表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
化け神  作者: すんすん
3/6

音が呼ぶのは、化け物だけじゃない

化け物より怖いのは、人間だ。


壊れた世界で生き延びた者は、


優しくなるか、牙をむくかのどちらかだった。


夜の静けさに潜むのは、


音ではなく、欲望。


私たちは、声を殺しながらも、


闇の中で最初の火種を手にしていた。


森を抜けると、空が再び見えた。だが、晴れていたはずの空は、どこか灰色がかって見えた。太陽の光さえ、山の奥ではくすんでいる。


古びた斜面の下に、わずかに広がった空き地が見えた。そこにあったのは、打ち捨てられた集落の“残骸”だった。


崩れかけた民家。朽ちた倉庫。半壊したフェンス。だが、それでも明らかに“人の手”が加わっていた。


バリケード。足跡。見張り台。


「……誰か、生きてるな」


私の隣で、あの女が低くつぶやいた。木々の隙間から様子をうかがっていたその顔は、相変わらず感情を見せなかったが、肩にかかる手斧のようなものをすでに握っていた。

その直後だった。


「動くな!!」


怒声が響いた。隠れていたつもりの木陰から、私たちは棒を構えた二人組の男たちに囲まれていた。


「こんなとこ通るバカがいるとはな……!」


ひとりはニヤつきながら、彼女をジロジロと見ていた。私は前に出ようとしたが、それより早く、彼女が一歩踏み出す。


「下がってて」


小さく、しかし確かな口調だった。

そして——

彼女は足元の倒木から、鋭利な金属片のついた棒を素早く拾い上げた。


「——ッ!」


あまりにも一瞬だった。


刃先が、相手の膝の裏を切り裂いた。男の悲鳴が山に響く。血が地面を濡らす。


「この、クソアマ!!」


もう一人の男が突進してくる。私はとっさに彼女の背後へ回り、倒れていた枝を拾って背中に叩きつけた。

ぐらりと男が崩れかけた瞬間——


「やめろ!!!」


新たな声が響いた。草むらから現れたのは、よれた服を着た壮年の男。目だけが異様に鋭く光っている。


「落ち着け!お前ら何者だ?」


男は睨みながらも、手にしたナイフをしまい、私たちを観察するように言った。


「……逃げてきた。街のほうから。感染者に追われて……」


「化け物に会った」


女が続けて言うと、男は鼻で笑った。


「そうか。ここまで来られたのは運がいい。じゃあ“運が悪くなる前”に、ちょっと払ってもらおうか」


そして、彼は——彼女を指さした。


「一晩。預かるだけだ。明日には返す」


彼女は一言も返さなかった。私は震えながら、しかし声を絞り出した。


「……わかった。だけど、まず休ませてほしい。……それからでも遅くない」


男は目を細めた。こちらの思考を探るような目。でも、すぐに口元だけで笑った。


「いいだろう。まともな奴は、口がうまいな」


私たちは廃屋のような小屋へと案内された。腐りかけた畳、埃まみれの布団、そして割れた窓ガラス。

男たちは“監視”と称して外に立ち、時折、私たちを覗いていた。

私は壁際に座り込むと、彼女に小声でささやいた。


「……どうする?」


「逃げる。夜のうちに」


「どうやって?」

「音を使う」

彼女は、窓の外の遠くにある鉄塔を見つめていた。その根元に、倒木が積まれている。


「ぶつける。音を出せば、化け物がくる。混乱に乗じて逃げる」


私は、言葉を失った。

この女——初めて出会ってから、数時間。それでも、すでに自分の命をかけて背中を預けられる気がしていた。

私たちはそれぞれ、武器になりそうなものを確認し、逃走の準備を始めた。夜が来る。闇と音が、すべてを変える夜が——

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ