止まった時間
―すべてが止まったその場所で、私たちは、生きている証を探し始めた。
逃げ続けた果て、たどり着いたのは、まるで時間だけが取り残されたような校舎だった。
埃は少なく、机も整然と並んでいる。まるで、生徒たちがつい昨日までここにいたかのように——
だが、人の気配はどこにもなかった。
“化け神”たちがなぞる生活の記憶。
そこにいないということは、そこがすでに“死んだ”場所であるという証。
私たちは疲れ果て、ただ一瞬の静けさを求めて扉を開いた。
山道を抜けた先に、古びた校舎が姿を現した。
雑草に囲まれたグラウンド。
雨ざらしになった校門。錆びついた時計は、もう何年も前から動きを止めたままだ。
けれど、埃はあまり積もっていなかった。
まるで、つい最近まで人がいたような、そんな気配を残していた。
私たちはゆっくりと校舎に近づいた。
「ここ……廃校……?」
私はそう呟き、隣を歩く彼女の顔を見る。
「化け神たちが、習慣をなぞるように生活しているなら……学校には本来、たくさんいるはず。でも、今はいない……つまり、もう“使われていない”場所なんだと思う」
彼女は冷静に言った。
私たちは体を休めるため、そして何か役立つものがないか探すために校舎へ入る。中は信じられないほど整然としていた。机は並び、黒板にはまだチョークの跡が残っている。時間だけが置き去りにされたような空間だった。
「……ねえ、どうやって生きてきたの?」
ふと、私は彼女に尋ねる。
彼女は少しだけ顔を曇らせた。
「……言いたくない。多分、あなたと同じ」
「そう……じゃあ、名前だけでも教えて。ずっと聞いてなかったから」
彼女は一瞬ためらったが、静かに口を開いた。
「……私の名前は——」
その時だった。
背後に、気配。
私は思わず振り返る。
そこに——“それ”はいた。
静かに、ただそこに「居る」だけだった。まるで、最初からその空間に存在していたかのように。私たちを見ていない。気づいていない。だが、音を出したら最後——“それ”は襲ってくる。
私たちは息を止めた。
化け神が、ゆっくりと私の顔の前に顔を近づけてくる。肌が触れるほどの距離。
だが、私はじっと耐えた。
次に、その顔が横に動く。彼女の方へ向かった。
彼女の身体が、わずかにたじろぐ。
——ダメだ、このままじゃ倒れてしまう。音を立てたら——終わる。
その瞬間——
キンコーンカンコーン……
外から、学校のチャイムが鳴った。
化け神は、私たちの間をすり抜け、音の方向へと動き出した。まるで、それが“日課”であるかのように、スピーカーに向かって走っていく。
私たちは、肩を震わせながらその場に座り込んだ。
「……助かった……」
私が息をつきかけたその時、彼女が顔を上げて言った。
「今……何時?」
「え?」
私は腕時計を見た。
「……15時27分」
彼女の表情が一変した。
「……おかしい。こんな中途半端な時間にチャイムなんか鳴らない……それに、ここは廃校……誰かが、意図的に鳴らした……!」
私たちは顔を見合わせ、放送室へ向かった。
中はもぬけの殻だった。誰かが使ったような痕跡だけが残され、カーテンがわずかに揺れていた。
「……誰かがいる……」
そう確信した私たちは探索を続ける。教室、職員室、順にめぐり、たどり着いた体育館の裏にある倉庫の扉を開けると、中にいたのは6人の子どもたちだった。
リーダーらしき高校生くらいの青年。そして中学生ほどの少年2人と少女3人。
彼らはずっとここで過ごしてきたという。
「避難倉庫の食料、山の水……それだけで、なんとか……」
私はチャイムのことを尋ねる。
すると、少女のひとり——中学生くらいの子が手を挙げた。
「……私が、鳴らしたの」
「……ありがとう。本当に助かった」
私は深く頭を下げた。
「少しでいい。……休ませてほしい」
だが、リーダーの青年は首を横に振った。
「……僕たちはここに来た人を助けたことはない。でも、今回は仕方なかった。君たちが叫んで、外の化け神たちをここに呼び寄せるのを防ぎたかっただけだ」
「……つまり、信じてくれたわけじゃないってこと?」
「信じてない。……食料もわずかだ。僕たちはこれからここを出る。その準備をしていた。だから君たちの分はない」
私はそれでも頭を下げて言った。
「せめて……せめて、武器だけでも調達させてほしい。あなたたちを助けたい。化け神を倒せるように」
青年は黙って頷いた。
「……わかった。気をつけて」
私たちは倉庫を出て、かつての部室へと向かう。そこには、使い込まれたバットが何本もあった。私は人数分を手に取り、自分用も確保する。
彼女にも渡そうとしたが——
「……私は、こっちの方がいい」
彼女は、鋭利な金属片が付いた木の棒を持っていた。それが気に入っているようだった。
私たちが戻ろうとしたとき——
——悲鳴が聞こえた。