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てちがい店長とぼんくらな僕  作者: ウラキタカチホ
てがえし店長とぼんくらな僕
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てがえし店長とぼんくらな僕 Viewing:高原優雅⑤

ちらりと眇で見やってみれば、鎮座ましますは湯気さえすっかり昇らぬ茶器が。


「ったく、注文したってーのに手もつけねぇなんて、とんだ客がいたものですね」


「あっ……そーいえば」


あわてて急須を傾けるパープリン。

けれどされど、茶碗に出てくるばかりはどす黒さを帯びた緑の汚水。

あーもー、勿体ねーですね、この色は抽出しすぎです。

パーペキ出涸らし、玉露がすっかりダメになっちまってる頃合いですよ。

これじゃあ渋くて飲めたもんじゃねーで……、


「うんっ、デリシャス♪」


「…………」


言葉もねぇ。

……こいつがメリケンの中でも一際味音痴なのか、それともこれがあちらさんでの標準なのか。

無駄に悍ましい光景を目にしてる気がします。


「ケッ」


冷や汗掻きつつ、悪態をついて見なかったことにしてやって、と。


「もー知らねえです。私の知らないトコで勝手にやっててください。

 クソガキ、てめーもそいつらにかかずらうってんなら同罪です。

 屑肉よろしく、グチャミソに混ざりあって仲良くソーセージにでもなっていやがりゃいいんです」


そこでポン、と手なんぞ組み合わせやがるカママッチョ。

可愛らしいしぐさだけに異常に不気味です……。


「あら、それはいいわね。ちょっとアタシも、思いついたことがあるのよ」


……うわあ、まずロクでもねえこと思いつきやがりましたねコイツ。


「……うわあ、まずロクでもねえこと思いつきやがりましたねコイツ」


「店長店長、思いっきり口に出てます」


おっとと、私としたことが。

まあ、こいつらはこれで引っ込むようなタマでもないですし、問題はねーでしょう。

案の定、無駄に白い歯をキラキラ光らせて、サムズアップなんてしてやがります。

……ま、とはいえです。

宣言通り、もー私の知ったことじゃあありません。

私は私で他の来客があった時への備えをやっておくとでもいたしましょうか、ね。

厄介ごとどもに背を向けたその瞬間、クチャクチャとゲロマズ菓子を放り込んだ口から飛び込んできたる言葉とは。


「ね、坊や。……私たちのバイトに参加してみるつもりはないかしら?」


「え?」


……えーと。今、なんて言いました?


「ミズにバイト、断られちゃったんでしょう?

 いいお金になるわよ?」


「ちょ……」


ぎゅっと、拳を握り締めるのを自覚。ヘラヘラ笑うムサいパツキン男に殴りかかろうとするのを必死に堪える。

ちょっと待った。

どうしていきなりそんな話になるんです。

当てつけですか?

当てつけですよね、私に対しての。

ざっけんな畜生が!

他人まで巻き込むなっつーんですよ!

ああでも……本当にこのガキの世話を見るつもりなら、まあ、押し付けてやってもいいかもですが……。

こいつらのバイトがまともとは思えねーつーのがね。


「……なーるほどっ。ふふん、終日な着弾点だよ、ダーリン!

 いい締まりをしている……活きもいい。

 どうやらアナタは最高の木人形のようね」


そしておいそこ、パープリン。

秀逸な着眼点って、どういう意味です。

何でこっちとクソガキをちらちらと行ったり来たりで視てやがるんですか。

……そこまでヒートアップしたところで、半ば無意識に深呼吸。

心を落ち着ければ、ちゃんと状況が見えてくる。

明鏡止水、無念無想の心持ち。

……無視です、無視!

カウンターに戻って、食器でも磨いてましょう。

そら、きゅっきゅきゅ、と。

声の方向を顧みなけりゃ、そこに関わってく道理はなし。


「お金になる……どのくらいですか?」


「ウチの場合だと……そうねえ、一月75万円くらいね、ミズ経由だしちょっと色もつけての話だけどね」


「ななっ……!」


どんなにかシカトを心掛けても、どうにも聴覚は正常に働いてくれやがりまして。

……ほら、見たことか。

嫌な予感がどす黒い雲のように立ち込めてきやがりましたよ。

これだけ金払いのいいバイトっつーと……もしや。


……と、私が眉間にしわを浮かべてる間に、ヤンキーどもはどんどん話を進めてくれやがってます。

まあ、私とは無関係、無関係ですが。

そればっかりを内心唱えることだけ意識。


「まあ、そこからあれやこれやでちょっと減るんだけど、それでも割がいいのは保証するわよ」


「しかも住むところも食事も保証済み!

 生活にいっさい困るものはないし、こんなにいい条件なかなかないぞっ」


私のお脳は勝手に働き続けてくれる。

ああ、確定ですね。

こりゃ……あのバイトです。


「え……えっと、それじゃあ詳しく――、」


「待った」


あらら、半ば反射的に割り込んでましたよ、私。

なーんて、他人事みたいですが、事実あんまり考えてないんだからやむを得ず。

……これは嫌々ですが、しゃーねーですね。

ご法度に触れるよーなのはあんまりにもよろしくねえ。


「……さすがに、聞き捨てなりませんね。

 悪辣にも程があります。

 何も知らねえ子供に持ちかけるような話じゃねえじゃねーですか」


「あら。もう知らないんじゃなかったかしら?」


「…………」


拗ねるのにも似た顔から吐き出されるは、よく言えば気配りが効く。悪く言えばねちっこい。

だからこそこのヤンキーはグローリーロードを着々と進んでるんでしょうが、私にとってはムカつくの一言。

人の言葉尻を一々一々……。

癇に障りますね、ったく。


「それにバイトに雇ってもらえなかった……つまりは雇用関係もない。

 アナタとこのコは無関係ってことでしょ?」


私をやり込めたと思ったか、ドヤ顔。まさしくのドヤ顔。

おいこら、リコリス臭ぇ口を近づけんな。

……そも、思いっきり私経由だから色を付けるとか言ってたじゃねーですか。

でもまあ、分かりやすい。

さっきみたいな善意の押し売りとは違って、こういうのならシンプルに反応できます。


「ふ……」


そう、ただ――ひたすらに。


「ふ……?」


「ふざけんなッ! ふざけてんじゃねーです!」


感情のままに喚いてやりゃあいいつーモンですよッ!

びくりと震えたボンボンが耳を抑えたりしてますが、それだって一切気にならねぇ。


「関係ない? はっ、それがどうした!

 もう知らない、なんてさっきの自分自身の言葉こそ知ったこっちゃねーですよっ!」


……あーっ!

思いっきり怒鳴ると……気持ちいい――ですねえっ!

そして! それ以上の密度で!


「おい、そこのクソガキャ!」


「ぼ……僕?」


「てめー以外に誰がいるっつーんですか。首の上にのっかってんのはスイカですか? あ?」


あんぐりと開いた口の間抜け面が疎ましくてしかたねぇ。

てめーみてえな何にも分かっちゃいねえボンボンのせいでねぇ、こっちゃあフラストレーション溜まりまくりなんですよ!

少しは考えて行動しろっつーんです!


ここまで怒鳴ってようやくスッキリ。

うちの店はそれなりに防音が整ってるんで、近所迷惑を気にしなくていいんですよね。

見渡してみれば、皆々様がドン引き状態。

一人は曇り顔、一人は椅子を引き、そしてもう一人は無意味に両手を編み込んで。

……ふむ。

ま、これはこれで、悪くはないです。同情とか憐みとかよりはよっぽどね。

話しやすい状況ですし、とっとと言うことだけ言っちまいましょうか。


「あのね……治験がどういうものか分かってんですか?」


「チケン……?」


味付けなしのフカヒレ食ったときみたいな何とも言えぬ表情で、クエスチョンマークを乱舞させるミスターボンボン。

このクソガキャ、てめえが何のバイトをやらされよーとしていたかも分かっちゃいねえ。

愚図にも程がありやがる。


「こいつらの提示したバイトですよ。

 一か月でン十万、泊まり込みで製薬系となればそれしかねーでしょうが。

 んなこと、考えりゃすぐ分かるでしょう」


「……全然わかんないですよ。チケンって言葉も初めて聞きましたし……」


解いたマフラーの端を弄りながらの言葉には、ため息しか出て来やしねえ。

……はーっ。

なんともはや、大切に育てられたっぽいとはいえ、ものを知らなすぎじゃないですかねこの子。

お受験のこと以外全部シャットアウトされてても驚きませんよあたしゃ。


「要は入院しての人体実験です。

 治験というからには、誰も試したことないよーな新薬を体にブチ込むわけですよ。

 当然、どんな副作用がでたものか分かったもんじゃねーです」


「それって……すごく危なそうな」


そういうレッテルは流布してるでしょうね。だから報酬も高額なんですよ。

……とはいえ、そこはまあうちの大学関連なら別にそれほど恐れる必要はないわけで。

顎をしゃくって促してやりゃ、お天気女が慌てながらも頷き説明。

お後がよろしいようで。


「そんな怖がる必要はないよー。ちゃんと動物実験は済ませてるし、安全基準は満たしてるもん」


「ま、そうですね。

 安全性に関しては一応私も信頼してます。

 こっちは念のためみたいなもんですよ、本題はまた別です」 


倫理にそぐわなきゃそもそもお上から許可なんて下りるはずねえんですから、そこはいい。

私が腹立たしいのはそんな事じゃありゃしねえ。


「別?」


……そんなトボけたアホ面でオウム返ししてくるんじゃねーですよ!

ちったぁ手前のドタマで考えやがれってんです。

あんた、浪人生なんでしょうが。

きっと暗記だけでセンターとかは乗り切ったんでしょーねー……。


「期間ですよ。

 ……どのくらい拘束されるもんなのか、ちゃーんと聞いて話を決めやがれっつーんです」


思いっきり嘆息して、軽蔑含みの渋い顔での伝達をば。

時は金なり。一寸の光陰軽んずべからず。

労働において大切なものは、金なんかじゃねーつーのが私の信条です。

所詮全ての金なんぞただの渡し賃、目的に至る手段にすぎないんですからね。


「拘束って……勉強の合間とかに通う形ではできないんですか?」


顎に手を当てて考えてやがる浪人生。

……必要なワードさえ与えりゃ、動き始めるんですね、こいつ。

ま、気持ちは分からなくもないです。

相応に魅力はありますし。

ただ、立場を考えやがれつーんです。


「ま、内容にもよりますがね……。

 でもこいつらの場合は2、3ヶ月、缶詰ですよ」


ジト目でヤンキーどもを見つめてやっても、それがどうしたといわんばかりに額を掻いたり拳を振ったりの意味のない動作。

何が問題なのかこいつら全く分かってねぇ。


「そ、そんなに?」


リアルタイムでデータを取る訳ですからね。

ンなことも知らない学生を引っかけるなんて、やっぱこのヤンキーどもは私以上に悪辣ですよ、舌打ちじゃ収まらねえです。


「受験生にとっての三ヶ月はホープダイヤモンドより扱いに困る貴重品ですよ。

 ……その間、白い壁をひたすら見続けるってのがどういう意味か分かってんですか?」


「……白い壁って」


「あのですねぇ……、治験というからには、病院に決まってるでしょうが。

 こいつらの専門は植物の色素体……ポリフェノールって言やあ分かりますかね?

 そいつを長期に渡って投与した時の効能を調べることが目的になるわけですよ。

 住むところや食事云々つーのは体良く言ってるだけで、実態は寝る以外に何もできねーです」


ムショの方がまだマシかもしれねーですね。

私も昔やったことがありますが、とにかく自由が利かねえですし。

好きなモン食えねえのが一番精神的にキッツいですね、個人的には。


「……塾にも行けない、参考書も買いに行けない。

 好きなものも食べられないし、運動もできないってこと……ですか?」


「なんだ、カカシよりはマシな想像力持ってんじゃねえですか」


珈琲を少しばかり口に含んで、今更になって深刻な顔をしてやがるガキ。

……やれやれ、そんな風にされちゃあ少し老婆心を出したくなっちまうじゃないですか。

カウンターに座ったまんまの浪人生。

椅子に座っているから、ちょうどその高さは私と目と目が合うくらい。

……挫折を知ったばかりの、適度に曇ったいい具合の目。

うん。白河の清きに魚も住みかねて。

キラキラ煌めくヤンキーどもの瞳より、よっぽど愛おしいですね。

しっかとその黒さに映る私自身を見つめて、お節介を零してやるとしましょうか。


「……何もできない、何もしてない。

 やるべきことがある時にそんな状態を強制されれば、きっと焦りで精神を病みますよ。

 あんな思いは……するもんじゃねえです」


これは、私の実体験からきた言葉。

私の言葉は張りぼてだらけですが、これだけは真実です。

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