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てちがい店長とぼんくらな僕  作者: ウラキタカチホ
てがえし店長とぼんくらな僕
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てがえし店長とぼんくらな僕 Viewing:高原優雅①

「……はぁ」


ったく。どーしてこう……ままならねぇんですかねぇ、世の中ってのは。

たかだか138cmのこの貧弱な体に、だいぶん面倒なしがらみを背負いこませすぎやしませんかね、神さんよ。

……まさか、爺ちゃん時代のバイト募集なんざを真に受けてきやがるたぁねぇ。

できるだけ店の内装を変えたくなかったから放置してましたけど、とっとと剥がしときゃあ良かったですかね、あの紙。

目をやれども、日に焼けた紙切れに文句をつけたとて今が覆るはずもなし。

ちらりと背後を覗いてみれば、視界に入るはいかにも坊ちゃん然とした黒髪短髪が。


「はぁー……っ」


暖房の入り切っていない空間に溶ける、白い息。

コンクリの天井に昇ってく生温さは、私自身が由来だっつーに一々いら立たせてくれやがります。

店そのものに染み込んだ紅茶と珈琲の匂いはいつだって私を癒してくれるもんですが……今日ばかりはまるきりそれが台無しですね。


ああくそ、ロクでもねえ。

本当にロクでもねえです。

気分としては……そうですねぇ、食べられると思って二個買ったら、存外一個の量が多くって食い切れず……。

仕方なしにそこらの犬に余った肉まん(ジューシィな合挽・タマネギたっぷり)をくれてやったらどうしてか懐かれちまったよーな心持ちですよ、ええ。

んっとにめんどくせぇーですねぇ……。

てめえみたいなクソガキはタマネギ中毒で地べたに転がってりゃあいいってもんですよ。


ま、拾っちまった以上は何を言おうがしゃーねーんですが。


「んで……オーダーはどうしやがるんですか」


冷たい黒檀のカウンターに頬杖ついて、がりがり頭を掻きながら吐きだすように。

いかにも面倒臭そうに。

最後に自虐と嘲笑の織り交ざった笑みを添えてやれば、いつもの店長さんの完成です、っと。

さぁて、これでこっちゃぁ苛立ってんだって伝わってくださいよ。

……はっ、客商売の主人のやることじゃーねぇですね。


「あ……この前と同じでお願いします」


かろうじて声を絞り出したと思しきオドオドさ。

いつかのキレっぷりからは程遠い浪人生の在り様は、どうにもこうにも小動物を思わせて仕方ねぇ。

ちょこんと狭そうに席について、店内の雑多な民芸品なんかを物色してやがってるようですが……まさしくキョロ充。

実に実に芸もなし。

も少しばかり、愉快な返答くらいできんもんですかね。

たとえば、ここでシュールストレミングとウォトカでも頼んでくれりゃー少しは溜飲が下がるってなもんなんですが。

飲み仲間が増えるんなら、歓迎してやらねえこともねえですよ?

たまには、一人で晩酌以外の飲み方をしたっていいですし。


……ええそうですよ。飲み仲間なんざそもそも一人もいませんとも。


「……あいよ、泥水と粘土細工、一丁ぉー、と」


気だるげに答えてやる傍らで、ぽりぽりがりがり、ふと気づけば頭蓋に手が。

とと、いけませんいけません。状況が酷過ぎてまーた頭ァ掻いちまいましたね。

皮脂で品物を汚さねーよう、いったん手を洗って……と。

……ま、衛生観念くらいはね。ちゃぁんと私にもあるってなもんですよ。

はあ……ヒート機能のぬくもりが手に染み入ってくれます。

この時期は温水を手に浸らせるだけでも心地いいですよねぇ。


「さーてさてっ……と」


この前はアップルパイと水出し珈琲でしたっけ。

冷蔵庫を開ければ、外気より暖かいくらいの寒波が到来。

そもそもこーいう場合、はたして冷気と呼んでやってもいいもんでしょーか?

……どうでもいいですけど、凍りつかせないために冷蔵庫を使う、ってーのは南国出身だと想像つかんでしょうねえ。

しかしされど、見渡しても中に何もいませんよ、っと。


「うわ、もうアップルパイがねーですね。

 ……ま、サンプルのロウ細工で構いやしませんか。

 ガキの舌なら区別なんてつかねーでしょ」


「いやいやいやいやっ! 店長、何を言ってるんですか!」


なーに慌ててやがるんですか。

独り言くらい自由に言わせやがれってんです。

……自虐と皮肉が、こちとら癖になっちまってるんですし。


「ロシアンジョークくらい悟れっつーんですよ。

 この前から何ら成長してねぇですね、使えねぇ……」


「あ……っと、す、すみません」


……だーからどうしてそこで謝るんですかッ!

明らかに理不尽な扱いしてるのはこっちでしょーに!

ガキはガキらしく、気に入らねぇもんにはどんどん噛み付いてりゃいいんですよ。

そんな内心を叩きつけるよに、珈琲だけ取り出してばたりと冷蔵庫を蹴り閉めて、と。


「まったく……どうしてやりゃあいいもんですかね」


天井を見上げりゃ、私のクッソ下らねぇ悩みなんか知ることもなく、今日も今日とてシーリングファンがくるりらくるり。

……あんたらは、お気楽なもんですよねぇ。

毎日毎日、おんなじ事をずーっと繰り返してりゃ、電気っつーおまんまを食いっぱぐれる事もねーんですから。

私も単純作業の仕事につきゃー良かったですかね。


……ま、話半分……ですがね。

爺ちゃんの店、潰すってのはどうしても気が咎めますし。

パパやママ、愚妹にこの店の機微を理解できるはずもない以上、私が継ぐのは自明の理な訳で。


「はは……」


自明の理……ですか。

何言ってやがんですかね。この腐れドロップアウターは。

私はただ、逃げてきただけでしょーに。何正当化してやがるんですか。


かぶりを振って視線を下げてみれば、そこにはまあるい鉄板と幾重もの黄色い膜どもが。


「おっとと……こいつが残ってましたか」


腕を組んでそいつを見やる。

ま、アップルパイがねぇ以上は我慢してもらうとしますかねぇ。

こいつはこいつで乙なもんです。


「他の甘味ですが、クレープがありますよ。

 ……それでいいですかね」


「あ……はい、お願いします」


……これまた、素直すぎて。

この前の腐った魚の目はどうしやがったんですか、ったく。

ああいう目の若者でいて欲しかったですねぇ、ケケケ。

そうして惨めな連中で社会が溢れりゃ、衰退と頽廃のメガロポリスの完成ってなもんです。

嗚呼! 其処は如何ほどの楽園であることか!

諦めと妥協が受容される世の中ほど、喜ばしく生き易しはきっと、ないんですから。


「具は何が御所望で。

 金山寺味噌からぼんじりの塩焼きまで、一通りはぶち込んでやれますよ」


「い……いや、フツーにバナナチョコのでお願いします」


「……ほんとに芸もユーモアもあったもんじゃねーですね」


吐き捨てられたガムを見る目で一瞥。

……ま、一応は客ですし。とっとと作業を終わらせてやりますか。

かちりと鉄板のスイッチを入れれば、ようやく温まりだした店内よりなお熱く、疎ましいほどの暑気が立ち上ってくれやがる。

薄手のビニ手袋を両手につけてみせますれば、あとは作業に移るだけ。

程よくなったところで鉄板にクレープ乗せて、生クリームをちゃっちゃかホイップしてと。

黒くシミの浮いたバナナをテキトーにスライスしてやりゃ、ひとまず準備はオッケーです。


クレープに火が通る前に水出し珈琲を注いでおけば、飲み物の方は他にやることもなし。

鉄板から取り出したるクレープの上にクリーム絞ってバナナ敷き詰め、あとは出来合いのチョコレートソースをかけてやるだけ、と。

くるりらくるりと包装してやりゃ、これにて一件落着どっとはらい。


うーん、楽ゥ~な仕事ですねぇ。

これだけで1150円の売り上げと来れば、真面目に会社であくせく働いてる連中が馬鹿馬鹿しく見えますよ。

……ま、爺ちゃんの遺産食いつぶしてるだけなんですけど。

私がこんな道楽できるのは、ね。


「あいよ、納入っと」


皿の上に置いて、とりあえーずはとりのあえずは、坊主の席に置いてやりましょうかね、と。

カウンター席とはいえ、律儀にも一番奥のレコード棚に囲まれたせせこましい場所に座ってくれやがって。

やれやれ、私に一々歩かせるんじゃねーですよ。

いったんガキに半目を向けてから、顎で外を指し示して、と。

……ま、これだけ露骨にやりゃ意図にも気づくでしょうよ。


「それ食ったらとっとと出て行きやがりなさいよ。これでも私は暇潰しに忙しいんです」


「なんかそれ、矛盾してるような……。

 ちゃんと営業許可だってもらってるんですよね、ここ。

 だったら暇潰しじゃなくて立派な自営業って言えるような」


ああくそ、そんな純朴な顔でいちいち言葉尻捉えてくるんじゃねーですよ。

こっちはさっさと追い返したくてわざわざ嫌みを考えつつ応対してやってるんです。

露骨に舌打ちすれば、クソガキのえも言われぬ表情がなんとも心地よし。

へ、ざまあみろ。


「暇潰しに文句があるってんなら穀潰しでも構いやしませんよ。

 笑えるほどに世の中に貢献なんぞしてないしするつもりもない、生粋の消費生物ですからねェ私ゃ」


空々しい自嘲を顔面に張り付けてやりゃ、なべて世はこともなし。

……だから。

前途ある若者をかかずらわせるつもりは毛頭ねぇんです。

こんなとこに詰めてたら、腐っていくだけですよ。


「で、でも、バイト募集するつもりはあるんですよね? それって、生産的な行動じゃ……」


「あ゛ぁ゛!?」


イメージするは修羅の眼光。

富士鷹ジュビロの漫画に出てくるような、ドギツイ感じで睨みつけて、と。

あんな日に焼けてボッロボロになった、とりあえず喫茶店“らしく”るためだけのただのインテリアなんざ本気にしてるんじゃねえってんです。

誰かを雇うつもりなんて……ないんですよ。

ないんです。心の底から、全くもって。

……ああもう、本当に苛立たしい。


「おいクソガキ。あんまりしつこいようならポリを呼んでもいいんですよ。

 営業妨害なんざいくらだってでっち上げられるんですからね」


……そんな風に怒鳴ってやろうとした、直前のこと。


からりらからり、かんらかんら。


……入り口が開き、招かれざる客を迎えてくれてやがる。

くそったれ、ドアベルまでこの私を嘲笑ってくれえやがってますよ。

無機物に殺意を抱くのは初めて……どころかン百回目ン千回目ですけど、それにしたって腹が立ちます。

口答えしないモノに癇癪を起こす自分の幼稚さ醜さが浮き彫りにされるだけ、余分にね。


だからまあ、無難な接客態度を装うにも、必死に取り繕わにゃならんのです。

反吐の出る作り笑いを顔に浮かべて、金蔓どもにせいぜい媚びてやらねえと。


「いらっしゃいませーっ! 何名様でお越しですかっ?」


……おいコラ、そこのカウンター席のクソガキ。

目も口も忍者ペンギンのごとく真ん丸で、なんですかそのツチノコを見つけたような顔は。


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