第5話
次元の壁が閉じようとしているらしい――
その時期はわからないが、闘いが終結したあと、あらゆる修復や建設のため、向こうとこちらを行ったり来たりしていた第7チームのメンバーが、おかしな違和感があるのに気づいたようだ。
「次元の通り道が、少しずつ短くなっている気がするんです」
そんな報告を受けたリーダーの手塚は、早速バリヤの指揮官たちを集めて、次元の壁の話をする。
「もう皆、知っているとは思うが、どうやら壁が閉じようとしている兆候があるらしい。で、だな。お前さんたちと、お前さんたちが率いるチームの奴らには、ある決断をしてもらわなきゃならないんだよ」
「向こうへ行くかどうか、ですね?」
第1チームの指揮官である璃空が代表して聞く。
「ああ、だが、決して強制ではない。同じチームだからといって、チームの全員が行く必要もない。あくまで本人の意向による」
「わかっています」
他のチームの指揮官たちも、頷きながら手塚と璃空のやり取りを聞いていた。
すると、すっと優雅に手を上げて、あずさが聞く。
「クイーンの人たちは? 彼女たちの中には、こっちへ来たいって人……いないわよね。もう向こうには、こわーいアンドロイドはいないんですものね」
あずさのそんな言い方に、ちょっと苦笑いしていた手塚が言う。
「それがさ、作業チームの中には、こっちが気に入った人も何人かいて、迷ってるんだそうだ。来るかどうか」
「まあ、そうなんですか…」
ふっとあずさが考え込む。
手塚は、あずさが誰のことを考えているか、わかるような気がした。
第5チームはその仕事内容から、基本的には室内作業がほとんどだ。大きな装置を使うため、気軽にあちこち出かけていって分析するというわけにも行かない。
今日も、バリヤ隊員がクイーンシティから持ち帰った、戦闘アンドロイドのパーツ分析が行われている。
研究室へ帰ったあずさは、手塚からの提案を皆に話して聞かせた。
「そんなわけなんだけど、うちのチームは向こうへ行っても何のお役にも立てないし。皆こっちにいるわよね?」
などと言いながらも、チラッと京之助に視線を送る。
その京之助はというと、彼女の話を聞いているのかいないのか、さきほどからアンドロイドの目のあたりに思い切り顔を近づけて何やら見ている。
「…う…ん」
起き上がって考え込む京之助。どうやらあずさの話はすべてスルーされたようだ。
「刀弥くん」
「何だろう? 目の奥の方にものすごく違和感が…」
「刀弥くん?」
「なにかが撃ち込まれたあと? いや、これは正確すぎる。やはり最初からここに…」
心ここにあらずでブツブツと独り言を言う京之助の近くへ行き、
「とーねーくーーーん」
と、大げさに両手を振るあずさ。しばらくその様子をぼおっとしながら見ていた京之助は、ようやく気が付いたようにあずさをまじまじと見る。
「あ、鷹品さん、帰ってたんですか? なにか?」
「もう!」
そのあと京之助は、あずさにヘッドロックをかけられ、耳に大声で手塚の話を吹き込まれる事になった。
「イテ!イテテ… 鷹品さん、わかりました!わかりましたから、はなして~」
裏返った声で懇願する京之助。あずさは「まいったか!」とか言いながら、もう一度締め上げて手を離した。
「…ゼエ…ハア、あー死ぬかと思った」
「人の話をちゃんと聞かないからよ。で? 貴方はどうするの?クイーンシティの件」
「ああ…」
言いよどむ京之助。
他のメンバーは心配そうにこっちを見ている。セシルと京之助がお互い想い合っている事は、言わずとも皆には知れ渡っているようだ。
「その答えを出す期限はいつまでですか?」
「いつまでって、それは壁に聞くしかないわね。もしかしてすぐに閉まっちゃうかもしれないし、ずーとこのままかもしれないし。でも、早いに超したことはないわよ?」
「そうですね…」
さっきとは違う意味で心ここにあらずだった京之助は、ふいっと頭を上げて言った。
「ちょっと休暇をもらっても良いですか? いちどクイーンシティに行って来ます」
そんな風にいう京之助を、メンバーたちは今度は嬉しそうに見ていたが、あずさはキッと顔をひきしめて言う。
「休暇なんて駄目よ」
「え!? 鷹品ひでぇ、横暴ー」
景岳があずさにくってかかるが、そんなものにはお構いなく、あずさはすました顔で宣言した。
「刀弥 京之助くん。貴方にはクイーンシティへの出張を命じます。早いほうがいいわよ、ほら、すぐに帰って用意してらっしゃい!」
これには景岳も、そこにいたメンバーも、当の京之助も…ただただあずさの機転と行動力に恐れ入るだけだった。
そのあと、急かされるように部屋を出て行こうとした京之助が、思い出したように言った。
「あ、1つだけ質問して良いですか? 解決しておかないと気になって仕方がないんで」
「? なに?」
「俺が調べていたアンドロイドなんですが、目の中に何かあったような痕跡が残ってるんですよ。これはなぜ外されたんでしょう」
そう言うと、あずさはさっきまで京之助が調べていたアンドロイドの所へ行き、目の中を覗き込む。すると、「ああ…」とわかったと言うように顔をあげた。
「これはたぶん、音声画像転送装置をとりはずした跡だわ。最初、向こうのデータが何もなかったときに、第1チームが目に撃ち込んだと言ってたわ」
「撃ち込んだ?」
「ええ」
「銃で?」
「もちろんよ、他に何があるって言うの?」
あたりまえのように言うあずさに、京之助は驚いて聞き返す。
「え? でも、その…これは撃ち込んだにしては、あまりにも正確すぎる。本当に?」
すると話を聞いていた景岳が、可笑しそうに言った。
「きっとブライアンだよ。そんな芸当が出来るのはあいつしかいないな」
「ああ。信じられんだろうが、ブライアンの射撃の腕はすごいんだぜ。銃で針に糸が通せるんじゃないかってほどだ」
続いて、慎がこれまた驚くような事を言うので、京之助は唖然として言った。
「針の穴を通すほどの腕って事か。一度この目で見てみたいもんだ」
「まあ、そのうち会えるさ」
慎がそう言って「おら、早く行け」と言うので、京之助はちょっと皆に頭を下げ、研究所をあとにしたのだった。
どうするかな。
京之助は次元の中を進みながら、考えていた。会いに行くのは良いが、その後のことが全然思い浮かばない。第1セシルとは、はっきりと何かの約束を交わしたわけでもないし。
今さらながら、早まったかな、帰ろうかな、と、いったん引き返しかけたが、あいにくあずさからシルヴァ王妃宛の封書を預かっていることを思い出した。
またヘッドロックをかけられてはかなわないと、京之助は仕方なくクイーンシティへの道を急いだのだった。
出口が見えてきた。吸い込まれるようにその中へ進むと、いったんまばゆい光につつまれてから、外へ出るようになっている。
光にくらんだ目が、外との差に慣れると、そこに人が立っているのが見えた。その人は近づいてくると京之助に話しかける。
「ようこそクイーンシティへ。遅かったじゃない」
なんとそれは、セシルだった。
「え? え?」
意外な出迎えに頭が真っ白になり、言葉が出ない京之助。そんな彼を可笑しそうに見ながら、
「ふふ、びっくりした? こちらへどうぞ。王宮までご案内いたしますわ」
と京之助のバッグを持とうとする。しかし京之助は「いや、自分で持つよ」と、そこは譲らず彼女を促して歩き出した。
そこからはセシルの運転する移動車に乗り、王宮へと向かう。京之助はどうしても彼女をまじまじと見つめてしまう。
「私の顔に何かついてる?」
あいかわらず可笑しそうに言うセシル。
「あ、いや。何で貴女がここにいるのかと思って」
「お迎えに来ちゃ駄目だった?」
「いや、駄目とかそういうことではなくて…」
どう言えば良いのか。何から切り出そう。
なぜか楽しそうなセシルに、声をかけようとしたとたん。
「さ、着いたわよ」
「え?」
移動車は早くも王宮の正面に横付けになっていた。
そこからもセシルの案内で、王妃が執務している部屋へと向かう。
「ようこそおいで下さいました。書類を届けて下さったのですよね」
「はい、これがそうです」
京之助が王妃に手紙を渡すと、彼女は中から書類を取りだし、それをしばらく眺めていたが、ふっと手をおろすとおもむろに言った。
「わかりました。そうですね、返事に少し時間がかかる事柄なので、貴方には、しばらくこちらにとどまっていただかなくてはならないわ」
そう言ってセシルに向き直る。
「セシル、刀弥さんはしばらくこちらにおられるので、その間のことは貴女にお願いします」
「はい、わかりました」
「ええっ?」
驚く京之助を促して、部屋を後にするセシル。京之助はどうにも仕組まれているような気がして仕方なかったのだか、王妃に詰め寄るわけにもいかず、おとなしくセシルのあとについて、部屋を出たのだった。
王宮の中にある居心地の良さそうな部屋が、京之助に用意された部屋だった。
「貴女は?」
「?」
「貴女はどこに泊まるんだ? 別に部屋があるんだろう?」
何を聞くんだと言うような顔でぽかんとしていたセシルが、可笑しそうに微笑みながら言う。
「フフッ。いいえ、私は街にある自宅へ帰るわ」
とそのあと、ふといたずらっぽい顔になって続ける。
「お望みでしたら、一緒にこの部屋に泊まってもいいわよ?」
「なっ!」
絶句した京之助は、そのあとふうっとため息をついてそこにあったソファに沈み込む。向かいのソファを手で示して、セシルにも座るように言った。そして、彼女にはヘタな小細工は通用しないと確信し、いきなり本題をぶつけてみる。
「俺は、いちおう出張と言う名目でここにいるんだが、実は違うんだ」
すると、いつもなら茶々を入れるセシルが、このときばかりは黙って先を促すように頷いた。
「もしかしたら、また次元の扉が閉じるかもしれない。だから、どうしたらいいか、貴女と相談するために来たんだ」
「なぜ私と相談しなきゃならないの。京之助がどうするかが、私に関係があるの?」
「そ、それは…」
わかっているくせに。けれど彼女はどうしても京之助に言わせたいらしい。
「俺は、どうやら貴女が好きになってしまったんだ。だから離れたくない。もし貴女も同じ気持ちなら、今後の事を真剣に考えてくれないか」
すると珍しいことに、少し固まっていたセシルがはにかむようにうつむくと、その頬がほんのり赤く染まる。初めて見る照れた様子とその美しさに、今度は京之助が固まる番だった。
先に動いたのはセシルだった。
「わかりました。…もう」
ソファから立ち上がってテーブルを回り込み、優雅なしぐさで京之助の膝の上に横座りになるセシル。
「そんなにきまじめに言われたら、冗談で返せなくなっちゃうじゃない」
「冗談なんかで返させるものか」
そう言いながら、強く彼女を抱きしめる京之助だった。
翌朝。
朝食をご一緒して下さいと言う王妃からの伝言を受けて、京之助は案内されたダイニングルームへと入って行く。王妃はすでに席に着いていた。
「申し訳ありません。お待たせしてしまいましたね」
「いいえ、時間ピッタリですよ。私が早く来すぎたのです。それに」
と言いながら、スープカップを持ち上げる。
「お先に頂いていますわ」
京之助に変な遠慮をさせない配慮だろう。少し微笑んで椅子に腰掛けながら、「コーヒーを頂けますか?」と、配膳係に声をかける。
コーヒーカップが置かれたところで、王妃が聞いて来た。
「昨日は良くお休みになれましたか?」
「はい、おかげさまで」
「それは良かった。…ところで、滞在中のご予定はお決まりですか? まだでしたら、こちらでプランをお立てしますが」
「いえ…」
京之助は少し緊張しながら、「実は予定ではないのですが」と王妃に伝える。
昨日あれからセシルとは、真剣に話し合いをした。どちらも自分の次元で仕事を抱えている。そしてどちらも今の仕事が楽しくて仕方がない。京之助は、それでも、セシルがどうしてもと言うなら、自分が次元のこちらに来てもいいと言う覚悟は決めていた。
しかし、セシルが出した提案は、驚くような事だった。
「いま、両方の技術を持ち寄って、次元の壁を自在に閉じたり開いたりする研究をしているわよね? それなら私たちはあっちとこっちにいて、研究を続ければいいんじゃない?」
「え? でもそれだと次元が閉じてしまうと、」
「そう、離ればなれ。だけど、そうなったらお互いきっと、ものすごく真剣に研究に励めるんじゃない?」
京之助はまた絶句した。なんて大胆な人だろう。そりゃあ、きっとセシルに会うために京之助は持てる力の限りを尽くすだろう。でも、それが成功する保証はどこにもない。もしかしたら、永遠に離れたまま、連絡も取れないかもしれない。
驚きながら声も出ない京之助に、セシルはまたいたずらっぽく微笑んで宣言した。
「大丈夫よ。私って、ものすごく運の良い星の下に生まれてるの」
最初、微笑みながら2人の話を聞いていた王妃は、セシルの提案には、案の定難色を示した。
「それは少し大胆すぎるのではないですか? 私はいちど経験していますので言いますが、次元の壁が閉じてしまうと、見事なほどにいっさいの通信手段は遮断されてしまいます。ルエラさんのように、鏡を通り抜けられる人がいるので、もしかしたら? と言う希望もありますが、それでも直接、話が出来るわけではありません」
もっともな話に京之助は深く頷いた。けれど、
「昔と今では、状況も協力体制も違います。次元が開いている間に、できうる限り通り道のデータを集め、最善を尽くせるようにします。それに」
京之助はすっと背筋を伸ばすと、
「俺は、バリヤの優秀さを信じています。そして、クイーンの優秀さも」
まっすぐに王妃を見つめて言う京之助。王妃はそこに、若さからあふれ出る無限の可能性を見た気がした。
それが嬉しくて頼もしくて、ニッコリと微笑みながら言う王妃。
「わかりました。ところで、そのぶんだと、このあとのご予定も決まっているようね」
すると、京之助はとたんにアタフタし出し、ちょっと口ごもりながら言う。
「ええっと、はい。もしお許しを出していただけるのなら、セシルと一緒に高い壁の向こうを見学させていただこうかと…」
「あら、素敵! 先に新婚旅行を済ませておかれるのね。もちろん賛成よ。そうと決まれば、最高級の移動車を用意させますわ」
新婚旅行と聞いて、ゴホゴホとむせかえりながら、またアタフタする京之助。仕事に関しては優秀な彼も、ことが恋愛に及ぶと調子が狂うらしい。
からかうのはこのくらいにして上げましょうと、王妃は色々手配をするべくさっさと朝食をすませたのだった。