てがえし店長とぼんくらな僕 Viewing:高原優雅④
舌を打ち打ち下天の内をくらぶれば、はてさて生臭坊主が蛆湧く金言を下賜してくださる、と。
「……さっきから見てましたけど、店長さんなんかやたらにカリカリしてないですか?
この人たち、言動はトンチンカンですけどそんなに悪い人には見えませんけど」
……このガキ、本当に世間知らずですねぇ。
十年前の自分を視てるみたいで、本気でイライラします。
とりあえずは、こいつらが面倒くせえ理由の一つを教えてやることにしますか。
仲良くしてもまともな結果になりゃしませんよ。
「……性格は問題じゃねぇ……もとい、問題ですが、それ以上に性癖がヤバいんですよ。
あーあ、知りませんよ、どこに連れ込まれても」
「ど、どういう意味ですか!?」
その位察してくださいよ。
話すのも嫌だって露骨に顔に書いてるのに、無神経ったらありゃねえです。
「……そいつらはどっちも腐ってるんですよ、オタ的な意味で。
しかも相手が同性なら浮気公認つーロクデナシどもです。
そこのマッチョ、てめーのケツをさっきから露骨にチラ見してやがりますよ」
……だから嫌なんです。日本を勘違いしたバイカップルどもめ。
いつだってアレな話を押し付けてきますし、パープリンの方がやたら私にベタベタしてくるのも同じ理由ですし。
性的マイノリティであることを自覚したうえで、全部ぶち破ってくるから性質が悪ぃ。
「あら、酷い。浮気なんかじゃないわ、肉体的接触を伴うだけのただの友情よ。
アタシはハニーに一途だもの」
「ひぃっ!」
グッ、とサムズアップなんぞしてみせるピザマッチョと、怯えるガキ。
あーあ、露骨に飛び退いてやがりますよ。
その勢いで珈琲も零れやがりましたし。
「ダーリン……」
こら、パープリン。
そのうっとりした目はなんですか。
旦那の言葉に感動してるワケじゃねーですよね、この目はホモォな想像を脳内で展開してやがる時の目です。
……オエ。メリケンとボンボンの絡み合う肌色の地獄を想像しちまいましたよ。
しかも結構本気っぽい。
別段、どんな爛れた関係になろうがこいつら自身の問題ではありますが……少なくとも、爺ちゃんの店でこれ以上続けるなら実力行使ですよ。
……まあ、その結果血で汚すのも嫌ですし、ここはとっとと退散させるに限りますかね。
ほんっとーに、胃がムカついてしゃーないですが、敢えて虎の尾を踏んでやります。
「で、何の用なんです?」
ゴクゴクと向こうさんがまっ黄っ黄なゲテモノコークを飲み干すのを待って、そう切り出す。
しっかりと厳然と、いつものような半目でなしに、マッチョの目を見据えて……それだけを口に。
「あら、よく分かったわね。ただお茶をしに来たわけじゃないって」
ようやく向こうさんの声色も、シリアスモードになったのを確認。
……貴様らは一度鏡で自分のことを見てこいっつーんですよ。
てめーの生態を自覚しろってんです。
「あのですねぇ、貴様等が私を訪ねてきて面倒にならなかったことがあるかってんですよ」
睨みつけてやっても、暖簾に腕押し馬耳東風。
ヤンキーどもはお互い目配せなんしてくれやがってます。
……なに、二人だけで目と目で通じ合ってんですか、気色わりぃ……。
しかも直後に同類を見る目で私を見るなよくそったれ、ガキにお仲間だと思われるじゃねーですか。
そのガキはガキで、所在無げに距離を取ってやがりますし。
そんなに居心地悪そうにしてんなら、とっとと食って出ていきゃあいいんですよ、どうせろくな話になりゃしねえんですから。
レトロな雰囲気に満ち満ちた、ゆったりとしたこの場所には似つかわしくない話に、ね。
「……アタシたちね、今度、企業して独立することになったのよ」
腐れマッチョは満面の笑みで、そんな事をほざいてくれやがる。
そら、見たことか。
他人の成功自慢なんぞ一番他人を不快にさせるネタでしょうに。
「はあ、そうですか。そりゃあご愁傷様で。一国一城の主、結構じゃないですか。
せいぜい潰して路頭に迷わぬよう気ィつけやがりなさい」
打ち切って、くるりと背を向けようとするものの。
逃がさぬとばかりに指を振ってパープリンが引き止めにかかる訳で。
「はあ……んで、なんですか」
がりがりと、頭を掻いて。気だるげに。
……戻ってくる返答は、いささか冗談が過ぎるもの。
「ねえ、ミズ……ワタシたちのプロジェクトで、客員研究員をしてみる気はない?」
「……は?」
おい、聞き捨てならねえ。
今、何を言ってくれやがったコイツ。
「だった、せっかくあのプロフェッサーのところで学んだんだよ。
こんなとこで腐ってるなんてモーマンタイないよ!」
……私に少しだけ容姿の似た女の、その真剣な表情に、急速に情動が覚めてくのが分かる。
さっきまでの呆れ交じりの感情表現じゃない、もっとクソシリアスなレベルでの話で。
参ったな。
テンションを意識して高めてかないと、これじゃあボロが出る……出やがります。
……ほんと、疲れさせてくれる。
「帰れ。世辞はいいんですよくそったれ。
学んだことなんざ、誰だってただ本を読みゃ身に付く知識でしかないでしょうが。
別に私が面倒ごとをしてやる義理も義務もねーです」
いつもの口調をどうにか取り繕いながら、それでも私はどこか吐き出すように台詞を続ける。
実に白々しいです……ね。
「あん、もう。……つれないわね。
でも、即戦力になって、アタシ達の知り合いでフリーなのって、あなたくらいなのよ」
「……んで、コネが効くから安く扱き使おうってんですか。冗談じゃねぇ」
こちとら、もう二度とアカデミアだろうがビジネスだろうが、サイエンスには首突っ込まないって決めてんですよ。
腕を組んだニヤケマッチョにそう叫びそうになるのを、ぐっと堪える。
……こいつらに悪意はない。
だからこそ、てめえらの口にしてることがどれだけ無神経なのか理解してないだけなんですよ。
大人になれ、私。
念じた端から、慌てたヘッドホン馬鹿の口より泡と共に杏仁豆腐の飛沫が吐き出る。
私の服が汚れたけど、それだって今は気になりゃしません。
「そ、そんなつもりはないもん! むしろ待遇はばっちしカンカンで……!」
……言葉を間違えましたか。
待遇なんざ、関係ねえんですよ。
さぁて、どうやって断ってくれようか。
鼻息も荒く、どこか必死なパツキンヘッドホンに適当な言葉を切り出そうとすれば。
「研究員? ……店長が、ですか?」
おいこら、なんで不思議そうな顔してやがりますか。
一瞬そんな風にイライラが膨れ上がって……でも、すぐにその疑問の示すところを悟る。
……褒めてなんてやりたくはないですが、ナイスですよ、クソガキ。
そう……私はもう、『店長』なんですよ。
どんな手違いの結果であったとしても、ね。
そうした、手違い店長でもそれ以外の姿が想像できないっていうなら、それは。
「ええ、そうよ。ミズはね、アタシたちと同じ研究室の同期だったの。
ウチの周辺って、派閥争いが結構厳しくて……理解と技能の両方のある人員を確保するのって、もー一苦労なのよ」
……今も相変わらず、っつーことですか。
世のため人のためなんつーお題目を掲げてても、研究畑なんてこんなもんです。
製薬業界に限らず……ですが。
だん、と衝動のままにテーブルを思いっきり殴ってやれば、全員が全員、滑稽なほどにビクビクと。
だけど、それでも。
「……ああ、くだらねぇ、くだらねぇです。
んなもんに一々気ぃ使うくらいなら……初っ端からやらねぇ方がマシってもんですよ、やっぱロクでもねえ」
だってのに……どうして、あんたらはそんなにも眼の中に炎燃え滾らせてんですか。
ついてけねえ。
……そう、ついてけない。生き残れない。
「でも、センパイだって、きっと返り咲きたいよね? 今度こそ、きっと論文だって……、」
どこか遠くに、その祈りにも似た声を聴く。
まるでそれは、絵画の中の世界のよう。
……そんな風に私の望みを決めつけないで下さいよ。
ドードーに飛ぶことを強要することは、残酷だって知ってくださいよ。
故に私は、精いっぱいに嘲笑を浮かべて、虚勢を返してやるんです。
「は……哀れですね、成功なんて価値観に縛られてる生き方は。
世の中にはんなもんに拘らなくとも素晴らしいものに溢れてるのにねぇ」
「……っ」
泣きそうなその顔に、軋むどこかを必死に補強する。
ふん、実にいい顔です、パープリン。その顔を見れて、少し……すっとしましたよ。
この風が心の中を吹き抜けていくような気持ちはきっと、痛快と呼ばれるものなんです。
そうに違いないんです。
「なんだよぅ、その言い方。
……未練たらたらじゃないかぁ」
……はは。
言葉を返せないのは、どうしてなんでしょうね。
でも――、
「この国の社会制度がアナタみたいな境遇に理解がないのがいけないのよ。
あれだけ研究一筋だったんだもの、ほんとはミズだって――」
……ああ、そこに踏み込んじまいますか。異人ども。
やっぱ貴様らとは相容れねえ。
さすがに限界だ……限界です。
お前が。お前なんぞが。
私の人生を語るな。
勝手に不幸と思い込むなよ。
「……それ以上言ったら。本気で、キレるわよ。
子供の前でする話題じゃないわ、これ以上私を惨めにさせるつもり?」
そして、浪人生の前で、未来の希望を奪うような真似をするんじゃない。
思い切り低い声を絞り出す。
「……センパイ」
「て……店長?」
「あ……」
……ああ、やっちゃった。
地なんて絶対に出すまいっていつも戒めてるのに、私はほんと救えない。
でもまあ、リカバーは十分効く範囲かな。
……もとい。
リカバーなんぞしてやる必要はねぇですね、こんな反吐の出る連中に気ィなんぞ使うだけ無価値ですっと。
ぱん、と思いっきり手を打ち鳴らし――、
「もうこの話はここまで、です。
……九割九分の善意に、無自覚な優越感をほんの一つまみ。
それが、相手を萎えさせるレシピだって知るべきですね」
よし、ウィットもそれなりに効いてますね。
いつもの気だるげな笑みも浮かべられてますし、これで言うことは何もなし、と。
「……うーん、残念。風向きが変わるまで待つしかないわね」
唇を尖らせながらも楽観のこもったその口ぶりへ、私が向けるは諦念の極み。
「は……、風がどんな方向から吹こうが、風見鶏はどこへも行けやしませんよ。
足を縫いつけられてんですから」
そして、それでいい。それこそがいい。
あんた等みたいな開拓精神に溢れた航海者になるのはごめんです。
「店長……」
そう、私は店長さんですから。
古いレコードと、珍奇な品々。
煉瓦とコンクリート、そして蔦に塗れた、風情のある喫茶店。
この店が、今の私の居場所です。
息を吸えば紅茶と珈琲の香りが、私をいつもの私に揺り戻してくれます。
それがたまらなく、泣きたくなるほどに嬉しいってものですよ。