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てちがい店長とぼんくらな僕  作者: ウラキタカチホ
てがえし店長とぼんくらな僕
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てがえし店長とぼんくらな僕 Viewing:三崎秀②

表に出れば、春告風が僕の鼻をくすぐっていく。

むず痒いようなその感触が、僕にもたらすのはただ一つ。


「ぶぇくしょんっ!」


……仕方ないよね、花粉症だもの。

春の訪れなんて、僕にとっては地獄の始まりでしかない。

喜びなんてどこにあるはずもなし。


何とはなしに雲間から漏れるジャコブの梯子に目を眇めれば、ここが煉瓦とコンクリートで織られた街だと気づく。

今日から僕が、住まう場所。

……別段僕が何をしたわけでもなく――勢いに流されるままに、そう、決まってしまった。

たぶん店長の意地っ張りという理由だけで。

降りかかる困難の中で自分の力で居場所を掴んでいく……そんな物語の中の主人公みたいな事を夢想していたけれど、事態は僕じゃどうにもならないところで勝手に進んで勝手に終わる。

世の中なんて、大体そんなものなのかもしれないけれど。

達成感も安心感も、あったもんじゃあなかった。


……だからといって、今やるべきことがあるというのは変わりはしない。


『……っと。マドラーが切れそうですねぇ。

 おいバイト、ちょっくらちょいっとクオリーメン洋雑貨にダッシュです、5分で』


『そこ、どこにあるかも知らないんですけど……』


『てめーにはググるって概念がねーんですか、おら時間がどんどん減ってきますよ。300、299、288』


……いやいや、どう考えても間に合いませんって、店長。

慌てて飛び出してきたものの、無暗に駆け出してもしょうがないから、手元で携帯電話をいじくり始める。


ライトがついて最初に出てきた画面は、電話帳。

そこに、店長の電話番号とメールアドレスが浮かんでいた。

なぜだか気恥ずかしくなって、目を逸らしながらそのウィンドウをさっさと閉じる。

これを渡してもらったときは、本当に焦った。


『住処を面倒見てやるからには、私の目の届くところに置いとかせてもらいますよ。これは強制です』


……そんなこと言われたら、一緒に住むのかとも思って顔が真っ赤になっちゃったじゃないか。

僕だって十代の学生なんだし。


まあ、その後に、


『……なァに考えてるか想像つきますがね。てめーの思うとおりになんざ決して世の中は動きませんよ。

 この店の奥に、いくつかスペースが余ってます。

 とりあえずそこに押し込むだけですよ、ケケケ』


なんてオチがあったのだけど。

店長の家は店の向かいにあるらしく、確かに何かあったら目の届く場所だ。


だけど、いずれにせよ。

そう、あの栗毛の店長は言ってくれた。それは確かだ。

バイトとして雇ってくれまでして……本当に頭が上がらない。


「……なんだ、本当に5分で行って帰って来れる場所じゃないか」


わざわざ検索して損した。

ブラウザに表示されている場所は、この店から50メートルも離れてなかった。


「それじゃ、急がないと」


急ぎ駆け出そうとした途端、目の前に小柄な金色の影ひとつ。


「こんにちはっ」


「うわっ!」


危ない……ぶつかるところだったよ。

直前でぎりぎり制動をかけて、3歩下がる。

あらためて上から下まで見て見れば、ウェーブのかかった柔らかな金髪にヘッドホン。

さっきの、店長の同窓という人たちの片割れだった。


「あ……どうも。忘れ物ですか?」


「んー、似たようなもんかなあ。どー思う?」


腕を組んで首を傾げる異国の女性。


「いや、僕に聞かれても」


さっきのやり取りを見て思ったけど、どうにもズレている人たちみたいだ。

こういう時は、店長に取り次いだ方がいいかもしれない。


「それじゃあ、えっと……」


店に戻って伝えようと背を向けようとするけれど、


「あ、いいのいいのっ♪ キミにお小言言いたいだけだかんね」


「は、はぁ……」


お小言……? そういう顔でもないような。

言い間違えが多い人みたいだけど、ころころと表情が変わるから、今一つ意図が汲み取れない。

訝しげに向こうの反応を待ってると、とても自然で柔らかい表情を浮かべて、店長の友達はこう言った。


「なんだかミョーなことになっちゃったっぽいけど……センパイを、よろしくね」


……どう、反応したらいいものか。


「えっと……よろしくって、むしろ僕がよろしくされる立場なような」


そもそも、店長と会ったのも今日で2回目でしかないわけで。

僕みたいな小僧にそんなことを言うよりも、この人たちの方がよっぽど店長のことを知ってるはずじゃないんだろうか。

そこまで考えて、ふと思い出す。

店長の居心地悪そうな佇まいと、この人たちの何かを期待するような、悲しむような表情を。

店長の後輩さんは全く僕には読めない笑顔で、声のトーンを少しだけ落とす。


「……センパイ、なんだか少しだけ昔っぽかったんだ。

 蚕趣味ってヤツ?」


「懐古趣味って、意味が微妙にズレてるような」


なんだか発音も違う気がするし。

まあ、この店にはある意味間違ってないけれど。

聞いているのかいないのか、後輩女史は僕の方を一切顧みもせず、くるりと踵を返し――、


「じゃーねっ!」


そのまま駆け出していく。


「あ……」


呆けてる間に異様な速度で背中が小さくなっていく。

びょお。

不意の強風に思わず目を閉じたその次には、もはや何処にいるやらさえ分からなくなっていた。


「…………。嵐みたいな人だなぁ」


……きっと、また会うことになるんだろう。

この店で働いていれば、意外なほどすぐに。

店主も客も個性的過ぎて、なんとなく大変そうだとは思うけど……悪い気は、しなかった。


「おらっ! んなとこで何時まで溜まってりゃ気ぃ済むんですか!

 とっとと貴様の仕事を果たせっつーんです!」


店の前で立ち尽くす僕を見咎めたか、扉越しに店長の曇った声が耳に届く。


「は、はいっ! 行ってきます!」


『ごめん』や『すみません』は、口にしない。

急ぎ足で歩み出せば、初春の冷たい空気が僕の肌を通りすがってく。

ふと見上げた街路樹には蕾があって、それが桜だとようやく気づいた。


舗装された歩道にカツコツ音を響かせて、僕はこの道を進んでく。

これから、毎日。



第二話:てがえし店長とぼんくらな僕 完


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