君達もこっち側に来ないかい?
僕は振り子のようにふらつく。そのまま傾きベンチに座った状態でお兄さんの胸へ倒れ込んでしまった。
両肩を左右の手で掴み支えてくれているのかもしれない。
「うん。もしかしたら翔くんみたいにあそこでのまれず影響を受けなかったってことは、ヤス君も……」
なんだ、お兄さんは何を言いたかったのか。途中で言葉がプツンと途切れてしまった。
暗い。はっ、いつの間にか気絶していたみたいだ。
……虫の鳴き声。お兄さんはいなかった。
全部、夢だったらいいのに。僕はそう思わずにはいられなかった。
どこまで? どこまで夢だったら満足なんだい?
夢だったとしても……翔くんを、僕は君を助けられたのだろうか?
住み慣れた街なのに何もかも投げ出してきて異邦の地を、フラフラと歩いているみたいだ。
僕はあの空き家に来ていた。
まだここにあの化け物はいるというのか?
「おい、君はここで何をしているんだ?」
後ろから男の声が? 僕に、話しかけてきている……。
と、落とし穴にかかったみたいに下へ堕ちた感覚に。
……今度はなんだ、目の前がテレビの砂嵐みたいにざらざらと……それにお経のようなものが響く。集団で唱えているみたいに厚い声。
その砂嵐から人面の輪郭が浮かび上がってきた。
長髪で、眼鏡をかけているのか? 眼は赤く光っていた。
そいつが、どんどん接近してくる……。
うわぁぁぁー!
実際に絶叫したわけではなかったようだが、僕は嗚咽しながら一目散にそこから立ち去った。
だめだ。これは夢でないならやっぱり僕では助けられない。
いや、夢であったとしてもあの絶望からは……。
ごめん、翔くん……。
※
空気がおいしいとはこのことか。自然、緑の香りがする。
僕は大学に進学してからも卓球を続けようと引き続き卓球部に入った。夏休みに入って三泊四日で合宿が行われることになり山梨県の某所へ来ている。夏でも過ごしやすく涼しかった。
貸し切りバスを降り早速、荷物を下ろして一年生は宿泊施設の掃除にかかる。
先輩たちは練習拠点となるここから徒歩十五分ほどにある廃校になった学校へ。
今はその学校を貸し出しているサービスをしているのでそこの体育館へ行き備品運び、体育館を練習できるように整備をする。
「なんか廃校になった学校、出るらしいよ。霊感が強いらしい近藤先輩が夜になるとちょっと寒気がするってバスの中で話してくれた」
同期の真由さんがちょっかいを出すみたいに言った。
ははっ。霊感か。近藤先輩はお兄さんみたいな能力者なのかな?
……世界は今のところ表向きは従来の人類によって支配されていると思う。
裏ではどうなっているのか分からないけど、どうやらまだ大人しくしているみたいだ。
『神の裁きは近い』
そんなプラカードを持って熱く演説をしている中年の男性を池袋駅で見たことがある。
まぁ、陰謀論にでも頭が染まってしまった危ない人なんだろうけど。
だけど僕も「いずれ現世界は全く新しい第三の勢力によって転覆させられようとしています!」
と言いながらビラを配ったり、他人を呼び止めて訴えたらその人と同類になってしまうことだろう。
そうさ。そんな陰謀論と本質的に変わらないことをあのお兄さんは語っていたんだ。
それを、僕は泣きそうになりがらじっと耳を傾けた。
おかしいのはどっちだ?
なんで皆そんな笑いながら呑気に生活ができるんだ、世界が根本から変革されようとしているのに!
世界中どこも偽情報ばりだ、あんな奴が世界のリーダーなわけがない!
……やっぱりおかしいのは僕か?
あぁ、いっそのこともっととんでもないことやって僕の言っていることは正しいと証明してくれよ、
特別な力を持った人類さんよ。
誰か、誰か、僕の話だけでも聞いてくれ……。
合宿の最終日。夕食後は備え付けられているボードゲームなどをしてレクリエーション大会みたいに盛り上がった。この日の夜だけは羽目を外して夜遅くまで騒ぐことを許された。
「ちょっといい。このペンション、ランタンがあるんだよ」
銀色のふちで出来ているいかにもキャンプにピッタリのランタンだった。火が灯る部分は琥珀色で既に火が点けられていた。部長がそれを別の部屋から持ってくる。
「いやだ、暗い!」
と女子が一人、小さな悲鳴をあげる。リビングの電気が消されたからだ。
合宿初日の夜に分かったことだが、都心のように街灯や建物の明かりなど何もない自然の中だと物影も無くどこに何があるか、方向感覚も分からなくなるほど暗くなる。
「どうだ、綺麗だろう?」
唯一の明かりはそのランタンだけになった。この暗闇ではとても心強く映る。
「いい雰囲気になったところで、最後の締めで怖い話でもしようか」
怖い話……僕は内心、きたと思ってしまった。
「本当は近藤曰くあの学校は幽霊がいるみたいだから、そこで肝試しをすることも考えたんだけどさすがに広いしルートを考えるのも面倒だったから、なら怖い話を出し合うことにしようと考えたわけ。
夏だし、場所も山中で絶好だしたまにはホラー企画も良いだろう」
きっかけをつくった近藤先輩にはホラーが苦手そうな部員から軽くブーイングがきていたが、この暗さでは誰が言っているのか声で判断するしかない。
「じゃあ、先ずは香ばしい体験をしてそうな近藤から話してもらおうか。その後も皆んなが知っている怖い話を聞かせてくれ」
「ちょっと待って。さすがにこれだと暗すぎるからもう一つ明かり足そう。出入り口前のテーブルランプ持ってきていい?」
「わかった、いいよ」
「なら近いから俺が持ってくるよ」
ホッとするような暖色系の光。電気による明かりが付け足されると歓声が。
明かりの範囲が拡がったので安心したのもあるだろう。
「そういえば先週テレビでビッグフット特集やっていて、こういう山の中のペンションで寝泊まりしている外人達がベランダで飲み食いしていたら体長二メートルはあるでっかい動物が横切ってなんだあれはー! って大騒ぎしている映像が流れたな。窓から外、覗いて恐ろしい生物がいたらどうしようって思っちゃった」
とテーブルランプを持ってきた男子が不意に言う。
「未確認生物の探索に変更するか?」
と部長が乗っかる。
「いいってそんなことしなくて。ここ日本だしビッグフットなんているわけないって」
「鹿とかの野生動物はいるみたいだけどな」
鹿なら見てみたいかもと意見が出たがこんな暗闇の中、外へ出るくらいなら中で小話でもした方がマシだとなり予定通り怪談が始まる。
「トップバッターは近藤で決まりで、他に発表したい人は何人いる?」
「発表ってなんだよ、授業の課題じゃないんだから」
この怖い話をするには絶好の状況で挙手をすれば、駅前で演説するよりは皆んな真面目に聞いてくれるはず……どうする?
話したい、話したいんだけど本当にいいのかな? という迷いもあった。
それで発言することなく授業が終わってしまったこともこれまで何度もあった。
それでどんな気持ちになった?
やっぱり手を挙げておけば……。
「おっ、ヤス、怖い話知っているのか?」
「はい、一応」
「ヤスがこういう場で一番に手を挙げるの珍しいな」
「そんなヤスが自らの意思で手を挙げるってことは期待していいんだな?」
やばい、周りの期待値が上がっている。
「いや、そんな期待されても困りますね」
と弱腰になるもこれほど恐ろしい話はないと思っている。
信じてくれるなら——
「ところで近藤先輩は勝手に決まってしまいましたけど、ネタあるんですか?」
「あるよ。この体験で私、霊感あるのかもって気がついた話が」
「おぉ〜いいね〜」
近藤先輩はもう覚悟が決まっているように鋭く言う。
「なんか凄そうだし、近藤先輩はトリの方がいいんじゃない?」
「そうだな」
「ううん、さっさっと話しちゃいたいから予定通り私が最初で」
後悔するなよ、と臨戦態勢なのは気のせいだろうか……?
「じゃあ、一番は近藤で、次はヤスでいいよな。あとは……」
そこから三人の部員が話すことになった。
「部長は何かないの?」
「悪いけどない」
「えぇー」
「俺は場を作るのが役目なの。この合宿のために色々と裏で動いているのは俺なんだから文句言うな」
「はい、ここからは静かにしてね。じゃあ話すよ」
近藤先輩が正座をして精神統一をするように息を吸い、吐く……。
「……まさに、なかなか香ばしい話だったね」と部長が言う。
「大人には聴こえていなくて、幼い子供には聴こえていた……そんな事、本当にあったの? で、近藤先輩はそれが夢の中で先取りできたりしたから霊感が強いのかも、と」
「うん。最初はあれが夢の中って自覚はなくて。あれ、この気持ち悪い歌はいつ聴いたんだっけ? って混乱したな。あっ、これ言うの二度目だね。どう、私の見方、変わった?」
子供があちら側へ連れ去られた……。
僕と同じじゃないか。そのおじいさんも誰かの差し金か?
「大丈夫だ。近藤はこれからも大切な部員だ。……次はヤスだけど、こんな話の後じゃあヤスとっておきの怖い話も自信が無くなるんじゃないか?」
「……僕の番か。自信は〜……ふふっ。あるにはあるけど、ちょっと待って。整理するから……よし」
さぁ、君達もこの話を聞いてこっち側に来ないかい?
世界が変わるよ。
(了)




