口裂け
真っ赤な話です
「私、キレイ?」
僕は、戦慄した。
目の前にはロングコートを着てマスクで口元を覆った長髪の女。
西の空に沈む太陽からの真っ赤な光が彼女を照らし、その表情をうかがうことは出来ない。
僕は口をパクパクと動かす事しか出来なかった。
だってそうだろう?
時代遅れとは言え、目の前にいるのは口裂け女。まさしく伝説と呼ぶに相応しい、都市伝説の怪物だ。
そうして驚愕に身を固めていると、一向に答えようとしない僕にじれたのか、マスクの彼女は口を開いた。
まぁ、その口元は隠され見ることは出来ないのだけど。
「ねぇ、私、キレイ?」
言葉と共に、彼女の手もブルブルと震えだした。
僕の身体も震えだした。
「ねぇ、どうなの?」
今度は声まで震えている。
全身を総毛立たせながら、自分自身に問いかける。口裂け女の対処法、それは一体どんなだったろうか。
「えっと……」
「えっと?」
黒髪とマスクに隠された顔のうち、唯一覗く両の目が線になる。
「速く」
声が、重い。速く応えなければ、命が危ない。
ヤバい。思い出せない。ヤバい、ヤバい。
質問への回答は即ち死。
だからこそ、退治のための単語があったと言うのに、僕は忘れている。と言うか知らない。
僕は今を生きる現代人だ。知っていてたまるか、この野郎。いや、どっちかと言うとアマと言うのだろうか。
その時を思い返すと、やはり僕は混乱していたのだろう。だって僕は次の瞬間、一番の禁句を、口にしていたのだから。
「うん。君はキレイだよ」
そうして、彼女の手はマスクのヒモと、コートの中へ。
同時に彼女は死刑を、僕に告げる。
「これでも?」
パサリと言うマスクの落ちる音。見開かれる目。
次の瞬間、時が止まった。
「うん! 君はキレイだ!」
そう、彼女の時が──。
◇◆◇
──数年後。
「ねぇ」
「なあに?」
彼が私に問いかける。
「どうして、あの日、僕に聞いたの?」
それは、アナタが好きで仕方なかったから。でも。
「そんなの……」
「そんなの?」
決まっている。彼も多分、わかっている。
「口が裂けても言えないわ」
いつも着けていたマスクを取ったせいで、彼によく見えてしまう笑顔を、全力で隠す。
「仕方ないじゃない」
「仕方ないの?」
「そうよ」
「そっか」
安心する、彼の優しげな声。
夕陽が赤く、私を照らす。
私は隠していた顔を彼に向ける。
前とはちがい、マスクはしていない。それでも私は、問いかけずにはいられない。
「私たち、幸せ?」
彼の目に映る私は、背後の太陽に、負けず劣らず赤かった。
赤面性って割とキツいんですよ。と言う話。
友人であるカップルどもを頭に描きながら、書きました。
ふふふ、BA☆KU☆HA☆TSUしろ。ですね。