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第3話


 京之助が受け持った最初の仕事は、クイーンシティの高い壁へ行き、その壁のサンプルを持って帰ることだった。


 行ってみると、壁自体は見たところ何の変哲もなかったので、とりあえずサンプルを採取する。そしていざ次元のこちら側へ持ち帰ろうとしたところ、クイーンの誰かに同行してもらった方がいいと手塚に言われ、その役目を買って出たのがセシルだった。


 それを聞いて、京之助はちょっと顔をしかめた。

 あの、お互いに引き込まれるような経験のあと、京之助はなるべくセシルに近づかないようにしていた。どうしても話をしなければならないときは、できるだけ、資料や分析する対象物に目をやって、セシルとはバッチリと目を合わさないようにする。

 そんな京之助の態度に対して、最初は不思議そうにしていたセシルだが、しばらくするとちょっと不満げな表情を見せ、わざと顔を覗き込んだり、振り向いたすぐ後ろに不意打ちでいたりする。しかしここまで何とかしのいできた。のだ、けれど…


「!うわっ」

 今は次元の壁の中を通り抜けている最中だったのだが、出口が見えたので少し気が緩んでいたらしい。無防備に微笑んで振り向いたすぐそこにセシルの顔があった。

「?」

 美しい口元に、いたずらっぽい笑みを浮かべてこちらの目を覗き込んでくる。これは非常にまずい状態だ。ここであの瞳にとらわれてしまったら…

 京之助はなんとか視線を外そうとしたのだが、その努力もむなしく、まるで2人の身体に強い磁石が取り付けられたかのように彼女を引き寄せていた。


「…ん…」

 どれくらいそうしていたのだろう。

 セシルの柔らかい声にはっと我に返る。

 しまった!

「申し訳ない!」

 あわてて彼女から距離をとり、腰を90度折るような最敬礼をする。けれどしばらくして顔を上げたとき、彼女は首をかしげて、何を謝っているんだというような顔をしていた。


「どうしたの?何か謝るようなこと、した?」

「あ、謝るようなことしたじゃないか! …その、ことわりもなくkissを…」

 するとセシルは可笑しそうに笑い出して言う。

「ふふっ。ねえ、貴方たちの次元では、いちいち断ってkissするの?」

「いや、恋人同士ならともかく、まだ出会って間もないのに」

 至って常識的な答えをしたつもりだったが、セシルはそれにも楽しそうに、

「あら、私は最初にバッチリと目が合った瞬間にkissしたいと思ったくらいだわ。ねえ、これって運命の出会い? それとも次元を超えた奇跡の出会いかしら?」

 などと言う。


 京之助は自分もそうだったとは言えず、目をそらす。きっと赤い顔をしているだろう。セシルはそんな京之助を見て、満足したように言った。

「でも今日はここまでね。早く行かないと向こうの人たちが心配しちゃう。それに、お互いのこと、まだ何も知らないんですもの。これからゆっくり知り合っていきましょ」

 そう言って、また完璧なウィンクをして見せた。まったく、大胆な人だ。

 京之助は肩をすくめてセシルを促し、次元の向こうへと急いだのだった。




 第5チームの研究室へ戻ると、メンバーたちは待ってましたとばかり、すぐさまサンプルの分析にとりかかってくれる。

 さすがにここは優秀な人材が集まっている。誰に話しかけても打てば響くような受け答え。むだな話もたまにはするが、アーヴィングのナンセンスなジョークが主だ。お国柄の違いから、一瞬考えなくてはならないようなものもあるが、それもまた頭の切り替えにはちょうどいい。


「それで容疑者はね、得意げに、犯行時刻にはだれにも見られませんでしたよ!って言ったそうです」

「…クス」「ふ…」

 あれから皆、何時間も分析を続けている。ほとんど休憩もなし。疲れてそろそろキリキリし出したなーと思うころに、絶妙のタイミングでジョークを繰り出すアーヴィング。


「おや?」

 たった今ジョークを言っていたアーヴィングが声を上げる。

「どうしたの?」

「なにかあったか?」

「やあっと見つけましたよ」

 嬉しそうに言うアーヴィングのデスクに、チームのメンバーが集まる。

「この壁の成分ですが、調べても調べてもこちらの次元と同じ成分しか見つからなかったでしょう。でも、それだけではあの強度は出せない。それで、ちょっとこの間思いついた分析法をダメ元で試してみたら…。あらよっと」

 と言いながら、ディスプレイに何やら映し出す。

「そしたらね、今までにない反応をする物質が出て来ました。ごく微量で、しかもこちらの物質とはかなり違った結びつき方をしている。これでは見つけ出すのに苦労するはずです」


 そこには他の物とは明らかに違う、金色で、美しく光を反射する物質が浮かび上がっていた。

「なるほどね、こんなに硬質なものが結びついていれば強靱なわけです」

 その金色の物質は、どうやら相当な強度をもっているらしい。クイーンシティの物質に詳しいため、一緒にここへ来たセシルも画面を覗き込んでいたが、

「えっと、これは取り出してあります? たぶんあれだと思うんですけど、確認のためにあちらの分析器にかけてみますわ」

 そう言ってクイーンシティから持って来てあった、コンパクトな分析器の方へと向かうセシル。

 あずさがそんな風に言うセシルに、思わず聞いていた。

「あれって? 貴女にはこの金色の物質が何だか、だいたい解るの?」

「ええ、あの金色と、ものすごい強度。私が知る限りではそんな物質はただひとつ。一角獣の角だけだわ」


「いっかくじゅう?」

「Oh my god! あちらの世界にはユニコーンがいる?」

 大げさな身振りで驚くアーヴィング。いや、アーヴィングだけではない。そこにいる誰もが度肝を抜かれた。こちらの世界では空想上の生き物と言われている動物が、実際に存在しているとは!

「? そんなに驚くようなことなの?」

 皆の驚く様子を見て、そちらのほうに驚くセシル。


「あたりまえ!でっすよー。ユニコーンっつったら、こっちじゃあ空想上の生き物なんですから!」

 アーヴィングに負けないほどの大げさぶりで驚くこの男は、パーティでは行方不明だった最後のメンバー。

 十時そじ 景岳かげたかと言う。彼も分析官には惜しいくらい?陽気で剛胆で、ものごとにこだわらない気持ちの良い男だ。

「へえ、そうなのね。でもね、一角獣はあちらでももう空想上の生き物かもしれない」

「?」

「一角獣の角は、その強靱さから、質の良い剣に加工されるの。それでね、ご存じの通り闘いのみで生きる男たちが乱獲に乱獲を重ねて、彼らは絶滅したと言われているの」

「なんてこと……」

「けれど、剣はたくさん残っているわ。だから壁の強度を増すために、それをもう一度加工して使ったとしても不思議じゃないわね。でも、そんな話聞いたこともなかったけど…」


 分析器からはじき出された数字は、クイーンシティに残っていたティーナが調べてくれた剣の成分とほぼ一致した。

 その結果の報告を受けた手塚リーダーは、シルヴァ王妃に了解を取って、くだんの剣をイグジットEの強化にあてる事にした。不思議なことに、壁の制作にかかわっていた王妃でさえ、剣の事は知らなかった。あの頃はダフネが指揮を執っていたため、残っていた男たちだけに指示をしたのかもしれなかったが。

 とりあえずは加工するために、だれかに剣の運搬役になってもらわなければならない。それは、ティーナが快く引き受けてくれた。




「お待たせしました。これがその剣です」

 ティーナは自身でも何本か持って来たが、作業アンドロイドを同行させて、色んな形状の剣を数種類、しかもかなりの数を持ってこさせていた。

 運び込まれた剣のひとつを手に取る京之助。だが、思ったより軽いのに驚く。

「こちらの剣と違って、ずいぶん軽いんだな」

 ふと漏らしたひとりごとを聞きつけたセシルがそばへ来る。

 不思議なことにあのkissのあと、熱に浮かされていたような衝動は嘘のように修まっていた。そのかわり、彼女と目が合うと、ほっとして微笑んでしまうような温かい気持ちがこみ上げてくる。今もふわりとしたまなざしで彼女を見つめる京之助。


 セシルはそこに置いてあったもう一つの剣を取り上げると、綺麗に構えながら言う。

「人が人工的に作り上げた物ではないからかしら。そのうえ、錆び付かないから相手が多くても大丈夫なのよ」

 そして、「お手合わせしていただける?」と京之助の持つ剣に自分のそれをカチンと打ち付けた。

 それが合図だったかのように、飛び退いて間合いを作る2人。


 カン!カン!

 驚くことにセシルは相当な剣術技術を持っていた。京之助も遊びではじめた剣術にはまった時期があり、腕には少しばかり自信がある。

 この手合わせは、相手を打ち負かすための剣ではなく、スポーツと言っても良いような手合わせ。心地よく噴き出してくる汗と、セシルの深い部分と対話しているような快感。どれほどそうしていたのか、お互いに息が上がるほど熱中していた。

 しかし、このままではらちがあかないのと、もし負けたら男の沽券に関わるという、小心なプライドが働いて、京之助は力技でセシルの手から剣をはじき飛ばす。

 あっと言うような顔をしたセシルが、すぐさますねたような表情に変わり、「ずるいわ」と、唇をとがらせた。

「すまない…けれど、皆、剣を待ってるみたいだったんでね」

 取り囲んだビジターのせいにして、飛ばされた剣をゆっくりと取りに行く。すると、どこからともなくパチパチと拍手がわき上がった。


「すごい…」

「ブラボー!」

「ホント、まるで2人で舞を舞ってるみたいだったわ。思わず見とれちゃった」

 皆、口々にほめまくるので、2人は顔を見合わせ、照れながら微笑みあったのだった。

 




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