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てちがい店長とぼんくらな僕  作者: ウラキタカチホ
てがえし店長とぼんくらな僕
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てがえし店長とぼんくらな僕 Viewing:高原優雅③

「んで、注文は。営業モードは30秒しかもたねぇんですよ、私ゃ。

 ないっつーんならとっとと出て行きやがりなさい」


……ま、そのくらいの常識はこいつらにもあるでしょう。

ぺちゃくちゃ食っちゃべってるんじゃあなし、滋味に溢るる紅茶や珈琲を楽しみながら、レコードに耳を傾けるのを楽しむのがうちの流儀です。

はてさて、豆も茶葉も、甘味だって相応のを揃えてますよ、この店はは。

いい加減今日こそは、それを楽しんでもらいたいものですが。


メニューを上から下まで眺めてた筋肉男が、無駄に力強い笑みと共に注文を読み上げたるは。


「ふふ、そうだったわね。アタシは……そうねぇ、インカコークとレッドヴァインズをお願いするわ」


……堪えろ、私。

あなたは耐えられる子。自分の役を演じきれる子。

ぶちりと脳の血管が千切れた音が聞こえた気がしたけれど、きっとそれは気のせいよ。

息を吸って、吐いて。

すー、はー。さん、はい。

これであなたは、いつも通りのふてぶてしくてやさぐれた店長さん。


嗚呼この腐れヤンキーがッ!

一度としたってマトモな注文したことねーじゃねぇですか!

テメエの脳ミソはそれこそあのゲロ不味いリコリスフレーバーに染まりきってやがるんですよね、そうなんですよねッ!

別に貴様に食わせたいとは思いもしませんが、せめて一度くらいは、ちゃぁんとした珈琲と手製の甘味を味わってみろつーんです。

メリケンの食いもん食いたきゃミストさんドーナッツにでも行ってりゃいいんですよ。

こんなに私とヤンキーとで意識の差があるとは思わなかった……!


「ワタシは……うーん、この前オヘンロでもらったニッポンのお菓子が美味しかったから、それを食べたいなぁ。

 センパイ、このお店にはワガシって置いてる?」


相方も相方で、おふざけの極み。お遍路とお歳暮をどうやったら間違うつーんですか。

……ったく、翻訳できちまう自分に空しさを感じちまいますよ。

そもそもが、チャカチャカとクソうるせえヒップホップだか何だかをヘッドホンで鳴らしながら、iPhoneを弄りながらのこのセリフ。

だぁぁ、くそ! メニューくらい目を通せッてんですよぉ!

うちはね! 見ての通り! 珈琲とちょっとした軽食と、レコードがメインで!

和菓子なんざそもそも眼中にないんです!


「……い、一応季節によっちゃワラビモチくらいは置いてますがね。

 あと2週間くらいあとじゃなきゃ作りませんよ」


ヤバい。顔がヒクついてる。

……感情任せに行動できないビビリ根性に今は感謝ですね。


「むぅ……残念。じゃあ、グリーンティーと……どーしよっかな」


「ハニー、メニューにはアンニンドーフが乗ってるわよ」


「なーんだ、ワガシもあるんじゃない♪ もう、意地悪さんだぞー、センパイ」


おいおいパープリン。

すんげえいい笑顔のとこ悪ぃですが、てめ……この2600年の歴史ある大倭豊秋津島とシナ公どもとが区別できてねーじゃねぇですか。

その体たらくでよくもまあ親日家なんぞ名乗れたもんですね。

いい加減突ッ込みが追いつきませんよ。

怒りを通り越して呆れにまでゲージ突入です。


「ち……ちなみにですね。食いたかった和菓子とやらは、どんなもので?」


「もしかして、入荷してくれるの? 大好きだよっ、センパイ!」


「まぁ……場合によっては」


……いや、絶対に入荷しねぇですけどね。単に社交辞令です。

こいつら白豚野郎は、そこん所の機微を理解しない生き物なのが腹立たしいですね。

なのになんですか、その私を信頼しきったような眼は。

そんなだから、コークだのリコリス菓子だのを置く羽目になったんですよ。

……いえいえ、あれは特例です。

私が押しに弱いなんざ、その幻想をぶち殺す。


「えっと、タクアン……だったっけ?」


「はあ!?」


なんで疑問形なんですか。私に聞かれても分かるはずねぇ。

つか、どこが和菓子だっつーんですか……いやもう、ツッコミ疲れて精神的キツさがとんでもないです。

このまんまじゃそのうち地まで晒しかねない憂鬱さですよ。

……大学時代は、よぉく毎日毎日毎日毎日こいつらに付き合えてましたね、私。

少しだけ自分を褒めてやりたくなりました。


「違うわよハニー。タクアンじゃなくてラクガンでしょう?」


……敢えて。

敢えて、キャラを崩して言わせてもらいます。

んなモン食いたきゃ冠婚葬祭にでも行ってこいやぁぁああぁぁあ!


「はぁー……」


……もういい。

疲れました。

ほんっとー……に疲れました。

たった5分でこんなに疲労感をプレゼントしてくれる相手、私ゃ他に知りませんよ。


「ご注文を繰り返します、インカコークとレッドヴァインズに緑茶と杏仁豆腐ですね。はい、承りました」


いつにも増して死んだ目をしてる自分を実感しますよ……ええ。

とっととオーダーこなして、さっさと帰ってもらわないと心が持ちませんね。


内心ぐだぐだ呟いててもしゃーねーですし、とっとと手を動かしますか、と。

とはいっても……緑茶を作るだけなんですが。

ようやく染みつき始めた習性は、どーにかこーにか勝手に体を歩き始めさせてくれやがります。


「……爺ちゃん、ああいうのはどう処理したもんでしょーか」


返事があるはずもなし、これはただの独り言、独り言。

この区画の内だけは、聞き止めるは私だけ。

……調理場に入るだけで、静かさに実に癒されますねぇ。

別段、距離としては然程変わってないんですが、パーティションによる隔絶というかなんというか……会話に巻き込まれる心配のない安心感といいますか。

結界という概念の意味を実感します。


さて、と。何はともあれ。

奥の調理台に引っ込んで、玉露に一番大切なお湯の温度調節を。

尚仁沢の湧水を60度に合わせて、さらに数分待たにゃなりません。

……待つしかないから、カウンター向こうの声が嫌でも耳に入ってくるのが鬱陶しいですけどね。

他人の噂話なんか楽しく思った試しがねえのに、どうしてわざわざんなもん聞かされなけりゃいけないんでしょう。

さっきの通り、喫茶店は静かに茶ァ楽しむ場所なんです、口から騒音垂れ流してねえで黙ってろってんですよ。

特にここはレコードを売りにしてるのに、そもそもヘッドホンなんぞ……、


「ところで……坊やはミズのステディかしら?」


唐突なノイズが、思考をブッチってくれまして。


「ぶふゥーッ!」


な……なな、なッ!

なんつーことを聞いてやがりますかッ! あの肉ダルマ!

あっぶな……危うく急須をひっくり返すとこでしたよ。


「ナイスっダーリン! ワタシも気になってたんだよ!」


「……えっ、あ……ち、違います!」


だぁぁっ、貴様も!

いちいち赤面してやがるんじゃねぇです!

私みたいなチンチクリンのおばさん予備軍なんざ、そういうことを考える対象でもねぇでしょうが。


「あはは……ただのバイト志望だったんですが、断られちゃいまして。

 家もお金もない有様で……どうしようかと」


あーもう、やれやれです。

だから、見てくれ通り着の身着のまま、ってことですか。

不用心さと無鉄砲さが一々一々心をささくれ立たせてくれますね。

……別に。

別に、こいつがどこで飢え死にしようが浮浪者に成り果てようが、私の知ったこっちゃないですが。ないですともさ。

砂時計をちらりと見れば、ここを離れるにゃ中途な時間。

……こンの腐れ話題を耐えにゃならねーつーのは、拷問ですね。


「あ、なるほど。それは仕方ないわよ、だってミズは……、」


おい、余計なことを漏らしてんじゃねーですよ。

いい加減、遠間から声を張り上げてでも介入してやらねぇと。


「おい坊主! そいつらに絶対構うんじゃぁねーですよッ!

 ロクでもねぇことにしかならねーです!」


「あらあら、こーわいんだ。

 ……ふふ、今のセンパイがあんなに憤るなんて、妹さん相手くらいだと思ってたのになぁ」


「妹さん……、店長って、妹がいるんですか?」


「ええ……、アタシ達もあんまり会ったことはないのだけど、印象深いからよく覚えてるわ。

 もう何年前かしらね。あれはミズが学振通って一番ノリノリだったころだから……」


ああくそ、胸糞悪い黒歴史を出してくれやがって。

……あんた等の価値観だとノリノリに見えたんでしょうが、私にとっては違った……違うんですよ。

思い出したくもありゃしねえ。

砂時計も落ち切った、ちょうど急須で茶を蒸し終えたとこで幸いです。

急いで表に出て行って、と!


「人の個人情報をペラペラペラペラくっちゃべってんじゃねーですよ」


「あだぁっ! センパイ、いたーい!」


パープリン女の脳天にトレイの角を叩き込んでやって、と。

あのね、このくらいでも全然足りねー、生温いくらいです。


「……いや、話してたのはアタシの方よ?」


知ったことか。貴様らは二人で一人扱いです。


「て、店長っ!?」


「おらッ! とっととその席から退きなさい!

 ……てめーらもわざわざこのガキの隣座ってんじゃねーですよっ!」


「ぶう……乱交すぎるよ、センパイ。拷問だぁ」


……こいつ、わざと狂った日本語使ってるんじゃないですかねー……。

唇なんぞ突き出したって、キャラ作りには私ゃ容赦しませんよ。

同病相憐れまず、同族嫌悪憚ること西向く犬の尾東に座すが如し。


おら、ここに玉露置いときますから勝手に飲んどきなさい。

おい浪人、てめーも顔を赤くしてるんじゃねぇです。

どうして私なんぞ眺めてるんですか。

売れ残りのペチャパイツルペタなんて二束三文の価値もありゃしませんよ。


「……って言えりゃあ、苦労はしないですかね」


ほんと、こんなキャラを前提にしてさえ何事にも萎縮する、このビビり根性が恨めしい。


「?」


お前もですよ、小僧。

いちいち独り言にまで反応しないでくださいよ、ったく。

無言で叩きつけるように注文の品を置いてやって、思いっきり溜息。

そっから顔を上げれば、店内のインテリアの一つ、昔のボンカレーの看板と目と目が合いやがる。

……なにジロジロ見てやがるんですか、看板のくせに。


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