てぬるい店長とぼんくらな僕 Viewing:高原優雅①
メールは嫌いです。もしかしたら、電話するよりも。
だって電話は、けれどその場さえ凌げばいいですからね。
……相手の声を直接伺うのが面倒臭いし、私のよーなビビリにゃ敷居も高い以上、あくまで比較した場合はまだマシってだけですが。
そして何より、こちらはまったく受け身でいていいのがことに安心できます。
なにがしかがころり転げるかの如く、掛かってくるのを待って相手の言動に応待してやれば済む、と。
けれどメールは返信しなきゃあいけない、ああなんという拷問獄門。開発者は即刻打ち首にすべきですねえ。
プライベートを楽しんでる時さえ着信音を押し付けてきやがる上、見て、中身を読んで、返事を書く。
能動的にそうする事を強いてくる、と来たものです。
そうしなきゃいけないのがたまらなく苦痛で苦痛でなんつーかね……。
気づかない振りをして後回しにすることはできますけどね、結局は一連の手間をこなすまで、始終その事を意識してなきゃいけないと。
忘れたら忘れたでどうせ後々さんざ相手に文句言われるんですし、つまりはずっと私の行動を縛るってーことです。
やってられるか。
やってられるか、です。
大切なことなので2回言いました。
そういう訳で、今の私は十二分に不機嫌。
せっかくの定休日、存分に二度寝を貪ってたっつーに、起こされたのがこいつが原因な訳ですよ。
ン世代前の旧い携帯電話の操作は手慣れたもので、憂鬱なメールを画面も見もせず片手で削除。我ながら見事也。
どーせ、実家に帰れっつー内容でしたし。
何が見合いですか、ったく。
だいたい私ゃね、自分が性格悪くてコミュ障なのは分かってんですよ。
そんな相手に付き合わされた日にゃあ、こっちもあっちも不機嫌にしかならんってものです。
増してや、29歳19ヶ月という大変微妙な年齢のくせに、こんな見てくれ、背格好じゃあねえ。
特殊な趣味を持ってんなら話は別ですけど、そんな性癖を初対面で公表してくる訳なんてあるはずもなし。
結果的に、理解に至るまで関係が進む前に破綻するのが目に見えてます。嗚呼、素晴らしき哉独り身!
……そーいう意味じゃあ、今の生活は――メールに縛られない自営業は、
まあ、私にとってはある種向いているとは言えるのかもしれないですけど。
せいぜいが業者や客と仕事として顔を合わせるくらいで、自分個人の時間は一切犯されないですけれど。
ふう、と大きく溜息をつく。さっきの件とはまた、別の意味で。
ああ――本当にこれで良かったのだろうかと、そんな未練と自嘲がぐるぐると、ぐるぐると。
まったく、本当に情けないですね。ものの見事な負け犬オーラ。
でも私は、一生この事を引きずり続けるんでしょう。
今日も今日とて、飽きることなく。
ひとりの時間を持て余して。
……とはいえ、です。
口の中で一人ごちながら、カーテンと窓を続けて開けて、深呼吸。
「うぅぉお寒ぅぅ、今日も今日とて、まったく実にしばれやがりますねえ……」
ま、なんつーか。
中二病を気取ってモラトリアムに浸るのは、さすがに色々厳しいお年頃。
寝間着代わりのジャージの上にどてらを着込んでいちゃあ、センチな気分なんて長続きするはずもないですし。
そんな折、いきなりぼとり。
まーた寝ている間に積もりやがってくれたのか、顔を出した途端に頭上に見事に雪の塊が。
「ぶっ! ……づぁ、畜生が! 厄日です厄日!」
なぁにが地球温暖化ですかッ!
3月になってるっつーに、この寒さ。
確かに今の地球ってのは、45億年の歴史から見りゃあ相当寒い時代ですよ、ええ。
エセエコロジストになんざ騙されません、インテリゲンチャはちゃあんとソースの論文読んでるもんです。
ですがね、この私に害をなすくらいならさっさと温まっちまえっつーんです。
キリバス問題やら生態系の保全やら知ったことじゃねーんですよ!
どーせアメイジアのできる頃にゃ影も形もなくなる土地ですし、
生物種の寿命なんてせいぜいが数十万年、どんな種だって必ず絶滅するもんです。
んなもんに躍起になるのは単なる偽善です!
人よ石油を燃やせ! 鉱物根こそぎ掘り尽くせ! 海に排液垂れ流せ!
エネルギー問題を解決しうる核融合こそ万々歳!
「……はあ」
嗚呼、空しい。
なんというか、こーいうテンションでムカつくものに咬み付くってのは……うん、疲れるもんですよね。
10年くらい前だったらこんな風に感じなかったんでしょうけどねー……、やれやれ。
バサバサと頭を振るうと、鬱陶しい長髪と一緒に左右に雪が。
大半は窓の外に落ちたとはいえ、
「あ、部屋の中まで」
まあ、いいですけどね。
多少部屋が汚れようが濡れようが。わざわざ雑巾取ってくるのも面倒くさいですし。
適当に手で髪を拭ったら、気分を切り替えるため、背伸び。
そのまま道を挟んだ対面、我が人生の終着駅たる仕事場へ目線をば。
今日は別にあすこへ行く必要もないんですけど、意外と習慣になってしまっているもので。
いやはや。条件付けというのはまったくもって面白い。
キャンパスの図書館で興味本位で『大脳半球の働きについて』を読んだ記憶を思い出します。
……あー、そういや昨日の余りモンが冷蔵庫にありましたっけ。
一応回収しとかなきゃ、ですね。
さすがに明日だともうダメでしょうし、それだけは済ませときますか。
まあ、すぐ終わるでしょう。
その後は――、と、そっちが本題ですね。どうしましょう。
そうだ、図書館行こう。
JRの古都CMみたいなフレーズを思い浮かべながら、うん、と頷く。
そうですね、休日の過ごし方の選択肢としては悪くないです、久々の図書館。
あの雰囲気、好きなんですよねぇ。
落ち着きますし、この時期だと受験生も少なくなってくれてるでしょうから尚更です。
若い連中はマナーがなってないんですよね、あいつらがいると折角の静謐さが台無しになりますし。
マシな連中もちゃんといますけど、中にはそう、ひでえ連中もいるもので。
そう、ちょうど、あそこであからさまな八つ当たりしてる典型的な坊ちゃん高校生みたいに。
暴力はいいぞとばかりに見事な器物損壊です。ひ弱なのか、器物『に』損壊されてますが。
うっわー、音がここまで聞こえてきますよ。やだやだ、怖い。
柳田国男曰く。「古代エジプト人は言いました、『近頃の若い者は』と」
……んー、『あそこで』? いやいや待て待て、あそこは、道向かいの場所は、もちろん。
あー、んっとに厄日ですねえ今日は!
積み重なった諸々合わせ、いささかトサカに来ましたよ?
八つ当たりはてめーの専売特許じゃねーんです。
現場ァ抑えた、逃がしてなるものかよ。
3段飛ばしで急ぎに会談駆け下りて、サンダル足に突っかけて。
体当たりの勢いで玄関の扉を開け放ち、一歩目駆け足二歩目に加速、三歩で一気に全力疾走へ!
これでもね、ちっぽけな体の割にゃあ運動能力に自身はあるんです!
あのジャリが動き始める前に、ソッコーふん捕まえてやる!
「くぉら、そこなクソガキャぁぁ! 誰に断わってウチん看板蹴り飛ばしてくれやがってんですかッ!」