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招かれざる客Ⅰ

久々に書き上げました。

ここでやっと少し加速します。





ここしばらく、どぶねずみ横丁ではもっぱら『ネコ』の噂で賑わっていた。

口々に語られる噂話には当然デマも紛れていたが、ある程度は補足され、概ね正しい情報が共有されている。


古参の組の頭達も、自分の『シマ』に麻薬が流行ることは快く思ってなかったのか、箝口令を敷くことなく噂の跋扈をそのままにしていた。

麻薬の流通がほぼ絶たれたことに一番に喝采が上がったのは横丁の娼婦達である。

麻薬での煽りを被っていたのが主に若者や娼婦…客によって麻薬漬けにされて中毒で死んだ娼婦達の無念を晴らすべく、娼婦達は麻薬を流行らせた新参の組への罵詈雑言をとりわけ声高に挙げていた。






* * *


その頃。


彼女は自分が暮らす「店」の前で掃き掃除をしていた。






「はぁ…」



「なぁに死にそうな顔してんだ?」


「ああん?うっさい」


ちっ…ゴーグルの野郎め。


今日はあたしが店の掃き掃除する日だ。

明るいうちからの作業は結構苦手なんだけど。

しょうがない、ちゃっちゃと済ませよう…。

そう思った途端、ゴーグルが空になったビールサーバーの大缶を出しにやって来た。

ついでに余計なちょっかいも掛けてきた。


「掃除の邪魔だから、ちょっかい掛けんなら後にしな」


「別にお前に用があるわけじゃない。外が騒がしいから缶出しついでに見に来ただけだ」



「まぁ…横丁の昼は普段は閑散として静かなもんだけど。あんなことがあれば騒がしくもなるだろうね」


「ああ、最近かなり調子良かった新参のナカヤマ組が傾いたからな…。古参からは目の上のたん瘤扱い、姐さん共からは厄介者扱いされてたから皆騒いでるだけだろ?ネコさまさまって奴だな」


「ネコ、かぁ…」


「なんだよ」


「なんでもない」


「そうか。最近は何かと物騒だな…なんだっけ、ナカヤマ組と争っていた組が一つ潰れたよな?何て言ったっけ…?」



「そりゃあムコウジマだねぇ?」



甘ったるい声。

振り向けば、艶やかな黒髪と真っ赤な口紅が目立つ女が……。

うげっ…ミセス・ミザリ!?




「そうそう、それだった姐さん!ありがとう」



「はぁん?こんな昼から珍しいね、ミセス・ミザリ」


「ふふ、ごきげんよう?保父君におちびさん?」


「おちびさんは余計だ、オバハン」


「おい!オバハンは失礼だろ!」


「クスクスクス…あらあら、相変わらずねぇ?」



艶のある黒髪に赤い唇、甘ったるい声に同じく甘ったるい香水……「ミセス・ミザリ」または「マダム・ミザリー」(オバハン)は横丁にいるの娼婦達の元締めだ。

何故、「ミセス・ミザリ」等と呼ばれているのかはよく分からない。


噂では昔、彼女が心から愛した男が次々悲惨な死に方をしたからだとか、彼女の娼婦に至るまでの人生が悲惨だったからとか色々あるけど…どれが本当かはあたしは知らない。


けど、昔とか言う位だから若くないことは知っている。

若くない、だが年齢を感じさせない。若々しい身体から漂う年の分の色香、魅力はヤクザの組長をも骨抜きにするという噂だ。

まぁ元締めという立場から横丁では結構な情報通という。

しかし、ヤクザに消されることもなく…また正式に情報を貰う人間は皆無だ。

ミザリに正式に情報屋として情報を貰うと確実に不幸になるという立派なジンクスがあるから。



「店はまだ開いてないぜ、姐さん」



「そうねぇ」


「いい加減、酒を断ってとっとと隠居しなオバハ…いってぇ!?」



なんで殴るんだよ、ゴーグル!?



「口を、慎め…阿呆が!」



ちっ…ゴーグルは塾女専か。

後で言いふらしてやろう。



「ちょっとでもまた阿呆なことしたら、今夜の晩飯は無しだ…!」


「んなっ?!」



テメー…卑怯だぞ!!



「んふふ…本当に相変わらず仲良しで可愛いわねぇ?まさに親子みたいだわん?」



「姐さん、冗談言わないでくださいよ」



「そうだそうだ」



「お前は黙ってろ」



……ちっ。



「それにしても、貴女…また一段と可愛くなって?その白い肌…食べちゃいたいわぁ」



オバハンの手があたしの頬に触れた。

しまった…忘れてた。



「触んな、キモい!」



ミセス・ミザリ…このオバハンは両刀遣い。

つまりバイ・セクシャルってやつだ。レズ寄りな…。



「ああん!またフラレちゃったぁ…」



さして残念そうでもない声でオバハンはわざとらしく肩を竦める。

オバハンに食われてたまるか……。



「ふふ、磨けばきっと横丁一の売れっ子になるのにねぇ?」



「お生憎様、あたしは娼婦にならない。あたし、この店で働いているからね」



「の割にはしっかり働いてねぇけどな…つぅ?!」



嫌味を言うゴーグルの脛に蹴りをお見舞いする。

当然、愉快に飛び跳ねていた。



「まぁ『足癖の悪い』おちびさんには保父君と銀の旦那がいるからねぇ?さすがに銀の旦那に迷惑かけちゃうのも考えものだわぁ」



「それが分かってるなら夕方に出直してきな」



「ありがたくそうするわねぇ?」



そう言ってミセス・ミザリは肩に掛けたストールを掛け直すと、元来た道へ引き返す。

しかし、何かを思い出したのか振り返った。



「そうそう!結構大きくなったムコウジマを崩したのはどっかの殺し屋さんなんですってねぇ?夜は更に物騒だからおちびさんも、ネコ見物は止めてお家から出ないことを勧めるわよぉ…?」


ああ、この含みのある言い方…本当に気に食わない。



「余計な世話よ。見物に行くほどヒマなんかないし」


そう言うと無理やりゴーグルが割り込んできた。



「姐さん!カウンターの一番左端の席はいつも通りちゃんと取っておきますよ!」



「あ~ら!ありがとねぇ」



オバハンからの投げキッスにゴーグルはまんざらでも無いようだ…。

ああ腹立つ。

せめて若い娼婦に反応しろよ…。



オバハン(ミセス・ミザリ)を見送り…ゴーグルを店の中に押し込んだ後、やっと掃除を再開した。









* * *










同時刻。


横丁から遠いそこそこの都会の、とある建物ではネコ達に攻撃されたナカヤマ組のある会合が行われていた。



「畜生!!どういうことだ!」


「どうしたも何も、あのゴロツキ集団のせいで折角のビジネスチャンスが潰されたんだろ!お前があんな分かりやすい場所で取引や実験なんかしてるから…!」



「ふざけんな!最初は貴様だって乗っていたじゃねぇか!」



「おい!アレの生成はちゃんと出来てんだろうなぁ?!」



「そこまでヘマしねぇよ!」



「くそ…あのネコって奴、完全に俺達を舐めてやがる!!」



「あいつらの到着はまだかッ!!」


聞くに絶えない責任の擦り付け合いと、罵詈雑言。

整然としたオフィスに、幹部の男共の幼稚な怒号は虚しく響き、更に惨めさを助長していた。

しかし…


「なんやなんや…揃いも揃って怖い顔のおにーさんがこんな仰山!みんな仲良くにらめっこかいな…!」



「さぁね。着く場所を間違えたんじゃない?」



その五月蝿さも、突然現れた闖入者によって無理やり消されてしまった。

闖入者は二人組。

先に口を開いた方は背丈は普通だが小柄で、黒帽子を目深に被り、黒に統一された服装の男とも女とも言えない人物。ただ声をハスキーな感じではあった。

もう一人は黒帽子と比べ、頭一つ分背が高く、男だった。ただ、その顔つきの幼さは少年から青年になりつつあることを示していた。


二人組、人懐こい笑顔をしている。



「なんだぁガキ共、ここはナカヤマ組のオフィスだ!砂にされてぇのか、ああん?」



部屋の内側の出入口に待機してた若い鉄砲玉が睨み付けて二人に近付く。



「おい…そいつらは」


幹部の男の一人が立ち上がって何かを言い掛けるが鉄砲玉は聞かない。



「大丈夫っすよ、ゼンさん!こいつらは俺が叩き出しますんで…!ったく、前固めてた連中は何やっ、て…ぇ…は?…」



男はそこまで言って固まった。

二人組の向こう側に見えた、血の池。

どうやら『前を固めてた連中』はもう息をしていないようだ。


男の額や背中に冷や汗が滲む。


「え?はぁ?なんで…いつの間に…だって物音……」



男は二人組を見る。

二人組は、にこにこと笑顔を絶やさないまま、『ごくごく当たり前の仕草の様に』銃を取り出すと男の額に突きつけた。



「おにーさん、俺達さ…こういうもんなんだわ」



「そうそう、だからどいて?」


引き金が引かれるカチッという音はしても、後に続くはずの破裂音はしなかった。

だが鉄砲玉の後頭部からは赤い、とても赤い血が放物線を描いて飛び散った。

そして糸が切れた人形の様にドサッと重い音立てて倒れる。



「ひ…ひぃぃあ……?!」



「音が…全くしないだと!?」


「こいつら…ゼンが雇ったって奴らか!」



「………ちっ、遅いぞ!」



ゼンと呼ばれた男は叱責する。


「悪いなぁ、おにーさん。なにぶん俺達方向音痴でねぇ!迷子になってたんやで?案内が欲しゅうて仕方なかったわ」



「本当は寝坊なんだけどね」



「黙らんかい、ボケ!まっ、とりあえず挨拶はしとかんとな」



ここでやっと黒帽子が帽子を取る。

意外にも、女性だった。



「俺の名前は鴉!弟の名前はカイ!さっきので知らせた通り、俺達はゼンっておにーさんに雇われた殺し屋や!ほな、よろしゅう世話になるで」



殺し屋姉弟、鴉とカイはやはり人懐こい笑顔で血の臭いを纏わせながら挨拶した。

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