第1話
いちおう『応接室』とプレートのかかった部屋。
けれどほとんど使われることのないそこは、資料とがらくたの山が散乱していて、どうにもくつろげるような空間ではなかった。
「すみません、俺にちゃんとした来客なんて、ここに来てから初めて、…たぶん、です。貴方が最初なもので」
一応言葉だけは恐縮しながら、少しも申し訳ないと思っていない京之助が、備え付けの自販機で買った紙コップのコーヒーを差し出す。それを受け取った男は、面白そうにあたりを見回して答える。
「いやいや、男所帯なんてこんなもんさ。どうも初めまして、私はバリヤ総括リーダーの手塚 直人と言います。さっそくだが、今日来た目的は聞いてるよな?」
「はい。俺、いや私は、刀弥 京之助です。なんでも、バリヤにスカウトされるとか?」
「ハハハ、スカウトかぁ~、って言うより、無理矢理拉致ってとこかな。あんたの噂は俺たちみたいな端っこにいる奴にも聞こえてくるからさ」
「端っこにいる奴?」
京之助はその言い方が面白くて、思わず聞き返してしまう。
「ああ、バリヤってのはその目的が終われば、すぐさま解散する組織だ。世の中の仕組みの真ん真ん中にいるわけじゃない」
「なるほど」
「だからって、ほどほどに仕事をするなんてのは、俺の美意識が許さねえんだ。最高のメンバーで最高の仕事がしたい。そうじゃなきゃリーダーを引き受けないって言ってやったんだ。お陰で、すげえヤツらばっかり集まってくれてな。とは言っても、なにも天才ばかりいるわけじゃないぜ。自分の持ち味を最大限に生かすために、努力も苦労も惜しまないって奴ばっかりなんだよ。だから、俺はリーダーとしてこんな嬉しい事はないって経験を、そりゃあいっぱいさせてもらってるよ」
自分とそう変わらない年に見える手塚は、さすがに総括リーダーを任されただけのことはある。たくみな話術もさることながら、どこか老成したような雰囲気を持ち、難なくこちらを安心させてしまう。
この上司の元でなら、仕事も今より楽しくなるんだろうか?
京之助はいぶかりながらも、引き込まれるように「俺の腕が必要なら」と、答えてしまっていた。
「そりゃ良かった。で、そんなに急ぐ必要もない、とか言いたいんだけどな。事は切羽詰まってるんだよ。ワリィが明日にでも一緒に来てくれるか?」
「ええっ!?」
そんな経緯を経て、あれよあれよと言う表現がピッタリな展開で、翌日、京之助は手塚と共にイグジットEへと向かっていた。行く道すがら聞いたところによると、次元の向こうの物質にはこちらと違う成分のものがあるらしい。
京之助はそんな話を聞くと、ワクワク、いや、ゾクゾクする。この世のすべてのものが何で出来ているか、どうやってつながっているか、それが知りたい。次元の向こうだろうが何だろうが、とにかくすべて。
分析して解明して、それをまた分析して。この世にこれ以上面白いものがあるはずがないと、京之助は思っている。
「お前さんはとにかく一日中、部屋ん中で分析を続けてるんだって?」
「ええ、それが俺の仕事ですから」
「にしたって、他に楽しみとかあるだろ。美味いもんを食いに行くとか、酒を飲みに行くとか」
「最近は宅配ピザも美味いですよ。それに研究室には冷蔵庫もありますし」
「?」
「誰が買って来るのか、ビールもワインもたんまり入ってますよ」
それを聞くと、手塚ははじけるように笑い出し、
「じゃあ、女の子とつきあうとか」
と、言う。女の子?なんだそりゃ。
「別に不自由してませんよ。休みの日にはガールフレンドとも過ごしますし」
仕事を離れれば、京之助もただの男だ。ほとんど取れないが、休みの日には仲間と遊びにも行くし、フランクなつきあいが出来る女友達もいる。
しかし、しつこい女は嫌だ。愛だの恋だの、何で女ってやつはあんなに ☆恋愛、命!☆ なやつが多いんだろう。分析出来るなら、女心も分析出来れば対抗手段もあるのに。
「ふうん…」
今度は感心したように言った手塚は、
「まあ、何に重きを置くかは人それぞれって事だな。うんうん」
と、嬉しそうに頷いて、今回の仕事の説明をする。
「これから行くところは、イグジットEと言って、次元の向こうからアンドロイドが出て来ては暴れてる所なんだ。……おっと、君にはそいつを倒せなんて言わないぜ」
えっ?と言う顔をした京之助に、すぐさま答えを返す手塚。
「そこで出入り口の補強をしているバリヤ第7チームと、次元の向こうから来た、彼女らはクイーンって言うんだが、まず、その人たちと一緒に仕事してもらいたいんだ」
「はあ」
「彼らに引き合わせた後に、次元の向こうに行ってもらって、クイーンが作り上げた高い壁の成分を調べてもらいたい」
「高い壁?」
手塚が高い壁という言い方をしたそれは、かなりの強度でできているらしい。
その物質がどんな成分なのか、こちらの世界ではどの資材により近いか、生成は出来るものなのか、などを調べてもらいたいとのことだった。
京之助は心が躍る。
見たことも聞いた事もないものを調べ上げるのは、研究者冥利に尽きるというものだ。
だから、かなり期待してイグジットE入りした京之助だった、のだが…
手塚と第7チーム指揮官を務める土倉との、漫才のようなやり取りのあと、突然バリヤ全体で一日の休暇を取るという話になってしまった。その上、その日には手塚の屋敷でパーティが開かれるらしい。
なんだ。
それなら俺はその日、いったんもとの研究所に戻ってやり残した仕事を片付けよう。
と、思ったのは京之助の甘い考えだった。
「刀弥!お前は強制的にパーティ参加だぜ! 顔見せだ」
「ええ?!」
ああ、またとんでもない上司にあたってしまった。やっぱり俺は上司運が悪いな。最初は良さそうな人だと思ったのに…。
しかし、京之助はこのあと、上司運が急上昇したことを知ることになる。