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第2話


 パーティ当日はかなりの人数が集まっていた。


 京之助は特に知り合いもいないため、あちこちで交わされる「お、久しぶりだな」とか、「元気だったか?」などと言う、ほかの隊員たちの会話からは完全に外れていた。仕方なく食事に専念していると、手塚が声をかけてきた。


「こんなところにいた。刀弥!どこにいるのかと思って探してたんだぜぇ」

「はあ」

「第5チームのヤツらがそこにいるんだ。紹介するぜ、ちょっと来い」


 立食パーティのはずが、その一角だけ背の高いテーブルが置かれている。テーブルの上には、こんな時だというのにタブレットが置かれ、資料が散乱し、そこだけはちょっとした仕事場のような有様だ。

 なにげなくタブレットに目をやった京之助は、その画面に釘付けになる。

 今までに見たこともないような記号や数式が並んでいる。思わずそれを指さして、

「これはなんですか?!この数式はどこから引き出したんですか?この記号は?」

 そこにいた、資料を見ながらアルコールのグラスを傾けている男に、勢い込んで矢継ぎ早に聞いてしまう。


 すると、おおっ?っと驚き少し引き気味になっていた男が、説明をしてくれる。

「これはクイーンシティ、と言うのは知ってるか? ええっと、次元のあちら側のことをそう言うんだ。で、そこの鏡を分析した資料。で、この記号はな、… … …」

 と、こちらの記号や式にあてはめながらタブレットを操作する。

 夢中になってそれらを聞いている刀弥の背中をポンッとたたいて、

「さっすがに穴蔵にこもってる奴だけのことはあるな。けど、ちょっと名前だけ紹介させてくれよ」

 と、手塚が言った。


「ああ、すみません」

 どちらも今さらながら顔を見合わせる。

 どう見ても分析の仕事をしているような風体ではなく、ひげ面で、ついさっき厳しい冬山から降りてきたと言っても信用されそうなその男は、

「どうも、狐塚きつづか しんです。あんたが新しく第5に入ったひと?」

 と、聞いてくる。

 京之助も自己紹介を返した。一応新人なのでていねいに。

「刀弥 京之助と言います。よろしくお願いします」

 すると、狐塚と名乗ったその男は、ふっと苦笑いして言った。

「そんなに改まらないでくれよ。あ、リーダー。あとのヤツらは俺から紹介しときますぜ」

「なんで?」

「だってこちらさん、この分析内容が知りたくて、どうしようも無いって顔してるからさ。いま人間をいっぱい紹介したって頭に入らない、だろ? だそうです。だからあとでまとめて覚えてもらいますよ」

 さすがに同じような仕事をしているだけのことはある。そうなのだ、タブレットに興味が集中している今、京之助はきっと人を何人も紹介されても上の空だ。


 手塚はうんうんと頷いて、満足そうに言った。

「やーっぱりパーティに来てもらってよかったぜぇ。もうお互い似たもの同士だってわかっただろ。いや、こいつらはこんな時でもないと、まともに話も出来ねぇんだよ。とにかく仕事中はお前さんを紹介しても、らちがあかねえと思ったからさ。第5チームはシャイな奴ばっかりだし」

 と可笑しそうに言う手塚。

「どこが」

 ひげ面の慎はあきれながら言うが、手塚はこたえる様子もなく続ける。

「だってぇ、第5チームの研究室に行っても~、恥ずかしがってだれも顔上げてくれないんだもん。ボク、寂しい~」

「恥ずかしいんじゃなくて、リーダーのしょうもない話につきあってる暇がないだけですよ」

「あっ!ひでぇ」

 慎の顔の前に、ピッと指を突き出すと、そのあと大笑いする2人。それだけ見ても、手塚という人間が第5チームにとけ込んでいるのが良くわかる。リーダーだからといって変に遠慮もしない、かといっていばりもしない。

 手塚の真意をようやく理解した京之助は、ああ、この人は今までの上司とは訳が違うんだ、と、楽しくなって一緒に笑いだしたのだった。



 記号や数式の説明を受けている間に、テーブルには第5チームの人間が幾度か顔を見せた。

 しかしその都度、彼らは納得したようにこちらには声もかけずに離れて行く。

 ようやく京之助が満足したように頷いていると、すっと女性が隣のスツールに腰掛ける。正面にはメガネをかけた青年が座って何やら資料を眺めていた。


「そろそろお話しが出来るかしら?」

「あ…」

 慎に目配せしてニッコリと微笑んだその女性は、自ら自己紹介をしはじめる。

「はじめまして。私はバリヤ第5チーム指揮官、鷹品たかしなあずさ と言います。そして、貴方の正面に座っているのが、アーヴィング・クライン」

 名前を呼ばれると、アーヴィングは資料から顔を上げて穏やかに笑ってみせる。

「彼は優秀な化学者であり、物理学者でもあるの。その上」

 と言ってあずさは静かにフフッと笑って言う。

「ナンセンス・ジョークの天才」

 その言葉には、アーヴィングは肩をすくめてみせた。


 なるほど、なかなかこのチームは面白そうだ。

「はじめまして。刀弥 京之助と言います。よろしくお願いします。あ、ちなみにジョークは大歓迎ですよ」

 それだけ。

 あっけないほど簡単に自己紹介は終わってしまった。

 自己紹介を終えたところで、慎がまわりを見回しながら言う。

「俺たちのチームにはもう1人いるんだが…どうやら行方不明のようだ」

「もうひとり?」

「ああ、十時そじって言うんだ。まあ、そのうち出くわすだろ」

 そのあとは、お互い名前しか知らないままに、さっき慎から説明してもらった、クイーンシティの鏡の話で盛り上がる。研究室ではないので、皆それぞれ飲んだり食べたりしながらだ。もちろんアルコールも含めて。

 京之助はビール。

 慎はウィスキー。

 あずさは綺麗な色のカクテル。

 面白いのはアーヴィングで、彼は日本酒を美味しそうに飲んでいた。




 そしてまたしばらくすると、先日一緒にイグジットEに行った、第7チームとクイーン作業チームの面々がやってきた。

「あいかわらずここは仕事中毒のヤツばっかりだな」

 ニヤニヤしながら言うのは、たしか土倉とかいう、手塚と漫才していた指揮官だ。彼はひょいとテーブルに手を伸ばし、唐揚げを一つ頂戴して口に入れた。

「うーん、やっぱりルエラさんの唐揚げは最高だなー、はふ。あ、ごめんごめん。あんまり美味そうだったから、つい手が出ちゃった。ちょっとお邪魔するよ。えーと、今度さ、第5と第7、それからクイーンの皆さんが協力体制で仕事するじゃない?だから、第7はともかく、クイーン作業チームの人たちを紹介しておこうと思ってね」

 そう言いながら、順にクイーンのチームメンバーを紹介していく土倉。聞くところによると、次元の向こうの世界では男が生まれなくなってしまっているらしい。だからここにいるのは女性だけだ。当然ながら、次元の向こうの人口は減る一方。

 それにしては皆明るく、性格も良い。それはイグジットEでも感じた事だ。


「それから彼女がティーナさん」

 最後の2人になって、まずは第7チームメンバーである小美野おみののそばにいた、可愛らしい感じの女性が紹介される。少しはにかむように「ティーナです」と名乗ったその女性は、ぴょこんとおじぎをしたあと、なぜか小美野を見上げて微笑んだ。それにこたえるように小美野も笑顔になる。


 そして最後に残っていたのが、イグジットEで、手塚リーダーと土倉のかけあいに合いの手を入れた、セシルという女性だった。

 彼女が前に出ると、一緒にいた第5チームのメンバーが、ほう、と、ため息とも取れないような息を吐くのがわかった。

 とにかく美人だ。

 黄金比と言える顔の造作は言うに及ばず、透けるような肌が陶器のようだ。彫刻のようなその顔だちは、自分たちと同じ成分で出来ているとはとても思えない。

「セシルと申します。私はともかく、ここにいるメンバーはとっても優秀なので、どうぞ安心して仕事を任せて下さいね」

 と言って、完璧なウインクをしてみせる。

 これにはなぜか毎日一緒に仕事をしている土倉が、頬に両手をあてて、「うわー、良いもの見せてもらっちゃったよー。やっぱり人間、長く生きるもんだね」などと冗談めかして言う。

「またまた、これっぽっちも思っていらっしゃらないくせに」

 それにこたえるように、可笑しそうにうつむいて言ったセシルが何気なく顔を上げたとき、刀弥とバッチリと目が合った。


 そのとたん、2人の間の時間が止まる。

 しばらくは見つめ合ったままお互い固まっていたが、「セシル?」と、心配そうに呼びかけるティーナの声に、お互いハッと我に返る。

「あ、ごめんなさい。何?」

「何でもないの。でも珍しく、ぼぉっとしてたから」

 すると、チラッと刀弥に視線を走らせたセシルは、

「ちょーっと、自分でも説明がつかなくて」

 と、いたずらっぽい笑顔を見せながらしばらくは刀弥を眺めていたが、ゆっくりと彼に背を向けて行ったのだった。





    

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