てぬるい店長とぼんくらな僕 Viewing:高原優雅②
何とはなしにお気に入りの曲を聞きたくて仕方がなく、裏の駐車場に止めておいた車の中へ。
目指すものを手に取ると、足が冷えないうちにさっさとまた、店内に戻って、一息。
この店の一番の名物、年代モノのレコードプレイヤーの傍まで近づいて――華麗にスルー。
さすがにLP時代の曲なんて私ゃロクに知りもしませんし。さすがにCD世代ですよ、ええ。
向かう先はカウンターの奥にセットされた、最新のマルチメディアプレイヤー。
ブルーレイも再生できる優れもの。九龍城的ゴテゴテ感が実にギュー。
いや、あんな息苦しそーな場所に行きたい訳じゃねーですが。
車のCDラックから摘み取ったのはお気に入りのベストアルバム、Fool on the planet。
それをコンポに叩き込んで、ランダム再生を設定。
普段は……自分用の曲はここでは聞かないようにしてますけど、まあ、今日くらいは。
どうにもこうにも、いけませんね。うむ。少しばかり、感傷的になり過ぎてる気がします。
あんなものを見てしまったからかもしれませんが、ね。
選ばれたのは気分にぴったり、最高の一曲ONE LIFE。
……さすがに音響厨だった爺ちゃんの逸品だけあって、店のスピーカーで聞くと最高ですねぇ。
ま、だからこそ普段は気が引けるというモンですが。
さっきのコじゃあありませんが、身内は大事に。
特にもう、いない人には、自分自身のためこそに。
席について、一息。
「うあぁ怖かったぁぁぁ……」
もう心臓が、バクバクと。
だってあんな、怖いじゃないですか! 相手はキレる世代ですよ!?
自慢じゃないですが、高校以降若い男の子とプライベートで話した回数なんて、
両手の数でも余るくらいだってーのに。ハードルきつすぎますって。
この店の客としてきた子たちはまた別ですが、その手の子は完全に作業と割り切って応対してますし。
ええ、そりゃあもう。基本コンボ並みの作業です。
勢いに任せて男の子をこんなとこに連れ込んで二人きり……うわぁああ。
なんつーことをしでかしてんですか。あの子のお父さんとお母さん、ごめんなさい。
く、クレームつけられないですかね? 嫌ですよモンペの相手なんて。
裁判沙汰になったらどうしよう。
いやいや私はクールでデキる女なんです。
その場のノリや激情に任せて突っ走るなんて、そんなオカルトありえません。
死ねばいいんじゃないかという挑発に同意されそうになったときは本当に焦りました。
本当にそんなことになったら、後味悪いことこの上ねーじゃねぇですか。
……貯まってる感情全部吐き出させるための初手から間違えるたぁ、ホント私はなってねーですね。
結果的にはまあ、どうにかそこまでこぎつけられましたけど。
「もし恨まれてたら……やっぱり、怖いですねぇ」
一人ごちれど反応など帰るはずもなし。基本、私ゃ虚勢張りのビビリなんですって。
無関心を貫くことも、偽善者として面倒を見ることも、悪役に徹しきることもできず、ですか。
……結局のところすべて私の未練で、動揺する私はあまりに未熟に過ぎる。
情けねー、ですねえ。
無頼な大人をいつもは気取っておきながら、ちょっと昔を思い出させられるとこれとは。
やれやれ。
でも、未練のある自分は嫌いじゃないです。
……あの院生時代が、未練も残さないほどに思い出がなかったなんて、思いたくないですから。
いずれにせよあそこまで脅しつけといたんですから、もう会う事もないでしょう。
わざと食い逃げしてもらうために名乗らせなかったし、住所も聞いてるはずもなし。
その事が気楽でもあり、ほんの少しだけ寂しくもありですが――、あの子の将来を考えたらこれがベストです。
どうにかこうにか、怖い人に捕まったんだと自分を納得させてほしいですねぇ。
まあ、始終ヘタれず通せた(……とは、思うんですが)のは、こいつのおかげですか。
懐から取り出したるは銀色の手に馴染む小さな容器。
これまた爺ちゃんの遺品の一つ、愛用のスキットルの中身は定番のホワイトマッカイ13年。
接客するときの朋友にして、人付き合いの師匠たる琥珀色。
花摘みと称した折りに一口二口、せいぜい三口。
そして今なおついでに一口。うむ、極上の仕事です。スモーキーさが実にマイルド。
それだけでUSDマンに変身でござい、っと。
「ま、なんにせよ、です」
反面教師、という言葉を思い浮かべつつ。
自らが教師たると、そんな傲慢におかしみを感じながら。
「……こんな風にゃ成らないで欲しいものですね、若い人は」
西日で硝子窓に映る私自身の顔は、相も変わらず世間を知らないガキそのもので。
言葉の説得力の無さに思わず笑ってしまったけれど。
それでも、あの子より干支一周分だけ、私は長く生きている。
だから、彼が頼りなくて、羨ましかった。
……柄でもない。
いつまで自分を重ねてるつもりですか。
夢とか希望とか、未来とか成功とか、愛とか恋とか。
そういったものの敗残兵がおこがましいってもんです。
それとも何か? 若い子を見て発情でも?
馬鹿言いなさいな、そこまで貞操観念緩いつもりはねーんです。
まったく、すっきりしやがらねーですね。
こんなときこそ、そう。そうですね。
「ああくそ、鴨撃ち行きたいですねぇ鴨撃ち。
せっかくライセンス取っても行く機会が無きゃ持ち腐れってもんです」
フォアエンドを握ってがちゃこんと装填する感覚も、それをぶっ放す感覚も。
まー、倫理観とか吹っ切れてしまえば、破壊は愉しみにしかならんのです。
「あー、散弾銃を思いっきりブチ込みたいですねぇ」
うむ、今日も今日とて、店長さんは立派に人格破綻中。
かくしてドロップアウターはドロップアウターなりに、人生を謳歌するのでありました、と。
趣き深い隠れ家の、シーリングファンの廻る下。
かじかむ手でひとりのありがたさに感謝する。
決して誰をも焼き焦がす事のない、この素敵でやさしい薄暗さの中で。
ちびちびと、ほんとうにおいしいものをじっくりととっぷりと味わう。
いつだってかわらずに、こんなにもこの店は穏やかで――芳醇だ。
第一話:てぬるい店長とぼんくらな僕 完