ユニコーンは白いというイメージだったが、その身体は綺麗なブルーとイエローがみごとに配色されている。

 なんだろう、これはどこかで見たような…


「ああ、そうか。麒麟きりんだ」

「麒麟?」

 今度はセシルが聞いてくる番だった。

 京之助たちの次元では、麒麟もまた想像上の動物として伝えられている。確かに、麒麟は角が1本だと言う説と、2本あると言う説がある。こいつはそれが1本なんだな。

 しかし、この状態はどうすれば良いのか。京之助は一角獣がどういうものか、皆目わかっていない。草食獣か、肉食獣か。気性は荒いのか優しいのか。

 すると、後ろにかばっていたセシルが、何のためらいもなくその一角獣に寄っていき、首の後ろあたりに手を置いて優しく撫でだした。


「あ、」

 危ないと言おうとして京之助は、セシルの手に顔をすり寄せるようにする一角獣を見て安心し、自分もまた撫でてみようと手を出したその時。

 ブルゥ!

 と、威嚇するようにそいつが首を振る。

「うわっ、なんだよ」

 思わず後ずさる京之助に、セシルが笑い出しながら言う。

「ああ、ごめんなさい。こちらの一角獣はね、女の人にしかなつかないと言われているの。そして、その中でも特に純潔の乙女には自分からすり寄っていくそうよ」

 そう言ってまた首を撫でながら、いたずらっぽく一角獣に語りかける。

「あなたには、やっぱりわかっちゃうのね。そうよ、もう私は純潔の乙女ではなくてよ」


 大胆な発言をするセシルに、咳払いをしてあらぬ方を見る京之助。まったく、この人にはいつもしてやられる。

 そんなことより。

「一角獣もまだ残っていてくれたんだな」

 京之助が言うと、セシルもホッとしたように言った。

「ええ、良かった…」


 しばらくおとなしくセシルに首を撫でさせていた一角獣が、ふっと顔を上げて遠くを見たかと思うと、セシルにお礼を言うように頭を2・3回下げ、カツカツとその場から離れて行く。

 走り去るのかと思っていた京之助は、空中に出した足からスゥーッと宙に舞い上がり、空を駆けていく一角獣を驚いて見つめる。

「空を飛べるんだな…」

「あら? 知らないの?」

「いや、そう言えばユニコーンも麒麟も、想像上では空を飛んでいたな」

 苦笑する京之助。それを優しく見つめるセシル。

 ふたりは肩を並べて、遠ざかっていく一角獣をながいこと見つめていた。


 だが、一角獣が駆けていった山の頂上で、笛のようなものをもちながら、彼らの様子をするどい表情で見ている人物がいたことなど、2人は知るよしもなかった。





   

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